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2章『楽園へ行こう』
13 ジューゴ、ねこだましをする
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微かな揺れに僕は目を覚まし、目を閉じて寝息を立てるファナを引き寄せた。
「ジューゴ様、なんですか?」
地が揺れる……そんな感じじゃない。
ランクルが左右に揺れており、荒い息づかいも聞こえた。左右にゆっさゆっさと揺らされて、どうやらランクルを真横に倒そうとしているようだ。
ファナが起きて小さな悲鳴を上げる。怖いよね、でも悲鳴はだめだよ。僕ははだけたコートのボタンを止めてやり、額をちょんと指でつつくとフードを被せた。
「靴を履いて」
「はい」
後部座席には外から見えないよう、ガラスに黒い色をランクルが差し込んでくれていて、僕はコートを着るとランクルに言い放つ。
「ランクル、警告音」
ランクルが悲鳴のように、ビィーッビィーッビィーッビィーッと叫び、その音に驚いてか、ランクルを揺らす動きが止まった。
ガラスの色が薄くなり、僕はぎょっとしたけど、ファナの手前表情には出さず、ランクルが人々に囲まれているのに気づいたファナが悲鳴を上げかけたのを飲み込む。
「えらいね、ファナは。とりあえず出るしかなさそうだ」
黒の革ブーツに裸足の足を突っ込むと、ファナを抱き上げて左腕に抱えて、
「ハッチバックを開けて、ランクル」
と言うと、ランクルが微かに唸る。
このままハンドルを握れと言わんばかりだが、そういうわけにも行かないだろう。
「万が一は、頼むからね、ランクル。自動運転モード解禁」
もう一度軽く唸るが諦めたのかランクルがハッチバックを勢い開き、僕はファナを片腕に抱き上げたまま、
「よっ……と」
とゆるく声を上げてランクルから出た。
意外にも子供の僕に驚いたのか、ランクルを囲んでいた人々が二、三歩後退るのを見て、僕は声を掛ける。
「あの、何かご用ですか?」
老たけた腰の曲がった一人が、ランクルから降りてきた僕が抱き上げているファナを見上げた。
「このリムはあんたのリムか?」
「はい?えーと……」
僕はファナを見下ろし、太陽は昇り初めていて明るくなりつつあり、ファナの顔を照らしていく。僕はファナを降ろして両手を広げた。
「ファナ、合図したら耳ふさいでね」
「ジューゴ様?」
僕は十人くらいの男の人たちに囲まれた。
「この子は預かり物ですよ。楽園へ届けている最中です」
と僕は笑う。
「ジューゴ様っ!」
ファナが悲鳴のように声をあげた途端、
「主のいないそのリムを渡してもらいたい。我々にはリムが必要だ」
と杖を片手に老人がファナに手を伸ばした。ファナは身を小さくして、縮こまる。
「お断りします」
僕ははファナのフードをツンツンと突っつき、準備をさせた。
「力付くでも!」
一声蜂起と言った感のある叫び声に、僕は
「困ります」
と、老人の目の前で思いっきり両手を合わせて一回鳴らした。
パーーーンッ
早朝の森の中に強烈な破裂音がして、驚いた鳥や獣の悲鳴が聞こえ、老人が怯えたように腰を抜かす。
「次は、脅しではありません。話は聞きましょう。案内をしてください」
道を見ると僕らの前に平らに草を折った跡がある。つまりランクルとは違うオートメカニカがここを最近通過形跡がある。ランクルはタイヤを持っているけれど、本来のオートメカニカはホバークラフトみたいに地上を浮いて走行する。
「騎士よ、何をした。風圧拳か?」
「ねこだまし」
「ねこだまし?なんだそれは」
元気なご老人だなあ。いきり立つけれど、手の内は晒せません。それに騎士じゃないよ、僕は。
「ジューゴ様、びっくりしました」
とりあえず猫だましが成功して、老人以外は遠巻きになり、僕はファナをランクルの運転席に入れた。
「ランクル、自動運転。万が一の時は逃げて」
僕は外に出たまま老人の前に立つ。杖をコツコツとついた老人は、はーっと僕にため息をつき腰の裏に手をやった。
「ついてきなされ」
「ふー。よかった…成功して……ん?」
ファナが驚いたままの顔で
「ジューゴ様、あんな技初めて見ました」
と僕を見上げてきた。
「日本の相撲の戦法の一つだよ。まあ、正直、決まり手にはならないし、騎士には通用しないよね」
自分で言ってみたけど、本当に成功して良かったです。ランクルを揺らしていた雰囲気農夫たちがおそるおそる散って行き、ご老人だけが残り、僕とランクルの中のファナに頭を下げた。
「すまなかった。我々にはリムが必要だったのだ、お館様のお心のためにも」
ご老人が意外にも早足で細い道に入っていく。違和感があるなあ。それからランクルをどうするか悩んだあげく、そのままついて行行った。
「自動運転だから大丈夫だよ」
ランクルの窓は開いていて、真面目にハンドルに手をやるファナの手を見て笑ってしまった。本当ならリムが有機水晶版に触れて制御し運転するんだって、オートメカニカは。だから僕一人で運転するランクルは異質なんだそうだ。
森にある丁寧に育てられたような整然さのある果樹園は静かに実をつけ、朝の作業をする人々がもいでは籠に入れていた。
「ホバークラフト……オートマシーナ?」
ファナが小さく頷く。かなり古いオートマシーナだな。しばらく動いていない。そんな船みたいな形の中に子供と女性がいる。
「まだ、ここにいらしたのですね。お館様」
下草が柔らかな大きな林檎の木の下に、古いオートマシーナがうずくまっていた。その中にいる子供は女性にしがみついている。ファナと同じくらいの年頃かもしれない。
「マシーナを開けてください」
「処分はさせない!リーブルはまだ生きてる!」
胸元に薔薇の刻印があるから、リムだよね。しかしどうにも鈍く、反応がない。成年型のリムは助手席でぐったりしていて、男の子が寄り添っていた。
「お館様は赤ん坊の頃に父母を亡くされ、このリムが育てていました。前お館様のリムです。リムの寿命は十五年。もう寿命なのです。そこで新しいリムをと思ったのですが……」
ファナがランクルから出てマシーナの中を覗き込んで、言葉もなく涙を流した。僕も見なくても分かるそれを、諦めて見てしまう。
茶色の長い髪は綺麗にシートに流され、白いシルクのドレスのリムは胸元が微かに動くだけだった。
「優しいリムでした。お館様を慈しみ、話し、笑い、本当に幸せそうでしたが、リムは寿命が来ていたのです。十五歳程度までしか生きられないのですから……」
力を使い果たし、リムとして死んだのだから、と、老人が言うのももっともだ。
リムの保護を目的と騎士団から依頼されているダグラムたちを『太陽の牙』を運ぶ僕も、ひどい有り様のリムをたくさん見てきた。
しかし……これは……。
「リムの寿命……です。ジューゴ様」
「分かるの?」
ファナがぽろぽろ泣きながら呟く。
死にそうなリムを抱きしめる子供はリムの名前を何度も呼んでいる。きれいな花を手に置いて、お館様と呼ばれた男の子は小さな声で喋りかけている。
しかしこのままでは可哀想だよね。二人とも。僕のやることは、お節介かも知れないけど。
「ねえ、少し提案があるんだ」
僕は泣いているファナをぽんぽんと撫でてから、喋っている小さなお館様のいる運転席をノックした。
それから、少し落ち着いた声で口に出す。
「ねえ、お館様。リーブルさんをお屋敷の一番いい部屋に寝かせてあげようよ」
小さなお館様は、
「リーブルを捨てない?」
と小さな声で顔を上げた。
「ジューゴ様、なんですか?」
地が揺れる……そんな感じじゃない。
ランクルが左右に揺れており、荒い息づかいも聞こえた。左右にゆっさゆっさと揺らされて、どうやらランクルを真横に倒そうとしているようだ。
ファナが起きて小さな悲鳴を上げる。怖いよね、でも悲鳴はだめだよ。僕ははだけたコートのボタンを止めてやり、額をちょんと指でつつくとフードを被せた。
「靴を履いて」
「はい」
後部座席には外から見えないよう、ガラスに黒い色をランクルが差し込んでくれていて、僕はコートを着るとランクルに言い放つ。
「ランクル、警告音」
ランクルが悲鳴のように、ビィーッビィーッビィーッビィーッと叫び、その音に驚いてか、ランクルを揺らす動きが止まった。
ガラスの色が薄くなり、僕はぎょっとしたけど、ファナの手前表情には出さず、ランクルが人々に囲まれているのに気づいたファナが悲鳴を上げかけたのを飲み込む。
「えらいね、ファナは。とりあえず出るしかなさそうだ」
黒の革ブーツに裸足の足を突っ込むと、ファナを抱き上げて左腕に抱えて、
「ハッチバックを開けて、ランクル」
と言うと、ランクルが微かに唸る。
このままハンドルを握れと言わんばかりだが、そういうわけにも行かないだろう。
「万が一は、頼むからね、ランクル。自動運転モード解禁」
もう一度軽く唸るが諦めたのかランクルがハッチバックを勢い開き、僕はファナを片腕に抱き上げたまま、
「よっ……と」
とゆるく声を上げてランクルから出た。
意外にも子供の僕に驚いたのか、ランクルを囲んでいた人々が二、三歩後退るのを見て、僕は声を掛ける。
「あの、何かご用ですか?」
老たけた腰の曲がった一人が、ランクルから降りてきた僕が抱き上げているファナを見上げた。
「このリムはあんたのリムか?」
「はい?えーと……」
僕はファナを見下ろし、太陽は昇り初めていて明るくなりつつあり、ファナの顔を照らしていく。僕はファナを降ろして両手を広げた。
「ファナ、合図したら耳ふさいでね」
「ジューゴ様?」
僕は十人くらいの男の人たちに囲まれた。
「この子は預かり物ですよ。楽園へ届けている最中です」
と僕は笑う。
「ジューゴ様っ!」
ファナが悲鳴のように声をあげた途端、
「主のいないそのリムを渡してもらいたい。我々にはリムが必要だ」
と杖を片手に老人がファナに手を伸ばした。ファナは身を小さくして、縮こまる。
「お断りします」
僕ははファナのフードをツンツンと突っつき、準備をさせた。
「力付くでも!」
一声蜂起と言った感のある叫び声に、僕は
「困ります」
と、老人の目の前で思いっきり両手を合わせて一回鳴らした。
パーーーンッ
早朝の森の中に強烈な破裂音がして、驚いた鳥や獣の悲鳴が聞こえ、老人が怯えたように腰を抜かす。
「次は、脅しではありません。話は聞きましょう。案内をしてください」
道を見ると僕らの前に平らに草を折った跡がある。つまりランクルとは違うオートメカニカがここを最近通過形跡がある。ランクルはタイヤを持っているけれど、本来のオートメカニカはホバークラフトみたいに地上を浮いて走行する。
「騎士よ、何をした。風圧拳か?」
「ねこだまし」
「ねこだまし?なんだそれは」
元気なご老人だなあ。いきり立つけれど、手の内は晒せません。それに騎士じゃないよ、僕は。
「ジューゴ様、びっくりしました」
とりあえず猫だましが成功して、老人以外は遠巻きになり、僕はファナをランクルの運転席に入れた。
「ランクル、自動運転。万が一の時は逃げて」
僕は外に出たまま老人の前に立つ。杖をコツコツとついた老人は、はーっと僕にため息をつき腰の裏に手をやった。
「ついてきなされ」
「ふー。よかった…成功して……ん?」
ファナが驚いたままの顔で
「ジューゴ様、あんな技初めて見ました」
と僕を見上げてきた。
「日本の相撲の戦法の一つだよ。まあ、正直、決まり手にはならないし、騎士には通用しないよね」
自分で言ってみたけど、本当に成功して良かったです。ランクルを揺らしていた雰囲気農夫たちがおそるおそる散って行き、ご老人だけが残り、僕とランクルの中のファナに頭を下げた。
「すまなかった。我々にはリムが必要だったのだ、お館様のお心のためにも」
ご老人が意外にも早足で細い道に入っていく。違和感があるなあ。それからランクルをどうするか悩んだあげく、そのままついて行行った。
「自動運転だから大丈夫だよ」
ランクルの窓は開いていて、真面目にハンドルに手をやるファナの手を見て笑ってしまった。本当ならリムが有機水晶版に触れて制御し運転するんだって、オートメカニカは。だから僕一人で運転するランクルは異質なんだそうだ。
森にある丁寧に育てられたような整然さのある果樹園は静かに実をつけ、朝の作業をする人々がもいでは籠に入れていた。
「ホバークラフト……オートマシーナ?」
ファナが小さく頷く。かなり古いオートマシーナだな。しばらく動いていない。そんな船みたいな形の中に子供と女性がいる。
「まだ、ここにいらしたのですね。お館様」
下草が柔らかな大きな林檎の木の下に、古いオートマシーナがうずくまっていた。その中にいる子供は女性にしがみついている。ファナと同じくらいの年頃かもしれない。
「マシーナを開けてください」
「処分はさせない!リーブルはまだ生きてる!」
胸元に薔薇の刻印があるから、リムだよね。しかしどうにも鈍く、反応がない。成年型のリムは助手席でぐったりしていて、男の子が寄り添っていた。
「お館様は赤ん坊の頃に父母を亡くされ、このリムが育てていました。前お館様のリムです。リムの寿命は十五年。もう寿命なのです。そこで新しいリムをと思ったのですが……」
ファナがランクルから出てマシーナの中を覗き込んで、言葉もなく涙を流した。僕も見なくても分かるそれを、諦めて見てしまう。
茶色の長い髪は綺麗にシートに流され、白いシルクのドレスのリムは胸元が微かに動くだけだった。
「優しいリムでした。お館様を慈しみ、話し、笑い、本当に幸せそうでしたが、リムは寿命が来ていたのです。十五歳程度までしか生きられないのですから……」
力を使い果たし、リムとして死んだのだから、と、老人が言うのももっともだ。
リムの保護を目的と騎士団から依頼されているダグラムたちを『太陽の牙』を運ぶ僕も、ひどい有り様のリムをたくさん見てきた。
しかし……これは……。
「リムの寿命……です。ジューゴ様」
「分かるの?」
ファナがぽろぽろ泣きながら呟く。
死にそうなリムを抱きしめる子供はリムの名前を何度も呼んでいる。きれいな花を手に置いて、お館様と呼ばれた男の子は小さな声で喋りかけている。
しかしこのままでは可哀想だよね。二人とも。僕のやることは、お節介かも知れないけど。
「ねえ、少し提案があるんだ」
僕は泣いているファナをぽんぽんと撫でてから、喋っている小さなお館様のいる運転席をノックした。
それから、少し落ち着いた声で口に出す。
「ねえ、お館様。リーブルさんをお屋敷の一番いい部屋に寝かせてあげようよ」
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