異世界騎士はじめました

クリム

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1章『初めまして』

9 ジューゴ、二人でお風呂に入る

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 さらさらの金髪がふわりとそよぎ、湯で温まった小さな身体はほんのり桜色で、頬は桃色に恥じらう瞳は遠き日の青空色のビー玉。そんなファナと二人で、借りた猫足の風呂に浸かっていて僕は暫く見つめていたらしい。

「ジューゴ様……」

 胸の薔薇の刻印がちらちらと点滅をし始め、僕は

「いや、やめておいた方がいいよ」

と、横を向いた。

「ファナ、僕は騎士にはならない」

 僕はこの世界が嫌いだ。僕はこの世界の僕自身が嫌いだ。生きているから、生きていく。ただそれだけなのに、僕の胸は心拍数が上がり痛いほど何かを訴えて来る。

「ファナ、バスタオルで身体を拭いて。そのあと僕、使うからね」

「ジューゴ様……」

 先に香り湯から出したファナがタオルで身体を拭き出すと、ふーっと息を吐いて胸鳴りを鎮める。ファナが近くにいなければ大丈夫だ。僕は騎士になってこの世界に縛られていたくない。

 ファナの刻印は野薔薇のような小さな複数の薔薇で、しかも体温が上がると輝く仕組み。昔何かで読んだ白粉彫りみたいだなと思う。

 浴室のカウチに座って静かに待っているファナは、膝をちゃんとつけて座っている。下着やシャツはここにはないらしい。

 タオルで僕は身体を拭き上下黒の服を着ると、まだ濡れた髪のファナの頭をタオルドライし、コートを被せ布靴をそっと履かせた。するとファナはぽろぽろと涙を流し始めた。

「ジューゴ様のリムにはなれないのですか」

 両手で顔を覆って泣くファナを抱き締めると、カミュ団長が放った言葉が僕の心を刺す。

「僕はこの世界の人間じゃない。君は勘違いしているんだよ。楽園ファームで調えて勘違いを解除して、ちゃんとした騎士のところに行く方がいい」

「では、私がそれでもジューゴ様を選んだとしたら?」

「僕はいらないよ。僕自身もこの世界で僕を必要としていないから。僕は異世界人だ。何の力も与えられていない残念な脇役だよ」 

 それ以上はファナも何も言わずに、僕の後をとぼとぼついて来た。扉を開けようとすると、扉の外にミサさんがいて、中に入るのを止めて来る。

「どうしてジューゴにあんなことを教えた!答えろ、カミュ!」

 ダグラムの声が聞こえてくる。それに被るように、カミュ団長の声もだ。

「異世界人としてこちらに招かれた彼に、後悔してほしくないからだ。ミサはもう十三年生きた。あと一、二年で寿命が尽きる。僕は騎士として公爵家に生まれた先天的騎士だ。ミサが逝った後、何度でもリムを迎えるだろう。だが、後天的騎士の君はどうだ、ダグラム。その腕、その技量を持ちながら、一体のリムの死で騎士を廃業して冒険者になってしまったじゃないか!」

「黙れ!カリヨンは今も俺を支えている!俺はカリヨンと生きた五年を大切にしている!だが……カリヨン以外のリムを、ファイブ以外のオートマタを使う気にはならないんだ。勘弁してくれ、カミュ」

「ダグラム……本当なら、お前が団長だ……」

 二人はそれから静かになった。ミサさんが

「五年前、この都市の複数箇所が自由騎士の傭兵集団に狙われた時、ダグラム様は一人でこの街とその一帯を守られました。その時、カリヨンさんとオートマタのファイブはダグラム様を守り自爆しました」

そう教えてくれた。

 たった五年……。

「ファナは……」

 何年生きているのと聞こうとして僕はやめた。

「私、作られて十年です、ジューゴ様」

 ファナはあと五年。

「良いマスターに巡り会えるといいですね、ファナさん」

 ミサさんの言葉に、ファナが曖昧な顔をして笑った。





「食糧など準備が出来たら、なるべく早く出立するといいね。ランクルなら楽園ファームに着く前に、マクファーレンたちに追い付くからね」

 カミュ団長が何か文書をしたためた紙を渡してくれる。ラビットさんが文字を教えてくれたけれど、こちらのミミズが這った後のような字は読めない。ランクルのナビだってカタカナ変換してくれている。ソファに座るファナが伸び上って、

「私の処遇についての相談が書かれています」

「すごいな、ファナは。文字が読めるんだね」

 僕が心の底から感嘆すると、ファナが真っ赤になって俯いた。

「そんなこと……ない……です」

「リムは培養槽で人の全ての知識を焼き付けられるからね。生命力と繁殖力以外人より万能と言っても過言ではない」

 そう言いながらカミュ団長にもう一枚紙を渡されて、僕は

「なんですか?」

と呟いて、カミュ団長を見上げる。

 そこには線の連なりと幾何学的な模様が描かれており、芸術性のある何かか暗号で、それも楽園ファームに渡すのかと思ったのだ。

「うん?もしかすると出会ってしまうかもしれない自由騎士の似顔絵だよ。見てわからないのかなぁ?」

「カミュ団長にはこう見えているのですか?」

 カミュ団長がまじまじとその紙を見て、

「よく似ていると思うのだけど……どうかな、ミサ」

と言うと、ミサさんが頷いた。

「補足します、マスター。紙をお貸しください」

 絹のひらひらしたブラウスの細い手を伸ばすと、その幾何学模様の線をペンで繋げていく。背の高い神経質そうな男と太った男が二人そこに現れた。

「マスターは昔から絵が苦手で、いたたた……マスター、止めてください」

 ダイナミックな幾何学模様を投げ捨てたカミュ団長が、ミサさんの両こめかみをげんこつでぐりぐりと戒め、

「全く……ミサにはマスターに恥をかかせた罰を与えようね。今晩は絶対に寝かせないからね。覚悟しておくように」

と低い声で耳元に囁いて、小さな耳たぶに噛みついた。そしてざらりと耳端を下から舐め上げると、

「あんっ……それは嬉しくて困りますぅ」

と声を上げてしまい、僕とファナが見ていたのを思い出してそれに真っ赤になったミサさんがが、スカートを翻して隣の部屋に逃げ込んでしまった。
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