6 / 56
1章『初めまして』
6 ジューゴ、リムにふわっとする
しおりを挟むなにもない、用事も仕事もだ。朝の目覚めほど、気持ちのいい日はないと思う。
なによりも子どもの体温の高さは、こちらを眠りに誘う魔法でもあるかのようで、僕はは相当陽が高くなるまで眠りこけていた。
ぱか……と眼を開くと鼻面に金色の光があり、横倒しに抱き枕よろしく抱き締めて寝ていた僕は、胸元に掛かる息に気づいて両手の拘束を解く。
「ふあっ」
僕の丸首シャツの胸に顔を押し付けられる形での一昼夜となっただろうリムの鼻の頭は、やや赤くなっていて、
「わ……ごめんね。疲れてて……」
と、座り込んだリムの鼻の頭を撫でてた。
リムは主人であるマスターから貰った服しか着ることが出来ないから、この子が裸体なのは多分、主人なしの野良リムだからだろう。
ただいまの心情としては小さい子の保護者であり、なんとなく父親の心境となるのが普通だ。だからか、完全に幼子扱いされた目の前のリムは、少し膨れっ面をした。
痩せっぽっちの肢体は胸の膨らみは全くなく、顔の顎ラインの丸みや大きな青い瞳が童顔に見せていて、見た目よりは年齢が上かも知れないなあと笑ってしまった瞬間、僕の胸がふわっとしてした。
え、ちょっと待って、どうしたの、僕!
「し、し、失礼。リムさん、名前は?」
動悸を押さえて礼を取る僕に、花のように微笑むリムの困った眉が可愛らしくて、しかし、ほろりと涙を流す瞳に僕は慌てた。
「……ファナです、ジューゴ様」
「え、どうして僕の名前知ってるの?」
「……覚えていな……!ーーい、いえ、皆様があなた様のお名前を呼んでいらしたので」
「あ、ああ、なんだ、そうだよね。初めまして。僕はジューゴです、ファナさん」
「ファナと呼んでください」
美しく可憐なリムの涙に慌てた僕だけど空腹に腹が鳴り、また、ファナと名乗ったリムの小さな腹からも小さく鳴り響き、互いに顔を見合わせた。涙も引っ込んだようだったし、
「ラビットさんから何かしら食べ物をもらってくるから、待ってて」
僕はリムを残して階下に降りて行き、ラビットさんから搾りたてのミルクと、黒パンのサンドを二人分貰ってきた僕は、立ち上がったリムの姿に慌ててバスタオルを掛けた。
ランクルの助手席に乗り込んだファナが着る物がなくて、ランクルの中にあったバスタオルをかけてやり、パンに兎肉のローストと野菜を挟んだサンドを互いに口にしながら、騎士団の本部に走り出す。
「え?じゃあ、フーパの屋敷からランクルの中に?」
ランクルはご機嫌な様子で平坦な道を走り、僕もサンドを口に運んだ。ナビはすっかり異世界モードだから、騎士団への道へは迷うことはない。
「はい、ジューゴ様。盗賊方に連れてこられ、フーパ様のお屋敷にいました」
一瞬、屋敷にいたリムの扱いを思い出し、その思いを消そうと慌てて頭を横に振った僕に対し、今度はファナが慌てて頭を横に振る。
「なにもされていません。だってだって……!」
力説するファナに驚いて、思わず足に力が入った。
「うえっ?」
「きゃああ!」
キーッ……
僕は思わず急ブレーキを踏んでしまい、ランクルが不満気に唸りを上げて停車した。
「ご……ごめんね、二人とも」
タオルがはだけて両手でサンドを押さえたファナと、土埃を上げていきなり停車させられたランクルに謝ると、後ろから来た馬車に道を譲り道の横に避ける。
「他のリムの方々はひどい扱いを受けていました。盗賊頭の騎士様に捕らえられた時、覚悟はしましたがリムの証が消えるのですから、価値なしと地下にフーパ様のご遺体と地下に」
なるほどねと、僕はファナをらちらちらと見た。
ファナは女の子だ。とはいえ、まだ小さくまるで子供のそれだけど。リムは女の子ばかりだと聞いていた。
「胸の証もないのにリムの気配があるため気味悪がられ、マスターは得ていません。廃棄も出来ないので、剣の試し斬りをするまでとずっと放置されていました」
ファナは捨てて置いていかれたと言うことで、ファナもろともリムを置いてきぼりにした自由騎士達は、ただのごろつきらしく屋敷では困っていたらしい。
「僕はファナのお陰でぐっすり眠れたから、僕にはいいことだよね」
昨晩のことを思い出した僕がさらりと言い放つと、ファナが瞳を見開いて涙を溢れさせた。
「ジューゴ様、ありがとうございます」
僕と同じような人間に見えるのになあ。人工生命体として生まれ、リムとして紋章を持つがゆえに騎士に尽くし、たった十五年しか生きられないリム……。
その中で十年程度の年齢のファナに対して、僕はいとおしいような感覚に襲われていた。
これは……まさかの……ロリ、コン?
痩せた小さな女の子のリムを横にして唸る僕に、ファナが自分が食べていたサンドを差し出して来る。
「え?」
「お腹空いているのでしたら。私たちリムは小食なので」
「違うんだ」
慌てて自分が食べていたサンドと、残りの全てのミルクも渡す。
「しっかり食べなよ」
「でも……」
フーパと同じ地下にいたなら食事はほとんど取れていないはず。昨晩は僕に抱き抱えられてのベッドだった。
リムに人権はなく人工生命体だ。オートメカニカを繰る騎士に尽くしているリムは、人ではなく、メカニカ調整機器の一部、オートメカニカの制御と騎士を守り生きる存在。騎士に尽くすリムだからこそ、唯一の権利は……主たるマスターを選ぶことができることと、ラビットさんから聞いている。
「ジューゴ様……あの……」
「子供はもう少しお肉をつけるべきだよ」
慌てて食べ始めるファナに、僕は罪悪感を抱えながらランクルを走らせた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる