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1章『初めまして』
5 ジューゴ、五人目のリムを見る
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髪の生え際にあるざっくりとした傷のせいでかは知らないが、ラビットさんに会うまでの記憶が一部空白なんだ。
つまり、有り体に言えば部分記憶がない記憶喪失である。
半年ほど前の事。随分昔に感じられるが、たったそれだけ前。
異世界転移した前後を全く覚えていない。気がついて起き上がったのは、川のほとりだった。
退団しその団服を川で洗っていたラビットさんが、左の端を切って血まみれで正体不明を僕を拾ってから三日後、意識を取り戻した訳なんだけれど。
ランクルだって覚えている。でも日本にいた時とは明らかに違う。生き物感がしている。
これならば全て忘れていたり、異世界転生してくれていた方がましだよ。中途半端過ぎないかなあ。僕は何故異世界転移したのか、その理由すら分からないんだ。
「ジューゴの笑い話といえば、十八にして不能だってことだ」
命の恩人ラビットさんが余計なことを言い出して、
「うほ、男として残念ですねえ。世にも珍しい黒髪黒目は不能です、と」
と、客人にげらげらと笑われる。
「ラビットさん、あのですねえ!」
客人に
「一杯おごり」
とラビットさんが麦酒を木ジョッキで渡すと、客人はネタがないとわかった僕から離れて村親父の横でわいわいと話し始める。
あまり村から行き来のない地区で、外の話が珍しいのか、客人の話し方が上手いのか、ギルドのメンバーや村親父達と騎士団の若い人達がわっ…と盛り上がり、バニーガールも中で笑っていて、その姿を何となく眺めていた僕は、金髪の巻きの緩い長い髪をひとつにまとめてアップにしているバニーガールと目が合い、「ふん」と嫌そうな顔をされてしまった。
「嫌われたな、ジューゴ」
「うるさいです、ラビットさん」
皆に人気のあるバストもヒップも絶妙な女の子に言い寄られて、そこそこ見た目良しの男の子として彼女に下半身無反応な為に、男好きなのか?と真面目に真剣に悩み思っていた僕は、ラビットさんにそそのかされてギルドメンバーのうち美少女の皮を被ったラーンスに引き合わされたっけ。そのご縁でダグラム隊の使いっ走りみたいなこともしている。
十八って青春真っ盛りだよね、そんな下半身の暴走もありますよね?僕はないんですよ、ははは。
「どちらの据え膳も食えない僕は……異世界不能者?」
文字も読めない異世界の端っこで、部分記憶喪失のまま、世界を救うとかチートなアイテムもなく、小遣い稼ぎに運び屋をやってただ生きている身の上としては、下半身を大活躍させる機会がないことの方がありがたいと思うしかない。だって万が一赤ちゃんできちゃったら養えないでしょ。
「あーあ、疲れすぎて寝れないよ」
僕は月明かりの差し込む真夜中の部屋のベッドに転がり込むと、ブーツを脱ぎ捨てただけで大の字になった。靴下なんて貴族しか履かないらしいから、靴に直穿きだ。
早朝からダグラム隊の輸送に使われ、騎士団本部にリムを送り届けた後は、居酒屋件食事処『バニー』で兎耳カチューシャをつけて皿洗い。
過剰労働極まりない。
「あーあ」
ラビットさんに拾われて半年、違和感しか感じない世界の隅っこで、意味もないまま生きている。
こちらに転移してきたという記憶がないという『不安』には不詳不精馴れた。
都合よく養ってくれる人がいるわけでもなし、何か素敵な能力があるわけでもない、ましてや絶望感に苛まれ自傷自死に至るようなタイプでもない僕は、日本国憲法第二十六条に載っとり、ただ、もう、食うために働いている。
働かざるもの、食うべからず。
食べなければ、何も出て来ない。だから働く。
もどかしい思いは、たまに強烈な脱力感になり、どん底まで沈んでしまう。
「寝られない」
騎士団の輸送車になることが多くなり、ごたごたに巻き込まれることも増えたけれど、僕はどうしてここにいるのだろう。いらいらついでにコートを脱いで床に投げ捨てた。
「ひゃん」
コンマ数秒沈黙して、
「ひゃん?」
と、言い返す。
部屋の隅の椅子の下足の辺りから聞こえて来た小さな声に飛び起きて、僕は月明かりを頼りにそこを見た。
今日助けた子供より少し大きな女の子が、そこにぺたりと座っている。
月明かりを一身に受け、僕を見上げる少女は、美しい少女だった。
抜けるような素肌色に、金糸の髪は横髪だけ顎ラインでカットしてあり、長い髪が幼い顔を少しだけ大人びさせている。丸い頬と大きな青い瞳がまだ、庇護下に置かれるべき年齢だと思わせる。
なにより全裸の肢体はまだ小さく細くしなかやで、いや、痩せっぽっちの鎖骨の真ん中で、薔薇の花びらのリムの証が輝いていた。
「……あの」
「ああ、フーパの屋敷のリムさんね。四人じゃなかったんだね」
「あ、あの……」
リムが着られる服は絹だと聞いているけれど、綿でもしばらくは大丈夫らしいから、僕はよっこらしょとベッドから起き上がると、女の子を抱き上げてベッドに連れ込む。
「明日、騎士団の本部に連れていくから、寝てくれるかな」
温かい体温だなあ。不謹慎だとは思うが、ベッドは一つで譲る気はないよ、すごく眠たいんだ。今は急に眠たいんだ。
リムの光る点滅もいつしか消えており、小人型リムの体温の高さが眠りを誘い、気持ちよい睡魔がやって来て、何かしら言いたげなリムの言葉を聞くのは後だよって、僕はやっと熟睡できるなあと考えながら横倒しのリムの背中をふわりと抱き締めた。
つまり、有り体に言えば部分記憶がない記憶喪失である。
半年ほど前の事。随分昔に感じられるが、たったそれだけ前。
異世界転移した前後を全く覚えていない。気がついて起き上がったのは、川のほとりだった。
退団しその団服を川で洗っていたラビットさんが、左の端を切って血まみれで正体不明を僕を拾ってから三日後、意識を取り戻した訳なんだけれど。
ランクルだって覚えている。でも日本にいた時とは明らかに違う。生き物感がしている。
これならば全て忘れていたり、異世界転生してくれていた方がましだよ。中途半端過ぎないかなあ。僕は何故異世界転移したのか、その理由すら分からないんだ。
「ジューゴの笑い話といえば、十八にして不能だってことだ」
命の恩人ラビットさんが余計なことを言い出して、
「うほ、男として残念ですねえ。世にも珍しい黒髪黒目は不能です、と」
と、客人にげらげらと笑われる。
「ラビットさん、あのですねえ!」
客人に
「一杯おごり」
とラビットさんが麦酒を木ジョッキで渡すと、客人はネタがないとわかった僕から離れて村親父の横でわいわいと話し始める。
あまり村から行き来のない地区で、外の話が珍しいのか、客人の話し方が上手いのか、ギルドのメンバーや村親父達と騎士団の若い人達がわっ…と盛り上がり、バニーガールも中で笑っていて、その姿を何となく眺めていた僕は、金髪の巻きの緩い長い髪をひとつにまとめてアップにしているバニーガールと目が合い、「ふん」と嫌そうな顔をされてしまった。
「嫌われたな、ジューゴ」
「うるさいです、ラビットさん」
皆に人気のあるバストもヒップも絶妙な女の子に言い寄られて、そこそこ見た目良しの男の子として彼女に下半身無反応な為に、男好きなのか?と真面目に真剣に悩み思っていた僕は、ラビットさんにそそのかされてギルドメンバーのうち美少女の皮を被ったラーンスに引き合わされたっけ。そのご縁でダグラム隊の使いっ走りみたいなこともしている。
十八って青春真っ盛りだよね、そんな下半身の暴走もありますよね?僕はないんですよ、ははは。
「どちらの据え膳も食えない僕は……異世界不能者?」
文字も読めない異世界の端っこで、部分記憶喪失のまま、世界を救うとかチートなアイテムもなく、小遣い稼ぎに運び屋をやってただ生きている身の上としては、下半身を大活躍させる機会がないことの方がありがたいと思うしかない。だって万が一赤ちゃんできちゃったら養えないでしょ。
「あーあ、疲れすぎて寝れないよ」
僕は月明かりの差し込む真夜中の部屋のベッドに転がり込むと、ブーツを脱ぎ捨てただけで大の字になった。靴下なんて貴族しか履かないらしいから、靴に直穿きだ。
早朝からダグラム隊の輸送に使われ、騎士団本部にリムを送り届けた後は、居酒屋件食事処『バニー』で兎耳カチューシャをつけて皿洗い。
過剰労働極まりない。
「あーあ」
ラビットさんに拾われて半年、違和感しか感じない世界の隅っこで、意味もないまま生きている。
こちらに転移してきたという記憶がないという『不安』には不詳不精馴れた。
都合よく養ってくれる人がいるわけでもなし、何か素敵な能力があるわけでもない、ましてや絶望感に苛まれ自傷自死に至るようなタイプでもない僕は、日本国憲法第二十六条に載っとり、ただ、もう、食うために働いている。
働かざるもの、食うべからず。
食べなければ、何も出て来ない。だから働く。
もどかしい思いは、たまに強烈な脱力感になり、どん底まで沈んでしまう。
「寝られない」
騎士団の輸送車になることが多くなり、ごたごたに巻き込まれることも増えたけれど、僕はどうしてここにいるのだろう。いらいらついでにコートを脱いで床に投げ捨てた。
「ひゃん」
コンマ数秒沈黙して、
「ひゃん?」
と、言い返す。
部屋の隅の椅子の下足の辺りから聞こえて来た小さな声に飛び起きて、僕は月明かりを頼りにそこを見た。
今日助けた子供より少し大きな女の子が、そこにぺたりと座っている。
月明かりを一身に受け、僕を見上げる少女は、美しい少女だった。
抜けるような素肌色に、金糸の髪は横髪だけ顎ラインでカットしてあり、長い髪が幼い顔を少しだけ大人びさせている。丸い頬と大きな青い瞳がまだ、庇護下に置かれるべき年齢だと思わせる。
なにより全裸の肢体はまだ小さく細くしなかやで、いや、痩せっぽっちの鎖骨の真ん中で、薔薇の花びらのリムの証が輝いていた。
「……あの」
「ああ、フーパの屋敷のリムさんね。四人じゃなかったんだね」
「あ、あの……」
リムが着られる服は絹だと聞いているけれど、綿でもしばらくは大丈夫らしいから、僕はよっこらしょとベッドから起き上がると、女の子を抱き上げてベッドに連れ込む。
「明日、騎士団の本部に連れていくから、寝てくれるかな」
温かい体温だなあ。不謹慎だとは思うが、ベッドは一つで譲る気はないよ、すごく眠たいんだ。今は急に眠たいんだ。
リムの光る点滅もいつしか消えており、小人型リムの体温の高さが眠りを誘い、気持ちよい睡魔がやって来て、何かしら言いたげなリムの言葉を聞くのは後だよって、僕はやっと熟睡できるなあと考えながら横倒しのリムの背中をふわりと抱き締めた。
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