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7 監視人の正体

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 意外にも神父の隣の部屋が私の部屋だった。

「バストイレは掃除できなければ下女を用意するよ。食事は僕と一緒の方がいいかな。呼びに行くよ。ジークは僕と一緒の部屋だ」

「ーー嫌だが、仕方ない」

 監視人は本当に嫌そうだ。

「ラートン神父に襲われたくないなら、私の部屋でも構わないですよ」

 私は与えられた部屋の扉を開いてみせた。

「ーーそれはもっと嫌だ」

 なんですと!監視人も男色家だったのね。この世界では騎士の嗜みくらいに考えているみたいだから、騎士の監視人もそうみたいだわ。

「やめろ、考えるな!俺は男色家じゃない」

 あら、考えを読まれたわ。

「だいたい、俺が嫌だと言ったのは、お前が一応……オンナ……」

 ああ、忘れていましたわ。私、貴族でしたものね。結婚までは男性と二人だけで一緒にいてはだめだった。でも、私はもう伯爵令嬢ではないし……ああなるほど。

「あなたの経歴に傷が付きますものね、では」

 女王様の不興を買った者とは一緒にいられないと言うことよ。それはそうだ。私は硬いながらも清潔なベッドで熟睡することが出来た。




 仕事は思ったより多かった。

 教会にいるからか、メイク納棺師ばかりになっていたが、庶民に手が出せるのはそれくらいだろう。着の身着のままで亡くなったような人までいたが、魔法で生前の様子を感じられる私にとっては楽だった。

「小金持ちだねえ」

 ラートン神父は忙しく働く私を見てくすくすしているだけで、手を貸す気はないみたい。次第に化粧品が品薄になって来た。だから監視人に貴族街に行って買ってきてほしい、もしくは商人を教会に呼んでほしいと頼んだ。

「どちらも断る」

「だめならいいわ、作るもの。その代わり山に行きます」

 鉱山が近くにあるから多分大丈夫。スキンケア品はまだ手元にある。

「お前は……誰だ?」

「あなたは、誰?」

 お目当てのミネラル鉱物を魔法で削っていると、後ろで見ているだけの監視人が再び聞いてきた。そしてフードを初めて外して、私を睨むように見つめる。金の短い髪に、暗めの青い瞳に、意思の強そうな太い眉。好青年だわ。

「俺は女王陛下配下の近衛隊隊長ジーク・フォン・エルデバルト」

「隊長自ら監視人とは、お疲れ様です、ジーク様」

「ジークでいい」

 いやですよ、監視人。

 乳鉢は教会にあってよかった。魔法で砕くこともできるが、せっかくだから自分で砕きたい。重い鉱物を入れたリュックを背負うと、監視人がひょいと私の背中から外して持ってくれた。

「意外に重いな」

「ええ、だから魔法で重さを調整しているんです」

「そんなことまで出来るのか」

 私の肩にいるライムは歩く速度に合わせて揺れている。風が爽やかな午後だった。

「俺は名乗ったぞ、お前はーー」

「私はイーリア・ボゥ・ダスティンです。それは変わりがありません」

 鉱山の乾いた一本道を歩きながら私は、もう一つの事実を告げた。

「ジョルジュ様に婚約破棄されたショックで前世を思い出したイーリア・ボゥ・ダスティンです。私は聖女カナエと同じ世界を生きて死んだ記憶があります。信じられますか?」

 監視人はリュックをどさりと落とした。ちょっと商売道具よ、やめてください。

「あれと、お前は同じなのか?剣が怖いだとか、人殺しをした人が近くにいるなんて気が遠くなりそうって!」

 まあ、聖女カナエってば、こちらにはこちらの世界の常識が存在しているのに。

「職業に貴賎はありませんよ。気にしない方が良いかと。それにあなたが振るう剣に救われた人もいるのです。もっとも誰かを殺してその人の人生を背負う権利なんてどこにもありませんけれどね。聖女カナエの世界は自死は近くて、他死は割と遠くにあります。倫理観がそもそも違うのですから」

 私はリュックを背負うと歩き出した。その後を監視人がとぼとぼ歩いてついてくる。それにしてもエルデバルト公爵なんてあったかしら。いや、あったわ、すごく昔の系譜よ。今は一線を退いているはず。しかも息子だなんて……なんだかおかしいわ。エルデバルト公爵のご子息は身体が弱くてお亡くなりになったと家庭教師のご夫人から学んだわ。聞いていた容姿とも違う。

 監視人のジークは誰なのかしら。

「ジョルジュのどこがいいんだ」

 うーむ。

「顔ーーかしら?」

「顔!?」

「ええ、イーリアはジョルジュ様の顔や姿が好きでしたよ。まるで物語に出てくる王子様みたいでしたしね」

 イーリアはジョルジュ様の横にいる自分自身も好きだったわ。

「お前はどうなんだ?」

 私?

「別にジョルジュ様は好きでも嫌いでもありません。そもそも顔の秀美よりその人の生き様ですよ?」

「イーリア」

「イリアです。ああ、今はイリアスです、監視人」

「ジークと呼べ。騎士は嫌いか?」

「ジーク様、騎士は嫌いではありませんよ」

「様をつけるな、気持ちが悪い」

 失礼ね。ああ、イーリアは騎士を野蛮な下賤と嫌っていたわ。たしかに血に濡れた彼らは、イーリアたち王国民を守る剣であるのに。

「ジーク、あまり近寄ると、あなたも男色家と思われますよ」

 私の荷物をひょいと持ち上げて、今度は颯爽と歩いていく。

「お前となら気にならない、イリアス」

 あら、どうしたのかしら。楽しそうね、監視人。

「それにしてもわざわざ貴族のジークが監視人なんて」

 私、それほど酷いことをしたかしら。したわね、すみません。私はジークの後を歩きながら教会に戻っていった。

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