国王親子に迫られているんだが

二十二章 黒ローブの謎

144 お披露目の日

　ザクセン・グレゴリウスに抱えられたアーネストは赤の軍服にフリルが手首を覆い、めちゃくちゃ可愛いし、僕の少し前を歩いているシャルスも青の軍服からフリルがひらひらしていて、二人ともお揃いだ。僕は空色の軍服にそりゃあもうふりっふりのフリルだし、軍服キュロットっていう……つまり可愛らしい格好なんだ。

　アーネストはザクセンの腕の中で珍しく緊張しているみたいだ。シャルスの前は近衛隊大隊長のバルバロッサがいて、魔剣ロータスを手にしている。

　三カ月振りの外だなあ。本当に部屋から出してくれないんだもの。

「王太子殿下っ！」

　王の部屋でアーネストに初めて会ったザクセンとルーザーより先に、バルバロッサが膝をついて忠誠を誓った。一応、第二近衛隊の一人だものな。そいつ、お前が若い頃侍従騎士として付き従った『アーネスト』だよと言ってやりたかったが、もちろん言わないでおいた。

　シャルスの前にいる第一近衛隊の隊長はいつもにこにこしているローエン・エバンズ。ずっと前からシャルスの部屋を守るガタムチマッチョの人の良い肉の壁だ。大変申し訳ないが、魔法もそこそこ、剣技もそこそこだが守りに特化している防壁タイプだ。

　バルバロッサとザクセン、そしてルーザーには『毒』をアーネストと共に追うことを話し、初めてシャルスそのことを伝えた。シャルスは息を呑み、僕とアーネストを見つめて頷いた。

「父上はずっと追っていたのですね。ノリンはそれを手伝っていたのですか？」

　とりあえずそう答えておく。だってまさか、僕が元オーガスタだなんて言えないではないか。

「ーー腕のたつ信用できる者が欲しいってことで。だって僕、シャルスの婚約者だったしね」

　そこはまあ、前後をぼかしておくことにする。何を笑っているのかな、アーネスト。

　王宮の建物の中を歩き最奥の階段から降りて、謁見と舞踏の場である間でも一番高い位置にある王座から下を見つめる。階段の下には、大人ばかり。伯爵家から以上の爵位を継ぐ貴族のみで、伴侶などの連れはない。連れの騎士や使用人は控えの間にいる。

　ここからは、この国の縮図が見てとれた。レーダー公派は部屋の北に、古いタイプの貴族ジャケットが目印のようだった。その中で一番前に、まるでレーダー公だけが許されたような赤のジャケットが見える。

　あ、母様も公爵としてかなり前にいる。ちょっと口元が微笑んでいる。ちなみに、ミカエルは欠席だ。うん、諸々の事情って奴だ。

　あれ、おかしいな、カモンもいて、赤ジャケットを着ている。今日は爵位持ちだけのはずだが。

　ああ、ロータスを抜くためか。ちっ、やなやつ。

　元々、王族のお披露目会での可愛いお笑い行事みたいなものだった、『宝剣抜剣の儀』に火をつけたのは、レーダー公とアーネストの親父さん、つまりは前の国王だ。レーダー公が仕掛けたんだろうな、マナが多いから。でも、抜けなかった。

　先王の息子の中では唯一アーネストが抜いたわけだが、剣は暴走してアーネストを戦闘狂にした。

　僕とシャルスの間でちょこんと座っているアーネストはどうなるのか、鋭い三白眼でレーダー公がアーネストを見ている。誰もが三カ月のアーネストを不審がらないから、いわゆる上級貴族ではこの成長が当たり前なんだなと思った。

「私からの新年祝賀は慎み、みなさん、お披露目として、我が子アーネストを紹介します」

　舞踏会場をぐるりと見回したシャルスは、声を出した。それに反応したのは、レーダー公派の貴族たちだ。

　祝賀の言葉を慎みは、まだ前王アーネストが亡くなった少し後だからだ。それは問題ない。

　幼いアーネストを見て動揺している者もいるし、何よりも『悪名高いアーネスト』の名を受け継いだことがざわつかせている要因らしい。

「父の『悪業』を忘れてほしいとは言いません。第一近衛隊親族子弟の辛い気持ちを察します。ですが、この子は赤子ながら『アーネスト』の名前を欲したのです。この子自身の行く末を見てほしいのです」

　シャルスの落ち着いた声。

　ああ、だから、シャルスは受け継がせたのかもしれない。幼い頃のシャルスはアーネストのことが大好きだったからだ。そして今も真実を知り慕っているのだから。

「さあ、アーネスト。ご挨拶を」

　アーネストは椅子からにじり降りて壇上に立つと、高い可愛い声で話した。

「僕はお祖父様の名前を継ぎ、父上のお役に立つことを約束しま、しゅ」

　あ、噛んだ。『す』ではなく『しゅ』だ。

　本人はめちゃくちゃ恥ずかしかったらしい。顔が真っ赤だもの。

　ほう……とやんわりした空気と拍手に、ギクシャクと僕の方を向いたアーネストは、僕の膝にダッシュで駆け上がり、

「マジで、死にてぇ」

と僕にしか聞こえない声で呟いて、僕の胸に顔を埋めた。

　めちゃくちゃ分かる。中身おっさんがみんなの前で宣言して、しかも、噛んで赤ちゃん言葉だもの。

　意図していないけれど、場が和んだのは本当だ。

「では、国王陛下。恒例の『剣の儀式』を行ってはどうかな」

　レーダー公よ、シャルスはお前に話しをする機会を与えてない。しかしシャルスはバルバロッサに剣を持ってこさせる。

「かねてよりの陳情により、カモン・レーダー。壇上へ上がるのを許します」

　シャルスが呼び捨てにした。

「アーネストもノリンの膝から降りて前へ来てください」