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十九章 銀杯の系譜
126 アリシア国民プレート
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午前中の聖廟の納棺の後、グレゴリーは午後から登城してくるレーダー公とカモンを迎え入れるために慌ただしい。
僕とシャルスは政務を一時免除され、アーネストのいた軟禁室を確認していた。僕とシャルスが見守る中掃除が一通り終わり、ほとんどない私物の中で、僕はベッドの枕元から国民プレートを見つけて驚いた。
「オーガスタ……って書いてある」
思わず呟いた僕に、国宝魔剣ロータスを手にしていたシャルスが
「父の親友の名前です。魔の森の地図を作成したらアリシア国民になると話していましたから、父は帰らないあの人をずっと待っていたのでしょう。私もーー」
とアーネストの話をして、次の言葉を飲み込んだ。
ああ、知っているよ。シャルスもずっと待っていてくれたんだろう。僕はオーガスタではなくなったけれど、ずっとそばにいるよ。オーガスタとアーネストの代わりに。
そんな意思を込めて、プレートをシャルスに手渡すと、プレートをシャルスは握りしめ、それから僕に渡し返してきた。
「シャルス?」
「なんだかノリンに持っていてほしいのです」
オーガスタってバレたわけではないらしいが、シャルスはにっこりと笑って僕の手の中に握り込ませる。事情を知るミカエルが
「お預かりください、王配殿下」
と僕に告げ、僕はもらっておくことにした。アーネストはオーガスタのことを本当に思ってくれていた。また涙が出そうだった。
あっさりと片付いてしまった軟禁部屋はがらんとしていて悲しくなる。そんな部屋で僕はアーネストと最後を過ごしたんだ。誰にも言えないけれど、僕は……アーネストに抱かれて腹実を成したんだ。
ぼんやりと見ていたら、ミカエルに近衛兵が耳打ちをしているのに気づいた。
「国王陛下、王配殿下、お部屋へお願いします。メイザース医師が待っているそうです」
「定期検診はまだのはずですが、ミカエル?」
うわあ、めちゃくちゃ嫌そうな顔をするなあ、シャルス。小さな頃のことを思い出して、更に嫌い度アップしている。でも、メイザース医師のことだ。何かあるから来ているのだろうと思い、僕は
「行こう、シャルス」
と返事をした。
そうしたら嫌そうだが渋々って感じでシャルスが頷き、侍従騎士ミカエルの後について歩く。シャルスとミカエルは軍服を着ていて、僕はいつもの楽な私服だ。
部屋へ戻るとアズールとレーンが扉の隅で頭を下げて、メイザース医師がソファに座っている。
「おお、吾輩の陛下。お待ちしておりました」
「私はメイザースのものではありません」
うわ、キッパリ。
「はっきりと申される陛下も良き」
さすがメイザース、気持ち悪いMっぷりだ。
「メイザース、わざわざ部屋まで。何のようですか?」
シャルスと僕がソファに腰掛けると、アズールが魔の森茶を入れてくれる。
「国王陛下の忘却陣が解陣されましたが、上皇陛下よりマナ供給が無くなった分が補填されていないのです。ええ、えぇと、夜の営みをお控えいただき、マナを減らすことを避けていただきたいと。……も、勿論、吾輩の触診も残念ながらございません……残念ながら……」
声を搾り出すように、メイザースが悔しくて悔しくて戸惑いがちに答えた。
というか、なんでこいつそんなことを言いにわざわざ来たんだろう。定期検診の時に言えばいいのにと思っていたら、
「宿り実が宿れば、伴侶は更に睦まじくあるべきではないですか?」
とこれにはシャルスが折れなかった。
「国王陛下はご自身のマナとオドの細さをご理解していらっしゃらない。王配殿下は上皇妃殿下とは違いマナが多く、一人でも腹実を養えるのです。夜はゆっくりとお過ごしいただきたい」
それからメイザースはアーネストというマナ供給源を失ったシャルスのマナは、オドを変換するほど枯渇していることを話した。
「自身に変化は感じませんが」
とシャルスは話していたが、怠そうだなと思う。アーネストが亡くなって二日。たった二日なんだ。それで枯渇が始まった。
僕自身に腹に宿り実が成って二日。三ヶ月程度で腹実は降りてくる。それから乳をやり……その頃までまだ僕も動きようがない。レーダー公の動向を見ていてくれよ、グレゴリー。
「シャルス、メイザース医師に従おうよ」
ひとまずシャルスを落ち着かせ、メイザースが身体から力を抜く。自覚はないだろうが、シャルスのマナはマナ文字やマナ御璽を繰り返すことをまだしない方が良いレベルらしい。
「……はい。でも、朝は起こしに来てください。期限はいつまでですか?いや、ちょっと……その、夜離れているのは、本当は嫌なのです」
「腹実が出るまでといたしましょう」
メイザース医師の話はそれで終わりになりそうだったが、
「どうして私のマナの量が分かるのですか?」
とシャルスが聞いたから、メイザースは魔水晶レンズの眼鏡がそれであると告げる。
「ガルドバルド大陸の小人族の唯物ですぞ。マナの色量も分かるのです。王配殿下に宿る腹実の金色の膨大なマナも分かるのです。吾輩は国王陛下のためにいるのです。吾輩を信用していただけまいか」
と最後の方はぼそぼそと力無く独り言のように言う。シャルスに嫌われているのを身に染みてわかっているのだろう。
「ーー分かりました。ノリンの腹実こともあります。貴方を信用します」
そう手を差し伸べたシャルスの右手を舐めんばかりに摩りながら両手で握り返すという気持ち悪さの振れ幅を見せたメイザースは、後ろ髪を引かれながら部屋を出て行きやっと昼食になる。ミカエルも今日は席に着く。
「午後からの神殿にはレーダー公とカモン殿が来るそうだから、ミカエルも気にしておいてください」
シャルスの深刻そうな声を聞いて、ミカエルがすぐに頷いた。
「神殿に上がるのは私とお二方ですが、私は神殿の中には入ることが出来ません。宰相閣下、継承権第一位のカモン様、二位のレーダー公爵のみになりますが……」
だからこそ僕がいる。
「……魔法師が狙わないように、僕が結界陣を張るから大丈夫だよ。ミカエルは君と同じ位置にいるレーダー公配下の魔法師と騎士に注意してほしいな」
シャルスと腹実を傷つけたりはさせない。
僕とシャルスは政務を一時免除され、アーネストのいた軟禁室を確認していた。僕とシャルスが見守る中掃除が一通り終わり、ほとんどない私物の中で、僕はベッドの枕元から国民プレートを見つけて驚いた。
「オーガスタ……って書いてある」
思わず呟いた僕に、国宝魔剣ロータスを手にしていたシャルスが
「父の親友の名前です。魔の森の地図を作成したらアリシア国民になると話していましたから、父は帰らないあの人をずっと待っていたのでしょう。私もーー」
とアーネストの話をして、次の言葉を飲み込んだ。
ああ、知っているよ。シャルスもずっと待っていてくれたんだろう。僕はオーガスタではなくなったけれど、ずっとそばにいるよ。オーガスタとアーネストの代わりに。
そんな意思を込めて、プレートをシャルスに手渡すと、プレートをシャルスは握りしめ、それから僕に渡し返してきた。
「シャルス?」
「なんだかノリンに持っていてほしいのです」
オーガスタってバレたわけではないらしいが、シャルスはにっこりと笑って僕の手の中に握り込ませる。事情を知るミカエルが
「お預かりください、王配殿下」
と僕に告げ、僕はもらっておくことにした。アーネストはオーガスタのことを本当に思ってくれていた。また涙が出そうだった。
あっさりと片付いてしまった軟禁部屋はがらんとしていて悲しくなる。そんな部屋で僕はアーネストと最後を過ごしたんだ。誰にも言えないけれど、僕は……アーネストに抱かれて腹実を成したんだ。
ぼんやりと見ていたら、ミカエルに近衛兵が耳打ちをしているのに気づいた。
「国王陛下、王配殿下、お部屋へお願いします。メイザース医師が待っているそうです」
「定期検診はまだのはずですが、ミカエル?」
うわあ、めちゃくちゃ嫌そうな顔をするなあ、シャルス。小さな頃のことを思い出して、更に嫌い度アップしている。でも、メイザース医師のことだ。何かあるから来ているのだろうと思い、僕は
「行こう、シャルス」
と返事をした。
そうしたら嫌そうだが渋々って感じでシャルスが頷き、侍従騎士ミカエルの後について歩く。シャルスとミカエルは軍服を着ていて、僕はいつもの楽な私服だ。
部屋へ戻るとアズールとレーンが扉の隅で頭を下げて、メイザース医師がソファに座っている。
「おお、吾輩の陛下。お待ちしておりました」
「私はメイザースのものではありません」
うわ、キッパリ。
「はっきりと申される陛下も良き」
さすがメイザース、気持ち悪いMっぷりだ。
「メイザース、わざわざ部屋まで。何のようですか?」
シャルスと僕がソファに腰掛けると、アズールが魔の森茶を入れてくれる。
「国王陛下の忘却陣が解陣されましたが、上皇陛下よりマナ供給が無くなった分が補填されていないのです。ええ、えぇと、夜の営みをお控えいただき、マナを減らすことを避けていただきたいと。……も、勿論、吾輩の触診も残念ながらございません……残念ながら……」
声を搾り出すように、メイザースが悔しくて悔しくて戸惑いがちに答えた。
というか、なんでこいつそんなことを言いにわざわざ来たんだろう。定期検診の時に言えばいいのにと思っていたら、
「宿り実が宿れば、伴侶は更に睦まじくあるべきではないですか?」
とこれにはシャルスが折れなかった。
「国王陛下はご自身のマナとオドの細さをご理解していらっしゃらない。王配殿下は上皇妃殿下とは違いマナが多く、一人でも腹実を養えるのです。夜はゆっくりとお過ごしいただきたい」
それからメイザースはアーネストというマナ供給源を失ったシャルスのマナは、オドを変換するほど枯渇していることを話した。
「自身に変化は感じませんが」
とシャルスは話していたが、怠そうだなと思う。アーネストが亡くなって二日。たった二日なんだ。それで枯渇が始まった。
僕自身に腹に宿り実が成って二日。三ヶ月程度で腹実は降りてくる。それから乳をやり……その頃までまだ僕も動きようがない。レーダー公の動向を見ていてくれよ、グレゴリー。
「シャルス、メイザース医師に従おうよ」
ひとまずシャルスを落ち着かせ、メイザースが身体から力を抜く。自覚はないだろうが、シャルスのマナはマナ文字やマナ御璽を繰り返すことをまだしない方が良いレベルらしい。
「……はい。でも、朝は起こしに来てください。期限はいつまでですか?いや、ちょっと……その、夜離れているのは、本当は嫌なのです」
「腹実が出るまでといたしましょう」
メイザース医師の話はそれで終わりになりそうだったが、
「どうして私のマナの量が分かるのですか?」
とシャルスが聞いたから、メイザースは魔水晶レンズの眼鏡がそれであると告げる。
「ガルドバルド大陸の小人族の唯物ですぞ。マナの色量も分かるのです。王配殿下に宿る腹実の金色の膨大なマナも分かるのです。吾輩は国王陛下のためにいるのです。吾輩を信用していただけまいか」
と最後の方はぼそぼそと力無く独り言のように言う。シャルスに嫌われているのを身に染みてわかっているのだろう。
「ーー分かりました。ノリンの腹実こともあります。貴方を信用します」
そう手を差し伸べたシャルスの右手を舐めんばかりに摩りながら両手で握り返すという気持ち悪さの振れ幅を見せたメイザースは、後ろ髪を引かれながら部屋を出て行きやっと昼食になる。ミカエルも今日は席に着く。
「午後からの神殿にはレーダー公とカモン殿が来るそうだから、ミカエルも気にしておいてください」
シャルスの深刻そうな声を聞いて、ミカエルがすぐに頷いた。
「神殿に上がるのは私とお二方ですが、私は神殿の中には入ることが出来ません。宰相閣下、継承権第一位のカモン様、二位のレーダー公爵のみになりますが……」
だからこそ僕がいる。
「……魔法師が狙わないように、僕が結界陣を張るから大丈夫だよ。ミカエルは君と同じ位置にいるレーダー公配下の魔法師と騎士に注意してほしいな」
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