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十九章 銀杯の系譜
125 霊廟と新しい近衛隊
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アリシア王国近衛隊は四つに別れている。そのうちの第一第二が主に貴族で構成され『王宮』を守っている。
第一は『王国の剣』第二が『王家の盾』と呼ばれ、国王出陣の際には第一近衛隊が共に行くのだが、上皇陛下崩御に際して、変更された旨が兵舎に張り出された。
第一近衛隊は碧軍服となり、第二近衛隊が緋軍服となるとのことだ。
ただし、今日の聖廟への輸送は第一第二近衛隊『希望者』が携わり、警備以外に四名が希望者となる。
以前の第一近衛隊は『上皇陛下の乱心』ため待機組を除いて全滅。現在の第一近衛隊はそのうちの残りと第二近衛隊がスライドして第一近衛隊となっているから、皇太子殿下が国王陛下になった今、映えある第一近衛隊だ。専属護衛隊兼『映えある剣』のはず、でもあるが、どうみても『肉の盾』と言わんばかりのほっこり具合である。戦後のシャープさに欠けたボンボンたちの集まりだ。
その中の一人がここにいる。王宮にて喪に臥すように告げられ、午前の仕事も始まって数時間。軍舎がある場所で、くじ引きに負けた近衛が担ぎ手になり、隊長と渋々王宮に向かっていくのを見送っていたのは、今年近衛隊に配属されたザクセン・グレゴリウスだ。
「俺も行きたかったなあ……王配陛下を間近で見るチャンスだったのに。王配殿下ってば可愛すぎないか?」
唐突に真剣顔でお目付け役のルーザー・カーチスに話を切り出した。二人とも第一近衛隊末席にいるのだが、ザクセンは第一第二の変更希望用紙を手にして真剣な顔をしていた。
「学舎に通っていらしたお姿も愛らしいと思っていたが、国王陛下と一緒にいる王配殿下はなんっていうか可愛いのに凛々しい眼差しと慈愛の微笑みを湛えていてさ」
ルーザーは大柄なザクセンの前でうんうんと頷く。ザクセンは宰相の二子だが兄が亡くなっているため跡取りになる。脳筋グレゴリーの愛息だ。
そのザクセンのお世話係の侍従騎士として育ちザクセンと共にしているが、ルーザーも王配陛下の可愛さには頷いた。
あれは可愛い、小動物みたいだと大きく確かに頷く。ザクセンもルーザーも金茶髪を短く刈り上げている。幼馴染みの侯爵子息と伯爵子息は、双子の如く好みや嗜好や思考まで似ていた。
「そこで、俺は第一近衛隊から第二近衛隊へ転属をしようと思うんだ。第二近衛隊といえば、王配殿下やお子様殿下をお守りする立場だよな」
ルーザーはうっとりと話しているザクセンに感銘を受けて、
「ザクセンは素晴らしいと思う」
と頷いた。
「廊下を歩いていると、たまに王配殿下の香りするんだよ。王族しか使わないホワイトロータスの香りが。もちろん国王陛下も使われているんだが、王配殿下の場合はなんだかそれに甘い香りがして、ああ、もう、頭をなでなでしてほしいって思うんだがーー俺、気持ち悪いか?」
普通の人ならば確実に気持ち悪いと言うのだろうが、同じ感覚を有してやまないルーザーは深く深く頷いた。
「俺には匂いが分からないが、王配殿下には何故か頭を撫でてもらいたい」
彼らのように幼年士官学校出の近衛兵の多くは、泣き虫リンクを連れて士官学校に送ってきたオーガスタを知っている。
泣いて離れないリンクの頭を撫で、周りに集まってきた子供たちの頭を撫でたオーガスタを覚えている者も多い。
貴族の子息子女の頭を撫でる庶民に驚き嫌った者もいたが、オーガスタとアーネスト、またはグレゴリーとの手合わせを見てオーガスタに憧れた子供たちは、シャルスより少し年上のいい年齢になっている。
その近衛兵が『何故だか頭を撫でてもらいたい』と王配殿下の後ろ姿を見つめているのを、当の本人は知らないでいた。
黒塗りの棺が四名の近衛兵に担ぎ上げられゆっくりと部屋を出る。グレゴリーを先頭に宮から出ていくアーネストの棺の後ろにシャルス、そして僕がついて歩く。シャルスも僕も真新しい軍服を着ていて、廊下には左右に近衛兵が並ぶ。
彼らの前世代を殺したアーネストに対しての思いは憎しみなのだろう。士官は比較的冷静な顔をして、僕らと棺を見ている。
棺が宮を抜けて霊廟のある中庭に入り、グレゴリーがチラリと見た墓碑。確かシャルスを庇って取り囲んだ第一近衛隊と、シャルスの乳母でメリッサの侍女、それからアーネストの侍従騎士の一人のものだ。
賊が誰だか知らないけれど、何重にも魔法結界の張られている王宮に簡単に入り込める刺客なんてあり得ないだろう。魔法師が故意に結界を緩め、レーダー公が送り込んだとしか思えない。シャルスも知らない人だと話していた。
酷い惨劇を幼いシャルスから消すために、アーネストがシャルスに忘却陣を施したのは分かる。アーネスト自身が事故とはいえシャルスに手をかけてしまったからだろう。
アーネストとシャルスが一番辛い時にいなかった自分自身が悔やまれてならない。
「ノリン、大丈夫ですか?」
お前こそ大丈夫か?と言いたかったけれど、僕は小さく頷いただけだった。
聖廟の前の長い階段を上がり、グレゴリーは中に入ることはしない。聖廟の並んだ石棺の蓋は開けられていて、赤い軍服のアーネストが棺の底板と共に下げられる。王族の遺体に触れることは許されないから紐で底板を支え石棺に下ろして、シャルスが国旗をアーネストの首から下に掛けた。
「ーー父上」
シャルスはそれしか言わなかった。そのまま石棺の蓋が四人の近衛兵によって閉められ聖廟の鐘が鳴らされた。鐘は崩御の時にしかならない。
惨殺王の汚名を着たまま、アーネストは聖廟の中で眠りについた。
第一は『王国の剣』第二が『王家の盾』と呼ばれ、国王出陣の際には第一近衛隊が共に行くのだが、上皇陛下崩御に際して、変更された旨が兵舎に張り出された。
第一近衛隊は碧軍服となり、第二近衛隊が緋軍服となるとのことだ。
ただし、今日の聖廟への輸送は第一第二近衛隊『希望者』が携わり、警備以外に四名が希望者となる。
以前の第一近衛隊は『上皇陛下の乱心』ため待機組を除いて全滅。現在の第一近衛隊はそのうちの残りと第二近衛隊がスライドして第一近衛隊となっているから、皇太子殿下が国王陛下になった今、映えある第一近衛隊だ。専属護衛隊兼『映えある剣』のはず、でもあるが、どうみても『肉の盾』と言わんばかりのほっこり具合である。戦後のシャープさに欠けたボンボンたちの集まりだ。
その中の一人がここにいる。王宮にて喪に臥すように告げられ、午前の仕事も始まって数時間。軍舎がある場所で、くじ引きに負けた近衛が担ぎ手になり、隊長と渋々王宮に向かっていくのを見送っていたのは、今年近衛隊に配属されたザクセン・グレゴリウスだ。
「俺も行きたかったなあ……王配陛下を間近で見るチャンスだったのに。王配殿下ってば可愛すぎないか?」
唐突に真剣顔でお目付け役のルーザー・カーチスに話を切り出した。二人とも第一近衛隊末席にいるのだが、ザクセンは第一第二の変更希望用紙を手にして真剣な顔をしていた。
「学舎に通っていらしたお姿も愛らしいと思っていたが、国王陛下と一緒にいる王配殿下はなんっていうか可愛いのに凛々しい眼差しと慈愛の微笑みを湛えていてさ」
ルーザーは大柄なザクセンの前でうんうんと頷く。ザクセンは宰相の二子だが兄が亡くなっているため跡取りになる。脳筋グレゴリーの愛息だ。
そのザクセンのお世話係の侍従騎士として育ちザクセンと共にしているが、ルーザーも王配陛下の可愛さには頷いた。
あれは可愛い、小動物みたいだと大きく確かに頷く。ザクセンもルーザーも金茶髪を短く刈り上げている。幼馴染みの侯爵子息と伯爵子息は、双子の如く好みや嗜好や思考まで似ていた。
「そこで、俺は第一近衛隊から第二近衛隊へ転属をしようと思うんだ。第二近衛隊といえば、王配殿下やお子様殿下をお守りする立場だよな」
ルーザーはうっとりと話しているザクセンに感銘を受けて、
「ザクセンは素晴らしいと思う」
と頷いた。
「廊下を歩いていると、たまに王配殿下の香りするんだよ。王族しか使わないホワイトロータスの香りが。もちろん国王陛下も使われているんだが、王配殿下の場合はなんだかそれに甘い香りがして、ああ、もう、頭をなでなでしてほしいって思うんだがーー俺、気持ち悪いか?」
普通の人ならば確実に気持ち悪いと言うのだろうが、同じ感覚を有してやまないルーザーは深く深く頷いた。
「俺には匂いが分からないが、王配殿下には何故か頭を撫でてもらいたい」
彼らのように幼年士官学校出の近衛兵の多くは、泣き虫リンクを連れて士官学校に送ってきたオーガスタを知っている。
泣いて離れないリンクの頭を撫で、周りに集まってきた子供たちの頭を撫でたオーガスタを覚えている者も多い。
貴族の子息子女の頭を撫でる庶民に驚き嫌った者もいたが、オーガスタとアーネスト、またはグレゴリーとの手合わせを見てオーガスタに憧れた子供たちは、シャルスより少し年上のいい年齢になっている。
その近衛兵が『何故だか頭を撫でてもらいたい』と王配殿下の後ろ姿を見つめているのを、当の本人は知らないでいた。
黒塗りの棺が四名の近衛兵に担ぎ上げられゆっくりと部屋を出る。グレゴリーを先頭に宮から出ていくアーネストの棺の後ろにシャルス、そして僕がついて歩く。シャルスも僕も真新しい軍服を着ていて、廊下には左右に近衛兵が並ぶ。
彼らの前世代を殺したアーネストに対しての思いは憎しみなのだろう。士官は比較的冷静な顔をして、僕らと棺を見ている。
棺が宮を抜けて霊廟のある中庭に入り、グレゴリーがチラリと見た墓碑。確かシャルスを庇って取り囲んだ第一近衛隊と、シャルスの乳母でメリッサの侍女、それからアーネストの侍従騎士の一人のものだ。
賊が誰だか知らないけれど、何重にも魔法結界の張られている王宮に簡単に入り込める刺客なんてあり得ないだろう。魔法師が故意に結界を緩め、レーダー公が送り込んだとしか思えない。シャルスも知らない人だと話していた。
酷い惨劇を幼いシャルスから消すために、アーネストがシャルスに忘却陣を施したのは分かる。アーネスト自身が事故とはいえシャルスに手をかけてしまったからだろう。
アーネストとシャルスが一番辛い時にいなかった自分自身が悔やまれてならない。
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お前こそ大丈夫か?と言いたかったけれど、僕は小さく頷いただけだった。
聖廟の前の長い階段を上がり、グレゴリーは中に入ることはしない。聖廟の並んだ石棺の蓋は開けられていて、赤い軍服のアーネストが棺の底板と共に下げられる。王族の遺体に触れることは許されないから紐で底板を支え石棺に下ろして、シャルスが国旗をアーネストの首から下に掛けた。
「ーー父上」
シャルスはそれしか言わなかった。そのまま石棺の蓋が四人の近衛兵によって閉められ聖廟の鐘が鳴らされた。鐘は崩御の時にしかならない。
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