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十九章 銀杯の系譜
124 アーネストの死
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シャルスの願いもあって、僕らはアーネストが軟禁されている部屋へ向かった。グレゴリーもメイザースももう理解しているようで、部屋の扉の前で沈んだ顔をしていた。
「父上、シャルスです。開けてください」
どこかあの小さな頃の張りのある声で、シャルスが扉に手を掛ける。いつもと違い軽く扉は内側に開き、ふわりとスパイシーミントの香りがする。
「父上?」
集まった僕らは薄暗い部屋の中に入り、赤い国王軍服を肩から羽織り、ズボンにシャツの姿でベッドに倒れているアーネストを発見した。
「父上っ!」
「お待ちください、陛下!ーー吾輩が……」
メイザースがアーネストの首筋に触れ息を確認して、ふ……と息を吐く。
「お亡くなりになっています。体温とオドの様子から明け方には亡くなられたかと」
「そんな……父上っ!」
あれから……僕の中に腹実が成ったのと引き換えに、アーネストは死んだんだ。
アーネストに縋って泣くシャルスの横で、僕はポロポロと涙を流す。ベッドの脇にある魔剣ロータスも完全に沈黙していて、僕にも応えてはくれない。
グレゴリーは涙するまいと上を向き頭を振り払った後、
「第一近衛隊、伝令。アーネスト・アリシア上皇陛下崩御。お包みする国簱の準備と、霊廟への輸送準備を」
と威厳のある声で伝え、シャルスはアズールとレーンの意見を聞きながらアーネストの身体を国王自ら清め、真新しい赤の軍服をなんとか着せた。まだ死後硬直のない身体は動かしやすく、僕は腹実に触るからとアーネストには触らせて貰えなかった。
「父上は何も悪いことはしていません。父上は黒い霧に飲まれ制御不能になった剣から逃れるために自身の腹に剣を突き立てようとしたのです。父上を庇って剣が掠めましたが、私を守ろうとしていた父上はご立派でした」
丁寧に服を整え、国旗を下に敷いたアーネストは穏やかで眠っているかのようだ。
「あんなに怖かったのは、黒い人影と父上が重なって見えたからなのです。あの黒い人影を思い出すと、身がすくみます。顔の中心の赤い光が……」
独り言のように呟くシャルスはまた泣いていた。やつれたように見える横顔は幼い日のことを思い出し、今までのことを悔やんでいるようで寂しさを感じて、僕はソファの横でシャルスの肩を抱きしめた。
親友で最愛の奴が亡くなってしまった。アーネストはシャルスの親なんだけど僕は好きだった、愛していた。それを教えてくれたアーネストのことを思い、
「寂しいなあ」
と、シャルスに告げた。
「ノリンの言葉はいなくなったオーガスタさんの口調に似ています」
シャルスの言葉に、
「うんーーうん?」
と息を呑んだ。え、ええ、オーガスタ?あ、そうか、シャルスは忘却陣が消えて全部思い出したんだっけ。や、やばい。
「だからか、すごく安心します」
さまざまな『急』の中で、シャルスは国王陛下となる。僕らはそれを支えるだけだ。
今はアーネストを二人で見守ろう。明日の出棺まではと、僕はシャルスに寄り添っていた。
部屋の隅には当然だがアズールとレーンがいる。侍従騎士のミカエルもいる。メイザースは医師団に戻り、グレゴリーはとにかく忙しい。
「ねえ、ノリン。聖廟に向かったあと、神殿に行きましょう」
神殿には銀杯がある。銀杯には腹実の真実が刻まれている。そこにアーネストと僕の名前が刻まれていたら、シャルスは悲しむだろうなと思いながらも頷いた。
僕はアーネストのことをかなり好きだったらしい。脱力していて何も考えられないのだ。
「坊ちゃん、少しお眠りください。身体に触ります」
部屋にはカウチが持ち込まれて、僕はシャルスの横で目を閉じる。シャルスは気を張っているが、多分体調が良くない。だから僕はシャルスの首を捕まえて引き寄せた。
「ノリン?」
「不安だから、一緒に眠って」
とまあ、なんとも嘘っぽい発言だが、シャルスは受け入れてくれて二人で眠りについた。
公爵家に到着した男が裏口からの入り、そのままレーダー公爵の地下部屋にやってきた。レーダー公に一言二言話した後レーダー公が頷き、そのまま男は床に崩れ去る。身体から血が溢れそれは側溝を染めた。
「公」
黒いマントの男たちが男を取り囲み、一人の黒い男が黒い霧されていく。
「ふむ、アーネストが死んだか」
何事もなかったようにレーダー公は部屋を出ると、カーテンの閉じてある部屋に戻る。脂漏化したような皮膚は太陽光を嫌うからと暗い部屋になっているが、その部屋には様々な人々が訪れていた。
公爵夫人が知れば悲鳴を上げるような悪漢や悪人もいた。密売人や密猟人がレーダー公を求めている。
レーダー公は片手の杖をゆっくり付いて歩くと、部屋の椅子に座り、口端を歪めた。
「アーネストが死んだ。しばらくは表立って動かない方がいいだろう」
レーダー公の言葉にその中でも一際目立つ上背の男が、レーダー公に声を上げる。
「裏ならば良いのか?レグルス侵攻は止まらんぞ、公よ」
続いて話した別の男は、
「レグルス王国はヨーカー王家からテューダー王家へ移りました。アリシア王国も混ざり物のないレーダー王家へ移り、共に二つの小国を吸収し巨大な新しい国を作る話はどうなるのです?」
とレーダー公に告げる。レーダー公は軽く笑い、
「シャルス・アリシアは弱い子供だ。脆弱で疲弊する。アーネストはシャルスのマナ供給源としての生命を全うし死んだ。アーネストの健康で健全な唯一の子は我が孫カモンしかないない」
と話す。
「カモン・レーダーは『魔剣ロータス』を抜けるのか?」
「カモンがアーネストの子なら抜けるはずだ。カモン・レーダーが正統なるアリシアの国を作る」
レーダー公は肩を揺らした。メイドに化けさせた娘は精神を破壊したアーネストの兄どもの母であり、アーネストの父王の伴侶。レーダー公の娘と、無気力なアーネストに飲ませた催淫剤による強引な契り。
アーネストは子を成せば死に、息子を生かすという神の言葉に縋り付いていた。
アーネストが死んだ。
聖杯の系譜閲覧には、是非参列しなければと、レーダー公は笑いを見せた。
「父上、シャルスです。開けてください」
どこかあの小さな頃の張りのある声で、シャルスが扉に手を掛ける。いつもと違い軽く扉は内側に開き、ふわりとスパイシーミントの香りがする。
「父上?」
集まった僕らは薄暗い部屋の中に入り、赤い国王軍服を肩から羽織り、ズボンにシャツの姿でベッドに倒れているアーネストを発見した。
「父上っ!」
「お待ちください、陛下!ーー吾輩が……」
メイザースがアーネストの首筋に触れ息を確認して、ふ……と息を吐く。
「お亡くなりになっています。体温とオドの様子から明け方には亡くなられたかと」
「そんな……父上っ!」
あれから……僕の中に腹実が成ったのと引き換えに、アーネストは死んだんだ。
アーネストに縋って泣くシャルスの横で、僕はポロポロと涙を流す。ベッドの脇にある魔剣ロータスも完全に沈黙していて、僕にも応えてはくれない。
グレゴリーは涙するまいと上を向き頭を振り払った後、
「第一近衛隊、伝令。アーネスト・アリシア上皇陛下崩御。お包みする国簱の準備と、霊廟への輸送準備を」
と威厳のある声で伝え、シャルスはアズールとレーンの意見を聞きながらアーネストの身体を国王自ら清め、真新しい赤の軍服をなんとか着せた。まだ死後硬直のない身体は動かしやすく、僕は腹実に触るからとアーネストには触らせて貰えなかった。
「父上は何も悪いことはしていません。父上は黒い霧に飲まれ制御不能になった剣から逃れるために自身の腹に剣を突き立てようとしたのです。父上を庇って剣が掠めましたが、私を守ろうとしていた父上はご立派でした」
丁寧に服を整え、国旗を下に敷いたアーネストは穏やかで眠っているかのようだ。
「あんなに怖かったのは、黒い人影と父上が重なって見えたからなのです。あの黒い人影を思い出すと、身がすくみます。顔の中心の赤い光が……」
独り言のように呟くシャルスはまた泣いていた。やつれたように見える横顔は幼い日のことを思い出し、今までのことを悔やんでいるようで寂しさを感じて、僕はソファの横でシャルスの肩を抱きしめた。
親友で最愛の奴が亡くなってしまった。アーネストはシャルスの親なんだけど僕は好きだった、愛していた。それを教えてくれたアーネストのことを思い、
「寂しいなあ」
と、シャルスに告げた。
「ノリンの言葉はいなくなったオーガスタさんの口調に似ています」
シャルスの言葉に、
「うんーーうん?」
と息を呑んだ。え、ええ、オーガスタ?あ、そうか、シャルスは忘却陣が消えて全部思い出したんだっけ。や、やばい。
「だからか、すごく安心します」
さまざまな『急』の中で、シャルスは国王陛下となる。僕らはそれを支えるだけだ。
今はアーネストを二人で見守ろう。明日の出棺まではと、僕はシャルスに寄り添っていた。
部屋の隅には当然だがアズールとレーンがいる。侍従騎士のミカエルもいる。メイザースは医師団に戻り、グレゴリーはとにかく忙しい。
「ねえ、ノリン。聖廟に向かったあと、神殿に行きましょう」
神殿には銀杯がある。銀杯には腹実の真実が刻まれている。そこにアーネストと僕の名前が刻まれていたら、シャルスは悲しむだろうなと思いながらも頷いた。
僕はアーネストのことをかなり好きだったらしい。脱力していて何も考えられないのだ。
「坊ちゃん、少しお眠りください。身体に触ります」
部屋にはカウチが持ち込まれて、僕はシャルスの横で目を閉じる。シャルスは気を張っているが、多分体調が良くない。だから僕はシャルスの首を捕まえて引き寄せた。
「ノリン?」
「不安だから、一緒に眠って」
とまあ、なんとも嘘っぽい発言だが、シャルスは受け入れてくれて二人で眠りについた。
公爵家に到着した男が裏口からの入り、そのままレーダー公爵の地下部屋にやってきた。レーダー公に一言二言話した後レーダー公が頷き、そのまま男は床に崩れ去る。身体から血が溢れそれは側溝を染めた。
「公」
黒いマントの男たちが男を取り囲み、一人の黒い男が黒い霧されていく。
「ふむ、アーネストが死んだか」
何事もなかったようにレーダー公は部屋を出ると、カーテンの閉じてある部屋に戻る。脂漏化したような皮膚は太陽光を嫌うからと暗い部屋になっているが、その部屋には様々な人々が訪れていた。
公爵夫人が知れば悲鳴を上げるような悪漢や悪人もいた。密売人や密猟人がレーダー公を求めている。
レーダー公は片手の杖をゆっくり付いて歩くと、部屋の椅子に座り、口端を歪めた。
「アーネストが死んだ。しばらくは表立って動かない方がいいだろう」
レーダー公の言葉にその中でも一際目立つ上背の男が、レーダー公に声を上げる。
「裏ならば良いのか?レグルス侵攻は止まらんぞ、公よ」
続いて話した別の男は、
「レグルス王国はヨーカー王家からテューダー王家へ移りました。アリシア王国も混ざり物のないレーダー王家へ移り、共に二つの小国を吸収し巨大な新しい国を作る話はどうなるのです?」
とレーダー公に告げる。レーダー公は軽く笑い、
「シャルス・アリシアは弱い子供だ。脆弱で疲弊する。アーネストはシャルスのマナ供給源としての生命を全うし死んだ。アーネストの健康で健全な唯一の子は我が孫カモンしかないない」
と話す。
「カモン・レーダーは『魔剣ロータス』を抜けるのか?」
「カモンがアーネストの子なら抜けるはずだ。カモン・レーダーが正統なるアリシアの国を作る」
レーダー公は肩を揺らした。メイドに化けさせた娘は精神を破壊したアーネストの兄どもの母であり、アーネストの父王の伴侶。レーダー公の娘と、無気力なアーネストに飲ませた催淫剤による強引な契り。
アーネストは子を成せば死に、息子を生かすという神の言葉に縋り付いていた。
アーネストが死んだ。
聖杯の系譜閲覧には、是非参列しなければと、レーダー公は笑いを見せた。
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