国王親子に迫られているんだが

十八章 真実の夜と朝

119 盟友との夜

　無事に王位は引き継げた。レーダー公の薄い笑いは、こちらが味方だと確信しているからだ。

　そして、何事もなく誕生婚約式は終わり、シャルスとも向き合って食事が取れた。早めの食事は楽しく、息子の成長すら感じられた良いものだった。

　新王と新王配が『初夜のため』に出ていった後、まだ舞踏会場に貴族がいて交流をしているにもかかわらず、王城では引き継ぎの業務に追われていた。

　それはグレゴリーをさらに多忙にして、禿げ上がった頭から湯気が出そうな勢いだ。

「お前な、もっと早い段階でわしに言え！」

「悪いな」

　一切は秘密にしていた。そうしなければどこで漏れるかわからないからだ。とりあえず宰相服である長衣に着替えたグレゴリーが、宰相室の椅子に座ると一枚の羊皮紙を取り出す。

「生前譲位なんて前例のないものを……」

「ないわけではない。確か下克上による生前強制譲位があったはずだ」

「ランカスター系王家からレーダー系王家への譲位か……だいぶん前だな」

　グレゴリー分厚い国史書を捲り見つけると、羊皮紙にその時の様式に従って記入をしていく。

「それにしてもレーダー公は文句一つ言わなかったな。わしはいつレーダー公が立ち上がるかと冷や冷やしたぞ」

　宰相室は基本グレゴリー一人の部屋だ。そこに異分子のように入り込んでいるが、グレゴリーはぶつぶつ言いながらも、今回の譲位劇に満足しているようだった。

「カモン・レーダーは譲位により第一王位継承権を得たからな。新国王に『何か』あれば、カモンが国王だ。今よりも激務になれば、ましてや戦争にでもなれば、シャルスは疲弊する」

　そうなると軍務だけではない。政務を担当しているシャルスは、漏れ出すマナ御璽やサインに使い続けて衰弱死するだろう。

「そのためにお前がマナを供給し続けているのだ。殿下は、いや、陛下は大丈夫なのか」

　もちろん、大丈夫だ。

「新国王には近代化推進政務に全力を尽くしてもらい、戦争になることは阻止する。それがグレゴリー、お前たちの役目だ。俺は『今は』レーダー公の手先に過ぎんのでな、一旦手を引くぞ」

　アーネストの言葉に、グレゴリーはハッとして顔を上げ涙ぐみ、首を横に振った。

「わしはお前を許したわけではない。わしの長子を……殺したお前を」

「ああ」

　第一近衛隊副隊長に抜擢されたミマス・グレゴリー以下全ての近衛は幼いシャルス庇うように倒れていた。

　あの日、グレゴリーは二人目の子供が熱を出して少し遅れだっての登城だったが、第二近衛隊の衛兵に呼び出されあの惨状に出会った。

「わしもお前に斬られだが、お前は何も言わないでいる。ただ、『神から罰を受けた』と告げ、『子を成し死をもって償う』とだけしか知らぬ。お前は陛下の記憶を封じて、何を隠そうとしているのだ」

「シャルスの口から聞け。俺は語らんよ。シャルスの話した事が真実だ」

　実のところ、誰も子供部屋の『出来事』を知らないでいる。それをアーネストは語らないでいた。

　軟禁、マナの強制吸収、子成しの死罰、それは全て『ガルド神の強制大執行』なのだ。

　グレゴリーが棚にある琥珀色の酒を出してグラスに注いだ。かつての盟友の分もあり、三つ。その一つをアーネストな渡す。

「罰の数の多い人生だった。だが、最後まで親としてやってやれることがあるのは幸いだ。レーダー公はしばらくは動くことはないだろうが、グレゴリーが圧をかけ動かないようにしろ。新国王の軍務服は今同様の青。侍従騎士も同じ色で揃えろ。第一近衛隊も碧色のまま維持し、王配の式典礼服は空色の軍服風にアレンジするようにメイドに話をつけてある。第二近衛隊は緋色に切り替え精鋭を揃えろ。時期を見てノリンが動かす。第三近衛隊は増量し黒服へ、第四近衛隊は現状の翠色のまま北奥展開のまま維持だ」

　氷も入れていない琥珀の液体は喉を焼いたが、それも心地よい。　

「赤色は国王の色ではないのか？殿下を侮辱……」

「させるのさ、レーダー公に。譲位されたが、赤を賜らなかった新国王など取るに足りないと、な。今は青色がシャルスの『盾』となり守ってくれる」

　基本的には第一近衛隊が赤で王国の『剣』、第二近衛隊が青で王国の『盾』になる。それを逆転させるのだ。近衛隊の編成をし直さなくてはと、グレゴリーは唸る。

　アーネストは飲み干すとゆっくりと歩き出し、もう一つのグラスを手にして部屋を出て行こうとした。

「ーー待て、アーネスト。今夜なのか？まだ、奴とは会っていないではないか。それを待つために長らえたのではなかったか？一度、わしに本気で話せ。何があったのだ！」

　振り向けばかつての盟友が滂沱の涙だった。昔から喜怒哀楽の豊かな男で、気のいい奴だった。大貴族生まれなのに気さくで、本人含む周り曰く脳筋で考えが浅いらしいが、それが良かった。

「ーーシャルスを頼む」

「アーネスト！」

　静かに目を伏せ

「もう、いい。王妃を失い親友を失い、十分生きた」

と盟友に告げた。

　宰相室を出ると裏道から軟禁されている部屋へ帰る。軟禁部屋も最後になる。そこへ戻ると、グラスをベッドサイドに置いた。

　国王の赤い軍服の詰め襟をくつろげると、不意に笑いが込み上げる。

「やっと『お前』を抱ける」

　アーネストはただゆっくりとその時間が来るのを待っていた。

　最初に会ったのは幼少期。完全に一目惚れだった。