113 / 165
十七章 シャルスの誕生日と婚約式
112 か、壁ドン
しおりを挟む
僕とシャルスが手を合わせると曲が始まったダンスは、出だしこそ緊張していたが、ミカエルの
「頑張ってください」
の小声が何だか可笑しくて僕が肩を竦め、シャルスの力が抜けた。
シャルスは少しステップが緩んでしまうことがあったけれど、ダンスを踊り切り披露することができた。ドレスの裾はターンするたびに揺れて、僕らは拍手を浴びる。リングロンドは短いダンスだから、曲が終わるとみんなが一斉にダンスを始めた。
「終わりましたね」
シャルスがホッとした表情をして、二人で一礼すると、アズールが咽喉湿り用の軽いワインを持ち、シャルスと僕に渡す。『ドラゴン・ブラッド』対応策に、シャルスにはアズールかレーンから受け取る物しか取らないように話してあった。ミカエルにもそう話してある。
「殿下」
「殿下、お久しぶりでございます!」
「お元気になられ、ああ、お顔の色も良く」
「殿下、お誕生日ならびにご婚約おめでとうございます」
どうやらシャルスの学友が派閥を超えてシャルスを囲み始め、祝いの言葉を添えてくれたから、僕は母様たちの方に行こうとしていたんだが、母様たちも爵位の嵩上げが高じてか囲まれていた。
え、どうしよう。
思わず気遅れして左右を見渡した。ぽっとでのよく分からない婚約者の僕に話しかけてくる数少ない人……セネカもスバルも壇上だよ!
「やっぱり、シャルスのとこ、いや、ミカエルの横にいようかな……」
思わず呟いた声が会場の曲と賑やかな音に紛れてしまったはず。
だからそう思ってからドレスをふわりと翻して歩み出した瞬間、僕は貴族のひ人混みの奥から気配を感じて振り向いた。
「ーーえ?」
軽食を手にした貴族たちよりも頭ひとつ高いところに小さな頭があり、上背の高い人物にロックオンされた気がする。金茶髪の長い髪をゆったりと下ろした、美しい令嬢がゆっくりと歩いてくる。
「ーーひょっ!ア、ア、アストラ……」
と変な声が出た。
令嬢の表情は笑みをたたえていたが、その金の瞳が少し怖い。
待ってくれ、あんた、ラメタル王国の女王様だろーーっ!
僕が戸惑って逃げ場を失っている間にも、アストラがピンクの落ち着いたドレスを着て、人混みを避けながら僕の方に来る。壁際に連れていかれると、大柄な彼女が僕を隠すように追い詰めた。
つまり壁ドンされているわけだが、
「オーガスタではなくて?戻ってきたなら挨拶くらいするものよ」
僕を両腕で囲い込み僕を睨みつけるように覗き込むと、アストラにそうきつく諭された。
「え、あの、その人違い……」
何故、断言するんだ、ラメタルの弟姉は!
「オーガスタが言っていた『金髪碧眼の美人さん』なんて、今まさにではなくて?アーネストに気をつけるのね。犯されるわよ?」
あっさり言うな、あっさり!
「いや、あの、だからっ」
「あらあら、もう犯されてるの?ふふっ、アーネストとシャルス殿下に愛されている『香り』がするわ。知ってる?大おばあさまの言葉に『親子丼』って言葉があるの?オーガスタったら、二人に愛されているのね。逆親子丼かしら」
……ギャクオヤコドン?
なんだそれはと悩んでいるとアストラが
「うふふ」
とやっと僕を壁ドンから解き放ち、そこら辺りの令嬢のように微笑む。
「なぜ、とか、どうしてはなしよ。私たち姉弟は両親の獣性がよく出ているから分かってしまうの。お忍びで弟の『魂の番い』の姿を見に来ただけだったのだけれど、ごめんなさい。でも、あなたを見ていたらたまらなくて、声をかけてしまったの」
それが嘘なのか本当なのか分からないけれど、アストラは真面目な表情をして、
「セネカの番いのことは知っていて?」
と聞いてきたから、
「ミカエル?いい奴だよ。番いってのはすごいな。セネカにぴたりと合う感じだよ」
そんなセネカは壇上でミカエルを見下ろして、そわそわしている。シャルスについているミカエルと踊りたいとかしたいんだろうなあ。
「ええ、そんな感じね」
「ああ、だからアストラが心配することはない。そういえば、婚姻したんだってな、おめでとう」
なんでこんなに嬉しそうなんだろうな、アストラは。オーガスタ時代、確かに世話にはなった。悪性感冒で寒くてぐったりとしていた時、客室で寝ていたらアストラが添い寝をしてくれた。病気の時にそばにいてくれたのはアストラで、やんちゃな遊びや魔の森魔法学舎で付き合っていたのはセネカだった。
二人ともオーガスタにとって大切な人で、今でも大切だ。
だから僕はアストラに改造ドレスの裾を広げて腰を屈めると、深々と礼をした。周りは賑やかで騒がしい。だから僕らの姿なんて見られてないだろうから言ってみた。それを聞いたアストラが華やかな微笑みを浮かべるのが、意外だった。
「嬉しいわ。これまでで一番嬉しいのよ、オーガスタ」
「なんだよ」
「だってわたくしの一番小さな『弟』が還ってきたのですもの」
そう言ったアストラが、視線を下へ流し向ける。アストラが背が高いんだよ。
「来てよかったわ。お父様やお母様には反対されたけれど、配偶者のエイナには賛成してくれたの。もうじき実が生まれる時期なのに、いってらっしゃいましって」
「そうか、でも、彼女、いや、幼馴染みの配偶者様を一人にしては駄目だ。腹実は二人で協力して出すものだからな」
「そうね。でも、あなたはそれでいいの?シャルス殿下の婚約者なんて……あなた、アーネストを……」
馬鹿野郎、と口の中で繰り返した。
「アーネストは『俺』が『オーガスタ』と気づいていない。だからあいつは……あの阿呆はいいんだ」
ただ、シャルスが好意を寄せた貴族の子供に手を出して抱いただけの奴だよ、あいつは。
「そうかしら?でも、それはーー」
オーガスタ、と続く言葉をアストラは口にしたが、微かな声で囁くから聞こえなくて、アストラは人混み中に紛れ去っていった。
転移陣の痕跡を残して。
「頑張ってください」
の小声が何だか可笑しくて僕が肩を竦め、シャルスの力が抜けた。
シャルスは少しステップが緩んでしまうことがあったけれど、ダンスを踊り切り披露することができた。ドレスの裾はターンするたびに揺れて、僕らは拍手を浴びる。リングロンドは短いダンスだから、曲が終わるとみんなが一斉にダンスを始めた。
「終わりましたね」
シャルスがホッとした表情をして、二人で一礼すると、アズールが咽喉湿り用の軽いワインを持ち、シャルスと僕に渡す。『ドラゴン・ブラッド』対応策に、シャルスにはアズールかレーンから受け取る物しか取らないように話してあった。ミカエルにもそう話してある。
「殿下」
「殿下、お久しぶりでございます!」
「お元気になられ、ああ、お顔の色も良く」
「殿下、お誕生日ならびにご婚約おめでとうございます」
どうやらシャルスの学友が派閥を超えてシャルスを囲み始め、祝いの言葉を添えてくれたから、僕は母様たちの方に行こうとしていたんだが、母様たちも爵位の嵩上げが高じてか囲まれていた。
え、どうしよう。
思わず気遅れして左右を見渡した。ぽっとでのよく分からない婚約者の僕に話しかけてくる数少ない人……セネカもスバルも壇上だよ!
「やっぱり、シャルスのとこ、いや、ミカエルの横にいようかな……」
思わず呟いた声が会場の曲と賑やかな音に紛れてしまったはず。
だからそう思ってからドレスをふわりと翻して歩み出した瞬間、僕は貴族のひ人混みの奥から気配を感じて振り向いた。
「ーーえ?」
軽食を手にした貴族たちよりも頭ひとつ高いところに小さな頭があり、上背の高い人物にロックオンされた気がする。金茶髪の長い髪をゆったりと下ろした、美しい令嬢がゆっくりと歩いてくる。
「ーーひょっ!ア、ア、アストラ……」
と変な声が出た。
令嬢の表情は笑みをたたえていたが、その金の瞳が少し怖い。
待ってくれ、あんた、ラメタル王国の女王様だろーーっ!
僕が戸惑って逃げ場を失っている間にも、アストラがピンクの落ち着いたドレスを着て、人混みを避けながら僕の方に来る。壁際に連れていかれると、大柄な彼女が僕を隠すように追い詰めた。
つまり壁ドンされているわけだが、
「オーガスタではなくて?戻ってきたなら挨拶くらいするものよ」
僕を両腕で囲い込み僕を睨みつけるように覗き込むと、アストラにそうきつく諭された。
「え、あの、その人違い……」
何故、断言するんだ、ラメタルの弟姉は!
「オーガスタが言っていた『金髪碧眼の美人さん』なんて、今まさにではなくて?アーネストに気をつけるのね。犯されるわよ?」
あっさり言うな、あっさり!
「いや、あの、だからっ」
「あらあら、もう犯されてるの?ふふっ、アーネストとシャルス殿下に愛されている『香り』がするわ。知ってる?大おばあさまの言葉に『親子丼』って言葉があるの?オーガスタったら、二人に愛されているのね。逆親子丼かしら」
……ギャクオヤコドン?
なんだそれはと悩んでいるとアストラが
「うふふ」
とやっと僕を壁ドンから解き放ち、そこら辺りの令嬢のように微笑む。
「なぜ、とか、どうしてはなしよ。私たち姉弟は両親の獣性がよく出ているから分かってしまうの。お忍びで弟の『魂の番い』の姿を見に来ただけだったのだけれど、ごめんなさい。でも、あなたを見ていたらたまらなくて、声をかけてしまったの」
それが嘘なのか本当なのか分からないけれど、アストラは真面目な表情をして、
「セネカの番いのことは知っていて?」
と聞いてきたから、
「ミカエル?いい奴だよ。番いってのはすごいな。セネカにぴたりと合う感じだよ」
そんなセネカは壇上でミカエルを見下ろして、そわそわしている。シャルスについているミカエルと踊りたいとかしたいんだろうなあ。
「ええ、そんな感じね」
「ああ、だからアストラが心配することはない。そういえば、婚姻したんだってな、おめでとう」
なんでこんなに嬉しそうなんだろうな、アストラは。オーガスタ時代、確かに世話にはなった。悪性感冒で寒くてぐったりとしていた時、客室で寝ていたらアストラが添い寝をしてくれた。病気の時にそばにいてくれたのはアストラで、やんちゃな遊びや魔の森魔法学舎で付き合っていたのはセネカだった。
二人ともオーガスタにとって大切な人で、今でも大切だ。
だから僕はアストラに改造ドレスの裾を広げて腰を屈めると、深々と礼をした。周りは賑やかで騒がしい。だから僕らの姿なんて見られてないだろうから言ってみた。それを聞いたアストラが華やかな微笑みを浮かべるのが、意外だった。
「嬉しいわ。これまでで一番嬉しいのよ、オーガスタ」
「なんだよ」
「だってわたくしの一番小さな『弟』が還ってきたのですもの」
そう言ったアストラが、視線を下へ流し向ける。アストラが背が高いんだよ。
「来てよかったわ。お父様やお母様には反対されたけれど、配偶者のエイナには賛成してくれたの。もうじき実が生まれる時期なのに、いってらっしゃいましって」
「そうか、でも、彼女、いや、幼馴染みの配偶者様を一人にしては駄目だ。腹実は二人で協力して出すものだからな」
「そうね。でも、あなたはそれでいいの?シャルス殿下の婚約者なんて……あなた、アーネストを……」
馬鹿野郎、と口の中で繰り返した。
「アーネストは『俺』が『オーガスタ』と気づいていない。だからあいつは……あの阿呆はいいんだ」
ただ、シャルスが好意を寄せた貴族の子供に手を出して抱いただけの奴だよ、あいつは。
「そうかしら?でも、それはーー」
オーガスタ、と続く言葉をアストラは口にしたが、微かな声で囁くから聞こえなくて、アストラは人混み中に紛れ去っていった。
転移陣の痕跡を残して。
2
お気に入りに追加
550
あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

俺が総受けって何かの間違いですよね?
彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。
17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。
ここで俺は青春と愛情を感じてみたい!
ひっそりと平和な日常を送ります。
待って!俺ってモブだよね…??
女神様が言ってた話では…
このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!?
俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

案外、悪役ポジも悪くない…かもです?
彩ノ華
BL
BLゲームの悪役として転生した僕はBADエンドを回避しようと日々励んでいます、、
たけど…思いのほか全然上手くいきません!
ていうか主人公も攻略対象者たちも僕に甘すぎません?
案外、悪役ポジも悪くない…かもです?
※ゆるゆる更新
※素人なので文章おかしいです!

メインキャラ達の様子がおかしい件について
白鳩 唯斗
BL
前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。
サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。
どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。
ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。
世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。
どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!
主人公が老若男女問わず好かれる話です。
登場キャラは全員闇を抱えています。
精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。
BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。
恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしい
拓海のり
BL
前世の記憶を取り戻した途端、海に放り込まれたレニー。【腐女神の祝福】は気になるけれど、裕福な商人の三男に転生したので、まったり気ままに異世界の醍醐味を満喫したいです。神様は出て来ません。ご都合主義、ゆるふわ設定。
途中までしか書いていないので、一話のみ三万字位の短編になります。
他サイトにも投稿しています。

王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる