国王親子に迫られているんだが

クリム

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十五章 毒の腕

101 『毒の腕』の中

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 淫夢はやんわりとアーネストを包んでいく。横に座る人物に右手で肩を抱かれて、『終わったなあ』と囁かれた。

「馬鹿野郎、まだ、終わらないだろ」

 腕は本体からアーネストが王宮で、魔剣ロータスで分離したものだ。それが行方不明になり、ブレンダー子爵のおもちゃになっていた。

 砂漠の村の変死、王都の変死などを含んだ『原因不明の死体』は、ブレンダー子爵の貴族向けのパフォーマンスによるものだ。生死を自由に出来るのはレーダー公爵だけではないと思い知らせることに使われ、王宮を抜け出していたアーネストは、没落貴族の子弟と勘違いしたブレンダー子爵と意気投合し、レーダー公の元へ連れていかれ、『血の契約』を飲み干した。

 ブレンダー子爵が『腕での毒遊び』を『商品』にしているのを知ってから、どうやって貰うか奪うかばかりを考えていたが、処分の仕方は検討が付かなかったところへ、スバルを寄越したとパールバルト王国から連絡がきた。

 それからブレンダー子爵に取り入り、友人として腕を買い取ると、レーダー公爵の呟き依頼通りブレンダー子爵を殺した。レーダー公はなんのかんの言っていたが、ご満悦のような雰囲気を匂わせてる。

 密輸オークションにノリンたちが来るのは想定内だったが意外にも早すぎ、ブレンダー子爵を殺すことになったが、スバル殿下の能力を目の当たりにして、それを知れたのはありがたかった。

 だから、この計画が生まれて生きたのだ。

「セネカも番いに会えたのだからよしとするだろう」

 地下牢で目的の奴らが来るのを待っていると、相変わらず可愛い顔をしたノリンが突っ込んできた。アーネストを見るとポカンと口を開けた表情を思い返し、くくっと喉の奥で笑った。

 肩に手が回されたまま、思わずアーネストは口元を腕に埋めた。

 ああ、楽しい。

 気が晴れる。変じゃないか、淫夢のはずだろう?こんな風に、晴れやかに笑ってしまうなんて、まずいだろう?

 あれから続く王宮の子供部屋、あの光景をアーネストは忘れられないでいた。それは自身を苛む悪夢にもなって繰り返す。だから眠りが浅く、悪夢は纏い付く。その繰り返しだったのだ。

 だから自暴自棄になっていた。自分のせいで、輝かしい未来を剥ぎ取り虚弱で無力にしてしまった息子を残して死ぬのが何よりも辛かった。

 だが、守り手が現れた。

 ああ、約束が守られる、

 約束を守ることができる。

『まだこちらに来るなよ』

「行くわけないだろう。やることが山積だ。お前を探すこと返すこと、王国の行く末もだ」

 ああ、なんて幸せな夢だろう。もう少し、もう少しだけこうしていてもいいだろう?

 そう、前と同じだ。

 アーネストは胸の赤い首飾りの下に隠すようにつけている金属プレートを撫でた。あの頃は変わらないものだ。

 渡そうと思っていた。

『必ず帰ってくる』

と言っていたからだ。メリッサ王妃からは

『お早くお願いしますわ』

と何度も言われて苦笑いをして頷いていた。

 あれが完成したからだ。

 もちろん結婚前から了承を得ていたが、メリッサ王妃の体調不良から図らずも、ほぼ毎日一緒にいられたから、メリッサ王妃はよしとしよう、よしとしてくれるはずだ。

「目を閉じても横にいてくれよ。ーー少し疲れた」

 白い灰の上に腕を垂らし、アーネストは目を閉じた。淫夢にしては良すぎて優しすぎて泣きたくなる夢だ。

『ああ』

と耳元で囁かれる。アーネストは肩を抱く手に左手を添えた。

『奇跡を繰り返すためですよ、何度でも起こします。だからあなたに死を授けます』

 神の依代はそう告げた。依代の守護者の獣の片腕を奪い、巨人の片目を奪ったアーネストに『死』を宣告した平等神ガルドの依代の小人は子に手を掛けたアーネストに怒りながらも泣いていた。

 その涙の理由は分からなかったが、依代も神以外の感情があるからだろう。

『ーー僕の最後の仕事です。愛弟子のためにもね』

 依代たちが陣から消える前に呟いた言葉を眠りの中で思い出した。





 盗賊団はアーネストを解放する書状を持ってやってきたレーダー公の仲間の貴族と、魔法師によって助け出された。

 結界の中で淫夢に悶える男たちは浄化の魔法により解放されて、治癒を受けている。アーネストも治癒を受けた後事情を聞かれたが、地下牢に閉じ込められており分からないとしか告げられなかった。

 事実、分からなかったのだ。

「アーちゃん、僕、証拠隠滅していくね」

と宣言したセネカは、アーネストの脇の傷しか治していかなかった。そして『ランカスターの亡霊』が以前行ったように、盗品のみごっそり転移していたのだ。

 レーダー公の使者は屋敷のごっそり具合を見て、ブレンダー子爵の密輸荷物置き場となっていた旧ランカスター邸の報告を思い出し納得したようだった。

 ブレーンの一人であるアズホーン男爵は治癒陣を受けて伸びていたが、あちこちで劣情の残滓が散り、アーネストは肩をすくめて歩き出す。女に鞭打たれた傷は癒えたが腹が減った。もう何日も食べていないし飲んでもいない。

 数日分なら腐ってはないだろう。

 土と血でまみれたアーネストは通りすがりの辻馬車を止めようとしたが、汚れた服の男を乗せればシートが汚れるとばかりに行き過ぎていった。

「あんちゃん、乗せてやろうか?」

 貴族屋敷に野菜を下ろした後だろう。荷馬車がアーネストの前に止まったが、首を横に振った。行き先は王都の端になりそうだからだ。

「遠慮しておく」

 マナが空っぽだから転移も出来ない。増幅用の魔石結晶でも持っていれば簡単に王城に帰れるのだが、そうは行かなかった。

 人混みを避けてよろよろと歩くアーネストは、ふわりと宙に浮いて温かな空気に包まれる。そのまま風を感じることなく、王宮の庭に降ろされた。空中移動陣だった。

 王宮の屋上を見上げると、ひらりとレースのトレーンが微かに見えていたが消える。

「ーーイケメンかよ」

 アーネストはくっくっと笑って、久しぶりの軟禁部屋にたどり着き、ワゴンに並ぶ鍋や皿を見てワゴンを引き入れながら部屋に入った。

 複数の魔法陣による部屋の拘束音を心地よく感じながら、スライスされたグリル肉を手で摘んで口に入れ咀嚼する。

「美味い……」

 ワインも冷え頃でラッパ飲みをすると、芯から染み渡る。魔の森の葡萄のワインに舌鼓を打つと、立ったまま次々に食事を食べ進め、食べ終わると糸の切れた操り人形のように床に崩れて眠りについた。







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