国王親子に迫られているんだが

クリム

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十五章 毒の腕

100 地下牢の住人

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「――邪魔だ」

 僕は口の中で呟くと、魔剣ミスリルを思いっ切り振るう。真横にスライドすると、真っ二つに切ってしまう。だから刃を真っ直ぐにして、男たちの背中をぶっ叩くように薙ぎ払った。背骨が折れたかもしれないが、気にしてはいられない。

 僕は一気に扉に向かうと蹴って内側に開く。すると扉を開けた瞬間に出てこようとしていた男が転がっていた。

「そこから、どけっ!」

 同時に土階段から走ってくる男の目の前でしゃがむと、男の肘関節を下から蹴って折り、扉から捨てる。

 あと二人。

 男達の剣を弾くと地下に明かりが見えた。何かがあるはずだ。僕の目的が地下にあることを知ったのか、男たちが下へ下へと下がっていき、僕はしゃがんでブーツの底に仕込んであったナイフを取ると、二本投げて肩に当てる。

 体勢を立て直す前に剣を振り上げられたが、僕の背後からアズールが来ている。そのアズールが、

「危ないですよ」

と二人の手首を掴んで、持ち上げると手首を潰して悲鳴を上げさせてから、扉の向こうに投げていた。

 地下に何がある?

 あるのは『毒』のはずだ。僕は目先の地下牢に降りると意識を集中した。

「ーーひょっ!」

 そこにはアーネストがいた。

 アーネストは腕を後ろでに鎖で繋がれていて、

「ん?」

と視線を上げた。

「ああ、お前が一番にきてくれたか」

と言いながら浅く息を吐く。顔に殴られた跡がある。ひどい面構えだ。どこかを斬られたのか、血が土牢に染み付いていた。

 ……なんでここにいるのかな、お前は。

「左側の壁に鍵が掛かっているはずだ。それで開けて入ってくれ」

 僕は背後をアズールに任せると、ひとまず言われた通り土牢に入る。じめっとした土牢に血の匂いがしていた。

「マナ切れで抑えが効かなくなっていてな。ノリン、近くに来い」

「あ、ああ、うん」

 にしても何をしでかして国王自ら拘束されてるんだと近寄ると、アーネストを見下ろした。

「もっと近くに来い」

 なんでなんだよと思っていたら、足で押さえ込まれて下からキスをされた。乾いてがさがさの唇に塞がれて、舌を奥まで押し込まれてうっとなる。

「う……んっ!」

 何するんだ!とか思っていると、アーネスト中心に金色の陣が浮かぶ。

「ーーはぁ、マナが戻ったか。もう少し欲しいのだが、まあ、いい」

 僕はアーネストから離れると唇を拭う。

 アズールはにこにこと見ているだけだし、セネカとスバルがやってきていた。古い木の扉の前には山積みの男たちだ。

「ノリンのバトラーよ、奴らの意識を別に移すことが出来ないか?」

 アズールが慇懃に頭を下げ、

「お任せください」

と扉の方に歩いていき、

「ーーさあ、ようこそ、淫夢へ」

そう呟くと手を広げ霧のようなヴェールを男たちに降り注いだ。痛みに呻いていた声が、明らかに変わる。それを見て、アズールが後ろ手にドアノブを掴むと、ぱたんと閉めた。

「ーー有能だな。では、パールバルトの殿下、このような格好で失礼する。セネカ、鎖を解除してくれ」

 僕がやろうとしていたのにアーネストはセネカに頼み、自由になった手で上着とシャツを脱ぎ始めていた。

「アーちゃん?ーーひっ!」

 セネカの咬み殺した悲鳴と、スバルの息を呑む音。

 ――左手が二本あった。

 いや、違う。左手脇の下に、右手が縫い付けるようにして癒着しているんだ。

「なんなんだ、これは」

 僕は異形にやっと声が出た。

「ーーこれが『毒の正体の一部の腕』だ。血が出ると毒が出る。血には『ドラゴン・ブラッド』が混ざり、そして獲物を喰らい尽くすとまた戻ってくる。俺のマナを流し込んで封印陣を展開していたが、マナ切れで庇った腕の血を封印し切れずに出てしまったようだ。迷惑をかけた」

 つまりアーネストのマナ切れが引き起こしたのが、原因不明の病の正体だ。

 それがこの『毒』ーー

 男の腕だ。細身だが意外と筋肉質の腕は色白で、指に剣だこの跡が見えるから、剣士の腕らしい。

「殿下に御足労頂いたのは、パールバルト王国動乱の名残を持つ、この腕を含む腕の持ち主の身体からの毒の除去のためだ」

 スバルはセネカをちらっと見ている。そのセネカは僕を見ている。

「ーーアーネストは『毒』を探していたのか?」

 アーネストが顎をしゃくるような仕草をした。それは奴の『是』の癖だ。

「ノリン、俺は密かに『毒』を探すために、公へ頭を下げて『毒』を飲んだ。公に与する貴族は全てカプセルを飲んでいる。『血の契約』としてな」

「ばっ……まじか!お前っ」

 レーダー公はシャルスに飲ませようとした毒カプセルを、大量に生産していたということのか。魔石カプセルに魔法師が定着させた毒。

「それをお前たちはちゃんと回収した。見せてもらったぞ、ブレンダー子爵の屋敷でな」

 あ、アーネストがいたのか。だからあの香りが……。どうやら僕らは試されていたってことか。そうなると、セネカが得ていた情報の出どころはアーネストかもしれない。

「殿下に託す前に腕の収納鞄を密輸団に奪われ壊され、ここに来てマナ不足で捕まったわけだが、毒を含む腕は封印陣と再生陣を交互に繰り返している。それを解除するには同等の莫大なマナが必要だ。ノリン、出来るか?」

 ようはその腕より強いマナを持っていればいいんだな。うん、大丈夫。マナ量には自信がある。

「当たり前だ」

 アーネストは軽く肩をすくめ、スバルを見上げた。本気でマナもオドも限界のようだった。

「では、腕を切り離す」

 するとアーネストは右手でぶちりと腕を千切るように落とす。明らかにアーネストの脇の下から血が流れているが、腕は無傷のままでいた。

「馬鹿野郎!ーーセネカ、治癒を」 

「ノリン、俺はいい。腕を頼む」

 アーネストの金の陣が消えていくのは、アーネストのマナ切れだ。僕は腕に対して陣を放つ。

「解除陣発動する。再生陣解除、封印陣解除ーースバル、瓶を!」

 うわ、マナを吸い取られる!

「分かった」

 再生陣を解除した腕は一気に蝋白色になり、封印陣を解除した腕から黒い粉状の粒がスバル目掛けて上がってきた。スバルが小瓶の陣を解除すると、そこに吸い込まれていくのが見えた。しかも地面に染み出していた『ドラゴン・ブラッド』も次々に小瓶に飛び込んでくる。

 土牢から染み出し水脈を伝わった細かい『ドラゴン・ブラッド』が、下町の井戸に入り込み不調を起こしたのが真相だ。

 腕はみるみるうちに白骨化して、しかも野焼きの中にでもいたかのように、脆く粉々になり、地牢の中に崩れていく。

「アーちゃん、治癒陣を展開するよ!」

 それよりも血が流れているアーネストの方が大事だった。セネカの治癒陣で血は止まったが、皮膚も唇も不健康そうに乾き、少し痩せている感じがして、アーネストは薄汚れた服を羽織った。

「お前たちの『仕事』は終わりだ。息子の株を上げ、病を治す婚約者ーー上出来だ。さあノリン、バトラーを呼べ」

「なんのために?」

「『地下牢から出すように』と、正式な命令が公から発せられる。俺は公の手駒なんだよ、今は。だから、淫夢をみせてもらうのだよ。お前を孕ませている夢でも見よう」

 はー?何言ってんだ、こいつ。だが、どうやら本気らしい。グレゴリーは知らないのだろうな、こいつの動きは。

「そのうち宮には帰るからな。夕飯は残しておけ」

 アズールが入ってきて、アーネストに淫夢を掛ける。僕たちが貴族街を抜ける三十分程で全ての陣が消えるようにしておき、僕らはアーネストを鎖に繋ぎ直すと、地下牢から出て行く。

「ーー来てくれて助かった」

 アーネストが座り込んで眠りに落ちる寸前の言葉に、咄嗟に素のまま僕は

「親友だから、当たり前だろう?」

と振り向かずに告げた。

「そうだなーーそうだった……」

 その声は夢の中に消えたようだった。
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