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十四章 侍従騎士ミカエル

89 侍従騎士

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 シャルスの定期検診の日の午後、宰相室に集まったのは、僕とセネカとグレゴリーだけだった。

 まずはグレゴリーから、二回目の殲滅が延期になったことを聞かされる。

「一回目の殲滅がかなり効いているらしい。密輸オークションはなりを潜めている」

 ブレンダー子爵ほど熱心な貴族がいないのかと思ったが、もう一つの問題がある。以前の執事だったグラミー商会の話だ。

「それでなあ、殿下の婚約式前でもあるし、第三近衛隊に依頼してグラミー商会のガサ入れをさせたわけだが、すんでのところでグラミーは逃亡していた」

 グレゴリーの言葉に、僕は不安になって喉をぐびりと鳴らした。

「グラミーの屋敷を飾っていたものは密輸品だと分かった。魔の森の近くで南の端の田舎だからずっとバレなかったらしい。ブレンダー子爵のもう一つの仮倉庫ってわけだ。問題のツェッペリン家の金銭だが、グラミーの部屋の隠し扉に金庫があり、アッシュ・ツェッペリンが照合したところ、全ての金額がしまいこまれていた」

 グレゴリーがにやりと笑い、僕はソファにだらしなく脱力した。セネカが苦笑しながら、

「商会のあちこちから聞いたんだけど、グラミーがブレンダー子爵と組んだのはこの十年程らしいよ。儲けはいいけれど悪いことの片棒を担いでいることは理解していたから、ツェッペリン男爵家の俸禄の半分を貯めておいて自分の逃走資金にするつもりだったみたいだね。今回はそれが出来なかったけれど」

とお茶を飲みながら話す。僕は顎に拳を当てて考える。

 とりあえず、うちの俸禄が密輸に使われてなくてよかった……。僕のうちが貧乏だったのはそのせいで、それを取り返した兄様はすごい。密輸の元締めがレーダー公爵ってなると、逃げ込む先は?

「さすがにレーダー公の屋敷ではないだろう」

「ーーえ?」

 グレゴリーってば、僕の考えを読んだ?

「ノリン、考えが口からダダ漏れだわい。顎に拳を当てて考える癖、見覚えがあるぞ。誰だかーー」

 ーーひょっ!

「グ、グーちゃん!今日は、その話じゃないでしょ。原因不明の流行病の話だってば!」

 セネカ、ナイスアシスト!!

「お、おお、そうだ。第三近衛隊の一部から、商業第二区で流行病が出ていて、治癒院が大変なことになっていると報告を受けたのだ。ノリン、行ってみてくれんか。なにせ、密輸、武器、探索とわしの方でも人手が足りんわい」

 グレゴリーが僕にこれを話すということは、多少危険が伴うってことだ。

「それにはね、僕も付いていこうと思ったんだよ」

 セネカの口ぶりでは『ドラゴン・ブラッド』の可能性を示唆している。つまりスバルも連れていくんだな。こんな時にアーネストはどこにいるんだよ。

「こちらは構わないが、シャルスを一人にしておけない」

 僕がそう言うと、

「北で切迫していたレグルス王国の私兵をやっと追い返したから、第四近衛隊の半分と侍従騎士が帰ってくる。殿下に再びついてもらう」

グレゴリーがそんな話をした。

 まだ北は厳しいのか。

 北はメルク公爵とレーダー公爵で固めていたはず。昔から北の穀物地帯は問題が多かった場所だ。だが、停戦して国軍戦争行為は禁止されているはずだが、それは机上のやり取りだけなんだな。

「レグルスの私兵?軍ではなく?」

 僕が尋ねると、グレゴリーが頷いた。

「どうやらレグルス王国は一枚岩ではないらしい。レグルスの私兵どもがレガリア街道を占拠し、小競り合いを繰り返している」

 唯一の街道だ。それを占拠か。まさに終戦ではない、くすぶり続けているんだ。

 あの時の戦いの衝撃は薄れているってことだ。レーダー公はレグルス寄りだと聞いていたから、今回撃退したのはメルク公爵の爵領地騎士と第四近衛隊ってわけだ。オーガスタ時代のメルク公爵はなかなかのお年寄りだった。では、代替わりしているか。

 とりあえず、早い段階でセネカと下調べに行くことになり、僕はセネカを伴い居住区の部屋に戻ることにした。少しだけセネカと行動を共にすることを、シャルスに話さないといけない。

「ふふふ、シャルスねえ」
  
 セネカに指摘されて僕は、

「シャルスはね、シャルスだから」

と突っぱねたところで、レーンを伴ったシャルスと廊下でばったり会った。

「ノリン、セネカも一緒でしたか」

 僕は可愛いシャルスの手を握る。癖っ毛が少し乱れているのを伸び上がり、手櫛で直してから言った。

「何も問題なかったですか?メイザース医師のセクハラは?嫌でしたら僕がぶん殴りにいきまーーん、んんっ」

 シャルスにキスされた。セネカの前なんだけど、大胆だなあ、もう。そんなシャルスが可愛くて口元が綻ぶ。

「今日は問題ありません。優しいですね、ノリンは」

 そのまま抱き寄せられてしまう。

「見せつけるねー、シーちゃん」

 セネカの呆れたような声に、

「婚約式の前ですから。愛を育んでおきませんと」

とシャルスの声。あ、あの、シャルス?僕、セネカはあざと過ぎて可愛いとかなんとも思ってないから。可愛いのはシャルスだよって声に出したかったが、すぐに部屋についてしまって、衛士もいるし言えなかった。

 扉の前には衛兵で扉を開きながら

「おかえりなさいませ、殿下。ご来客でございます。宰相閣下から通すように言われています」

と告げた。

「メルク公爵ですね」

 シャルスは知っていたらしい。中からアズールが扉を開くとソファの前に立っていた軍服の長身が貴族式の礼を取る。

 真っ白な直毛の糸髪は前髪は眉あたりできっちりと真っ直ぐに切られ、後ろ髪は膝にかかるほど長い。虹彩は紫だが滲むように赤が入り、北の血筋を感じさせた。

 銀髪でもプラチナホワイトでもない髪を見るのは、オーガスタ時代に一度きり。シャルスの侍従『泣き虫リンク』だけだ。あのリンクがなんとまあ、胸板の厚い屈強な騎士になったもんだと、しみじみ思う。何あの胸板、逆三角形もいいところだ。それなのに、腰回りは細くてびっくりする。

「お久しぶりです、ミカエル。ノリン、こちらは私の侍従騎士、ミカエル・メルク公爵です」

 シャルスに紹介され、ミカエルが僕には胸に手を当てる貴族礼をした。さらりとした長い髪が揺れて綺麗だ。

 ん?ミカエル?

 ソファへ誘導されて、僕とセネカは足を止めた。というか、セネカは固まっているが、僕はソファに誘導したシャルスに、小首を傾げた。

「侍従騎士って、リンクじゃないんですか?」

 シャルスの方も止まってしまった僕に対して、逆に小首を傾げる。

「リンクですか?ーーすみません、私には幼少期の記憶がありませんので……。ミカエルとは貴族学舎で知り合い、侍従騎士になってもらいましたが、ミカエル、私の小さな頃に会ったことがありますか?」

 ミカエルは僕の方をじいっと見てから、ふわりと笑う。なんというかふわふわっとした花みたいな人だな。胸板すごいんだが、どんな剣術を持つんだろう。

「ーーーーいいえ、殿下。そしてノリン様、はじめまして。ミカエル・メルクと申します」



 




 


 

 
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