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十三章 婚約期間準備と黒い影

87 鉄拳と口付け

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「――ああ、お前は本当に嫌だった奴に似ている。お前の体液におけるマナは測定器を破壊した。過去にもお前と同様に測定器を破壊する馬鹿みたいなマナを叩き出した奴がいた。グラスについた唾液を取り出し測定器に乗せたのだが、同じように振り切り破壊した。お前は奴の血筋なのですか、それともーー」

 泣いてる僕は混乱してその質問を理解できなかった。

 扉が開き僕を抱き上げた腕にしがみついて、その知った香りに包まれて再び泣いてしまう。ただシャルスが可哀想すぎてたまらない。あの子の頑張りを無にしてほしくなかった。

「追い詰めすぎだ、メイザース」

 僕は抱き上げられしがみついたまま泣き顔なんてこいつらに見せたくないのに、溢れ続ける涙が止められなくて言葉も出てこなかった。

 僕は今オーガスタではないのに、小さなシャルスが浮かんできては今のシャルスに被り、苦しくて悲しかった。でもメイザースの言葉は終わらなかった。

「ああ、お前か。では一緒に聞くがいい。シャルス王太子殿下は国よりもノリン・ツェッペリンを選択した。それでよいのだと。だが、我々国民はどうする?我々は王太子殿下が国王陛下になり、その亡き後誰に縋ればよいのだ?誰に託せばよいのだ。少なくとも吾輩の王はシャルス・アリシアその人であり、それ以外誰でもないというのに。吾輩は殿下のーー」

 低い声が鼻白んだ。

「王族に縋るな、自分で立って歩け、バカ国民が」

「お前が言える立場か?ーー子殺しが」

「は、未遂だ」

 こいつら……何を言っているのか分からない。

 僕はしがみついた腕が力強く腰に回されて、安心してしまっていた。だから、次の行動が読めなかったのだ。

「俺が嫌いなのは、こいつの泣き顔だ」

 メイザースに向かった第二波の言葉には強い怒気が含まれ、場に威圧感が満たされた瞬間、

「強化陣、展開ーー殴らせろ、メイザース」

 アーネストが自身に強化を塗布して、いきなり右拳をメイザースに振るう。その瞬間、メイザースの腹を思いっ切り殴り、扉をメイザースごとぶち抜いた。

 ちょっと待てと止める暇もなし。

 廊下を歩いていた医局員が驚き過ぎて腰を抜かし、廊下の壁にぶつかり止まったメイザースを見下ろしていた。

 アーネストの魔法陣を込めた力一杯の拳を腹に受けたメイザースは、背中も強打してすぐには立ち上がれないでいる。

「死んではないはずだ。腰を抜かしている奴、治癒しろ」

 アーネストが顎をしゃくると、腰を抜かして動けない医局の医師が慌てて

「ヒ、ヒール」

と詠唱をしながら声を出して、なんとか治癒魔法を始めていた。アーネストは国王の政務時の軍服ではなく、貴族ジャケットを羽織っているだけだが、報復が怖かったのだろう。かなり必死だった。

「酷い有り様だ。力技とは」

 意識はあったらしいメイザースが咳をしながら、小さく呟いた。

「ノリン、泣き止んだか。お前が泣くと心が痛い。ひとまず涙を吸ってやる」

 は?ーー吸う?

 アーネストは僕の頬に唇をつけると吸ったり舐めたりしていたが、剣を持たず無防備なメイザースに本気で殴りつけるアーネストのやり方へのショックに、呆然としていた僕は無抵抗で、気づいた時にはメイザースの治癒は終わって、医局員は逃げ出していた。

「メイザースはな、シャルスがお前と仲良しなのが、ほぞを噛むほど腹立たしいのだ。シャルスは幼い頃からメイザースが苦手だからな」

「みなまで言うな。それに基本的にはなんの解決もしていない」

 メイザースの言葉に、アーネストはにやりと笑う。

「いいや、解決したさ。メイザースはシャルス派だ。それだけは間違いない。それに俺はあの日、ガルド神の依代から天啓を受けている。奇跡は何度でも繰り返す」

 メイザースは起き上がり、アーネストの前に立ちはだかった。

「あの日?お前が罪を犯したあの日?あの日にガルド神から天啓を受けただと?お前の罪は深く濃いものだ。殿下をあのようなーー」

「ああ、そうだ。罪を償うためにノリン・ツェッペリンが必要なのだ。そしてシャルスのためにもノリン・ツェッペリンが必要だ。この国の鍵だと理解せよ」

 僕はアーネストの顔を見上げた。すると不意にアーネストが僕の唇を唇で塞いでくる。メイザースが見ている前で、身動きの出来ない僕は唾液を啜られ、舌の根が痛くなるまで吸われた。その度にお腹の奥がきゅうっと締まり、ぞくぞくする。

「ーー色っぽい顔をするじゃないか、ノリン」

 アーネストは壊れた扉を蹴って完全に破壊すると部屋から出て、廊下の先で待っていたアズールに僕を渡した。

「マナ切れから解放された。ーーじゃあな、ノリン」

「ア、アーネスト、レーダー公の……っん」

 僕が言い出そうとするとちゅっとキスをされた。

「ここは往来だ。話せる場所は限られている」

 つまりは誰が聞いているか分からないってことだ。僕は頷いてアズールの腕の中に収まっていた。どうしてかっていうと、アーネストの深いキスで腰が抜けたようになっていたからだ。正直、アズールに横抱きにされた指とかも、なんだかぞくぞくしてしまい、身体がおかしかった。

「坊ちゃん、四日目ですよ。待ち遠しく感じましたか?」

 アズールが耳元で囁いてきてそれも、下腹に疼いてアズールに少し笑われた。
 
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