国王親子に迫られているんだが

クリム

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十三章 婚約期間準備と黒い影

85 レーダー卿の寿ぎ(ことほぎ)

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 政務室に行くとグレゴリーがいて、書類がまとめられていた。次々にニ省からの書類を持って来て、その仕分け作業を僕らがしていると、シャルスの政務机には社交期間シーズンのご案内が山積みになっていた。

「グレゴリー、全てに参加しません。私の社交期間シーズンは婚約式のみです」

 この社交時期の数ヶ月の中に、シャルスの誕生日があって、婚約式がある。僕はそこまでこの王宮から出ない約束で、一番はシャルスの護衛と精神安定だ。

 シャルスがそんな風だから、婚約式が派手になりそうで怖い。各国の来賓ってのも心配だ。多分国王クラスは来ないと思うけど。パールバルト王国はズバルで、ラメタル国はセネカ、これは決定だ。あとはどこから来るのか?そもそも、そんな教育受けてないんだけど大丈夫か?

 基本、貴族は婚約式がお披露目で、結婚式はあったりなかったり、とにかく身内でする。王族の場合はガルド神殿で銀杯に確認を取る。ガルド神が許可をしないとそれは野合になる。それはやだなあ。そもそも、僕が相手でいいのかと思ったが、御神託は降らないため、王太子の意思を優先にしているのだと、グレゴリーが宰相室で話していたのを思い出した。

 シャルスがとりあえず見ている中で手を止めた。

「グレゴリー、ノリン宛のものもありますね」

 グレゴリーが長身を折って手紙を見ていたが、いきなり呻く。それはレーダー公爵家からのもので、僕に寿ことほぎをしたいから、貴族屋敷に来るようにと書かれていた。ご丁寧に日時時間指定付きだ。

 日時は今日の一時間後。

 考えさせず対応もさせない貴族的なやり口だ。

 行かなければシャルスの立場も悪くなるし、どうしようとシャルスを見つめ返したら、シャルスが歯切れも悪く、

「向かって……もらえますか?」

と、困った顔をしていた。

「本来ならこのような私的訪問は避けたいのですが、一線を退かれたとはいえ、レーダーのお祖父様には、頭が上がらないのです。今から第二近衛隊を編成し直して、二人つけます。馬車は王宮にある黒塗りの貴族馬車をノリンに貸しましょう。御者はノリンの使用人が勤めてください」

 転移陣で……とはいかないんだろうな。僕は頷いた。

「ではレーンは置いていきます。すぐに帰ってきますよ」

 グレゴリーも安心した顔をして、

「頼んだぞ、ノリン」

と言って他の案内状を全てカゴに入れ、レーンに植物紙のメモ書きを渡し、文官室へ持って行くように指示した。





 準備は急ピッチで進められ、僕は馬車に乗り込んでいた。レーダー公爵はアーネストの亡父王の正妃の家系で、『お祖父様』ことハプティマスは正妃の父に当たる。今家督は息子に譲り、王都の貴族屋敷に孫と住んでいると聞いている。

「シーカー」

 グランドシーカーが目の前に王都の中を映し出してくる。王城の端には魔法省、その横には白亜の建物がある。その美しさこそ、レーダー王家イコールアリシア王国と揶揄される。ははは、力の誇示っぷりだ。ちなみに北のレーダー領地は知らないが、まるでそこが王城のようだとアーネストが話していたのを思い出した。

 王都もあちこち歩いたものだ。地図を作るために些細な道まで歩いて作った地図とは違う店もありそうだな。アリシア王国全土はまだ作っていない。上手くシーカーを使いこなせば、アリシア王国全土の地図が出来るんじゃないか?あ、それをシャルスの誕生日祝いにすればいいか!

 僕はオーガスタ時代にアーネストやグレゴリーと歩いた道や、酒場を思い起こしていた。『国』に帰ったら甘いデザートを出してくれる店に、アズールとレーンを連れていってやりたくて、あちこち覗いたこともいい思い出だ。

 まさか生まれ変わってノリン・ツェッペリンとして王都の中を行くとは思ってもいなかった。学舎に行くのは中央通りを抜けるだけだったし、気にもしていなかった。

 もしかしたらシャルスと視察という名の散策をするかもだし、そもそも腹実の僕ノリン・ツェッペリンが伴侶で大丈夫なのかな?そりゃ、お相手はするけどさ、シャルスの願いだし。

 でも、どうなんだろう。

 シャルス本人は頑なだけど、三公が黙ってはいないはずだ。あ、今は二公か。北のガーランド王国境を維持するレーダー公爵家、その横の北西山脈とリーリアム王国国境を守る、メルク公爵家。南を守っていた初代王家ランカスター公爵家は没落して、領地は伯爵家や男爵家に分割して下げ渡された。

 ってことはレーダー公爵の寿ぎって、僕、罵倒される感じかな。気を引き締めないと。

 思いを馳せていると門を越えて広い庭を一周して、アプローチに馬車は止まる。後ろと横についていた近衛隊の馬も止まり、僕はアズールにタラップを出してもらいゆっくりと降りた。

「ノリン・ツェッペリン様ですね。家令長のハマスと申します」

 家令長以下、メイド三人の出迎えに僕だけが屋敷内に入る。

「アズール」

「はい」 

 アズールを影に入れて、僕はレーダー公爵家の扉の奥に進んでいく。調度品がちぐはぐで意外に多いが、多分すごい金額なんだろうなとちらちら見ていたら家令長が少し笑って、

「こちらの作品の多くは若い作家によるものです。旦那様は多くの芸術家のパトロンでいらっしゃいます」

と言われて驚いた。旦那様?ああ、領地の方の人ね。

 金のレリーフの扉の前で、白い揃いの軍服を着た私兵が左右から扉を開いてくれ、中にいる銀髪を撫でつけた、レグルス宮廷式の衣装に身を包んだハプティマス・レーダーが広い政務室に立っていた。

「公、お連れしました」

「ハマス、扉を閉めなさい」

「はい」

「直接会うのは初めてだな、ノリン・ツェッペリン。ソファへ」

 無機質な声でこちらを誘導して、先に座る。部屋にはレーダー公と僕だけだった。

「ますば王太子殿下との婚約おめでとう。レーダー家としては諸手を挙げて喜んでいる」

 ーーは?

 レーダー公は愉快そうに細い肩を揺らしていた。

「君のマナ量は王族に匹敵するそうだね。測定水晶すら破壊するマナに対して、王太子殿下のマナは一割にも満たない。ひび割れた心臓では生きるだけで精一杯だ。そんな中、戦争でも再び起こったらどうする?平凡以下の王太子など長生きも出来まいよ」

 僕は二の句が告げられなかった。そもそも男爵家の僕は、公爵家のレーダーから許可がなければ話すこともできやしない。

「伴侶同士のマナの不均衡では実をなすことは極めて稀で出来ないことの方が多い。シャルス亡き後、君のお陰で、カモンは次期王になる。その時に使い古しでも構わないからカモンの妾人にするつもりだ。そのマナ量は惜しいからな。良い実を孕ませてやろう」

 それがレーダー公の寿ぎのようだった。僕は人払いのように軽く手を払われ、礼を取ると部屋を出ていく。

 うん、大丈夫。頭には血がのぼってはいない。レーダー公の目的の大半が掴めたような気がする。シャルスの治世に対し、レグルス王国を使い再び戦争を起こす。そして、最悪国家転覆だ。その資金源が密輸と密輸オークションだろう。

 廊下を歩いて外に出ると、不意に黒い影が横切ったような気がした。

「え?」

 庭を見ると既にいない。

 なんだろう……。

「坊ちゃん?」

 僕の影から出ていたアズールに手を取られて我に返ったが、その不思議な感覚に首を傾げた。

 
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