国王親子に迫られているんだが

クリム

文字の大きさ
上 下
56 / 165
九章 毒を狩る者、求める者

55 あの頃の三人

しおりを挟む
「オーちゃん、ねえ、起きてる?」

 ぼんやりと目を開くと目の前に青みがかった銀髪が飛び込んでくる。十五、六の子供に見えるがオーガスタより年上で、そんなセネカが可愛い顔で笑っていた。

 そういえば酒場だな、ここ。

 だいぶん飲んでしまったのか、アーネストのピッチが早いのに釣られたのかもしれないと、オーガスタは隣で飲んでいるアーネストを見た。

 金髪碧眼のアーネストはその貴族らしい華やかな見た目を隠すことなく、別のテーブルの冒険者と話をしている。

 アーネストお付き従者の騎士二人は、三人のテーブルから少し離れた場所で静かに酒と食事を楽しんでいた。

「まったく、新人ニューピーにやられたよ」

 アーネストが一人で狩ったウルフベア十頭分の代金は、全て魔の森唯一の冒険者酒場の飲み放題食い放題代金になっている。だから誰も文句は言わないのだ。

「俺はまだ冒険者じゃない。今日は試しだよ、腕試し。だって俺、まだ学生だからさ」

 アーネストが腰から下げた魔剣は、なかなか厄介な代物だった。それからアーネスト自身もだ。触れればマナやオドを吸い取る魔剣と、剣を振れば凶悪見境ないアーネスト。オーガスタの生きた地図で人のいないところを見つけ、一撃では狩れないウルフベアをあてがった。

「今日の魔の森案内人オーガスタ貸切ってのは、そういうわけか。なあ、オーガスタ」

「ーーすまんな」

「じゃあ、明日は頼むぞ」

「ああ、確か……湖だったな」

 隣の席の馴染みの冒険者もタダ酒とタダ飯には文句はない。

 アーネストを最初に見つけたのは、目の前で酒を飲み干しておかわりをしているセネカだ。魔の森の北の端アシリア王国側から入ってきたらしい。そこから南下して狩りを始めていたのだ。

「アーちゃんには本気でびっくりしたんだからね。勝手に狩りをしたら密猟になるんだよ。魔の森には魔の森の決まりがあるの!」

「セネカ、悪い悪い。悪かったって」

 悪びれもなくアーネストが笑っている。鮮やかな笑顔にオーガスタは苦笑した。

「魔剣ロータスを引っこ抜いたのはいいが、兄貴たちには睨まれるし、義母には『庶子の分際で』と嫌味を言われるし、参ったよ。剣を試す機会もないしな」

 アーネストの皮肉めいた言葉を聞きながら、貴族も大変なんだなあと、アーネストの人好きのする顔をぼんやり見ていた。

 セネカはラメタル王国の王子だが早々に王族義務を放棄して、大商人になっている。その手広さは今や二つの大陸を跨ぎ、新しい商品や道具を広めていた。

「魔剣……ロータス?」

 一緒にサポートしてその魔剣の実力を知っているはずのセネカが、口をぽかんと開けてアーネストを見た。だからそのままぼんやりとオーガスタもアーネストの顔を見ていた。

「ああ。国の宝剣だが、抜けねーって言うからさ、腕試しに兄貴の成人の儀で俺が引っこ抜いた」

 セネカが深くため息をついて、お付き騎士をチラッと見る。お付き騎士は軽く会釈をしたようだ。

「オーちゃん」

「ん?」

 おかわりの酒が来てアーネストは別のテーブルの冒険者と話をしながら、飲み比べを始めていた。

 ピッチが早い。あいつは酒豪だなと思っていたが口から思わず出てしまった。

「酒に強いな、アーネストは」

「オーちゃん、ちゃんと聞いてね。そんなアーちゃん、多分、いや、間違いなく、レガリア連邦王国の一番南のアリシア王国の王子様」

 はあ?また、王子様かよと、オーガスタは軽く笑った。

「ははは、王子様はお前で間に合ってるって」

「いや、いやいや、マジで。魔剣ロータスはガルドバルド大陸の小人コボルトが打って、初代アリシア王に渡した宝剣だよ」

「ーーマジか!しかも厄介な奴に厄介な代物を」

「うん、マジ」

 その時、飲み比べに勝ったアーネストが軽く酩酊した歩き方でこちらにやってくるとオーガスタの肩を抱いた。

「楽しいなあ、オーガスタ。やっぱり俺、貴族学舎を出たら冒険者になる。オーガスタ、俺とコンビを組んでくれよ」

 その言葉に周りの冒険者たちが笑った。

「わははは、オーガスタは魔の森の冒険者ギルドに入ってないぞ。魔の森ガイドだ。金を払って俺たちはガイドしてもらうんだ」

「たまに狩りの手伝いをしてくれるがな」

「あとはギルド長に頼まれて、駆除するとかさ」

「そうそう。オーガスタに冒険者ギルドに登録されたら、俺ら獲物にありつけなくなるぜ?」

「え、そうなんだ。オーガスタ、すげえな」

 アーネストが目をまん丸にしてオーガスタを見上げた。アーネストはオーガスタより小さいからだ。

「そりゃあ、そうさ。オーガスタは魔の森の捨て子だからな。魔の森が住処みたいなもんだからな」

 そう笑った冒険者たちはさらに乾杯を重ねていく。そんな中でアーネストがなんだか真顔になっていた。

 ぼんやりと酒を飲むオーガスタの肩を抱きながら、

「捨て子なのか?」

「ああ」

「家族はいないのか?」

「いつ捨てられた分からないから、知らんよ。多分赤ん坊じゃなかっただろうなあ」

 赤ん坊なら生きてはいられないだろう。だが、オーガスタは気がついたら森にいて、森の虫や果物を食べていた。時には魔獣の死肉を魔獣と争ったこともある。言葉も理解出来ていたが、果たしていつ捨てられたのやら、親の顔も覚えてはいない。

「そういえば、ちょっと前にオーちゃんが助けた馬車の中の女の子。多分、アリシア王国の貴族だよね」

 アリシア王国に近い魔の森の端を走る馬車は少ない。

「助けたって、魔獣を追い払っただけじゃないか。セネカと一緒に」

「え、アリシア貴族を?」

 急にアーネストが食いついた。

「うん、アーちゃん。確かツェッペリン領って魔の森に接していたよね。その領地って今魔獣が多くてね、ギルド長のおおじいちゃんに言われて、オーちゃんはホーンラビット狩りしてたの。そしたら、魔の森を少し入ったところで馬車が立ち往生していてね」

「ツェッペリン領には確かに女性貴族はいるが貴族学舎は一年で退学した。近い場所ではその南のカーラーン家だろう。伯爵家のメリッサ・カーラーンは俺の同級生だ。オーガスタは会ったのか?」

 なんであんなところにいたんだ?とオーガスタは思ったが、口に出ていたらしい。

「カーラーン領はツェッペリン領のすぐ横だ。魔の森を突っ切れば最短距離で王都に着く。カーラーン令嬢は急いでいたらしいな」

とアーネストが話したが、魔の森を迂回せず馬車に乗る貴族なんて滅多に会わない。

「無事ならそれでいい」

 オーガスタが笑うとアーネストが

「メリッサを救われたカーラーン伯爵家がオーガスタを婿にと求めたらどうする?」

と尋ねられられたが、オーガスタが吹き出した。

「ないだろう?だってあちらは伯爵家だ。こちらは平民で捨て子ときた」

 俺だったらオーガスタを求めるとアーネストが言ったような気がするが、オーガスタは酒が回り眠くなって机に突っ伏した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

案外、悪役ポジも悪くない…かもです?

彩ノ華
BL
BLゲームの悪役として転生した僕はBADエンドを回避しようと日々励んでいます、、 たけど…思いのほか全然上手くいきません! ていうか主人公も攻略対象者たちも僕に甘すぎません? 案外、悪役ポジも悪くない…かもです? ※ゆるゆる更新 ※素人なので文章おかしいです!

メインキャラ達の様子がおかしい件について

白鳩 唯斗
BL
 前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。  サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。  どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。  ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。  世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。  どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!  主人公が老若男女問わず好かれる話です。  登場キャラは全員闇を抱えています。  精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。  BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。  恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしい

拓海のり
BL
前世の記憶を取り戻した途端、海に放り込まれたレニー。【腐女神の祝福】は気になるけれど、裕福な商人の三男に転生したので、まったり気ままに異世界の醍醐味を満喫したいです。神様は出て来ません。ご都合主義、ゆるふわ設定。 途中までしか書いていないので、一話のみ三万字位の短編になります。 他サイトにも投稿しています。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

処理中です...