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九章 毒を狩る者、求める者
60 帰ってきた使用人
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朝まで一緒に寝て、
「ーーつまらないです」
と不満顔のレーンにそっと起こされた僕は、二人ですやすやと夜は寝て、健全かつ爽やかな朝を迎えた。
「おはようございます、ノリン」
着替えて朝食を取り、日時業務をこなし、昼食、それから再びメイザース・ユングの診察を受けてからお茶をして、グレゴリーがレーンを通じて僕にだけ、シャルスを襲おうとした女看護師が不審死したと告げた。
「尋問中に血を吐いて死んだのだ」
シャルスに飲ませようとした『ドラゴン・ブラッド』以外にも口に含んでいたらしいな。死んだのは連行された直後だ。つまり『ドラゴン・ブラッド』は誰かにより回収されている。それがレーダー公である可能性は捨てきれない。シャルスが毒を飲まされていれば、お見舞いに来たと回収出来る。
「坊ちゃん」
「あ、うん」
レーンが兄様とリュトの勤務終了の時間を教えてくれ、時間が来て僕はシャルスに頭を下げた。シャルスは少し寂しそうな表情をしたが、
「また、明日」
と額にキスをくれた。だから僕からも背伸びをしてシャルスの柔らかな頰にキスを返す。
「明日必ず来ますからね」
北門に停まっている馬車には心配顔の兄様とリュトが座っていて、馬車に乗り込むと兄様に抱きしめられた。
「辛くはないかい?」
優しい兄様は僕の閨係を憂いている。本来ならツェッペリン家嫡男として僕を使って上手く立ち回ればいいのに。
「ノリン様、ノリン様。アッシュ様は内政省財務局長に特別昇進されたのです」
リュトが胸を張って僕に報告してきたが、兄様は僕を横に座らせ手をきつく握る。
「弟を王家に売って得たような地位に感じるけれど、グレゴリウス宰相閣下勅命なんだよ」
ーーグレゴリウス?ああ、グレゴリーの家名か。レーダー公の財政的監視が目的だな。『ドラゴン・ブラッド』はともかく、レーダー公がレグルス王国と繋がりがあり、何を入手しているのか調べ上げる布石を打ち始めている。
「兄様は嫌なのですか?財務局といえば爵地の適正な課税を審査し、国庫の管理という素晴らしいお仕事です」
「やり甲斐はある。算術に長けた若手ばかりだからやりやすいし、みなグレゴリウス宰相を尊敬している。無論、僕もだ」
グレゴリーってばそんなにすごいのか。まあ、近衛隊大隊長であってもあまり偉ぶらなかったしな。
しばらく兄様は僕の手を握って、目をつぶっていた。
「ーー出来るだけ頑張ってみるよ。ノリンも無理や無茶をしないでほしい。僕らは同じ宿り木を分けた兄弟で大切な家族なんだからね」
兄様の手は大きくてでも骨張っていて、働き者の手だと思う。
「はい、兄様」
僕らは屋敷に着くまで手を繋いでいた。兄様も昨晩は部署移動で泊まりがけだったことや、リュトが貴族学舎御用伺い見習いを解かれ、兄様含む財務局の御用伺いとして算術補佐などをしていくことになったと話していた。
「父ちゃんも喜んでいます。計算機も売りまくりましたし。あ、ノリン様、お屋敷が見えてきました。ーー驚いてくださいね」
魔の森の横を縫うように走り、屋敷に着くと僕と兄様は驚いた。屋敷のエントランスにいる出迎えが増えていたからだ。アズールは勿論だが、アズールの横に父様くらいの年の男女がいる。
「エリック、リタそれにハンスまで」
兄様が野菜畑の麦わら帽子の老人を見て呟いた。兄様が知っている使用人?
「ノリンが生まれた少し後、バトラーだっグラミーに追い出されたスチュアートとメイド、それにガーデナーだよ」
ツェッペリン家に使用人がいたんだ。いや、いたから半地下の使用人部屋があるんだけどさ。
馬車から降りると、アズールが僕に深く礼をする。
「お疲れ様です、坊ちゃん、大坊ちゃん」
そして三人の使用人を紹介した。
「お久しぶりです、坊ちゃん。そして、初めましてになりましょうか、お小さい頃にお目にかかりましたエリックとリタでございます」
エリックと名乗ったスチュアートが頭を深く下げ、それに合わせてリタと名乗るメイドが頭を下げる。ガーデナーのハンスは、野菜畑から遠巻きに頭を下げていた。レーンはリュトを見送りそれから合流し、スカートの裾を持ち挨拶をする。
「可愛いメイドさん。それは令嬢のご挨拶ですよ。メイドは膝を曲げて頭を下げます」
「ん」
レーンはリタを見習い挨拶をしていた。
「坊ちゃん方、旦那様がお待ちです」
アズールに呼びかけられ、ガーデナーのハンスを残してみんなで二階に上がる。父様の書斎は数えるほどしか入ったことはない。ツェッペリン家に平民商家から入婿した父様は父様なりに頑張っていたし、書斎は威厳の保たれたもので維持されていた。
だが、これはどういうことだ?
書斎にあった使い込んだ古い椅子とテーブルが消えて、革張りのソファとずっしりとしたテーブルに変わっているし、その長椅子に真新しい貴族ジャケットに身を包んだ父様と洒落た綺麗なドレスの母様が座っていた。
い、威厳と気品すら感じるよ、父様、母様。
「ノリン、ああ、ノリン、お疲れ様」
二人の子持ちのはずの母様がなんだか若返っているように見えて、僕は抱きつかれて驚いて固まってしまった。
少しふっくらされたのか母様は、つやつやの髪を綺麗に結い上げ、父様も顔が張り張りしている。
「奥様、坊ちゃんは成人した大人ですよ」
アズールがやんわりと母様を止めてくれて助かった。
「ノリン、お役目お疲れ様。アッシュも昇進おめでとう」
父様が労いの言葉をくれ、僕と兄様はソファに腰掛けた。それにしてもすごいな、このソファ。
「ツェッペリン家が伯爵に戻ったからとらマギー商会からの祝いだよ、このソファセットは」
だから、リュトの『驚いて』か。すごく驚いたよ、うん。
「ーーつまらないです」
と不満顔のレーンにそっと起こされた僕は、二人ですやすやと夜は寝て、健全かつ爽やかな朝を迎えた。
「おはようございます、ノリン」
着替えて朝食を取り、日時業務をこなし、昼食、それから再びメイザース・ユングの診察を受けてからお茶をして、グレゴリーがレーンを通じて僕にだけ、シャルスを襲おうとした女看護師が不審死したと告げた。
「尋問中に血を吐いて死んだのだ」
シャルスに飲ませようとした『ドラゴン・ブラッド』以外にも口に含んでいたらしいな。死んだのは連行された直後だ。つまり『ドラゴン・ブラッド』は誰かにより回収されている。それがレーダー公である可能性は捨てきれない。シャルスが毒を飲まされていれば、お見舞いに来たと回収出来る。
「坊ちゃん」
「あ、うん」
レーンが兄様とリュトの勤務終了の時間を教えてくれ、時間が来て僕はシャルスに頭を下げた。シャルスは少し寂しそうな表情をしたが、
「また、明日」
と額にキスをくれた。だから僕からも背伸びをしてシャルスの柔らかな頰にキスを返す。
「明日必ず来ますからね」
北門に停まっている馬車には心配顔の兄様とリュトが座っていて、馬車に乗り込むと兄様に抱きしめられた。
「辛くはないかい?」
優しい兄様は僕の閨係を憂いている。本来ならツェッペリン家嫡男として僕を使って上手く立ち回ればいいのに。
「ノリン様、ノリン様。アッシュ様は内政省財務局長に特別昇進されたのです」
リュトが胸を張って僕に報告してきたが、兄様は僕を横に座らせ手をきつく握る。
「弟を王家に売って得たような地位に感じるけれど、グレゴリウス宰相閣下勅命なんだよ」
ーーグレゴリウス?ああ、グレゴリーの家名か。レーダー公の財政的監視が目的だな。『ドラゴン・ブラッド』はともかく、レーダー公がレグルス王国と繋がりがあり、何を入手しているのか調べ上げる布石を打ち始めている。
「兄様は嫌なのですか?財務局といえば爵地の適正な課税を審査し、国庫の管理という素晴らしいお仕事です」
「やり甲斐はある。算術に長けた若手ばかりだからやりやすいし、みなグレゴリウス宰相を尊敬している。無論、僕もだ」
グレゴリーってばそんなにすごいのか。まあ、近衛隊大隊長であってもあまり偉ぶらなかったしな。
しばらく兄様は僕の手を握って、目をつぶっていた。
「ーー出来るだけ頑張ってみるよ。ノリンも無理や無茶をしないでほしい。僕らは同じ宿り木を分けた兄弟で大切な家族なんだからね」
兄様の手は大きくてでも骨張っていて、働き者の手だと思う。
「はい、兄様」
僕らは屋敷に着くまで手を繋いでいた。兄様も昨晩は部署移動で泊まりがけだったことや、リュトが貴族学舎御用伺い見習いを解かれ、兄様含む財務局の御用伺いとして算術補佐などをしていくことになったと話していた。
「父ちゃんも喜んでいます。計算機も売りまくりましたし。あ、ノリン様、お屋敷が見えてきました。ーー驚いてくださいね」
魔の森の横を縫うように走り、屋敷に着くと僕と兄様は驚いた。屋敷のエントランスにいる出迎えが増えていたからだ。アズールは勿論だが、アズールの横に父様くらいの年の男女がいる。
「エリック、リタそれにハンスまで」
兄様が野菜畑の麦わら帽子の老人を見て呟いた。兄様が知っている使用人?
「ノリンが生まれた少し後、バトラーだっグラミーに追い出されたスチュアートとメイド、それにガーデナーだよ」
ツェッペリン家に使用人がいたんだ。いや、いたから半地下の使用人部屋があるんだけどさ。
馬車から降りると、アズールが僕に深く礼をする。
「お疲れ様です、坊ちゃん、大坊ちゃん」
そして三人の使用人を紹介した。
「お久しぶりです、坊ちゃん。そして、初めましてになりましょうか、お小さい頃にお目にかかりましたエリックとリタでございます」
エリックと名乗ったスチュアートが頭を深く下げ、それに合わせてリタと名乗るメイドが頭を下げる。ガーデナーのハンスは、野菜畑から遠巻きに頭を下げていた。レーンはリュトを見送りそれから合流し、スカートの裾を持ち挨拶をする。
「可愛いメイドさん。それは令嬢のご挨拶ですよ。メイドは膝を曲げて頭を下げます」
「ん」
レーンはリタを見習い挨拶をしていた。
「坊ちゃん方、旦那様がお待ちです」
アズールに呼びかけられ、ガーデナーのハンスを残してみんなで二階に上がる。父様の書斎は数えるほどしか入ったことはない。ツェッペリン家に平民商家から入婿した父様は父様なりに頑張っていたし、書斎は威厳の保たれたもので維持されていた。
だが、これはどういうことだ?
書斎にあった使い込んだ古い椅子とテーブルが消えて、革張りのソファとずっしりとしたテーブルに変わっているし、その長椅子に真新しい貴族ジャケットに身を包んだ父様と洒落た綺麗なドレスの母様が座っていた。
い、威厳と気品すら感じるよ、父様、母様。
「ノリン、ああ、ノリン、お疲れ様」
二人の子持ちのはずの母様がなんだか若返っているように見えて、僕は抱きつかれて驚いて固まってしまった。
少しふっくらされたのか母様は、つやつやの髪を綺麗に結い上げ、父様も顔が張り張りしている。
「奥様、坊ちゃんは成人した大人ですよ」
アズールがやんわりと母様を止めてくれて助かった。
「ノリン、お役目お疲れ様。アッシュも昇進おめでとう」
父様が労いの言葉をくれ、僕と兄様はソファに腰掛けた。それにしてもすごいな、このソファ。
「ツェッペリン家が伯爵に戻ったからとらマギー商会からの祝いだよ、このソファセットは」
だから、リュトの『驚いて』か。すごく驚いたよ、うん。
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