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八章 ドラゴンブラッドの影
51 シャルスの恋煩い
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シャルスは久々の熱にうなされながら、天蓋付きのベッドの中で天井を見上げていた。
多分、初恋だと思う。
成人年齢をとうに越えての初恋。
王族として伴侶を得て血を繋ぐのは当たり前だが、どう贔屓目に見ても仮王扱いのシャルスは、自分自身に自信がない。貴族学舎時代ひしめき合う王妃候補はいた。貴族学舎を平凡以下の成績で卒業した後は、正式な王妃候補はいなくなっていた。
後に残ったのは一攫千金、宿り木に子を成せば『王妃』であり、その背後の貴族は子の祖父母をもくろむ者たち。シャルス自身を通り越して、王座に座る未来の我が子・孫を見ていて、そんな視線とあからさまな態度に疲れていた頃、父が『ノリン・ツェッペリン』を探して貴族学舎内を彷徨いていると聞いた。
「ノリン・ツェッペリン……とは、誰ですか、グレゴリー」
グレゴリーも分からず、貴族学舎勤務のグレゴリーの友人から、先日より学舎に通う一年生だと聞いて驚いた。
日頃、王城下に消える幽鬼のような父が、王宮で気にする人物なんて。
「お会いになられますか、殿下」
「ーー会えますか?」
「金曜日のお披露目会に久々に参加されてみてはどうですか?」
お見合いの場のお披露目会は、シャルスのとも枕、閨の相手だ。貴族なら高級娼館から出張してくる花売りで構わないが、王族は貴族子弟子女を相手とする。
シャルスは婚約者もいないため、今まで誰とも閨入りもとも枕もせず、性的な指導は閨指南書のみだった。この歳まで一度もそのような気持ちにならなかったのも災いして、全く興味が失せていたのだ。
ノリン・ツェッペリンに初めて会った瞬間、身体中に痺れが走るような気がした。
こんな小さな子が成人年齢に達しているのかと初めは思い、だが話した時にはノリン・ツェッペリンが頭の中の大部分を占めた。
話がしたい、声をもっと聞きたい。
宰相のグレゴリーに考えなしに告げて部屋で待つと、困ったような顔をして入ってくるノリンに胸を締め付けられた。柔らかな巻き毛も水色の瞳も澄んでいて好みだ。だが、一番好きなのは仕草だった。
会って話をしてそれだけでも楽しくて仕方がなかったのに、たまにノリンから香る父の飲むお茶の香りが、シャルスをざわつかせる。
父は毒耐性をつけるため、魔の森から取り寄せた毒草茶を飲んでいた。爽やかな薄荷の香りがするお茶は苦いらしいが、シャルスは身体が弱いため王族ならば必ず一度は口にする毒草茶を飲んではいない。
何故ノリンから毒草茶の香りがするのか、思い当たるのはノリンが父に会っているということだけ。
恥を忍んで聞いてみると、ノリンは父の部屋へ行き、話をするらしいではないか。
驚くとともに、父に初めて恐怖以外の感情が湧き上がった。感情を抑えても溢れてしまうのは、ノリンに触れたいという気持ち。
二人きりになって、キスをした。ふわふわの頰は甘い香く、胸が高鳴る。唇を合わせたら欲が強くなった。
ノリンの顔を見ていて、独り占めしたい気持ちになって仕方がなかった。
「……どうしよう」
時々父の毒草茶の香りを強く纏うノリンをきつく抱きしめ暴きたくなる。肌を合わせ奥深く自分の全てを捧げたくなる。
父とノリンの関係はよく分からないが、父の香りを纏うくらい近くで話しているのだろう。近頃は特に香る。多分父と近しくしているに違いない。
ノリンは腕の立つ剣士らしく、グレゴリーも話していた。ベリーパイもお茶も美味しいし、話も面白い。そしてなによりーー
「強くて可愛い……」
初めてのこの気持ちに、『婚約者』なんて縛りをつけてしまったが、ノリンは柔らかく笑ってくれた。
繰り返し繰り返すそんな気持ちの揺れに精神が参ってしまったのか、熱が出た。今日は貴族学舎の子弟子女に招かれて、パールバルト王国の遊学生の王子を囲んでのお茶会だった。
そこでノリンが『婚約者』であることを公表してしまい、学舎から内々に広めていこうとシャルスが考えていたのをガルド神がお咎めになったのか、なんの兆候もなく突然発熱したのだ。
悔しくてたまらないが何か感染症かもしれないので、ノリンに会わないようにした。元々部屋付きのメイドはいない。
最低限を順番にこなす日替わりメイドが出ていくと、王宮主治医の老医師が横でうたた寝をしていた。年嵩の女看護師がたまにウィンクしてくるのが気持ち悪いと思うが不問にした。どうやら老医師のお気に入りらしい。
ノリンはどうしているかな、とうつらうつらしながら思う。
一緒にこのベッドに転がった時にお日様のようなふわっとした温かいいい香りがした。あの香りに包まれたいと思った。
小さな手が頭をシャルスの頭を撫でた時、小さな頃誰かに同じように撫でられたことがあるような気がした。記憶が欠落していることが残念でたまらない。
「ーー殿下?」
看護師の甘ったるい声が聞こえる。
「私に触れないでください」
ーーああ、熱が上がってきました。本来なら今頃、ノリンとお茶会に参加して、ノリンが婚約者だと皆に話していましたね。
眠気が襲いシャルスは夢を見ていた。よく見る夢だが、あまり覚えていることはない、そんな夢だ。
王宮の二階、今は入ることがない王の自室の王国旗模様の刺繍カーテンの前にいた。
『ーーは、いつかえっくる?かえってきたらおよめさんにしてくれる?』
ふわりと頭を撫でられた。優しい、大好きな人の眼差しはーー赤い。
『シャルスは王太子だから、お嫁さんをもらわないと』
『おとうさま?じゃあ、ーーをおよめさんにする!』
『はっはっはっ!お嫁さんか、シャルスだけか独り占めは良くないなあ』
『え、えーと、じゃあ、おとうさまとは、はんぶんこします!』
『半分って、なんだそりゃ。俺が金髪碧眼の美人だったら叶えてやるんだがな。俺はおっさんだよ、シャルス』
『おっさん?なに、それ?』
『年齢がすごく上ってことだよ、シャルス』
『そんなのかんけいないよ』
そんなの関係なかった。そのままのあなたが大好きでした…………
多分、初恋だと思う。
成人年齢をとうに越えての初恋。
王族として伴侶を得て血を繋ぐのは当たり前だが、どう贔屓目に見ても仮王扱いのシャルスは、自分自身に自信がない。貴族学舎時代ひしめき合う王妃候補はいた。貴族学舎を平凡以下の成績で卒業した後は、正式な王妃候補はいなくなっていた。
後に残ったのは一攫千金、宿り木に子を成せば『王妃』であり、その背後の貴族は子の祖父母をもくろむ者たち。シャルス自身を通り越して、王座に座る未来の我が子・孫を見ていて、そんな視線とあからさまな態度に疲れていた頃、父が『ノリン・ツェッペリン』を探して貴族学舎内を彷徨いていると聞いた。
「ノリン・ツェッペリン……とは、誰ですか、グレゴリー」
グレゴリーも分からず、貴族学舎勤務のグレゴリーの友人から、先日より学舎に通う一年生だと聞いて驚いた。
日頃、王城下に消える幽鬼のような父が、王宮で気にする人物なんて。
「お会いになられますか、殿下」
「ーー会えますか?」
「金曜日のお披露目会に久々に参加されてみてはどうですか?」
お見合いの場のお披露目会は、シャルスのとも枕、閨の相手だ。貴族なら高級娼館から出張してくる花売りで構わないが、王族は貴族子弟子女を相手とする。
シャルスは婚約者もいないため、今まで誰とも閨入りもとも枕もせず、性的な指導は閨指南書のみだった。この歳まで一度もそのような気持ちにならなかったのも災いして、全く興味が失せていたのだ。
ノリン・ツェッペリンに初めて会った瞬間、身体中に痺れが走るような気がした。
こんな小さな子が成人年齢に達しているのかと初めは思い、だが話した時にはノリン・ツェッペリンが頭の中の大部分を占めた。
話がしたい、声をもっと聞きたい。
宰相のグレゴリーに考えなしに告げて部屋で待つと、困ったような顔をして入ってくるノリンに胸を締め付けられた。柔らかな巻き毛も水色の瞳も澄んでいて好みだ。だが、一番好きなのは仕草だった。
会って話をしてそれだけでも楽しくて仕方がなかったのに、たまにノリンから香る父の飲むお茶の香りが、シャルスをざわつかせる。
父は毒耐性をつけるため、魔の森から取り寄せた毒草茶を飲んでいた。爽やかな薄荷の香りがするお茶は苦いらしいが、シャルスは身体が弱いため王族ならば必ず一度は口にする毒草茶を飲んではいない。
何故ノリンから毒草茶の香りがするのか、思い当たるのはノリンが父に会っているということだけ。
恥を忍んで聞いてみると、ノリンは父の部屋へ行き、話をするらしいではないか。
驚くとともに、父に初めて恐怖以外の感情が湧き上がった。感情を抑えても溢れてしまうのは、ノリンに触れたいという気持ち。
二人きりになって、キスをした。ふわふわの頰は甘い香く、胸が高鳴る。唇を合わせたら欲が強くなった。
ノリンの顔を見ていて、独り占めしたい気持ちになって仕方がなかった。
「……どうしよう」
時々父の毒草茶の香りを強く纏うノリンをきつく抱きしめ暴きたくなる。肌を合わせ奥深く自分の全てを捧げたくなる。
父とノリンの関係はよく分からないが、父の香りを纏うくらい近くで話しているのだろう。近頃は特に香る。多分父と近しくしているに違いない。
ノリンは腕の立つ剣士らしく、グレゴリーも話していた。ベリーパイもお茶も美味しいし、話も面白い。そしてなによりーー
「強くて可愛い……」
初めてのこの気持ちに、『婚約者』なんて縛りをつけてしまったが、ノリンは柔らかく笑ってくれた。
繰り返し繰り返すそんな気持ちの揺れに精神が参ってしまったのか、熱が出た。今日は貴族学舎の子弟子女に招かれて、パールバルト王国の遊学生の王子を囲んでのお茶会だった。
そこでノリンが『婚約者』であることを公表してしまい、学舎から内々に広めていこうとシャルスが考えていたのをガルド神がお咎めになったのか、なんの兆候もなく突然発熱したのだ。
悔しくてたまらないが何か感染症かもしれないので、ノリンに会わないようにした。元々部屋付きのメイドはいない。
最低限を順番にこなす日替わりメイドが出ていくと、王宮主治医の老医師が横でうたた寝をしていた。年嵩の女看護師がたまにウィンクしてくるのが気持ち悪いと思うが不問にした。どうやら老医師のお気に入りらしい。
ノリンはどうしているかな、とうつらうつらしながら思う。
一緒にこのベッドに転がった時にお日様のようなふわっとした温かいいい香りがした。あの香りに包まれたいと思った。
小さな手が頭をシャルスの頭を撫でた時、小さな頃誰かに同じように撫でられたことがあるような気がした。記憶が欠落していることが残念でたまらない。
「ーー殿下?」
看護師の甘ったるい声が聞こえる。
「私に触れないでください」
ーーああ、熱が上がってきました。本来なら今頃、ノリンとお茶会に参加して、ノリンが婚約者だと皆に話していましたね。
眠気が襲いシャルスは夢を見ていた。よく見る夢だが、あまり覚えていることはない、そんな夢だ。
王宮の二階、今は入ることがない王の自室の王国旗模様の刺繍カーテンの前にいた。
『ーーは、いつかえっくる?かえってきたらおよめさんにしてくれる?』
ふわりと頭を撫でられた。優しい、大好きな人の眼差しはーー赤い。
『シャルスは王太子だから、お嫁さんをもらわないと』
『おとうさま?じゃあ、ーーをおよめさんにする!』
『はっはっはっ!お嫁さんか、シャルスだけか独り占めは良くないなあ』
『え、えーと、じゃあ、おとうさまとは、はんぶんこします!』
『半分って、なんだそりゃ。俺が金髪碧眼の美人だったら叶えてやるんだがな。俺はおっさんだよ、シャルス』
『おっさん?なに、それ?』
『年齢がすごく上ってことだよ、シャルス』
『そんなのかんけいないよ』
そんなの関係なかった。そのままのあなたが大好きでした…………
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