国王親子に迫られているんだが

八章 ドラゴンブラッドの影

49 レグルス王国の童話

　僕が王宮で政務を手伝ってから、スバル・パールバルトの御用伺いに身を伏せたセネカと会った。

　そんな濃厚な二週間程、僕は今日も兄様とリュトと同じ馬車で王宮に向かう。こんなに毎日だが、我が家が王都に近くて本当によかったと思う。通いの貴族は大抵、王都内の貴族エリアに屋敷を構えている。でも、僕らはそんな贅沢が出来ないから、早朝から馬車でやってきていた。

「では、ノリン。頑張って勉強しておいで」

「ノリン様、帰りに会いましょう」

「はい、兄様、リュト」

　兄様とリュトと分かれて、僕はレーンと二人貴族学舎の北門から入る。もう馴染みになった衛兵が礼をとって、

「おはようございます、ノリン殿、メイド殿」　　

とレーンに明らかに視線をロックオンして声を掛けた。

「おはようございます」

　僕の挨拶の後に、レーンが頭を下げてから

「うふ」

と上機嫌な笑みを見せたので、衛兵が真っ赤になる。

「か、可愛い……」

　やめてやれ、レーン。それからな、衛兵よ、こいつは淫魔だから。

　お年頃の衛兵が僕のことを知っているのは、先週金曜日の夜に近衛兵を全て集めて、僕がシャルスの内々の婚約者とシャルスに言われたからで、舞踏会場の一件を知る第一近衛隊はしたり顔で、第二、第三は驚いていた。

　いや、僕は近衛隊を全て合わせて呼び出すのも驚いたが、近衛の少なさにも驚いた。衛兵と呼ばれる一部の衛士は貴族ではないからいないが、控えていたグレゴリーにこっそり聞いたら、

「なり手がない」

と短く答えた。長子相続が基本だから二人目以降の子供達は働かなくてはならない。その最たるものが『近衛隊』なのにもかかわらずだ。なんでだろうなあと思いながら、ふと別のことを思い出して、

「王宮には図書館がありますか？朝から開いていますか？」

と聞いてみた。

「さすがに朝早いので無理です。でも王様方居住区の書庫なら自由にご覧になれますよ」

　なるほど、シャルスの部屋の隣に書庫があったよな。

「ありがとうございます」

　僕は衛兵に礼を言うと、レーンと歩いていく。省が稼働してから王子の元に書類が行く。今はシャルスが起きて食事をとっている時間だ。たまにはシャルスを一人にしてやらないと。まあ、部屋にメイドはいるが、ずっと僕やグレゴリーがくっついているのは息が詰まるだろうしと、最近はシャルスの部屋に突撃するのはやめていた。

「では、失礼します」

　レーンはかなりご機嫌でウィンクまでしている。

「ーーやめてあげて」

と僕が背後のレーンに呟くと、

「夢に出てしまいますかしら？」

と言った。どうやらレーンの姿をした夢魔が夢の中に現れて性欲を貪るらしい。淫魔の影のようなものだとアズールが話していた。夢魔を受け入れると二、三日は睡眠に入るたびに夢魔と交わるそうだ。僕と会う前はそうして喰っていたと聞いた。

「ふふ、やりませんよ。坊ちゃん以上のマナを持つ人はいませんから」

　レーンは昨晩、ひらひらレースの下着をずらして僕を喰った。下着をつけているってだけでもう恥ずかしい感じがしたのに、アズールにレースの下着の上から舐められ刺激されもどかしくって、腰を振ってしまいレーンを喜ばせてしまった。アズールの時は脱がせてくれたけど、恥ずかしくて悶えてしまった。

　ちなみに今は普通の下着だ。ティーバックとかいうシルクの下着をはかされそうになったが、こんな姿をアーネストに見られたらとんでもないことになる。絶対にヤバい。だから阻止したんだけど、ここ数日顔を合わせていなかった。

　王宮の一階は王の子供の部屋があり、二階は王と王妃の部屋がある。今は二階は空室で、一階のみのありえない王宮。シャルスの部屋を通り越して小さな書庫の扉を開いた。

「レーンは廊下で待っていて」

「はい」

　じきにシャルスが政務室に行くだろうから合流すればいい。

　小さな書庫は王族が手元に置いていた本が多い。恋愛小説から絵本まであった。そして端っこの目立つところに『レガリア童話集』があり『レグルスの黒竜』の物語があった。

「レグルスのとこ、癖ついてるな。シャルスってば本当にここばっかり読んだのかな？」

　挿絵もカラーで会ってなかなかいい絵本だよ。話はとある流浪の騎士がレグルス王国一帯の滅びを促す竜と戦い、竜を倒し竜の血を浴び金髪碧眼がら赤髪赤眼に染まり、レグルス初代王が生まれた昔話。

　それ以外はガーランド王国の髪長姫と騎士王の話、リーリアム王国の男女平等体神官の星見の話、アリシア王国の獣の皮被りと小人のの話だった。

「あれ？」

　著者名で脱力した。

　師匠の集めた話だ。

　師匠は異世界では読み書き教師だったらしいが、今なら少し理解できる。好きなんだな、書物が。

『植物紙をユグドガルド大陸で流行らせたのは僕なんですよ。手始めは表装のない絵本でしたね。印刷は複写陣を使います』

　魔の森魔法学舎では卒業後、基本的に国営魔石燃料社で働くのだが、印刷事業を始めた卒業生もいるという。複写陣は師匠オリジナルで、オーガスタ以外にわずかな数名が出来るらしい。遊戯物として、トランプを世に送り出したのも師匠だ。

　思い出に浸っていたが、童話は童話だった。『ドラゴン・ブラッド』という毒のことは書いていないし、他の書物を見ても毒の文献はキノコや野草についてくらいで、大した成果はない。

「王宮図書館に行くしかないかな」

　僕が呟きながら書庫を出ると、グレゴリーがレーンと待っていた。