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六章 国王陛下代理の仕事
34 謁見での噂
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政務室から謁見の間は舞踏場ではなくて、二階建ての政務宮の一階にあり、三省が放射状に伸びた回廊の真ん中の宮に謁見用の広間があり、その周りは庭園になっていた。オーガスタ時代から平民が出入りできる区画でら今も変わらないらしい。
二階から降りてきたシャルスの前に移動してた近衛が重そうな扉を開くと、段下には陳情するために来た人々が列を作って並んでいる。一度全員の前に姿を見せてから、控えの間に場所を移して個別に謁見するのだ、が、アーネストは面倒だと言って、
「ここでみんなの意見を聞こう」
と控えの間に移らないから側近侍従達が慌てて近衛隊の護衛を増やしたりしていた。オーガスタ時代、数には入っていなかったが、グレゴリー配下に頼まれて、謁見の平民に紛れていた。
貴族の謁見がある場合は平民よりも先に執り行われるが、今日は平民だけみたいだ。
謁見の間にいる男女達は顔見知りもいるようで
「やぁ、どうも」
とか、
「そちらもですか」
なんて大きすぎない声で話していて、近衛が壇上に現れると丁寧な作法で静かにシャルスに向かいお辞儀をする。シャルスのいる謁見の間は、オーガスタ時代とは違い静かで静謐な場だった。
本来これがあるべき姿なんだろうけれど、アーネストが壇下に降りて階段にどかりと座り込み、
「何か問題でもあったのか?俺が何か出来るか?」
と目線をあげて聞いている姿が懐かしくも苦くも感じていた。オーガスタが生きていれば衛兵かなりいい年のおじさん、多分、親友アーネストの近くで生きて、シャルスとも親子のように仲良くしていただろう。
いや、だめだ、引っ張られるな。僕はノリン・ツェッペリンでーー
「ノリンに良いところを見せないといけませんね。謁見の間はどうですか?」
「高いところから見下ろすのは初めてです。意外と怖いですね」
円形に作られた謁見の間は三つの扉と廊下と繋ぎ、各省の部屋からの出入りが可能で、外からの出入りには省庁用の検問があり、シャルスは安全なはず。
「少しずつ慣れていきますから」
いや、慣れなくていいです。むしろ僕を巻き込まないでください。
僕は壇下で説明を始めるグレゴリーを横目で見てから、横の控えの間に向かうシャルスについていく。帯刀はしていないけれど大丈夫のようだ。
部屋には衛兵が一人、扉の開閉のために外側にいて、グレゴリーが一人でまず入ってきた。シャルスがソファに座り、
「ノリン、どうぞ」
と隣に座るように言われて、僕は困りながらひらひらトレーンを横に流して座る。
シャルスの後ろで護衛って選択肢を与えられなかったんだが、グレゴリーはシャルスの横の一人掛けのソファに座り手を軽く挙げた。
すると扉が開いて一人ずつ入って陳情をしてくる。基本的には貴族領地の人はこない。王の直轄地の王都や『市町』と呼ばれる自主自治区の人がやってきて、陳情をしていく。
普段はいない僕の姿に動揺する人もいたが至って冷静で、出来た人たちだなあと感心していた。陳情は多岐に渡り、少し距離を置いて椅子に座って話す内容は、道路の整備だったり、税金の申請だったり、様々だ。
貴族の領地とは違い、直轄領と自治領は国王権限がある。国がお金を出さなくても許可は必要で、その陳情のための書類は午前中に見たものだから、シャルスは頷いたり、各省庁に話に行くように振り分けたりをグレゴリーと話をしたりしていた。
「…………」
僕、やることないんじゃない?
「……退屈ですか?ノリン」
小休憩だと言われてお茶を口にしたシャルスにそう指摘されて、僕は
「え?」
と聞き返した。まさか顔に出ていたのかな?いけない、表情筋を引き締めないと。
「私も退屈なんだけれど、今日はノリンが横にいるから、張り切っているのです」
そう言ってシャルスが小首を傾げる姿が、小さな頃と一緒でめちゃくちゃ可愛い。
「ーー殿下。ノリンもぼんやりした顔をするな」
「ぼんやりしてーーました。すみません」
僕は素直にグレゴリーに謝った。
「……構わん。平民の話はそなたら王族や貴族の子息にはつまらないかもしれないが、こうして話を聞くだけでも良い経験になる。しっかり聞いてやりなさい」
って、グレゴリーは意外と庶民的なんだよな。頷いたり笑ったりと、陳情者に対して横柄な態度を取らない。
「次、いいぞ」
入ってきた壮年の男はまずグレゴリーに挨拶をして、それからシャルスに深々とおじきをした。そして驚いた表情で僕を見る。
「ーーノリン様?」
「あれ、クレバス」
マギー商会がある町を含む王都に近い市の市長で、マギーの友達の一人だ。
「ノリン様、殿下とお知り合いなんですか」
マギー同様にわりと『いい人』で、四つの町を従え商業都市として維持している自治市長だ。白髪の元伯爵家四男は穀物倉庫と異名を取る商家に婿に入ると、手広く商いをしていた。
「ノリンは私の婚約者です」
うわ、シャルス、言い切った。横のグレゴリーも驚いて
「殿下、まだ公表は」
と言ったが、シャルスは
「構わないではないですか?ーー私はそのつもりです」
としらっと告げた。
「ここでの私の話は公表しても構いませんよ、クレバス」
や、や、や、やばいって、シャルス。しかしクレバスはおばちゃんみたいな中性じみた顔で口元の皺をふんわりと歪めると、
「私は言いません。発表があった後には是非大々的にお祝いをいたしますが」
そう話した。うん、クレバス、やめてくれ。ただ、クレバスは父様とも仲がいい。
父様の実家は裕福な商人の息子で、若い父様は御用伺い見習いになった時に母様と出会って恋に落ちた……らしい。その母様と父様を結びつけたのが、当時の御用見習いだったクレバスだったそうだ。
母様が酔うたびに話してくれた甘い惚気なわけだが、オーガスタ時代に貴族学舎でそんな身分違いなロマンスがあって、その当事者の恋愛の末にオーガスタの記憶を持つ僕が生まれている不思議さ。まあ、僕だけが、不思議なんだけど?だって、誰も知らないからね。
「ーーよって、殿下に陳情申し上げます。砂漠に面している村に不審死がありまして、私どもの調べでも理解が出来ず、そのままにも出来ずにいます。どうか国で調べていただきたく」
あ、ぼんやり考えていたら、話が変わっていた。不審死……なんだろう。
二階から降りてきたシャルスの前に移動してた近衛が重そうな扉を開くと、段下には陳情するために来た人々が列を作って並んでいる。一度全員の前に姿を見せてから、控えの間に場所を移して個別に謁見するのだ、が、アーネストは面倒だと言って、
「ここでみんなの意見を聞こう」
と控えの間に移らないから側近侍従達が慌てて近衛隊の護衛を増やしたりしていた。オーガスタ時代、数には入っていなかったが、グレゴリー配下に頼まれて、謁見の平民に紛れていた。
貴族の謁見がある場合は平民よりも先に執り行われるが、今日は平民だけみたいだ。
謁見の間にいる男女達は顔見知りもいるようで
「やぁ、どうも」
とか、
「そちらもですか」
なんて大きすぎない声で話していて、近衛が壇上に現れると丁寧な作法で静かにシャルスに向かいお辞儀をする。シャルスのいる謁見の間は、オーガスタ時代とは違い静かで静謐な場だった。
本来これがあるべき姿なんだろうけれど、アーネストが壇下に降りて階段にどかりと座り込み、
「何か問題でもあったのか?俺が何か出来るか?」
と目線をあげて聞いている姿が懐かしくも苦くも感じていた。オーガスタが生きていれば衛兵かなりいい年のおじさん、多分、親友アーネストの近くで生きて、シャルスとも親子のように仲良くしていただろう。
いや、だめだ、引っ張られるな。僕はノリン・ツェッペリンでーー
「ノリンに良いところを見せないといけませんね。謁見の間はどうですか?」
「高いところから見下ろすのは初めてです。意外と怖いですね」
円形に作られた謁見の間は三つの扉と廊下と繋ぎ、各省の部屋からの出入りが可能で、外からの出入りには省庁用の検問があり、シャルスは安全なはず。
「少しずつ慣れていきますから」
いや、慣れなくていいです。むしろ僕を巻き込まないでください。
僕は壇下で説明を始めるグレゴリーを横目で見てから、横の控えの間に向かうシャルスについていく。帯刀はしていないけれど大丈夫のようだ。
部屋には衛兵が一人、扉の開閉のために外側にいて、グレゴリーが一人でまず入ってきた。シャルスがソファに座り、
「ノリン、どうぞ」
と隣に座るように言われて、僕は困りながらひらひらトレーンを横に流して座る。
シャルスの後ろで護衛って選択肢を与えられなかったんだが、グレゴリーはシャルスの横の一人掛けのソファに座り手を軽く挙げた。
すると扉が開いて一人ずつ入って陳情をしてくる。基本的には貴族領地の人はこない。王の直轄地の王都や『市町』と呼ばれる自主自治区の人がやってきて、陳情をしていく。
普段はいない僕の姿に動揺する人もいたが至って冷静で、出来た人たちだなあと感心していた。陳情は多岐に渡り、少し距離を置いて椅子に座って話す内容は、道路の整備だったり、税金の申請だったり、様々だ。
貴族の領地とは違い、直轄領と自治領は国王権限がある。国がお金を出さなくても許可は必要で、その陳情のための書類は午前中に見たものだから、シャルスは頷いたり、各省庁に話に行くように振り分けたりをグレゴリーと話をしたりしていた。
「…………」
僕、やることないんじゃない?
「……退屈ですか?ノリン」
小休憩だと言われてお茶を口にしたシャルスにそう指摘されて、僕は
「え?」
と聞き返した。まさか顔に出ていたのかな?いけない、表情筋を引き締めないと。
「私も退屈なんだけれど、今日はノリンが横にいるから、張り切っているのです」
そう言ってシャルスが小首を傾げる姿が、小さな頃と一緒でめちゃくちゃ可愛い。
「ーー殿下。ノリンもぼんやりした顔をするな」
「ぼんやりしてーーました。すみません」
僕は素直にグレゴリーに謝った。
「……構わん。平民の話はそなたら王族や貴族の子息にはつまらないかもしれないが、こうして話を聞くだけでも良い経験になる。しっかり聞いてやりなさい」
って、グレゴリーは意外と庶民的なんだよな。頷いたり笑ったりと、陳情者に対して横柄な態度を取らない。
「次、いいぞ」
入ってきた壮年の男はまずグレゴリーに挨拶をして、それからシャルスに深々とおじきをした。そして驚いた表情で僕を見る。
「ーーノリン様?」
「あれ、クレバス」
マギー商会がある町を含む王都に近い市の市長で、マギーの友達の一人だ。
「ノリン様、殿下とお知り合いなんですか」
マギー同様にわりと『いい人』で、四つの町を従え商業都市として維持している自治市長だ。白髪の元伯爵家四男は穀物倉庫と異名を取る商家に婿に入ると、手広く商いをしていた。
「ノリンは私の婚約者です」
うわ、シャルス、言い切った。横のグレゴリーも驚いて
「殿下、まだ公表は」
と言ったが、シャルスは
「構わないではないですか?ーー私はそのつもりです」
としらっと告げた。
「ここでの私の話は公表しても構いませんよ、クレバス」
や、や、や、やばいって、シャルス。しかしクレバスはおばちゃんみたいな中性じみた顔で口元の皺をふんわりと歪めると、
「私は言いません。発表があった後には是非大々的にお祝いをいたしますが」
そう話した。うん、クレバス、やめてくれ。ただ、クレバスは父様とも仲がいい。
父様の実家は裕福な商人の息子で、若い父様は御用伺い見習いになった時に母様と出会って恋に落ちた……らしい。その母様と父様を結びつけたのが、当時の御用見習いだったクレバスだったそうだ。
母様が酔うたびに話してくれた甘い惚気なわけだが、オーガスタ時代に貴族学舎でそんな身分違いなロマンスがあって、その当事者の恋愛の末にオーガスタの記憶を持つ僕が生まれている不思議さ。まあ、僕だけが、不思議なんだけど?だって、誰も知らないからね。
「ーーよって、殿下に陳情申し上げます。砂漠に面している村に不審死がありまして、私どもの調べでも理解が出来ず、そのままにも出来ずにいます。どうか国で調べていただきたく」
あ、ぼんやり考えていたら、話が変わっていた。不審死……なんだろう。
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