国王親子に迫られているんだが

クリム

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四章 金曜日の貴族学舎

21 舞踏会場にて

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 アズールとレーンが食事を片付けてお茶を出す頃に、室内に近衛兵が一人伝令役として入ってきて、付き添いの家令や侍従を集めていた。

「行ってまいります」

 アズールが行ってしまうと、入れ替わりかのようにリュトが戻ってきて、

「レーンさん、お水ください」

とレーンに願い出た。

「お疲れ様です、リュトさん」

 レーンはグラスに水を注ぐと差し出した。御用伺いと一緒に食事を取る光景が珍しいのかちらちら見ていたが、リュトと同じ御用伺い見習いのマートルが僕の前に来て、

「ノリン様、お久しゅうございます」

と礼を取る。

「うん、数日ぶりだね。マートル、紳士っぷりが上がったみたいだ」

 御用伺い見習いは僕ら爵位に対して声かけを許可されている。本来なら平民から声掛けなんて出来ないが、ここでは特別だ。エギンも別の令嬢に声掛けをしている。

「ありがとうございます。そこの御用伺い見習いのリュトくんを連れていってもよろしいでしょうか。お仕事をさせませんと」

 お、スパルタだなあ。

「マートルくん、俺くたくたなんだよぉ。だってさ、お昼ご飯食べてないんだよ」

 マートルはリュトの肩をぽんぽんと叩く。

「今日は午後の剣技の先生がお休みで、殿下の顔見せが早まったんだよ。だから舞踏会場へ移動しちゃう前に声掛けを終わらせないと。まだ、君、挨拶回りもしていないだろう?さあさあ、早く」

 マートルとエギンで交代で教育係をしているんだな。うん、お疲れ様。ほんと、リュトってどうして御用伺い見習いになれたんだろう。

「ただいま戻りました。リュトさん?」

「アズールさん、僕のお昼ご飯、御用伺い控え室に置いておいてください~」

 マートルに引っ張られて頭ひとつ大きなリュトが爵位の上の窓際に行ってしまう。アズールと入れ替えだ。

「坊っちゃん、午後の授業がなくなりましたので、お目見えが前倒しされます。舞踏会場へのご移動を」

「剣技の授業、楽しみにしていたのに、残念だよ」

 ハーブティーを飲み終わり僕はぼやいた。アーネストの唯一の子供、王子シャルスとは久し振りに会うんだな。最後に会ったのはまだ幼児だった。護衛侍従はリンクだったっけ。少し上くらいでシャルスに負けず劣らず泣き虫だった。

 今日はそういう日だからか、きらきらしいのをすっかり忘れていた僕はレーンにジャケットを抜かれて、ノースリーブになる。髪の毛を丁寧に整えられ、昼過ぎだが夜会用に着飾った一年生の一番後ろについた。

 舞踏会場は渡り廊下を歩いて王城一階大ホールで、既に二年生もいる。成人年齢を超えた貴族の子弟子女がざっくり四十人位と、後ろにざあっと並ぶ家令や侍従やメイド、それを守る衛兵の胸飾りを見ると近衛兵は第一だ。

 王族の護衛は『王の剣』第一近衛隊、『王の盾』の第二近衛隊が交代であたる。第三近衛隊は騎馬隊で、基本的には王城警備や王都警らになる。第四近衛隊は国境警備と警らで、シャルス警護には王子だから第二近衛隊から抜擢されるはずだ。

 なんで、シャルスに第一近衛隊が付いている?

「シャルス殿下、ご入場です」

 考え事をしているとひな壇にシャルスが来ていた。ひな壇奥の扉から入ってきたらしいシャルスは、小さな頃の面影が確かにあった。金の柔らかそうな癖っ毛は母親譲りで、瞳の色は父親譲り。柔和な顔は変わらないなあ。しかし細いし、顔色が良くないぞ。王子ってそんなに激務だっけか。

 背後にいるのは近衛で、小さな頃から一緒だった侍従の騎士リンクはいない。やっぱり第一近衛隊胸飾りをつけている。普通なら第二近衛隊所属のはずだ。隣には……大臣がいる。うわー老けたなあ、あいつ。

「ーー公爵家ミリーユでございます」

 シャルスに対してひな壇の下から挨拶が始まった。一年生で男爵の僕は一番最後辺りになるはずだが、どうやら舞踏会場は無礼講のようで、一年生の群れが怖いもの知らずにも前に出ていて、僕も波に呑まれてしまう。シャルスに自己紹介すんのかよ、勘弁してくれ。

 しかし僕がそんなことを考えている間に順番が回ってきてしまい、

「ツェッペリン男爵家ノリンです」

とよそ行きの可愛らしい声で挨拶をした。

「ノリン・ツェッペリン……君が?」

「あ、はい」

「ーー顔を上げなさい」

 大臣に言われて緊張しながら顔を上げると、シャルスが僕をじっと見つめていた。しばらく見つめていて、大臣に一言二言話すと席を立ってしまう。

 え、何、なんか僕した?

「ーー解散する。会場では心ゆくまで語り合う場とされたしとの殿下のお言葉である。軽食とワインを用意した。馳走になりたまえ」

 ざわざわと騒ぎ出し、上級生下級生が混ざり合ってサロン化していく。飲み物はどうやら王宮から振る舞われるらしい。小さな楽団まで入ってきて音楽が流れ始めた。

 えーまじかよ、交流会になるんだ。ただ酒とはいえめんどく……大臣がひな壇から降りてきて近衛兵に何かを話し、近衛兵が部屋の端にいるアズールとレーンに耳打ちし、僕が二人のところに行くと横にずれて扉を背にしている。

「殿下の部屋へお召しだそうです。ご準備に参りましょう」

「ーーひょっ」

 僕は飛び上がりそうになりがら、周りを見た。誰も気づいていないのに息を吐いて、アズールに手を取られて戸惑った。

 さすがに断るわけにはいかない。と言うか断る選択肢はない。僕が断ればツェッペリン男爵家が国家反逆罪だ。

「ああもう本当にマジか?大丈夫かなあ」

 レーンが荷物を持ち、僕の横に来て微笑んで小さな声で囁く。

「よい淫オドを期待しています」

 いや、緊張で無理だよ。僕の中では、いや、オーガスタの中では幼児の姿のシャルスが泣きながら見上げているんだ。

『いつかえってくる?おーがすた、かえったらーーーー』

 そのあとはなんだったのかな?覚えていないや。僕の動きに合わせて、近衛兵が扉を静かに開ける。

 湧き上がる舞踏会場をあとにすると、驚くほど静かな廊下を歩いていく。シャルスは王子だが王子らしくなくて、主張も少ない子だった。今までもお目見えでお召しをしたことがないと聞いていた。

 だから、不思議だった。

 喧騒が背後になり廊下を歩き、王宮の王族の居住区に入る。懐かしいそこは閑散としていて、通る者が少ないのが気になった。シャルスの部屋は昔と変わらずの場所で、王子部屋付きのメイドは扉の前で目を細めると

「控えの部屋でご準備を。内扉からベルを鳴らしてご入室くださいませ」

と言い、外の近衛に目配せをする。

 三人で控えの部屋に入ると、部屋の中に飾り足のバスタブが置かれているのを見て僕はため息をついた。

 つまりは準備をしろってことだ。
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