国王親子に迫られているんだが

一章 男爵家の次男坊

4 腹実と宿り木

　貧乏でも子供部屋が二つあるのはありがたいと僕は思いながら二階に上がると、兄様が反対側の南側にある兄様の部屋に入るように手招きをした。

「兄様、何かご用ですか？」

　優しく純粋に育ったが故に、どうやら仕事を押し付けられている感じがする天然の兄様は、僕が部屋に入るとナフキン包みを開き、中からクッキーを数枚出してくれた。

「昼におやつに貰ったんだけど、ノリンと一緒に食べたくてね」

　優しいなあ、もう。

　僕は兄様に指定されたベッドに腰掛けて、ナフキンの中のクッキーを口にする。兄様にも渡すと薄い焼き菓子は僕の指ごと、兄様の口に持って行かれて指先をなめられた。

「兄様の横着者」

「ははは、ご馳走さま。あとはノリンが召し上がれ」

　五枚のうち四枚を僕にくれたわけだが、兄様は久々のステーキを二枚食べて大満足しているようだから、ありがたくいただくことにする。

「ノリンも貴族学舎選抜試験なんだね。小さい小さいのにと思っていたけれど、もう成人年齢になるんだものな」

「どうせ小さいですよ。ーー兄様、貴族学舎選抜試験は貴族の子弟子女は全員行うのですか？ちょっと受けたくないし、行きたくないです」

　屋敷の子供部屋は屋敷の一番端にあり、客室を挟んで屋敷の主寝室がある。父母はかなり深刻に一階の食堂で話し合いをしていたようだが、二階にやっと上がってきたらしい足音がした。

　三枚目のクッキーを口に入れて、やっぱり兄様に最後の一枚を渡したが返された。

「そうだよ。貴族学舎入学のための選抜試験って言うけれど、単純にマナの量を測るだけなんだ。マナ値が一定量なければ入学は許可されない。どんなに爵位が高くてもね」

「何故ですか？」

「国学含め魔法学を学ぶからだよ。引いては魔法師として国の根幹に仕えることになるし、なにより王族の伴侶候補になるんだよ。栄誉あるエリートとして魔法省に勤めることも可能だし、マナの豊富な者との婚姻は王族の務め貴族の義務だからね」　

　マナが少ないのはツェッペリン男爵家の中では平民入婿の父様と兄様で、母様は貴族学舎に一年だけ通い退学したらしい。どんな学舎なんだろうな、貴族学舎って。オーガスタ時代の魔法学舎とは違うのだろうか。

「王族との婚姻ですか。では、僕は関係ありませんね。僕は腹実ですから、王家の宿り木には実がつきません」

　僕はにっこりと笑って兄様を見た。兄様は肩を竦めて含みのある笑いを浮かべた。

　ユグドガルド大陸では婚姻し子を成すには宿り木が普通だ。屋敷には宿り木があり、生まれてからすぐに木に触れて反応があれば、宿り木持ちになる。だが、僕はオーガスタ時代同様腹実だ。

「王族は王族の宿り木に祈り、その実りを周知させるのでしょう？」

　面白そうにこちらを見つめる兄様は

「うん」

と肯いた。

「では関係ないですよ」

　言い切った僕のその様子に兄様はゆっくりと首を左右に振り、

「僕も聞いただけなんだけれど、アリシア国の王の子供はシャルス殿下だけだろ？しかも成人年齢はとうに超えて卒業までしているのになるのに、まだ婚約者もいない。実は何か問題でもあるのではと囁かれている」

と深い溜息をついた。

「それで、国王陛下同様に毎週金曜日の学舎の貴族サロンに殿下がお出ましになり、気に入った相手を閨に連れていくことを許された。国王陛下も妃殿下を亡くされて久しい。閨はいつも埋まってはいるが子は実らない。だから、貴族サロンは王族以外の継承権のある貴族に取り入ろうとする人でひしめきあっているらしい」

　アーネストの野郎、何やってんだよ。んで、シャルスは何もやってないんだな。最後に会ったのはアーネストが王様で、シャルスが幼児だったもんなあ。

「ここからが問題でね、シャルス殿下に至っては腹実も宿り木も関係なく、お相手候補にしたらしい。重臣方も特にシャルス殿下になんとかお相手を見つけてほしいらしいんだ」

　兄様の話ではつまり僕も可能性があるってことは分かった。しかし王族の妃は基本女の人だから、うん、大丈夫。

　僕は指についた甘い砂糖を舌で舐め取りながら考えた。

「まずは試験に通らないとね」

「ノリンは大丈夫だよ、でもサロンでは気をつけてね」

「はい」

　兄様こそもういい年だ。貴族令息跡取りとして婚約者を持つべき歳にだろう。父様は貧乏故に貴族よりは商人を婚約者にと考えているみたいだけど、庭繋がりで魔の森がある男爵家なんて難しいのだろう。それに最近は親が婚約者を決める時代ではなくなったみたいで、マギー商会のリアンが恋愛結婚をすると話していた。

「兄様は好きな方はいらっしゃらないのですか？」

　兄様はキョトンとしてからにこにこしながら僕の頭を撫でる。

「そうだね、内緒かな」

「内緒なんてずるいです」

「ずるいかい？」

「はい、兄様」

　兄様はもう一度僕の頭を撫でると、

「おやすみ」

を切り出したから僕は兄様の部屋を出た。

　兄様の選択肢は二つある。マナの少ない兄様がマナの多い人と婚姻関係を結ぶこと。それはアリシア王国でいや、レガリア連邦王国で唯一魔の森との接点を持つ男爵領を守ることに繋がる。魔の森の魔獣が出てこないように食い止める責務を負って爵位に召し上げられたと母様から聞いたことがある。

　もう一つは裕福な平民の子弟子女と婚姻関係を結び逼迫する家庭環境を変えることだが、兄様には意中の人がいるようだから、僕は何も言わずにいよう。

　兄様、がんばれ！うん、大丈夫だからね。