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序章 最後の青い空

0 あの頃の一人

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「マスター、抱かせてください」

「ねえ、マスター、僕も僕も」

 魔の森で魔法測量器を操るオーガスタの前で魔物を斬り殺しながら、とんでもないことを話しているのは従淫魔のアズールとレーンだ。二人とも同じ魔獣の木からオーガスタが捥いで従属テイムしたのだが、いい年のおじさんを口説いてくる。

「いつもほっぺとおでこにチューしてるだろ」

 オーガスタは歩幅を一定にしてマナを細く長く流しながら測量器を光らせていた。その桁外れに多いマナ目掛けて魔物がやってくる。オーガスタはギルド所属もしてない自由な魔法測量剣士だ。つまり冒険者ではない。

 正確な地図を提供できるオーガスタは一部王族貴族には有名人だった。たかが地図というなかれ。

 オーガスタの川や勾配や隆起すら正確な地図は、商業や軍事目的を含め多岐に活用される。しかもそこにいる生体の移動まで把握できる『生きた地図』なのだ。今回はパールバルト王国宰相からの依頼で、魔の森の地図を作るために測量をしていた。

「俺たちインキュバスって分かってますか、マスター。抱きたい方なんですよ」

「俺は抱かれたくない方だ」

「マスター、僕、先っぽだけでいいです」

 大体先に話を切り出すのは、十歳くらいに見えるアズールだ。赤い髪のシンメトリーな髪型に赤の瞳は妖しくて淫魔らしい美しさをたたえている……と思う。

「先っぽ言うな、レーン」

 オーガスタの横に来たレーンは同じ日ほぼ同時にたまたま見つけた魔獣妖魔の宿り木から捥いだにも関わらず、幼児くらいにしか見えない幼児体型で、こちらもふんわりとした赤髪を背に流して、赤の大きな瞳をしている。可愛い顔をして上目がちに見られたら、大抵の人は古い言い方で表現するならばイチコロ……だろう。

 歩きながら測量を続けやっと野原に出る。最後までしつこい魔獣の胴体を左手で抜いた剣で真っ二つにして、オーガスタは青い空を仰いだ。

「おじさんを抱きたいなんて、お前たち間違ってるぞ」

「間違ってないです。マスターはそう、なんていうか、そそります」

「おじさんで童貞処女なんてあこがれです、貴重です。えっとえっと、おじさんまで童貞だと魔法使いになれるそうです」

 真面目な顔をしてレーンは羊皮紙を出して広野に広げる。小さい見た目に反してレーンは気配りが良くできている。こういった細かい手伝いはレーンの得意としている。捥いだ半年前からそうだ。

「あのなあ、俺は既に魔法に特化した剣士だってーの。ーー記録陣展開、定着」

 オーガスタの歩いてきた魔の森の全ての距離に網目のような金色のマナが集まり、羊皮紙に吸い込まれて次々に黒く焼入れられていく。

「マスター、二枚目です」

 レーンが出したもう一枚に

「転写」

ともう一つ地図を焼き写す。魔の森を歩き続けて二ヶ月。戦闘が得意なアズールが魔獣を散らし、機微に聡いレーンが気配に気を配る。そうして完成した地図を親友のいるパールバルト王国に渡しに行くだけだ。

「ここからなら、直でパールバルト国境に行く方が近いな。よし、野営をしよう」

「「いつものことです」」

 言うまでもないが毎日が野営である。オーガスタが気合いを入れたのには訳がある。この近くには天然温泉があるからで、三人で裸になりそこそこ広い温泉に浸かりながら旅の終わりを祝う。

「マスター、今、裸なんだから抱かせてください」

「マスター!僕たちをインキュバスとして扱ってくださいよ」

 またかよ、とオーガスタはため息をついた。赤い髪は耳まで刈り上げ、前髪はさらりと長い。いわゆるツーブロックヘア、そこに赤の瞳。赤髪・赤目の三人でいれば親子同然だ。息子みたいな淫魔に迫られてもその気にはならない。

「息子、息子、可愛い子供達だ。家族では無理無理。それに、俺お・じ・さ・んだ」

 魔の森で孤児として育ったオーガスタは家族を知らない。たまたま同じ髪色同じ瞳の色で、というよりはオーガスタの心象のありようが二人の姿を決めたのかもしれない。解明すらままならない魔獣妖魔の宿り木から、宿り実を捥いで従僕テイムするなど前代未聞なのだ。だからとりあえず伴侶は亡くなりという設定、子供二人を育てながらの測量生活に満足していた。

「そーだなあ。俺が金髪碧眼の美人になったら考えてやるよ」

 年下の親友の子供のことを思い出して、

「はははっ」

と笑ってしまった。地図作りのために『国』を出る時別れを告げた時に泣いていたし、今回も求婚されたっけなあなんて思い出す。

「マスター本当ですね!」

 腕にしがみついてくるアズールのおでこにキスをして、

「マスター、マスター、抱っこ」

股の間に入ってきたレーンを抱っこして青い空を眺めた。身綺麗にしてから町へ降りて地図を渡したら、久しぶりに『国』に帰ろうと思った。

「パールバルト王国に地図を渡したら、『国』に帰る。お前たちはどうする?」

 二人とも

「着いていきます」

と言ってしがみつく。オーガスタは笑った。



 魔法測量剣士赤髪のオーガスタいい年のおじさん。独身童貞処女は、その日死んだ……のだろう……



 そしてーー数年後ーー

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