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第2話 空と水とお湯と
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2人だけの婚姻式のあと、皇太子専用の豪華な部屋に連れて行かれて、従者の『クーちゃん』こと、クー・チャンに迎えられる。
「おかえりなさいませ、主様」
「クーちゃん」
「クーちゃんではなく、クー・チャンと呼んでくださいってやり取り、何回目ですかね」
白い髪の姫カットに空色の瞳。クーちゃんの方がよっぽどアスター王族らしい色味をしている。アスター王国は銀髪青眼で、私はグレイヘアにアンバーの目だから、ちょっとコンプレックスだ。
5歳年上のクーちゃんは、私が生まれてからずっと側仕えをしてくれていた護衛を兼ねるメイドの子供で、華奢で小柄な体躯を生かした戦闘が得意のチャン伯爵家の次男だ。
長男の代替え継のため、本来ならアスター王国にいなくてはならないが、スペア放棄をして私についてきてくれた貴徳な人だ。
「なんとまあ、旧時代の部屋ですよ。ライトもありません」
初めて入る部屋はアスター王国の仕様ではなく、天蓋のついた寝台のある寝室一体式。前世で言うところの1Lプラス寝台の横に扉があり、用を足せる簡易トイレと猫足のバスが置かれていた。
「魔法陣塗布した魔石を大量に持ってきて良かった。文化的で健康的な生活を送るのは基本的に人の権利だから」
「そのために持ってくる服を減らしたのですか。やれやれ、ロータス式ドレスを数着用意しないと。主様、婚礼ドレスを脱いで、お風呂にどうぞ」
ロータス王宮では、風呂の湯を1階で沸かして2階であるこの部屋に持ってくるようだが、魔石を使用した場合は違う。
2つの魔石を使用して、
「空から水、そしてお湯に」
と空中の水分を水に魔石の魔法陣で変換し、さらに加熱して湯にする。動力としてシャワーがあればいいのだが、このバスタブにはついていないから、また探してもらわなくてはならない。
「簡易トイレなんて旧式な。近々、アスター王国からバストイレ丸ごと持ち込みましょうか。主様、婚礼資金を使いますよ」
「うん、クーちゃん」
「また、『クーちゃん』」
ロータス王宮では専属メイドを用意してくれたが、その申し出を断った私は、大抵のことを自分でしていた。クーちゃんの力は借りることもあるが。
「クーちゃん、皇太子に夜、寝室に来るように言われた」
扉の向こうにいるクーちゃんが悲鳴じみた声を上げて、
「さっそく約束反故ですか。ああ、もう、帝国って奴はーー」
と低い声を出す。私は短いふわふわのアッシュグレイの髪を洗っているから無言。
テンプラではないわけだ、ああ、テンプレート設定のネットスラング。やだやだ、すぐに若者言葉を使いたがるってのは、おばちゃんくさくて。あ、でも、私、今若者だ。ならばオッケーです。脳内反省会終了ーー!
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
そうそう、それが今1番の問題だ。
「ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実をなんてどうですか、主様」
さすがはアスター王宮の懐刀と呼ばれるチャン一族だ。あっさりそんな考えを引き出してきた。そして私も同じことを考えている。バレなきゃオッケー、国際問題に発展しない。約束破りはそちらからだからね。
「僕の荷物の中にありますから、実行しましょう。ワインに仕込みますから、間違っても飲まないようにしてくださいね」
「うん、わかった」
シャワーが欲しいなあ。ついでに洗い場も整備したい。ユニットバス風が懐かしい。前世を完璧に思い出した今、不便さが身に染みる。シャンプーやコンディショナー、ボディソープはありがたい。文明よ、ありがとう。でも、簡易トイレ的おまるはいやだ。水洗トイレがいい。ウォシュレットーー!
タオルドライして、パジャマならぬバスローブを羽織って部屋に入ると、私はグラスに水を用意してくれたクーちゃんに話すことにした。頭おかしいと思われるかもしれないけど。勿論、前世の記憶の話だ。ソファに座ると、
「クーちゃん、私、前世の記憶があるんだけど」
と開口一番で話を切り出した。
無言、キッツイなーー
「カワイハルカ様、51歳。ニホンジン女性。成人済み男女2人の母、センギョーシュフ……でしたっけ?」
河合春香、51歳。日本人女性。男女2人の母親で、専業主婦ーー前世の私のことだ。どうして知ってる?
「ーーはい?」
「主様が、やっと2語出る頃によく話していました。
この世界ちゃうの、私の世界ない、この身体、私ない、私死んにゃの?
と、たくさん話してくれましたが、それをすっかり忘れておいでですね」
小さな頃の記憶なんてねーーはっきりしているのは3歳頃の戴剣式くらいだ。あの頃は良かったよ。
「うん、覚えていない」
前世の私、なんで死んだのかな。持病の高血圧かなあ。脱衣場あっためたはずなんだけどなあ、風呂でポックリかしら。ごめんよ、先立つ不幸をお許しくださいって、19年経ってるわ。意外と冷静だ。取り乱していないし。
ライトノベルなんかだと小さな頃から前世の記憶があるってのも読んだっけ。剣やゴブリンや骸骨になってないだけマシなのかも。でも、戴剣式があり、王太子の儀直前までだった、私の人生上向き加減がよかったのは。
「そうかぁ、知っていたんだ。専業主婦転生だから、本気出せる専門知識もないし。この世界にお役に立てるかどうかなんだけれど」
「そうでもないですよ」
そう答えたクーちゃんは薄く笑って答えた。
「おかえりなさいませ、主様」
「クーちゃん」
「クーちゃんではなく、クー・チャンと呼んでくださいってやり取り、何回目ですかね」
白い髪の姫カットに空色の瞳。クーちゃんの方がよっぽどアスター王族らしい色味をしている。アスター王国は銀髪青眼で、私はグレイヘアにアンバーの目だから、ちょっとコンプレックスだ。
5歳年上のクーちゃんは、私が生まれてからずっと側仕えをしてくれていた護衛を兼ねるメイドの子供で、華奢で小柄な体躯を生かした戦闘が得意のチャン伯爵家の次男だ。
長男の代替え継のため、本来ならアスター王国にいなくてはならないが、スペア放棄をして私についてきてくれた貴徳な人だ。
「なんとまあ、旧時代の部屋ですよ。ライトもありません」
初めて入る部屋はアスター王国の仕様ではなく、天蓋のついた寝台のある寝室一体式。前世で言うところの1Lプラス寝台の横に扉があり、用を足せる簡易トイレと猫足のバスが置かれていた。
「魔法陣塗布した魔石を大量に持ってきて良かった。文化的で健康的な生活を送るのは基本的に人の権利だから」
「そのために持ってくる服を減らしたのですか。やれやれ、ロータス式ドレスを数着用意しないと。主様、婚礼ドレスを脱いで、お風呂にどうぞ」
ロータス王宮では、風呂の湯を1階で沸かして2階であるこの部屋に持ってくるようだが、魔石を使用した場合は違う。
2つの魔石を使用して、
「空から水、そしてお湯に」
と空中の水分を水に魔石の魔法陣で変換し、さらに加熱して湯にする。動力としてシャワーがあればいいのだが、このバスタブにはついていないから、また探してもらわなくてはならない。
「簡易トイレなんて旧式な。近々、アスター王国からバストイレ丸ごと持ち込みましょうか。主様、婚礼資金を使いますよ」
「うん、クーちゃん」
「また、『クーちゃん』」
ロータス王宮では専属メイドを用意してくれたが、その申し出を断った私は、大抵のことを自分でしていた。クーちゃんの力は借りることもあるが。
「クーちゃん、皇太子に夜、寝室に来るように言われた」
扉の向こうにいるクーちゃんが悲鳴じみた声を上げて、
「さっそく約束反故ですか。ああ、もう、帝国って奴はーー」
と低い声を出す。私は短いふわふわのアッシュグレイの髪を洗っているから無言。
テンプラではないわけだ、ああ、テンプレート設定のネットスラング。やだやだ、すぐに若者言葉を使いたがるってのは、おばちゃんくさくて。あ、でも、私、今若者だ。ならばオッケーです。脳内反省会終了ーー!
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
そうそう、それが今1番の問題だ。
「ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実をなんてどうですか、主様」
さすがはアスター王宮の懐刀と呼ばれるチャン一族だ。あっさりそんな考えを引き出してきた。そして私も同じことを考えている。バレなきゃオッケー、国際問題に発展しない。約束破りはそちらからだからね。
「僕の荷物の中にありますから、実行しましょう。ワインに仕込みますから、間違っても飲まないようにしてくださいね」
「うん、わかった」
シャワーが欲しいなあ。ついでに洗い場も整備したい。ユニットバス風が懐かしい。前世を完璧に思い出した今、不便さが身に染みる。シャンプーやコンディショナー、ボディソープはありがたい。文明よ、ありがとう。でも、簡易トイレ的おまるはいやだ。水洗トイレがいい。ウォシュレットーー!
タオルドライして、パジャマならぬバスローブを羽織って部屋に入ると、私はグラスに水を用意してくれたクーちゃんに話すことにした。頭おかしいと思われるかもしれないけど。勿論、前世の記憶の話だ。ソファに座ると、
「クーちゃん、私、前世の記憶があるんだけど」
と開口一番で話を切り出した。
無言、キッツイなーー
「カワイハルカ様、51歳。ニホンジン女性。成人済み男女2人の母、センギョーシュフ……でしたっけ?」
河合春香、51歳。日本人女性。男女2人の母親で、専業主婦ーー前世の私のことだ。どうして知ってる?
「ーーはい?」
「主様が、やっと2語出る頃によく話していました。
この世界ちゃうの、私の世界ない、この身体、私ない、私死んにゃの?
と、たくさん話してくれましたが、それをすっかり忘れておいでですね」
小さな頃の記憶なんてねーーはっきりしているのは3歳頃の戴剣式くらいだ。あの頃は良かったよ。
「うん、覚えていない」
前世の私、なんで死んだのかな。持病の高血圧かなあ。脱衣場あっためたはずなんだけどなあ、風呂でポックリかしら。ごめんよ、先立つ不幸をお許しくださいって、19年経ってるわ。意外と冷静だ。取り乱していないし。
ライトノベルなんかだと小さな頃から前世の記憶があるってのも読んだっけ。剣やゴブリンや骸骨になってないだけマシなのかも。でも、戴剣式があり、王太子の儀直前までだった、私の人生上向き加減がよかったのは。
「そうかぁ、知っていたんだ。専業主婦転生だから、本気出せる専門知識もないし。この世界にお役に立てるかどうかなんだけれど」
「そうでもないですよ」
そう答えたクーちゃんは薄く笑って答えた。
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