私は逃げます

恵葉

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第二章

本邸への旅 後編

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宿屋の食堂の隅を借りて、全員で集まりました。

「…多分、昨日の宿屋だよね?怪しいのは…。」
アンドレア義兄様が言いました。
「…今更だけど…宿屋に着いた時、宿屋の女性の目線というか表情というか…少し気になったんですよね…。」
「あ、だから前にも泊ったことがあるのか、聞いたの?」
「そうなんです…でも前にも利用している宿だったら、単なる私の気のせいかなと思っていたのです。」
更に皆様の話を聞いているうちに、おかしなことに気が付きました。
昨夜は、皆が皆、“ぐっすり”眠ったというのです。
でも…誰もお酒は飲んでいなくて、何故、皆が皆、熟睡したのかが良く分からない。
食事は全員、同じ店で食べているものの、分かれて食べに行っているので、全員が同じものを口にはしていない。
あとは…考えられるのは、宿屋の水差しの水くらいでしょうか、口にしているのは。
しかし現場を押さえられていないし、証拠が無い。
「宿屋の女性が怪しいとは思うけど、共犯者がいる可能性もあるよね…。
水に何かを混ぜられていた可能性もあり、それが出来るのは宿屋の女性だけだけど、馬車に積みっぱなしの荷物から、何かを抜くのは、誰でも出来る…。
誰にも見付からずにこっそりやるには、短時間での仕事の可能性が高いと思う。
そうなると、やはり見張りも必要だし、複数犯だと思うんだよね。」
アルが推測しました。
「でも…結局は泣き寝入りしかないのでは?
直ぐに引き返して押さえれば、もしかしたら盗んだものを手元に持っている可能性もあるけど。
でも今すぐに引き返すには、夜中に動くことになるから、今度は街道の野盗に遭う可能性が出てくる。
明日の朝まで待つとなると、もう領地の本邸へ行く時間はロクに無くなる…。」
「…もしかしてそれも見越して、全てを奪うのではなく、少しずつ盗んだのでは?
しょうがないってなるから…。」
「…どうするよ…。」
アルが見るからにイライラした様子でアンドレア義兄様に尋ねました。
「どうするって言っても…あぁ~!ムカつくな!!!」

泣き寝入りしかない…泣き寝入りしか無いけど、でも悔しい!
話し合いは結局、泣き寝入りしかないという結論ではあるのですが、それでも全員、やっぱり悔しい…悔しすぎる。

実は私は、前世で旅行好きで、学生時代は、バイトをしては、海外旅行へも行っておりました。
社会人になってからは、何せブラック企業だったため、殆どどこへも行けなかったけど。
そして…貧乏旅行専門だったため、手配をする際には、凄く神経を使いました。
前世の時は、安宿に泊まる際には、宿屋の主人やスタッフによる盗難や強盗にも神経を使っていたのに!
何で今の私、それを怠った?!本当に悔やまれる!
前世、欧州のある国では、宿屋の選択を誤ると、荷物を置いて出掛けている間に盗難とか、下手すると寝ている間になんて怖い話もありました。
寝ている間にというのは、誰だったかオリンピックにも出ていたような女子選手だった気が?
だからドアが部屋の内側に引くタイプの場合は、ドアストッパーで夜中、開けられないようにしたり、出掛ける時は、勝手に入ったら分かるように、糸を挟むなどのトラップを仕掛けたりしていました…本当に。
なのに!何で警戒を怠ってしまったのでしょう!?私!!!
睡眠薬を仕込んだ飲み物などで、眠らせて強盗なんて話も、現地で聞いたなぁ…だから気を付けなさいと忠告された。
今の世界が、前世よりも安全な世界だなんて、そんなはずは無いのに…本当にね…。


二日目の夜は、私たちの警戒心も、非常に強くなりましたが、今回は宿も、公爵家御用達の宿で、少しは信頼できる宿でもあるので、何事もなく、平穏無事に過ごせました。
流石に朝、念の為、荷物を全部、チェックしましたよ、宿を発つ前に。
…いえ、一日目も以前にも利用していた宿でしたが、要するに経営者が代わってしまい、それまであった信頼が無くなったのですよね。
そんな私たちを不思議そうに見ていた宿の主が、何かあったのかと聞いてきたので、アンドレア義兄様が話しました。
「あぁ…それは失礼ながら、宿屋でやられましたね…。
旅人から時々、耳にするんですよ…荷物を置いて、出掛けて、帰ってきたら、何かを取られていたとか。
そして宿屋の主がやっている場合もありますが、宿屋が雇っているスタッフがというケースもあるらしいのです。
うちは信頼を売りにしているので、スタッフを新たに雇う時も、調査は厳重にしますし、更には万が一があってはいけないので、細かくルールを決めて、出勤時と退勤時で持ち物が変わるという事が無いように、チェックしていますが。
皆様もくれぐれもお気を付けくださいね。」
「そういう悪評のある宿屋とか、リストとかあったりはしないのか?」
「あれば便利かもしれないですけどね。
でもそうすると今度は同業者が、ライバルを蹴落とすために、でっち上げて冤罪を作るケースもあるんですよ。
なので結局、そういったリストも作れないですね。」
「でも耳に入ったりはしているのだろう?」
「それは情報として入ってきます。
なので行く予定の街などがある場合、信頼できる宿をご紹介する事は出来るんですよ。
つまりは逆ですね…要注意リストは作れないけど、お勧めの宿をお教えする事は出来るのです。」
「…では次からは、アドバイスを乞うよ。」
「いつでもお尋ねください。」

そして三日目、私たちは、昼過ぎには公爵領の本邸へ無事に到着出来ました。
到着した瞬間、邸の玄関から、淡いピンクで、肩下までのふわふわのカーリーヘアに、チェリーピンクのやや釣り目の、私と同じくらいの歳の女の子が飛び出してきました。
「アルフレッドさまぁ!お待ちしておりましたわぁ!」
そう言ってアルに飛びつこうとして…アル、避けちゃいました…。
転びかけたのを、アンドレア義兄様が抱きとめた。
「アルフレッド様、酷い!何で避けるんですか!」
「はぁ…何回も言っているけど、君、ちょっと馴れ馴れしいんだよね…。」
え?!え?!えぇぇ?!うそ?!私、こんなに冷たいアルは初めて見たわ!!!
私がビックリして目を見開いて固まっていると、アンドレア義兄様が私を見て笑い出しました。
「リーナちゃん、アルの塩対応にビックリした?!でもこいつ、リーナちゃん以外にはこんなもんだよ?」
「そ、そうなの?アル???」
「前に言ったじゃん…俺、嫌いなんだよ、こういうタイプ…。」
凄い露骨に嫌そうな顔をして言うと、アンドレア義兄様は、更に爆笑を始めました。
「こういうタイプって!だって世の中、こういう子が圧倒的多数じゃないか!
それって女嫌いって言っているようなもんじゃないか!!!
アル、面白すぎる!!!」
ついには腕に抱きとめていた女の子を押しのけるように離して、お腹を抱えて笑い始めました。
「やだ、アル…女嫌いだったの?でも私にはそんなこと無かったじゃない?」
怪訝な顔をして言った私に、ふわふわピンクちゃんは鬼の形相で睨み付けてきました。
「あなた!何なの?!生意気ねぇ!」
そう言って、私は気付い時には突き飛ばされておりました。
うん、波乱の幕開けでしょうか???
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