異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第150話 別れ道の色

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「久しいな、騎士団」

 隣に立ったレギナがそんなことをつぶやく。自分が、この地に帰ってきたのと同様、彼女もまた懐かしの仲間と対面しているということになる。しかし、俺とレギナはローブを外して姿を現しているというのにもかかわらず、なぜこんなにも緊迫した雰囲気が流れているのだろうか。

 それは、まるで二つの脅威を目の当たりにしているという感じに。

 リーフェの敷地の外で、まるでドラゴン狩りにでも行くように目をぎらつかせている騎士団の間から現れたのは、金髪の両手にボウガンを構えたアランが初めて会った時と変わらない無表情で現れた。

「....隊長、お久しぶりです。髪が伸びられましたね」

「そういうお前は、相も変わらず無表情だな」

 アランとレギナが向き合う。だが、その雰囲気は再開した上司と部下、というよりかは、むしろ宿敵と対峙したといった感じだ。

「ずいぶんと見ない間に、新人が多く入ったものだ。私がいない間に何があった」

「....やっぱり、半年経った後でも。部下の顔と名前は一致してるんですね」

 様子がおかしい。

 騎士団の人間と自分は一度、あの本部で戦闘を行い、その容姿から立ち居振る舞いまで、ある程度記憶している。だが、今目の前にいる騎士団は、あの時出会った荒々しいという印象よりも、より清楚で、神聖という雰囲気を感じる。

 そう、それはまるで『啓示を受けし者の会』と対峙した時のような。

「イマイシキ ショウ。ここまで隊長を連れてきてくれてありがとう」

「....アランさん、これはどういうことですか。なぜ、僕たちがここにいると?」

「それは見張っていたからだ。最初から、隊長たちのことを」

 見張って....いた?

 では、あの温泉街での火災も。

 湖での戦闘も。

 アエストゥスでの逃走も。

 海賊船でのことも。

 エルフの集落でのことも。

 監獄でのことも。

 ノワイエでのことも。

 全部、全部見ていたということなのか。

 そして、見ていながら。何もしなかったということなのか。

 いいや、違う。

 あまりにもタイミングの良すぎる『啓示を受けし者の会』の収集師の登場。あれも、まさか....

「察しがいいな。彼らに情報を与えていたのは私だ」

「....っ、どうしてっ! あなたはレギナさんを助けるために僕を....っ」

 ここまで言って自分の口を塞いだ。

 隣で立っていたレギナが不思議な生き物を見るような目でこっちを見ている。

「ショウ....どういう....」

「....っ」

 思わずレギナから目をそらす。

 言えるわけがなかった。アランからの依頼でレギナを誘拐して、あんな危険な目に合わせながらいろんな国を引き摺り回したと。そして、その依頼した人物がレギナを危険な目に合わせた張本人だということを。

 言えるわけがない。

「隊長、もう気づいているとは思いますが。もう、あなたの帰る場所はない」

「アラン....貴様は一体何を....っ!」

 レギナの手が剣を持つ手が震える。

 だめだ、

 だめだ....っ

 言うな....っ!

「9番隊は、無くなりました」

「っ!」

 レギナの体がガタガタと震え、手から剣が滑り落ち、地面へと突き刺さった。

 裏切った。

 裏切られた。

 仲間の顔も性格も思い出も、そしてその死ですら一つ一つ記憶している彼女が。もっとも信頼している仲間から裏切られた。

 そして、この半年。

 ともに旅をした、俺が彼女を裏切った。

 最低だ。自分も.....あいつも。

「レギナ=スペルビア元王都騎士団9番隊隊長、あなたを王都への謀反の罪により拘束する。そして、イマイシキ ショウ。誘拐及び、放火、殺人の罪で王都より処刑命令が下っている」

 アランのもったボウガンがまっすぐ、地面に膝をついたレギナへと向けられた。その瞬間、今までピクリとも動かなかったアランの部下と思われる騎士団が、徐々に近づいてくる。

 騎士団は腰に下げた剣を引き抜き、完全に臨戦態勢だ。

 どうする....彼女を引き渡す算段のつもりが、とんでもない方向に話が進んでいる。まさか、こんなことになろうとは思ってもいなかった。

 完全なる想定外。

 イレギュラーだ。

 逃げるべきか。いや、逃げるべきだろう。それ以外に生き延びる道はない。これからやることがあるというのにもかかわらず、こんなところで死んでたまるか。

 だが、今のレギナにどんな面で一緒に逃げようなどとホザくつもりだ。

 そんな考えが頭の中を掻き回していると、ふと物音が聞こえてきた。

 木が折れ、草が踏まれる音。

 とっさに後ろを振り向くと騎士団の一人が、リーフェの庭の柵を壊し、庭へと侵入している。

 自然と、腰のパレットソードに手が伸びていた。

「....おい、これ以上入り込むな」

 声に出した瞬間、自分の体から出た濃密な殺気が、リーフェの庭を包み込む。声をかけられた騎士団の一人が一瞬体を震わせて、その場に止まる。

 だが、隣に立っていたもう一人の騎士団と顔を見合わせると、先ほどの忠告を無視して再び庭へと入り込もうとする。

 忠告はした。

『今一色流 抜刀術 円月斬』

 疾風の如く、全身に回した魔力で放った抜刀術は、庭に入り込んだ騎士団の鎧を破壊し、隣に立っていた者もろとも後方へと吹き飛ばす。

 そして、庭からはじき出された途端、飛ばされたその騎士団は胸から血を吹き上げ地面へと崩れ落ちた。

「ここから先一歩たりともここに入り込むな。ここはあんたらが入っていい場所じゃない」

 ここは、神聖な場所だ。

 俺と、リーフェさんが過ごした大事な家だ。

 この地を踏み争おうものならば斬り伏せる。

「....かかれ」

「チィ....っ!」

 まるで合図のようにアランがこちらに向けて弓矢を放つ。抜き払ったパレットソードで弓矢を弾き飛ばす。弾け飛んだ弓矢はレギナのそばへと刺さる。しかし、レギナは未だに反応せず、地面と見つめ合っている。

 自分が悪い。黙っていた自分が悪かった。

 だから、今ここは俺が闘う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 庭の外で激しい金属音が響く。

 剣と剣が打ちあう音、だが次に聞こえてくるのは肉を引き裂く音、そして地面へと倒れる音、それが交互になって聞こえてくる。

 あの時とは違う。あの時、王都騎士団と初めて対峙した時はその量と、力で怯んだが今は、体が実践の速度に追いついている。最小限の体の動きで、剣を交わし、そしてカウンターを決める。

 全てはレギナの訓練の賜物だ。

「....」

「あぶ....っ」

 だが、その一瞬だけ生まれる虚に、正確に後方から打ち込んでくる弓矢。それがかなり厄介だった。

 とっさに足元を狙われ、飛び上がるとその下には剣がすれすれで通る。空中で足元を狙った騎士団の一人の頭を思いっきり蹴りを食らわせ、地面へと着地すると正面から両手に剣を持った男が突進してきた。

 次の瞬間、激しい打ち合いが起こる。

 この男、他のやつとは動きが違う。この動きは、兵隊の動きではない。対多数ではなく、対1での戦い方だ。

 その手数の多さに圧倒され、徐々に押され始める。

 まずい、このままでは....っ!

 一瞬、つばぜり合いが発生し、その瞬間全体重を乗せて相手を地面へと押し倒す。その隙に背後を振り向くと、リーフェの庭に入り込みレギナを拘束し始めようとしている数人の騎士団の姿が見えた。

「やめろぉっ!」

 腰に下げた鞘をぶん投げる、まっすぐ飛んだ鞘は拘束しようとしていた騎士団の一人の頭蓋を砕き。もう一人は、地面に落ちた剣を投げ、左肩を貫通させることでその動きを止める。

 全速力で、行く手を阻む騎士団を斬り伏せながらレギナの元へと向かう。背後から飛んでくる弓矢に警戒しながらレギナの元へと滑り込んだ。

「しっかりしてくださいっ! 今ここで逃げなければ」

「....逃げる? どこに逃げようというのだ」

 顔を上げたレギナの顔は、今まで見たことがないような絶望で塗りたくられていた。目からは光が消え、いつも感じていた覇気を感じない。

「9番隊はない、信じていた仲間に裏切られ。私は.....間違っていたのか....?」

「っ....」

 背後から振り下ろされた剣をとっさに受け止め、地面に転がっていた鞘で喉を突く。倒れたさらにその背後から数人、手には何も持っていない。だが、口が動いているところから見て何らかの魔法の詠唱ではある。

『スクトゥムっ!』

 右手に鞘から変形した盾が装着。次の瞬間、激しい爆風と爆煙が盾に襲いかかる。土煙が晴れ、そこには無傷の盾と、無傷のリーフェの庭が、そして背後には頬から涙がつたう、悲観の表情を浮かべたレギナの姿があった。

「レギナさん、僕はあなたがどんな正義を胸に刻み込んでいるかわからない。今だって、あなたがどれだけ絶望しているかわからない」

「....」

「でも信じてください」

 僕は、何があっても。あなたの味方だ。

 どんなに間違っていようとも、あなたが信じた道が正しかったと証明する。

 それはあなた自身にも言わせない。

 あなたに、自分は間違っていたと。言わせない。

「僕は、もうあなたを裏切らない」

 パレットソードの柄をひねる。接続した色は、赤。

『染まれ、怒りのままに』

 鞘から炎が吹き出る。引き抜かれた剣は炎に包まれながらその姿を変え、体全身を包む炎を一閃、振り払う。

『炎下統一 壱の型 焔宿し』

『おい嬢ちゃん、邪魔する気なら家に引っ込んでな。自分を否定し続けてりゃあいい。だが、そこに転がってる剣が飾りもんじゃねぇって証明したいんだったら。そいつを手に取るんだな』

 サリーが勝手に自分の口を使ってしゃべるが、まさに自分の言葉を代弁しているようだった。こんな立場だったから何も言えなかったが、彼が話してくれてよかったと思っている。

 さぁ、斬りこもう。

 あとは、彼女の問題だ。

 正面から二人、獲物は剣だ。

『今一色流 剣術 時雨』

 二人に突っ込みながら刀を振るう。振るう度に出る炎の嵐が敵を怯ませ、防御体制に入る。そして、防御をしているその剣ごと叩き斬る。防御をしていた二人の剣は、溶けたようにドロドロになって切断されて手から滑り落ちる。そして、彼らが身にまとっていた鎧も同様に溶けて地面へと落下する。

 しかし、再び正面から迫り来るのはアランの弓矢だ。

 とっさに一振りで弓矢を焼き払おうとする。

 だが、炎に包まれた弓矢は燃えることなく、まっすぐ飛んでくる。

「な....っ!」

 体をそらせ、弓矢を躱すが、その弓矢はそばの岩にあたり、ガチャンと重々しい音を立て突き刺さった。先ほどまで使っていた木製の弓矢ではない。鉄製の弓矢だ。

 ならば叩き切ればいい。

 アランが両手に矢の装填を終えボウガンを構え直す。

 次も多分同じ....っ、いやなんで赤い....

(ばかっ! 避けろっ)

「っ!」

 突如頭に響いた声に反応し、その場でしゃがみこむ。頭上を矢が通り過ぎて、先ほど鉄の矢が刺さった岩へと同じように刺さる。その瞬間、矢の着弾した位置から大爆発が起こり、岩が内部から破壊されその破片が周囲に爆ぜ散る。

「....あれは....」

(魔石だなありゃ、赤の)

 もはや現代兵器の域である。おそらく鏃に赤の魔石を加工して仕込んである特別製なのだろう。

 そして、今ここでアランの姿をじっくり観察するが、彼の体にはたくさんのベルトのようなものが巻かれており、足、手、腹に至るまで、そのベルトにはボウガンの矢がはめられているのである。

 そこから矢を取り出し、すぐさまに装填することで....いや。違う。

(次っ! 来るぞっ!)

「っ....!」

 とっさに身構え刀を構え直すが弓矢の軌道がおかしい。矢はそのまま失速して足元へと着弾。

 外したのか、いや。

 弓矢の刺さった場所から水が溢れ出す。すぐに足元はぬかるみ、水浸しになった。まさかこれだけとはかぎらないだろう。目の前に視線を送ると今度は正面に弓矢が飛んでくる、触れないように再び体をひねり躱すが、見た弓矢の色は黄色に染まっていた。

(飛べっ!)

 着弾、それと同時に地面を思いっきり蹴っ飛ばす。その瞬間、地面に刺さった弓矢から黄色い放電が勢いよく一瞬で流れ始める。それは水浸しになった場所に広がり大きな音を立てている。もしあの場にいたら今は....

(アホっ! 前を見ろっ!)

 頭に流れた声に指摘され、空中で地面を見ていた首を前に向けると、アランは片目をつむりボウガンをこっちに向けていた。

 回避、不可能。最初からこの状況を生み出すための動きだったのか。

 そして、

 放たれるその刹那。

 アランの姿が一瞬消えた。

「一体....」

 トドメを刺すには絶好な機会だった、なのに。刀を振るい体の重心をずらして、放電の起こっている地面に降りず普通の地面へと着地した。

 そして、衝撃の光景を目の当たりにした。

 両手に持ったボウガン。

 そして、両手に持った剣。

 神速と言っても過言ではない。

 アランとレギナが打ち合いをしている。

「レギナさんっ!」

(取ったか、あの小娘)

 激しい火花が飛び散り、一進一退の攻防が続く。あのボウガン、ナイフが仕込まれているようだ。

 そして、一旦レギナが引き、こちらに戻ってくる。そして、戻ってくるなり鼻に思いっきりどストライクな拳をぶつけられた。

「い....っ!」

「隠し事をしていたのは、これで勘弁してやる」

 鼻血が垂れ、手の甲で拭うが、彼女の表情は晴れやかだ。おそらく、もう迷いはないのだろう。彼女はこれでこそだ。

「アランっ! 後で話はたっぷり聴かせてもらうぞっ!」

 レギナが両手に持った剣を振り払い、右手に持った剣をアランに向かって突きつける。

 だが、アランの表情はそれでも変わらず何もなかった。

「やっぱり。隊長を捕らえるには、30人では足りなかったですか」

 アランが片手を挙げグルグル回す。その瞬間、林の中からさっきとは比べ物にならないくらいの量の騎士団が現れる。

 その数、およそ100人以上。

 思わず開いた口がふさがらない。

「えっと....レギナさん、まさか相手にするわけではないですよね?」

「....当然だろう。逃げるぞっ!」

 レギナは剣を鞘に収め、後方に全力疾走をする。

 自分も能力を解除して、レギナの後を全力で追う。そしてその後ろを地響きを響かせながら100人以上の騎士団が追いかけてくる。

 リーフェの家の庭に入り込むと、アリシャが心配そうな表情で玄関から出てきた。しかし、自分たちの後ろの光景を見るなり、軽い悲鳴をあげて、その場でヘタレ混んでしまう。

 そんな彼女を抱え、

「アリシャさん、約束です。絶対にメルトさんは連れて帰りますから」

「は、はい。わかりましたから早く逃げてっ!」

 アリシャの必死の叫びに頷き、彼女を玄関に座らせた後リーフェの家を回り込んで、その後ろに広がる平原に向かって、レギナの後を追いながら全力で疾走する。

「レギナさんっ! この後はっ!」

「知るかっ! 策なしっ!」

「そんなっ!」

 その瞬間、すぐ隣に長い矢が突き刺さる。いや、これは槍だ。

 次々と飛んでくる物を回避しながら走るが、これでは追いつかれるのも時間の問題だ。

 一体どうすれば....

「ショウっ!」

「っ、はいっ!」

「....ここで一旦お別れだっ!」

「は、はいっ!?」

「二人で逃げてもどのみち捕まるっ! ここは一旦別れようっ!」

「で、でもどこで合流をっ!」

「合流はしないっ! このままさよならだっ!」

 ついに来たと思った。

 いずれは離れる存在ではある。だが、まさかこんな形になるとは思わなかった。すると目の前でローブを着始めた。

「いいか、同じタイミングで魔力を流せっ! そのあとは別々の方向へ走るぞっ!」

「....また会えますかっ!」

「多分、会いたくなくても合うかもしれんがなっ!」

 思わず吹き出してしまった。

 確かに、そんな気がする。

 会いたくなくても会ってしまう、そんな腐れ縁が。

「ショウっ!」

「はいっ!」

「....死ぬなっ!」

「っ、レギナさんもっ!」

 ローブを着終えたのを確認したレギナがフードを深く被る。

 そして、

「今だっ!」

 ローブに魔力を流す。

 今、世界には自分たちの存在は認知されない。

 レギナが反対の方向に向かって走るのが見える。

 その後ろ姿に迷いはない。彼女は常にそうだった。

 なら、自分も迷いのないように走って行こう。

 まっすぐ生きるため。

 生きる意味を探すため。
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