異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第147話 誕生の色

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 雑務に追われている一人の大男が、その体躯に合わない椅子の上で大きく伸びをしていた。その体の大きさと膨れ上がった筋肉から見て察するに、とてもこう言った机と向き合って仕事をするタイプの人間ではないというのは一目瞭然だった。

「....レナの奴....本当にどこにいるのやら....」

 ふと天井を眺めながら、現在王都騎士団9番隊隊長代理という職を担っているガレア=ファウストがそんなことをつぶやいていた。

 なぜ彼が隊長代理などを行い、趣味の筋肉トレーニングを行っていないのか。それは本来この席に座っているはずのレギナ=スペルビア隊長が、処刑人であったイマイシキ ショウに誘拐され行方不明となっているからである。そして、今部隊にいる騎士団のほとんどを動員して各地に散らばり捜索を行っているが、聞くのはそこに隊長がいたかもしれないという痕跡のみで、最後に確認されたのは1ヶ月前にリュイのノワイエという国の首都にそのような目撃情報があったというくらいである。

 そして、そのような痕跡の資料の束を目の前にして、現在固まりに固まってしまった可哀想な筋肉に休息を与えているのである。

「帰ってきたら承知しないぞ....あの小娘め....」

 今でも疼く両腕と左目。あんな気持ちの良い敗北はなかった、まだガレアが隊長だった時代、騎士団の吹き溜まりなどと言われた隊が、あのレギナ=スペルビアという王都から新しく回されてきた年端もいかない小娘のせいで大きく変わった。何をしても変わらなかったこの部隊が彼女の登場で見違えるように変わったのだ。

 ガレアが何をしても変わらなかった、この部隊が。たった一人の小娘のお陰で。

 嫉妬した、いつの間にか剣を取って決闘を挑んでいた。本来ならば殺されてもいい、反逆行為だ。

 結果、両腕と左目を切り落とされて為す術のなくなり、首を差し出した。しかし、その時、彼女に言われた言葉を未だに覚えている。剣を頭に乗せ、顔を上げろと言われた時、まさに聖典に出てくる巫女を思わせたその輝き、

『私のために生きろ。殺すには惜しい』

 その時思った、プライドは捨てようと。

 そして、その日からレギナ=スペルビアが9番隊隊長に、そしてガレア=ファウストが9番隊副隊長となったのだ。

 そんな過去の記憶が流れ始め、なんだか戦場で何度も見た走馬灯を思い出した。縁起でもない、そう思い再び机と向きなおる。

 その時だ。

「....入りたまえ」

 扉をノックする音が聞こえる、今度はどんな資料を持ってきたかと思いげっそりしながら返事をするが、部屋に入ってきたのは一番見たくなかった顔であるアラン=アルクスだ。

「仕事は捗っているか?」

「この状態を見て捗っているように見えるのなら弓兵隊長を解任させてやる」

「軽口を言えるだけの元気はあるようだな」

 表情の読めない男、アラン=アルクスはレギナと一緒の時期に入った人間だ。弓の技術もさることながら、剣術、体術、軍略にも優れている人間ではある。元1番隊に所属していたという話だが、詳細は誰も知らないそうだ。そして、同じようにレギナに信用されていたこともあってか、腐れ縁で何度も顔をあわせることの多い人間の一人でもある。

 だが、そんな長い間顔を合わせていた間柄でもあるのに、この瞬間まで彼の表情は全く読めなかった。

「これを読め」

「ん、我輩にか?」

「そうだ」

 差し出された便箋の宛先を見ると確かにそこにはガレア=ファウストと書かれている。宛名は王都からだ。

 封を開け、中身に目を通す。

「....」

「字は読めるか?」

「後でシメる」

 手紙の内容に再び目を通してゆく。

 そして、手紙を放り出して、眉間に手を当て、しばらくの間無言の状態がこの執務室に流れる。

「....この内容は本当か?」

「あぁ、間違いない」

「一ついいか....?」

「なんだ」

「なぜ、貴様がこの手紙の内容を知っている」

 手紙の封は開けられた様子はない。だが、『内容は本当か?』という質問に対し、『間違いない』と答える人間は、その手紙の内容を知っている人間の発言だ。

 その指摘を受けたアランは、その無表情極まりない顔に一瞬薄ら笑いを浮かべる。そしてスッと手を挙げたかと思えば、白い法衣に身を包みローブを被った3人ほどの人物が執務室にズカズカと流れ込んできた。

 腰には剣、そして首から下げているペンダントを見る限り聖典の聖騎士と呼ばれる輩だということを知っていた。

「....何の真似だアラン」

 ただならぬ雰囲気に思わず、立てかけてあった大剣に手を伸ばす。だが、その動きを制するように、彼はお手製のボウガンを手元に突きつける。

「そこに書いてある通りだ、ガレア」

「意味がわからん、こんなことでここを離れると思っているのか。浅はかにもほどはないか?」

「いや、完璧さ。未だに隊長は見つからない、これは予見すべき出来事だった」

「貴様....それでいいとっ!」

 執務室の机を叩く、倒れるペンと紙、舞い上がる資料、そして手元に向けられていたはずのボウガンは額へと向けられていた。

「投降しろ、ガレア=ファウスト。貴様を王都の謀反の容疑で拘束する」

 法衣を着た人物がガレアの後ろに回り込み、体を拘束してゆく。額にボウガンを突きつけられて為す術もなく体を縛られていった。

 そして、

 アランは開いた左手で、手紙の内容に目を通しながら宣言する。

「重ねて、9番隊を解隊を王都の命によって行う。よってここに新たに王都騎士団10番隊を設置とアラン=アルクスに隊長任命を行うものとする。以上」

 アランの右手が動く。その瞬間、ガレアの胸元に留められていた隊長を示すバッチが粉々に砕ける。そばに落ちるのはアランの放った弓矢と粉々になったバッチ、その様子を何の抵抗もせずに眺めていたガレアは、静かに顔を上げた。

「今ここで。9番隊はこの世界から消えた」

 レギナと翔がノワイエを出発して1ヶ月後の話だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 密入国を行うのは以前よりもはるかに簡単になっていた。主に、レースからもらったローブが役に立っている。国の間にある関所なんかも簡単に通り抜けることができ、基本的には野宿が多かったが、街で一泊するようなことがあったとしても全然バレることはない。

 そして、3ヶ月が過ぎた。

 この世界に来て、1年が経とうとしている。自分も、もう少しで二十歳だ。

「レギナさんって誕生日いつなんですか?」

「....何?」

「いや、誕生日ですよ。あるでしょう?」

「....誕生日....」

 森の中、後ろについてきているレギナに声をかける。ここまで来る他愛もない会話を幾度と交わしてきたが、誕生日に触れるような機会はなかなかなかった。ここで一つ聞いておくのもいいだろう。

 だが、レギナの表情は眉間にしわを寄せ、若干戸惑っている感じがある。

「....もしかして、触れちゃいけないところでしたか?」

「いや、そういうわけではない....ただ、誕生日なんてあまり意識してなくってな。ほとんど忘れかけてた」

「そうですか....いつなんです?」

「もう近いかもな、正確な日付を見てないから何とも言えないが....」

 そうか、もう誕生日が近いのか。自分の誕生日は....この世界に来てから日付の感覚が違うため、誕生日もへったくれもない。適当なところで年の数を増やしておかないと有名な国民的アニメの餌食になる。それにしても誕生日が近いのか....この世界にきてケーキは作ったことがないのだが、砂糖もあるし、卵もある。問題なのは小麦粉か....トポの実をすりつぶして使えばいけるか?

 とにかく、誕生日を祝える日が来たらケーキを作ってみるか。この世界にきてから料理のレパートリーがどんどん増えていっているような気がする、料理本とか出したら売れるかもしれないな。

 そんなことを考えながら歩いていると

「そういうショウはどうなんだ?」

「僕ですか? いやぁ.....この世界の時間の流れと自分の世界の時間がずれていたみたいで、よくわからないんですよ」

「そうか、なら今日を誕生日にしよう」

「ですよね、今日を誕生日....え? 何て言いました?」

 思わず、足を止めると後ろを歩いてレギナが自分の背中にぶつかる。そして倒れそうになった自分を支えたレギナにもう一度言われた。

「だからだ、誕生日がわからないのなら今日にすればいい。別にいいだろう」

「べ、別にいいとは思いますが」

 引き上げられ立たされると、先ほど自分が歩いていた道の方をズカズカと進んで行くレギナ。

 誕生日か....

「思い立ったが吉日というだろう、わからないままにするよりなら新しく作ってしまえばいい」

「....結構暴論ですね」

 暴論ではある。でも、そういう考え方は嫌いではない。それに、誕生日というのはなんとなく、自分で決めるというよりかは、他人に決められた方がしっくりする場合があるのかもしれない。案外、自分もいい加減なのかもしれない。

「わかりました、今日を誕生日にします。これで、僕も20です」

「そうか、おめでとう」

「....なんか、勧めてくれた割には反応薄くないですか?」

 今まで聞いたこともないような淡白な祝い言葉に若干肩を落としながらも、森の中を進んで行く。

 そして、森を抜けて。しばらくして見えてきたのは草木があまり生えていない、広い荒野だ。この場所には見覚えがある。

「もう少しですね」

 そう、ここは自分が初めてこの世界に来た時に最初に見た風景の場所。

 そして、それを意味するのはイニティウムも近いということだ。
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