異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第136話 問題編の色

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 宮殿の中庭では、庭師であろう人物が庭に生えている花などを手入れしていた。魔法など使わず、一つ一つ丁寧にハサミで行っている。それにしても、エルフの国だというのに、この街に来てから、一人もエルフを見かけていない。本当に国の政策が嫌になって出て行ったのか。もしくは、単純に見かけていないだけなかわからなかった。

 宮殿の中に難なく入ることのできた俺とレギナは、そのまま宮殿の中の散策を始める。前に、国会議事堂とか言っていたかもしれないが、まさに宮殿の中の神聖な雰囲気は、中学校の修学旅行で行ったことのある国家議事堂と同じ雰囲気を感じた。なんだか、冷たい空気が流れ、重い歴史のようなものを壁の質感、床を踏みしめる感触からひしひしと伝わる。

「革命が起こったのは半年以上前だ。痕跡が残っているかどうかはわからないが....」

「何度か調べたんですよね」

「あぁ、それはもちろん」

 廊下を渡りながら、レギナとそんな会話をしている。目の前に使用人らしき人物が横切ったりするが、こちらの様子には全く気付いていないようだ。やっぱりロザリーが俺たちの姿を見ることができたのは、無色の魔術の持ち主だからなのか?

「まず、仲間の死体を発見したのはちょうど日付を超えたあたりだ。ちょうど見張りの交代で、交代の人間が発見した」

 半年以上前、レギナがリュイの政府要人を保護していた時。その保護に当たっていたレギナの部下と、リュイの政府要人を暗殺された時の話だ。

 まず、交代の時間になり、交代の人間がそれぞれの階に向かったところ、扉の前で倒れている仲間を発見。すぐさま、駆け寄り調べたところ死亡を確認。そしてそれは、違う階でも起こっており、扉の前で護衛をさせていた騎士団の人間は全員死亡していたそうだ。そして、鍵をかけた状態の部屋をそれぞれ捜索、中ではリュイの政府要人たちが全員、他の騎士団同様中で死亡しているのが発見された。

 当然ながら、中は密室だったという。

「仲間の死体には目立った外傷はなかった。そして政府要人も同様、目立った外傷もなく抵抗した様子もなく殺されていた」

 その数、14人。そして、同時にレギナの犠牲になった仲間の数でもある。

 思わず、その話を聞き生唾を飲み込む。

 どう考えても不自然な状態だった。自分は騎士団の強さを知っている。故に、その守りがどれだけ強固なものかも知っている。つまり、完全な密室状態で行われた暗殺。

 いや、待てよ。

「でもおかしいですよね。政府要人だけを暗殺すればいいのに。なんで王都騎士団の人まで殺したんでしょうか?」

「私も考えてた。確かに、政府要人だけを殺害していればよかったものの。なぜ仲間の命まで奪う必要があったのか。そこがわからない」

 レギナはわからないと言わんばかりに、こめかみに手をやりながら考え込んでいる。その時、突如歩いていた廊下の向こう側の扉が開き、そこから立派な服を着込んだ人物が部屋から出て行くのが見える。その人種は、エルフから獣人、人間までと様々な種族だ。

「あれは....」

「ほとんどが王都からの使者だ。私も何度か会ったことがある」

 部屋から次々と出てくる人物たちを横目に、廊下の向こう側に消えてゆくまでその様子をずっと眺めていた。その人数は10人以上はいただろうか。

「あの中で王都からの人って、どのくらいいました?」

「ほとんどだ。少なからず見たことのある顔は7人はいた」

 レギナも自分と同様、冷たい視線で彼らが廊下の向こう側に消えるのをジッと眺めていた。

「行こう、まずはこの上の階からだ」

「はい」

 廊下のそばにあった、螺旋階段を登ると、そこは先ほどまでの廊下とは違い、だいぶ物静かな様子だ。使用人の姿も見かけなくなり、人通りも少ないように感じる。

 廊下に並ぶ、数多くの部屋。まるでホテルの廊下みたいな感じだが、それぞれの扉の一つ一つにはネームが差し込まれており、おそらく今使っている部屋の持ち主の名前だろう。

「ここですか?」

「あぁ、ここだ」

 そして、前を歩いていたレギナが立ち止まった部屋の扉にはネームが外されていた。そこは、廊下の一番奥に位置する場所。その向こう側から吹く冷たい風が頬を撫でる。何せ、その先は倒壊した建物の向こう側だ。そのギリギリのところにある部屋である。

 試しにレギナがドアノブをひねり扉を押すが、何の抵抗もなく扉が開いた。そして、あたりを気にしながらレギナと自分が部屋の中へと入ってゆく。

「鍵はかかっていなかったようですね」

「あぁ」

 部屋の中に入ると、古い建物独特の臭いが鼻を刺した。部屋にあるのは空っぽの本棚。そして真ん中に置かれている大きな一人用の机と椅子以外、特に何もない。ただ、置かれている机と椅子の後ろには大きな窓があり、カーテンがかかっているが、外を覗き込むと先ほど通った雨に濡れている庭が一望できた。

 高さ的に大体日本の建物で言う3階か4階のような感覚がある。

「暗殺のあった夜は、窓の鍵はかかっていたんですよね?」

「当然だ」

 外を確認していた自分は、机の中身を漁っているレギナの方を向き質問をする。だが、答えは予想通りだった。密室というのであれば当然のことだろう。

 さて....

「さすがに半年以上経って、残っているのはないか....」

「でしょうね....」

 みたところ綺麗に片付けられている様子ではあるし、痕跡もへったくれもないだろう。半年以上経っても痕跡が残らないというものは中々にないはずだ。

「そもそも、暗殺者はどうやって政府要人を殺害したかですよね」

「あと私の仲間もな」

 侵入は不可能。そして、殺された人数はレギナの部下を含め、28人。確実に大人数での暗殺と考えられる。まだ他の部屋は回っていないが、この階に8部屋。そして、さらにもうひと部屋に6部屋あったそうだ。そこに匿わせて護衛をして殺されたと。

 窓から見た風景だかなり高い位置にある、仮に外から侵入をしたとしても14人の人間がぞろぞろと外から侵入しようものなら、いくらなんでも誰か気づくだろう。当然、宮殿の外には見張りもいたはずだ。

 外の雨が徐々に強くなって行き、窓に打ち付ける雨風が強くなってゆく。

 となると内側の侵入。それも不可能だ、何せ外にはレギナの部下が見張っていた。もし、この暗殺がレギナの部隊の中にいる人間だったとしても、それはあまりにも無謀で危険極まりない行為だ。それに、14人もレギナの部隊の中に裏切り者がいて、レギナが気づかないはずがない。

「ダメですね....」

「一通り考えた結果。今回のことは闇に放り込まれた、王都騎士団の不手際という不名誉を着せられてな」

 当然だろう、何せ保護するという名目で護衛をしていたのにもかかわらず。民衆の特殊部隊だかに暗殺されたのだから。それは王都騎士団の株も下がるだろう。

 いや、待て。おかしいことがある。

「レギナさん、どうして今回の暗殺の件が民衆側の仕業だとわかったんですか?」

「なぜって....政府要人を暗殺して益があるのは民衆だ。それらと対立していたのだから疑うのも当然だろう」

「そう....ですよね」

 レギナは、今回の暗殺の事件の最前線にいた人物だ。ましてや、部隊の人間を支持する立場の人間。当然、今回の暗殺は民衆側によるものだと思うだろう。

 だが、こう。聞いていると、なんだか引っかかる点が多い。

「もうここには何もないな....すまん。無駄足だった、帰ろう」

 出口の方へと向かうレギナ。その表情はすでに諦めているようにも受け止められる。だが、しかし。このままでいいのだろうか。

 普段は物言わず、自分のやることに渋々とついてきてくれたというのに、今回、初めて彼女がこの街に来て確かめたいことがあるといってきたのだ。

 このまま、何も収穫のないまま帰ってたまるか。

「待ってください」

「どうした。もう何もないだろう」

「いや....物は試しというか」

 おもむろに、腰に下げたパレットソードの柄を握り回転させる。光った鞘の精霊石は青だ。

(....どうしたの? 今眠いんだけど....)

 頭の中に流れ込んできたウィーネの声はとても眠そうだ。だが、今回彼女の出番はない。

「すみません。ウィーネさんの眼を借りれますか?」

(え....それって、あの眼?)

「はい。ちょっとの時間でいいですから」

(ふぅん、まぁいいわ。貸してあげるから)

「ありがとうございます」

 サリーの眼を使った時と同様。軽く眼を閉じ、再び開けると。目の前にはレギナ、そして彼女を取り囲む空間には幾重にも青い筋が大量に走っている。通称魔術的水脈。空間における魔術の回路のようなものだと言っていた。

 そして、その眼を使って部屋の中を隈なく凝視してゆく。壁の一つ一つ。そして、机の下から、本棚の隙間。扉に至るまで隅々と視てゆく。

 そして

「....見つけた」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「魔術の痕跡があった?」

「はい」

 宮殿の外、雨に打たれながら宿への道のりを歩いている。すでに宮殿は後ろの方だ。あの後、暗殺が行われた無事になっている残りの部屋をウィーネの眼を持ってして視ていたわけだが、そこにはどこも共通点があった。

「水脈がすっぽりと抜けているところがあるんです」

「抜けている?」

「はい」

 それは椅子の下にあった。椅子の置かれた床にまるで丸くくり抜かれたかのようにして水脈が途切れていたのである。そこで、半分眠りかかっていたウィーネを叩き起こし、この現象は何なのかと問い詰めたわけだ。そして、その結果。

「魔法陣が書いてあったんです」

「魔法陣? いや、でもおかしい。普通溝を彫ったり、対象にその魔法陣の書き込むのが普通だ。だが、あの部屋にはそんな痕跡はなかったぞ?」

「えぇ、そうです。だから異常だったんですよ」

 魔法陣とは、ウィーネの説明によると、鉄以外の物質に魔術的変化をもたらしたい時、あるいは大規模な魔術行使を行う時、その補助であったりを目的としたものである。そして、それはレギナの言う通りその対象に魔力を流しやすいよう溝を掘ったり、魔法陣を書き込んだりするものだ。そうやって擬似的に魔術水脈を作り出しているのだという。

 しかし、今回は擬似的に作り出す魔力水脈がなく。むしろ根こそぎ剥ぎ取られた状態だったのである。

 それはすなわち。

「見えない魔法陣、といった感じでしょうか?」

「....」

 擬似的に作り出すのではなく、周りの天然の水脈から魔法陣を形成するという。いうなれば周りにある森の木々の中で、設計図もない状態で家を組み立てるような感覚だとウィーネが言っていた。

 その言葉を聞き、表情に影ができたレギナ。今まで気付けなかった可能性に驚愕しているといった感じか、それとも気付けなかった自分を歯がゆんでいるのかわからなかった。

「どういう形の魔法だったかはわかりませんが。少なからず、関係はあると思います」

「....だったら、部屋の外にいたはずの私の仲間たちはどうやって殺されたと思う」

「それは....」

 これに関しては確証はない。だが、一つだけ方法がある。

「ネームプレートです」

「ネームプレート?」

「はい」

 各部屋を回って気付いたのはネームプレートだ。あれは、差し込み式で名前を簡単に交代できるようなタイプを使用している。となるとだ、もし仮にネームプレートの裏側に魔法陣を刻み込んであり、その前に立っていたレギナの部下を殺したとしたら。

 それは、十分にあり得る話だ。

「たぶん、ネームプレートが回収されていたのはそういうこともあるかもしれません」

 そして、魔法陣がどうのような効果があるかわからないが。もし時限爆弾のようにタイマーがセットされていて見張りの交代の時間に合わせて発動するような仕掛けだったとしたら。

 犯行人数は一人でも十分可能になる。

 では、今回の暗殺。

 解答編と行こうか。
 
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