異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第132話 綺麗な別れの色

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 再び森の中だ。

 昼ごろの太陽が、森の木々の間から差し込むようにして道を照らしている。風木々の間を抜け枝を揺らす。その中で歩くのは深くフード付きのマントをかぶった二人。まるで何から追われるようにして、森の中を進んでいる。

「ショウ、お前という人間は本当にお人好しだな」

「....まぁ....」

 エルフのあの集落を追われたが、自分はただで帰るつもりはなかった。乗りかかった船だ、最後の最後まで、沈むまで乗ってやろうと思った。そこで、余ったスースの内臓とトポの実を使った、この世界では見ることのなかった、おそらく全員があまり食べたいとは思わない『モツ煮』を大量に炊き出し用として作ってから集落を離れた。

 はっきり言えば、嫌がらせだった。まぁ、食べなければいい話だが。

 でも、あの作っている時のエルフたちの顔が忘れらない。あの、劇物でも作っているのかと言わんばかりの顔を。そして、目の前で味見してやった時の顔もたまらなかった。

「それは皮肉ですか?」

「フッ....いや」

 レギナが後ろで軽く息を吐くが、実際に彼女も料理工程を見て吐きそうな顔をしていた。まぁ、喧嘩両成敗というやつだ。

「それにしても。このローブは随分と着心地がいい。さすが、魔術にはこと長けているエルフの仕立てたものだ」

「そうですね」

 現在二人が着ているフード付きのマント。俗に言うローブというやつだが、これはあのエルフの集落を追われる前にリーフェからもらった品だ。レースと、彼の妻が昔冒険者だった時代のものだそうで、1000年以上経っている年代物だが、十分に着ることはできる。

 見た目は真っ白な生地だが、身体強化術などで魔力を全身に流すと、ローブにそれぞれ紋章のようなものが現れ、それは使う人間の魔力の色によって効果が異なるようだ。

 ちなみに無色の人間が使うと透明になることができるらしく、逃亡中の身としては大いに嬉しいものだった。

「それでショウ....いいか?」

「えぇ、大丈夫です。帰り道は一緒なんで」

 そう、帰り道は一緒だ。裏を返せば、正規のルートではない方向を通るということになる。

 逃亡をしている身がいうのなんだが、逃亡中は大都市などの人々が多く目を触れる場所を通ってはいけない。確実に自分の居場所をさらすようなことがあってはいけないのだ。

 しかし、今回はあえて大都市を通っての道順となる。

 リュイの首都。魔術都市ノワイエ。

 まさに革命が行われた場所。

 そして革命に手を貸した、その張本人。

「本当にいいんですね?」

「あぁ」

 自分が行ったことだ。見届けるのが責任ということだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「それにしても、あの緑の収集師でしたっけ? あの人何者だったんでしょうね?」

「さぁな。私達が気にしてもしょうがないだろう。障害は跳ね除けるしかあるまい」

 移動途中で川を見つけたため、そのそばで野宿をすることになった。そして夜となりサリーの力を借りて焚き火を囲んでの食事となった。

 ローウェンだったか、あの収集師の男は。リーフェも言っていたが、あの男は彼女の兄らしい。元々美形であるエルフは顔のパーツの違いのみで大体似たような顔をしている。そして、リーフェとローウェン、確かに顔は兄弟を彷彿させるような点は多かったような気がする。

「それにしても、この『モツニ』とかいう料理、最初見たときは気でも狂ったのかと思ったが、なかなかにうまい」

「えぇ。最初はみんなそんな感じですよ」

 何せ内臓料理だ。なかなか好感を持てる方も珍しい。焚き火の上で、作り置きのモツ煮を温め直しながらそんな感想を抱く。案外日本でメジャーになっている食べ物がここまで受け入れられないというのも不思議な話ではあったのだが。

「まぁ....あれだ。おそらく、聖典の問題だろう」

「でしょうね....」

 予想としては、リーフェの兄は聖典の原書よりも、偽りの聖典の方を進行していたのだろう。そして宗教観の違いから、家族とは決別。その結果『啓示を受けし者の会』に入って収集師となった。

 といったところか。

 考えてみれば、宗教のために家族を捨てたということか。人が何を進行しようが勝手だが、失った関係はもう二度と元には戻せないというのに。

「彼女がこれからどうするかは、彼女次第だ。私達が手を出していいことではない。それに、今はやるべきことがあるだろう」

「そう....ですよね」

 彼女、いや。リーフェは別れ際に、このローブを渡した時には初めて出会った時とは変わって、確固たる自分の意思を持っているようにも感じた。

 彼女はおそらく、これからも多くの人を救い続ける存在があるだろう。次に会う時が楽しみだ。

「あんな形のお別れになってしまいましたが....レギナさんはあれでよかったですか?」

「あぁ。大丈夫だ、綺麗な別れなんて望んではいない。生きていれば、また会えるさ」

 今回は、エルフの人たちに追われるようになってしまったわけだが、レギナはそれでもいいとのことだ。見ている限り、この二人が一番仲がいいように見えたから、それでもいいというのなら心配をする必要はないだろう。

 綺麗な別れなんてのは存在しない。漫画や小説の中じゃないんだから、当たり前といえば当たり前か。後悔がないと言えば嘘になるが、まぁ、彼女の言う通りだ。またいつか会う機会はあるだろう。

「....そういえばレギナさん」

「なんだ?」

「えっと....いえ。やっぱなんでもないです」

 そうか、とだけ言って、彼女は自分の食器を片付けると寝床の準備を始めた。といっても、小石がたくさん転がっているところに雑魚寝するわけで、準備というわけでもないのだが。

「おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 自分も離れた場所で焚き火の炎を眺めながら、そのまま意識を夢の中へと落として行く。

 その日、久しぶりにリーフェさんの夢を見た。

 彼女は、笑顔で変わらない表情で、

 何にも変わらない。

 何にも変えられない。

 でも、自分のこれからの未来は。

 変えられるのかもしれない。

 そう思った。

「リーフェさん」

「ショウさん」

 さようなら。

 たった一言、その一言で目を覚ました。

 目の前には、未だに燃えている焚き火が揺れていて、まだ夢の中にいるのではないかと思う。

 起き上がり、若干霧掛かった薄明るい空をみると、頬から冷たいものが流れ出る。手に取るとそれは涙だった。

 だが、なんだろうか、何度拭っても拭ってもそれは溢れてきて。

 さようなら。

 それが何度もなんども、頭の中に流れてきて。

 その日、僕は陽が昇るまで。

 この世界に来て初めて、子供のように大声で泣いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「踏み込みが甘い、恐れるなっ!」

「はいっ」

 早朝の河原で木剣を打ち合う音が響く。

 なかなか攻めに回ることのできない状態が続き、防戦一方。しかし、とっさにレギナが振りかざした剣で防御を取った時、自分の木剣を逆手に持ち、相手の腕ごと、脇に挟める。

「な....っ」

「そいっ!」

 そのまま背負いこむ形でレギナを放り投げる。だが、放り込んだ先が....

 悪かった。

 激しい水しぶき、そう飛ばしてしまった方向が不幸にも川だった。

「やば....っ、レギナさんっ!」

 とっさに川へと向かい、レギナの救助に当たる。幸いにも川はそれほど深くない。でももし岩とかに当たって、それで当たりどころが悪かったりしたら....

 考えるたびに冷や汗が出る。

 水を掻き分け、レギナを探す。

 だが、

「甘い」

「へ....ぶっ!」

 突然飛んできた木剣の先端が思いっきり額に直撃し、後ろに飛ばされ先ほどと同様川の中へと叩き込まれた。

 飛ばしたのは何者でもない。レギナ本人だ。

「先ほどはよくやってくれたな?」

 その後小一時間。ずぶ濡れになりながら剣術訓練を行った。

 風が心地いい。

 川のせせらぎが心を穏やかにする。

 そして陽が出てきたため、濡れた服を乾かしているところだ。

「さて、服が乾いたら行きますか」

「あぁ、そうしよう」

 レギナと俺ははっきり言うとパンツ一丁の状態である。互いに、持っている服は一張羅なため、二人ともほぼ半裸の状態でローブを着込んでいるというわけである。おそらくリーフェもこんな使われ方をするとは思わなかっただろう。

「川あそびなんて久しぶりですよ」

「あぁ....私も子供の時以来だ」

 隣、というか自分が気恥ずかしくて背中を向けている状態なのだが、そうか確かこの人は野生児のように育ったんだったか?

「レギナさんの子供時代ってどんな感じだったんですか?」

「....まぁ、普通に近所の子供達と虫を捕まえたり、木に登ったり、たまに親の言いつけを守らないで森で魔獣を仕留めるくらいだった」

「は、ハァ....」

 最後、とても不穏に感じたのだが。

 しかも普通って。

 だが。彼女がなぜこんなにも頑なに自身の正義とやらを命をかけて貫こうとしているのか、それだけの情報ではなんとも言えなかった。

 そして、しばらくこの穏やかな空間を満喫していた。その時だ。

 いやな視線を感じた。

 一瞬ではあるが、これは....殺意?

 ふと後ろを向くとレギナも気づいているようだった。

 そして。

「....っ! 出てこいっ! 何者だっ!」

 レギナが立ち上がり、剣を引き抜く。しかし、反応はない。ただ静かに風が森を揺らす音しか聞こえない。

 そして、風にはためいて舞い上がる....レギナのローブ。

 えっと....いろんなものが見えてます....

「気のせいか....?」

「....多分」

 結局、しばらくの間周囲に警戒をしたが何か出てくることはなかった。

「ショウ、早くこの場を離れよう」

「はい。わかりました」

 荷物を片付け、乾いた服を身につけ、早々にその場を離れた。

 特に何かが起きたわけではない。

 だが、これから何かが起きるのだ。
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