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第3章 緑の色
第131話 祝福の色
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洞窟の外へと出るとそこには騒然とした光景が広がっていた。洞窟から出た俺とレギナをまるで待ち構えていたかのように。あの場で炊き出しに参加していたエルフは全員こちらを向いていた。
「なぁ.....王都騎士団様よ....俺たちを助けて....どうする気だ?」
エルフの男の声がこちらに向けて不安のこもった、それでもって疑念を含めた声が鼓膜を揺らす。
「....別に、どうとする気はない」
それに対しレギナが答える。
そうだ、何か見返りを求めて助けたわけではない。むしろ借りた恩を返しに来たようなものだ。
しかし、この状況は....
「あんたら、結局この国を乗っ取りに来ただけじゃないのか....? 国の解放軍なんて名前だけで、この国に自由を求めていたはずの戦いに結局....結局何の意味もなかったんじゃないかっ!」
先ほどから声を上げている男。なるほど、彼がリーダー格か。髪の色から見て、だいたいリーフェとほとんど変わらない。となると若い方の部類に入るのか。そして、リーフェはというと、端の方でおどおどしながらその様子を見ていた。それも仕方のない話だ、こんな血気盛んな男を止められるような胆力は彼女には持ち合わせていないだろう。
「助けてもらって悪いが、出て行ってもらえないか? これ以上エルフ。森の民からは何にも奪わせないぞっ!」
そう言うと、目の前で男を中心に他のエルフからも歓声が上がる。それはまるでこの森から出て行けと言わんばかりの野生の声にも似た叫びだ。
思わず耳をふさいでしまうような声だった。
これは、いったいどうしたものか。まさかこんなことになるとは予想外だった。少なからず、この国のエルフと接触して、王都騎士団とエルフとの間に浅はからぬ因縁のようなものがあるとは思っていたが、まさかこんなところで出るとは思わなかった。
「私たちに自由をっ! これ以上、何も奪わせやしないっ、王都からも、人間からもっ!」
「っ、レギナさんっ! ここは....レギナさん?」
ふと隣に立っていたレギナを見ると、そこには悲しげな表情を浮かべ、真直ぐとエルフの批判を正面から受けていた、今まで見たことのないレギナの姿があった。
「わかった....」
レギナは、たった一言だけ言うと真直ぐと激しい抗議を行っているエルフの中へと入ってゆく。俺は突然の行動に何もできずに、ただその様子を見ていた。
そして、抗議するエルフたちの前に、おもむろに腰から剣を外す。
その行動に、エルフたちは一斉に黙った。沈黙が、森の中を流れる。
「レギナ....っ....」
しかし、腰から外した剣は鞘から出ることなく、地面へと置かれ、その前にレギナが正座で座った。
その物腰はまるで....
「あんた....いったい....」
「王都騎士団9番隊隊長。レギナ=スペルビア。今はこんな形をしているが....私たちが、行ったことに、意を唱えるのであれば。私からが筋というものだろう」
意を唱えるのであれば、その剣で私を殺せ。
「レギナさんっ! いったい....うぐっ!」
その言葉を聞き、レギナのそばへと行こうとしたその時、突如後ろから羽交い締めにされ身動きが取れなくなる。体が浮かび、地面から足が離れバタつかせ抵抗するが、離されることはない。
「悪いな、これは嬢ちゃんと俺たちエルフの問題なんだ」
「離せ....っ! このバカッ!」
突然耳元で聞こえてきた声だが、離してはくれないようだ。
だとすると、この光景を黙って見ていろと。
「どういう風のふきまわしだ? 王都騎士団」
「そのまんまだ。意を唱えるのであれば、私をこの剣で殺せ。それだけの覚悟が貴様らにはあるのだろう」
「....っ」
反撃くらいはするだろう。そう思っていたが、全くレギナは動く気配はない。そしてその言葉を聞いて、エルフたちは全く動く気配もない。全員がそれぞれを顔を見合わせて何かを言っている。
「どうした、国を乗っ取った王都の軍部が目の前にいるんだぞ? どうして殺さない」
「そ、それは....」
「貴様らは自由という言葉を口にした。なんの代償もなしに自由を勝ち取れるものなのか?」
再び沈黙が森の中を流れる。
自分はとにかく、レギナを止めなければと思い、必死にもがいているが、一向に離してくれる気配はない。
とにかく、何を考えているかわからないが止めなくては。
もし、彼女が殺されるようなことがあっては....
俺は....っ
「王都からの解放軍、確かにその名を我々が口にしていいようなことをしたわけではない。だが、我々はリュイに良き未来が訪れるように戦った。それはまぎれもない事実だ」
「....っ」
「そして。その良き未来を作るために....こちらだって犠牲を払った」
キース、ブラット、トムソン、カイロ、バン、メリー、レオ、ジャン。
次々と彼女の口から男の名前らしきものが流れてくる。
これは....
「リュイでの戦闘で、命を落とした私の部下だ。私は、今まで命を落としていった仲間の名前と顔を一時たりとも忘れたことはない」
「....」
「貴様らが我々をどう思っているかわからない。だが一つだけ言っておこう」
私は自身の正義を貫くためならば、命など惜しくはない。
その言葉は、まっすぐで威厳を持っていて、かつ一切の躊躇もない。『命など惜しくない』そう簡単には言い切ることのできない言葉だ。それは自分がよくわかっている。
そして、正義に対して命をかける。
それが彼女の今までの行き方だったのだろう。そして、彼女が縛られている行き方なのだろう。
「さぁ、どうする。私の行った正義が間違っていたというのならば、その剣を握って私の首を断て」
沈黙。誰一人とて、レギナの前に置かれた剣を握ることはない。その光景を見てホッとしたのも束の間だった。
「....いいだろう。あんたのその首、貰い受ける」
一人のエルフが前へと出て、レギナの前に置かれた剣を握った。それは一番最初に発言をしてリーダー格となっていた男だ。
そして、レギナの前で剣が引き抜かれ、鞘が地面へと捨てられる。その様子を周りのエルフはただただそれを黙って見ていた。
そして、レギナはその様子をただじっと、構えていた。
「レギナさん....嘘だろ....レギナさん.....なんか言えよっ!」
いまだに拘束から抜けられない自分はただジタバタと暴れるだけでなにもできていない。しかし、大声でレギナに呼びかけるが何も反応をしない。
だが、大声を張った意味もあったのだろう。
レギナの顔が若干後ろを向いた。しかし、顔は見えない。
ただ、口元の動きだけで。
「すまないな」
と、だけ。
怒りが、再び。
「ふざけるなっ!」
とっさに腰のパレットソードの柄を足の方まで思いっきり下げる。そして持ち上がった鞘の先端は思いっきり拘束していたエルフの顎に直撃する。
「く....っ」
「クソガァッ!」
エルフの拘束を逃れ地面へと放り出され、とっさに今降り下ろさんばかりの剣を持ったエルフの方へと駆けていった。
全身に流した魔力は周りの時間をも遅らせる。
地面を滑り、土煙を巻き起こしながらレギナの前へと立つ。
そして。
剣を受け止めるために抜き払ったパレットソードからは炎が吹き出た。
「うお....っ」
「いい加減にしろテメェら。レギナを殺す? ふざけたことぬかしてんじゃねぇよ。この女殺すんだったら、俺を殺してからにしろ」
レギナの前にたった男は突然のことに困惑している。そして、今自分が抜き払ったパレットソードはサリーの力を使ってもいないのにも関わらず、炎を纏っていた。
「ショウ、これは私の問題だ。口出しは....」
「あんたも一旦黙れ。癪だ」
「....」
後ろで話しかけてきたレギナを一旦黙らす。今自分に巻き起こっているこの怒りの感情、何も目の前のエルフの男だけではない。
勝手に死のうとしているレギナに対してもだ。
「おい、邪魔をするな。これは俺たちエルフの問題だ」
「ハァ....聞いてりゃ自分の問題だのと勝手にほざきやがって。あんたら相当自分勝手なんだな? ん?」
「....貴様....」
「自分を取り巻いている人間には目もくれず、全部自分たちや、自分のせいにしやがって。なるほどな、そんなんだから王都に国を乗っ取られるんだよ」
「っ!」
激情した男の剣がまっすぐ、こちらに飛んでくるわけもない。とっさに剣の届かない間合いに入り込み、振りかざした腕を抑える。そして、喉元に逆手に持ったいまだ炎を纏ったパレットソードを突きつけた。
「さっき覚悟とか言ったよな? だったらあんた、今俺に殺される覚悟はあるんだろうな」
「っ、エルフに自由を....っ」
「最後の言葉までそれか。偽善者め」
もういい、どのみちここに来ることはないのだから。とにかく、レギナを殺そうとしたのだ。自分がここで暴れる理由はそれで十分すぎる。
振りかざした、剣は男の喉を捉え。
そして....
「もうやめてっ!」
剣先が相手の喉に触れる寸前、突如森の中に響いた女性の声。俺を含め全員がその動きを止めた。そして、次々と視線はその声の主の方へと集まる。
そこには、服の裾をつかみ。今にも泣きそうな表情でこっちを見ている女性。リーフェ=カルディアの姿がそこにあった。
「....リーフェさん」
「もうやめて....っ、なんで、どうしてみんなこんなことをするのっ!? みんなだってこの人たちのおかげで今生きてるのよっ! それに....関係ないのに、こんな美味しいご飯を作ってくれて....そんな人たちのどこが悪い人に見えるのよっ!」
彼女の言葉に、エルフの全員が気まずそうに下を向く。そして、目の前で腕を押さえられていたエルフの男は体の力を抜いて、手から剣を落とした。
「....ショウさんも....レギナさんも....もっと自分を大事にしてください....」
「....」
パレットソードを無言で鞘へと戻す。レギナも、地面に落ちた剣を拾い上げ鞘に戻して腰へと戻した。
「....この騒ぎはどうした....」
ふと、洞窟の方から声がする。すると洞窟の奥から、エルフの男に支えられながらレースが姿を現した。起き上がれるようになったのかと初めは思ったが、そんな悠長なことは考えていられなくなるだろう。
「長老....この人間の女は。我々に自由を与えると言って、私たちから国を奪い取った王都からの使いですっ! どうか、然るべき罰を」
先ほどまで、レギナに向けて剣を向けていた男が、自分の後ろで跪き、そしてそれを合図に他のエルフたちも一斉に跪いた。
そして、一瞬の沈黙。
「....フィーロ。其方の言うことはわかる、確かに私たちエルフの国は王都の支配を受けている。そこには政治の自由はなく、もはや国という概念そのものが揺らいでいるだろう」
「では....」
フィーロと呼ばれた男は顔を上げる。だが、レースはその最初に会った頃と変わらない静かな笑みを浮かべて、まるでイタズラをした子供を諭すかのようにして、話を続けた。
「だが、国が私たちを作ったのか? 我々は、国を失ってもエルフであり、それは変わらない。違うかな?」
「それは....」
「それに、今目の前にいる彼女や彼は、何よりも人の助けになろうとし、今も次に進まなくてはならない旅路の傍でここにいるのだぞ?」
「....」
「それに、彼女たちがいなかったら。私は....妻のあんな安らかな顔を一度も見ることもなく、この世を去っていたかもしれない」
その言葉を聞いて、跪いていたエルフたちの中でどよめきが流れる。しかし、それはつかの間、レースが片手を挙げると再び静寂が訪れる。
そして、口を開いたのはレースだった。
「だが、君たちがそう望むとあらば、私としては彼らをこの場にとどめておく理由はない。これは、村の総意としての意見だ。無視することはできない」
その言葉に、レギナは軽くうなずく。自分としても、その意見に異議はない。それに借りは十分に返せたはずだ。
「ならば、私の恩人として。民の恩人として。祝福をもってして見送るのが、長老としての務めだろう」
微笑み、こちらに近づくレース。地面を歩くたびに聞こえる草を踏みしめる音がやけに耳に響く。そして、あの時自分の寿命を延ばした時と同じようにレースは、俺とレギナに手を差し出すように促した。
そして、それらの行為に対して、異議を唱えるものは現れなかった。
差し出した両腕、そこにレースは手を当て、腕を撫でながら言葉を紡いでいった。
『道行く先に苦難あり 雨あり 風あり しかし恐るゝことなかれ 苦難の先にあるのは 光あり 春あり 故に歩みを止めることなかれ 其方達の行く末に 幸多かれ フォルトゥーナ』
すべての言葉を紡ぎ終えると、レースの手から緑色の光が溢れでる。それは地面へと流れ、次々ときれいな花を咲かせた。それは、レギナと自分の体の中へと吸い込まれて行き、消えていった。
「さらばだ、我が友よ」
「なぁ.....王都騎士団様よ....俺たちを助けて....どうする気だ?」
エルフの男の声がこちらに向けて不安のこもった、それでもって疑念を含めた声が鼓膜を揺らす。
「....別に、どうとする気はない」
それに対しレギナが答える。
そうだ、何か見返りを求めて助けたわけではない。むしろ借りた恩を返しに来たようなものだ。
しかし、この状況は....
「あんたら、結局この国を乗っ取りに来ただけじゃないのか....? 国の解放軍なんて名前だけで、この国に自由を求めていたはずの戦いに結局....結局何の意味もなかったんじゃないかっ!」
先ほどから声を上げている男。なるほど、彼がリーダー格か。髪の色から見て、だいたいリーフェとほとんど変わらない。となると若い方の部類に入るのか。そして、リーフェはというと、端の方でおどおどしながらその様子を見ていた。それも仕方のない話だ、こんな血気盛んな男を止められるような胆力は彼女には持ち合わせていないだろう。
「助けてもらって悪いが、出て行ってもらえないか? これ以上エルフ。森の民からは何にも奪わせないぞっ!」
そう言うと、目の前で男を中心に他のエルフからも歓声が上がる。それはまるでこの森から出て行けと言わんばかりの野生の声にも似た叫びだ。
思わず耳をふさいでしまうような声だった。
これは、いったいどうしたものか。まさかこんなことになるとは予想外だった。少なからず、この国のエルフと接触して、王都騎士団とエルフとの間に浅はからぬ因縁のようなものがあるとは思っていたが、まさかこんなところで出るとは思わなかった。
「私たちに自由をっ! これ以上、何も奪わせやしないっ、王都からも、人間からもっ!」
「っ、レギナさんっ! ここは....レギナさん?」
ふと隣に立っていたレギナを見ると、そこには悲しげな表情を浮かべ、真直ぐとエルフの批判を正面から受けていた、今まで見たことのないレギナの姿があった。
「わかった....」
レギナは、たった一言だけ言うと真直ぐと激しい抗議を行っているエルフの中へと入ってゆく。俺は突然の行動に何もできずに、ただその様子を見ていた。
そして、抗議するエルフたちの前に、おもむろに腰から剣を外す。
その行動に、エルフたちは一斉に黙った。沈黙が、森の中を流れる。
「レギナ....っ....」
しかし、腰から外した剣は鞘から出ることなく、地面へと置かれ、その前にレギナが正座で座った。
その物腰はまるで....
「あんた....いったい....」
「王都騎士団9番隊隊長。レギナ=スペルビア。今はこんな形をしているが....私たちが、行ったことに、意を唱えるのであれば。私からが筋というものだろう」
意を唱えるのであれば、その剣で私を殺せ。
「レギナさんっ! いったい....うぐっ!」
その言葉を聞き、レギナのそばへと行こうとしたその時、突如後ろから羽交い締めにされ身動きが取れなくなる。体が浮かび、地面から足が離れバタつかせ抵抗するが、離されることはない。
「悪いな、これは嬢ちゃんと俺たちエルフの問題なんだ」
「離せ....っ! このバカッ!」
突然耳元で聞こえてきた声だが、離してはくれないようだ。
だとすると、この光景を黙って見ていろと。
「どういう風のふきまわしだ? 王都騎士団」
「そのまんまだ。意を唱えるのであれば、私をこの剣で殺せ。それだけの覚悟が貴様らにはあるのだろう」
「....っ」
反撃くらいはするだろう。そう思っていたが、全くレギナは動く気配はない。そしてその言葉を聞いて、エルフたちは全く動く気配もない。全員がそれぞれを顔を見合わせて何かを言っている。
「どうした、国を乗っ取った王都の軍部が目の前にいるんだぞ? どうして殺さない」
「そ、それは....」
「貴様らは自由という言葉を口にした。なんの代償もなしに自由を勝ち取れるものなのか?」
再び沈黙が森の中を流れる。
自分はとにかく、レギナを止めなければと思い、必死にもがいているが、一向に離してくれる気配はない。
とにかく、何を考えているかわからないが止めなくては。
もし、彼女が殺されるようなことがあっては....
俺は....っ
「王都からの解放軍、確かにその名を我々が口にしていいようなことをしたわけではない。だが、我々はリュイに良き未来が訪れるように戦った。それはまぎれもない事実だ」
「....っ」
「そして。その良き未来を作るために....こちらだって犠牲を払った」
キース、ブラット、トムソン、カイロ、バン、メリー、レオ、ジャン。
次々と彼女の口から男の名前らしきものが流れてくる。
これは....
「リュイでの戦闘で、命を落とした私の部下だ。私は、今まで命を落としていった仲間の名前と顔を一時たりとも忘れたことはない」
「....」
「貴様らが我々をどう思っているかわからない。だが一つだけ言っておこう」
私は自身の正義を貫くためならば、命など惜しくはない。
その言葉は、まっすぐで威厳を持っていて、かつ一切の躊躇もない。『命など惜しくない』そう簡単には言い切ることのできない言葉だ。それは自分がよくわかっている。
そして、正義に対して命をかける。
それが彼女の今までの行き方だったのだろう。そして、彼女が縛られている行き方なのだろう。
「さぁ、どうする。私の行った正義が間違っていたというのならば、その剣を握って私の首を断て」
沈黙。誰一人とて、レギナの前に置かれた剣を握ることはない。その光景を見てホッとしたのも束の間だった。
「....いいだろう。あんたのその首、貰い受ける」
一人のエルフが前へと出て、レギナの前に置かれた剣を握った。それは一番最初に発言をしてリーダー格となっていた男だ。
そして、レギナの前で剣が引き抜かれ、鞘が地面へと捨てられる。その様子を周りのエルフはただただそれを黙って見ていた。
そして、レギナはその様子をただじっと、構えていた。
「レギナさん....嘘だろ....レギナさん.....なんか言えよっ!」
いまだに拘束から抜けられない自分はただジタバタと暴れるだけでなにもできていない。しかし、大声でレギナに呼びかけるが何も反応をしない。
だが、大声を張った意味もあったのだろう。
レギナの顔が若干後ろを向いた。しかし、顔は見えない。
ただ、口元の動きだけで。
「すまないな」
と、だけ。
怒りが、再び。
「ふざけるなっ!」
とっさに腰のパレットソードの柄を足の方まで思いっきり下げる。そして持ち上がった鞘の先端は思いっきり拘束していたエルフの顎に直撃する。
「く....っ」
「クソガァッ!」
エルフの拘束を逃れ地面へと放り出され、とっさに今降り下ろさんばかりの剣を持ったエルフの方へと駆けていった。
全身に流した魔力は周りの時間をも遅らせる。
地面を滑り、土煙を巻き起こしながらレギナの前へと立つ。
そして。
剣を受け止めるために抜き払ったパレットソードからは炎が吹き出た。
「うお....っ」
「いい加減にしろテメェら。レギナを殺す? ふざけたことぬかしてんじゃねぇよ。この女殺すんだったら、俺を殺してからにしろ」
レギナの前にたった男は突然のことに困惑している。そして、今自分が抜き払ったパレットソードはサリーの力を使ってもいないのにも関わらず、炎を纏っていた。
「ショウ、これは私の問題だ。口出しは....」
「あんたも一旦黙れ。癪だ」
「....」
後ろで話しかけてきたレギナを一旦黙らす。今自分に巻き起こっているこの怒りの感情、何も目の前のエルフの男だけではない。
勝手に死のうとしているレギナに対してもだ。
「おい、邪魔をするな。これは俺たちエルフの問題だ」
「ハァ....聞いてりゃ自分の問題だのと勝手にほざきやがって。あんたら相当自分勝手なんだな? ん?」
「....貴様....」
「自分を取り巻いている人間には目もくれず、全部自分たちや、自分のせいにしやがって。なるほどな、そんなんだから王都に国を乗っ取られるんだよ」
「っ!」
激情した男の剣がまっすぐ、こちらに飛んでくるわけもない。とっさに剣の届かない間合いに入り込み、振りかざした腕を抑える。そして、喉元に逆手に持ったいまだ炎を纏ったパレットソードを突きつけた。
「さっき覚悟とか言ったよな? だったらあんた、今俺に殺される覚悟はあるんだろうな」
「っ、エルフに自由を....っ」
「最後の言葉までそれか。偽善者め」
もういい、どのみちここに来ることはないのだから。とにかく、レギナを殺そうとしたのだ。自分がここで暴れる理由はそれで十分すぎる。
振りかざした、剣は男の喉を捉え。
そして....
「もうやめてっ!」
剣先が相手の喉に触れる寸前、突如森の中に響いた女性の声。俺を含め全員がその動きを止めた。そして、次々と視線はその声の主の方へと集まる。
そこには、服の裾をつかみ。今にも泣きそうな表情でこっちを見ている女性。リーフェ=カルディアの姿がそこにあった。
「....リーフェさん」
「もうやめて....っ、なんで、どうしてみんなこんなことをするのっ!? みんなだってこの人たちのおかげで今生きてるのよっ! それに....関係ないのに、こんな美味しいご飯を作ってくれて....そんな人たちのどこが悪い人に見えるのよっ!」
彼女の言葉に、エルフの全員が気まずそうに下を向く。そして、目の前で腕を押さえられていたエルフの男は体の力を抜いて、手から剣を落とした。
「....ショウさんも....レギナさんも....もっと自分を大事にしてください....」
「....」
パレットソードを無言で鞘へと戻す。レギナも、地面に落ちた剣を拾い上げ鞘に戻して腰へと戻した。
「....この騒ぎはどうした....」
ふと、洞窟の方から声がする。すると洞窟の奥から、エルフの男に支えられながらレースが姿を現した。起き上がれるようになったのかと初めは思ったが、そんな悠長なことは考えていられなくなるだろう。
「長老....この人間の女は。我々に自由を与えると言って、私たちから国を奪い取った王都からの使いですっ! どうか、然るべき罰を」
先ほどまで、レギナに向けて剣を向けていた男が、自分の後ろで跪き、そしてそれを合図に他のエルフたちも一斉に跪いた。
そして、一瞬の沈黙。
「....フィーロ。其方の言うことはわかる、確かに私たちエルフの国は王都の支配を受けている。そこには政治の自由はなく、もはや国という概念そのものが揺らいでいるだろう」
「では....」
フィーロと呼ばれた男は顔を上げる。だが、レースはその最初に会った頃と変わらない静かな笑みを浮かべて、まるでイタズラをした子供を諭すかのようにして、話を続けた。
「だが、国が私たちを作ったのか? 我々は、国を失ってもエルフであり、それは変わらない。違うかな?」
「それは....」
「それに、今目の前にいる彼女や彼は、何よりも人の助けになろうとし、今も次に進まなくてはならない旅路の傍でここにいるのだぞ?」
「....」
「それに、彼女たちがいなかったら。私は....妻のあんな安らかな顔を一度も見ることもなく、この世を去っていたかもしれない」
その言葉を聞いて、跪いていたエルフたちの中でどよめきが流れる。しかし、それはつかの間、レースが片手を挙げると再び静寂が訪れる。
そして、口を開いたのはレースだった。
「だが、君たちがそう望むとあらば、私としては彼らをこの場にとどめておく理由はない。これは、村の総意としての意見だ。無視することはできない」
その言葉に、レギナは軽くうなずく。自分としても、その意見に異議はない。それに借りは十分に返せたはずだ。
「ならば、私の恩人として。民の恩人として。祝福をもってして見送るのが、長老としての務めだろう」
微笑み、こちらに近づくレース。地面を歩くたびに聞こえる草を踏みしめる音がやけに耳に響く。そして、あの時自分の寿命を延ばした時と同じようにレースは、俺とレギナに手を差し出すように促した。
そして、それらの行為に対して、異議を唱えるものは現れなかった。
差し出した両腕、そこにレースは手を当て、腕を撫でながら言葉を紡いでいった。
『道行く先に苦難あり 雨あり 風あり しかし恐るゝことなかれ 苦難の先にあるのは 光あり 春あり 故に歩みを止めることなかれ 其方達の行く末に 幸多かれ フォルトゥーナ』
すべての言葉を紡ぎ終えると、レースの手から緑色の光が溢れでる。それは地面へと流れ、次々ときれいな花を咲かせた。それは、レギナと自分の体の中へと吸い込まれて行き、消えていった。
「さらばだ、我が友よ」
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