異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第128話 暗闇に射す光の色

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「もっと明かりを持ってきてっ! 怪我人を優先して通路を空けなさいっ!」

 そこは戦場だった。剣を使うわけでもない、かといって魔法が飛び交っているわけでもない。刻一刻と迫る命のタイムリミットと戦う戦場がそこにあった。そしてその中心でリーフェが率先して周りの人間に指示を出している。

「リーフェさんっ!」

「ショウさんっ! 大丈夫ですかっ、怪我とかはっ!?」

「いいえ、問題ないです。それよりも、リーフェさん。治療を手伝わしてください、切り傷や火傷程度でしたらお手伝いできます」

「えぇ、お願いします。えっとっ....まずはこっちのベットの人からお願いしますっ!」

「はいっ!」

 指をさされた方を見ると、そこには頭に布を当てて出ている血を止めているエルフの男がいた。服装から見て兵士だろう。早速そばに駆け寄り、布をはずす。見ると、鋭い刃物のようなものでパックリと切れていた。

「ショウ、大丈夫なのか?」

「はい。一応ギルドの講習で、こういった治療を教えてもらってますので」

「なるほどな、最近のギルドは随分とこまめだな」

 後ろでレギナが割光石の入ったランプで傷口を照らしている。そして傷口を糸と針で縫ってゆくが針は一応消毒をしてあるものらしく、治療が魔法で行うのが主流の時代で、こうも地球の知識と一致する医療があるというのは安心できる。

 そして、エルフの男の治療を終え、次のベットへと移動する。次のベットには、右腕に大きなやけどを負ったエルフが苦しそうに悶えている。

「火傷にはこの薬草を使うのか、にしてもそれだけで本当に効果があるのか?」

「あるにはあるんですが....ここまでひどいとなると....」

 右腕の火傷は明らかに、薬草などで治療できるようなレベルではない。となると、やっぱりこいつの出番になるか。

 パレットソードの柄をひねり、鞘の青の精霊石が青く光だす。

(何よ、もうすこし休みたいんだけど)

「出てこなくていいんで手を貸してください。重傷の人がいるんです」

(あんたねぇ、ただでさえ今日だけであんだけバカスカ魔法を放っておいて体が大丈夫だと思ってんの? もっと自分を大事にしなさい)

「頼みますから、どちらにせよ。自分やりますからね」

 そう、このパレットソードを引き抜けば会ってに能力を解放できる。もうこれは契約者としての特権だろう。

(たったあれだけで契約者面してるだなんて、いいこと。慢心もいいけど、自分のことも....)

「はいはい、行きますよ」

 脳内でウィーネの言葉をシャットアウト。そして、パレットソードを気抜くのと同時に剣が光に包まれ、その姿を槍へと変形させる。

「さて....」

 未だ目の前で苦しむ男の火傷を負った右腕に触れる。

「く....っ」

「ちょっと痛みますが、我慢してください」

 そして、槍の先端を地面に流れる水脈へと突き刺す。すると、水脈はその流れを変え、自分の右腕、そしてエルフの火傷した右腕へと巻きついてゆく。

 これでいいだろう。

『エクスチェンジ』

 次の瞬間、右腕に激しい痛みが流れ始める。徐々に自分の右腕の皮膚がただれて行き、エルフの男と同じ火傷が体に刻みこまれてゆく。そして同時にエルフの男からは火傷の跡が消えて行き、徐々に元の白い肌へと戻ってゆく。そして、完全にエルフの腕が元に戻った頃合で、槍を地面から引き抜いた。

「っ....!」

 エルフの男は完全に治った。今度は自分の番だ。しばらくすると槍の持ち手から少量の水が溢れ出し、その水は自分の右腕を包み込むようにしてエルフの男の代わりに受け取った火傷を治癒してゆく。そして数分後、自分の腕は火傷の跡がなくなり痛みも引いた。完全に治癒したのだろう。

「フゥ....大丈夫ですか?」

「あ、あぁ....お前さん、魔術師か?」

「いいえ、ただの探求者ですよ」

 治療が終わり、次のベットへと移動しようとしたその時だ。

「ショウ....さん? それは?」

「え? あぁ、これですか? これは、えっと....青の精霊と契約が無事できて」

「もしかして....っ! 青の魔術が使えますかっ!?」

「え、はい。一応ですが....」

 そばにいたリーフェが突如、目を丸くしてこちらを覗き込んでいる。それもそうだ、自分は無色なんだし突然目の前で青の魔術とか使ったら変だろう。しかし、彼女の目にはそう言ったこと以上に希望の眼差しが込められていた。

「ちょっとついてきて」

「え、ちょ。あんまり引っ張らないで....」

 先ほど直したばかりの右腕をグイグイと引っ張られ、洞窟の奥の方へと案内される。若干ではあったが、彼女の目には涙が写っていた。

 案内されたのは、かなりの量の道具に囲まれた一人の患者だ。そしてその患者の顔には身に覚えがあった。

「レースさん....」

「お願い....っ、お父さんを、助けてっ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 全身に巻かれた包帯、そしてベットを中心に取り囲むたくさんの医療器具らしきもの。明らかにあそこにいた怪我人たちよりも重傷であることは一目瞭然だった。

「これは....」

「他の人にも聞いたけど....お父さんはみんなを逃がすために前線に立って....それでこんなことに....」

 確か年齢は1500とかって言ってたような気がする。そんな歳で、よくやるもんだと思った。見れば顔にまで包帯が巻かれており、その両目は塞がれている、となると目まで潰れているということか。

「リー....フェか?」

「お父さんっ。ダメ、あんまり動いちゃ。傷が開いちゃうから」

 リーフェの気配に気づいたのか、レースが起き上がろうとしている。それ制止しようとリーフェが近寄るが、それでもレースが起き上がろうと体を動かしている。

「ロー....ウェンは、どうした? あの....バカ息子は....」

「僕が殺しました」

 そこで初めて、自分は口を開いた。そして、その言葉に反応するようにして、レースの体がこちらに向く。

「その声は....イマイシキくんか....君が....息子を....」

「はい、僕が殺しました」

 二度目の返答。それ聞き、レースの肩から力が抜けたようにも感じた。しばらく、無言の状態が洞窟の中で残留する。

「そうか....すまないことを....した....ありが....とう」

「お父さんっ、しっかりしてっ!」

 突如、リーフェの肩にもたれるようにして体から力を抜いたレース。それをリーフェが支え、すかさず駆け寄った自分が助ける。そして、先ほどまでkしをかけていたベットへ寝かすと、リーフェがレースの着ている服を剥がし、心臓の動きなどを確認する。

「ダメ....っ、このままじゃ....ショウさんっ! 青の魔術をお願いしますっ!」

「は、はいっ!」

 槍を展開、即座に地面に流れる水脈に接続し、レースの体と同調を開始させる。しかし、もともと濃い魔力の持ち主だったせいか、なかなか全身に水脈が行き渡らない。そうこうしているうちにどんどんレースの体は弱ってゆく。

「クソ....っ! ウィーネっ! もっと急げないのかっ!」

(これが限界よっ! それにこの男、魔術が濃すぎて同調しきれるか分からないっ!)

 両目に映る、いくつもの水脈の動きはレースの周りに同調するのを拒んでいるようにも見える。やはり、青と緑とでは相性が良くないというのはこういうことなのか。

 全員が手に汗を握る中、ベットのそばにしゃがみ込み、必死になってレースの体に水脈を張り巡らせているところで、誰かが自分の頭に手を乗せた。

 何者でもない、レース本人だった。

「もう....いい....」

「....やめてください、傷に触ると彼女が言ったの。聞こえませんでしたか?」

 かすかな声で、レースが話かけてくる。

「私は....愚かだ....」

「喋らないで」

「聖典の....原書....など.....どうでも....よかった....」

「喋らないで」

「私は....家族と....ただ」

「黙れって言ってんのがわからないのかあんたっ!」

 ここまで来ると、もう限界だった。

 うわ言のようにして、謝罪を述べるレース。自分が全て悪かったと言って死のうとするその姿を、自分は一番よく知っている。

 だからこそ許せない。

「目の前に助かって欲しいって言って奴がいるのかわかんないのか、あんたに死んで欲しいなんて思ってる人間なんざこの場にはどこにもいねぇんだよっ! 黙って救われてろっ、このニヒリストっ!」

 全身への水脈の同調が完了した。

 側ではリーフェがレギナに支えられながらその一部始終を見ている。

 そうだ、俺は彼を救う。

 目の前で、誰かが死ぬのはもう嫌なんだ。

『エクスチェンジ』

 次の瞬間、比べ物にならないほどの衝撃が体の内側に襲い掛かる。まるで内臓を空気で圧縮しているかのような激しい圧迫感が体を苦しめるのと同時に、体の表面には戦闘で受けた深い傷が彫り込まれてゆく。

「アァアアアッッッ!」

「ショウさんっ!」

 リーフェがそばに駆け寄り、背中をさするがその刺激だけで体全身が悲鳴を上げている。こんな痛みを背負いながら俺と会話をしていたのだと思うと関心よりも先に恐怖を覚える。

(あんた死ぬわよっ!? 怪我は治せても、その途中で死ぬようなことがあったらもう治せないんだからっ!)

「ウゥウ.....っ! うる....さいっ、助けると決めたんだ....っ、もう、俺は.....っ」

 負けない。

 全身の傷をこちらと共有、移動を完了。

 あとは、自分の方に移動してきた傷を治すだけ....

 そう思った時だった。突如、目の前が真っ暗になる。まるで世界のブレーカーが落ちたかのようにして真っ暗になった。

 理由は簡単だ、レース負っていた目の傷がそのままこちらに移動してきたのだろう。しかし、全身が激痛という激痛に襲われている状態で、突如視力がなくなるというのは不安以上に、恐怖だ。

「あ....あっ、あ」

「ショウさん、ショウさんっ!」

 何も見えない。感じるのは激痛のみ。

 そして、徐々に自分を治すために包み込んでいる水が恐ろしく感じる。

「はっ....はっ....はっ....はっ」

 自然と呼吸が乱れ、地面へと吸い込まれるようにして倒れこむ。そしてその時、同時に理解した。

 この感覚は、死だと。

 そばに誰か、いてほしい。

 温もりがほしい....

 冷たい水が全身を覆いつくす。

 その時だった。

 手のひらに、温もりを感じた。

 冷たい水の中から、引きずり出されるような、力強く、そして、その全てを委ねられるような、そんな手だ。

 光は見えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「....知らない天井だ....」

 無機質な土色の壁をぼんやりと眺めていた。体の感触を確かめると、どうやら自分はベットの上にいるらしい。空気を吸い込むと、ひんやりとした若干埃っぽい空気が肺を満たした。

 ふと、隣を見るとレギナが座ったまま、目を閉じて寝ている。しかし、自分が動く気配で気づいたのだろう。ぼんやりと目を開け、ベットを起き上がった自分を見た。

「ベットで男が寝て、女が座って寝ているというのはどういう了見だ? ショウ」

「女扱いはされたくなかったんじゃないですか?」

「時と場合による」

 かけられた毛布を剥がし、ベットに座る。全身を調べるが特に異常はない。となると、あの治療は成功し、そのショックで気絶をしたと言ったところか、あたりを見渡すと、何人かのエルフの兵士が見回りをしているほかに、住民たちは壁にもたれたり、地面で雑魚寝をしている。ベットを使用しているのは怪我人と自分だけだったようだ。

「起きあがれるか?」

「えぇ、まぁ。なんとか....っと」

 立ち上がろうとした時、若干バランスを崩し地面が迫る。しかし、それを防いだのは手をとってくれたレギナだった。そして、そのレギナの手の感覚には身に覚えがあった。

「....あの時、手をとってくれたのはレギナさんですか?」

「さぁ、なんの話だ?」

 そう言って、乱暴に自分を立たせたレギナは洞窟の奥の方へと進む。向かう先はレースのところだろう。

 自分も、外してそばに置いてあったパレットソードを腰に巻き、レギナの後を追った。
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