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第3章 緑の色
第125話 代償の色
しおりを挟む「行きますか」
「あぁ」
一晩が開け、イニティウムまで戻る道のりへと進んだ。
経路は決めてない。本当に行き当たりばったりな旅になるが、ただ帰りたい。余裕があったといえば嘘になるが、とにかく帰りたかったのだ。
焚き火の火を消し、再び森の中へと入る。
朝の森には霧が立ち込めていて、あまり視界が良くない。俗に言う五里霧中というやつに近い状態だ。時折、足元の木の根っこなんかに足を引っ掛けながら進んで行く。
「方向はわかっているんだな」
「はい。こっちの方角であっているはずです」
自分を先頭に、レギナは後ろからついて歩く。大丈夫だ、この人になら自分は背中を預けられる。
「ハァ....もう湿気が多いと髪の毛がまとまらないわ....」
「....青の精霊のくせに、癖っ毛なんですね」
そしてレギナのその後ろを歩いているウィーネが、普段は綺麗なストレートの青い髪をクルンクルンにさせており、手ですかしながらついてきている。
「あれ? レギナさんも、髪の毛に寝癖ついてるわよ?」
「....気にするな、放っておけば自然に治る」
「ダメよっ、女の子なんだからちゃんとしないとっ!」
完全にウィーネの姿と声を認識できるようになったレギナは早速絡まれており、後ろの方でじゃれあっている声が聞こえている。軽く後ろの方を見ると、嫌がるレギナの髪をウィーネが無理やり梳かしているところだった。
そんな姿に若干頬が緩む。
「レギナさん、遊んでないでいきますよ」
「なっ、いやっ。遊んでなんかいないぞ」
「でもまぁ....レギナさんも女性なんですから、もうちょっとそういったの気にしたほうがいいですよ?」
「盛大に後ろに寝癖をつけている奴に言われても、説得力がないぞ。ショウ」
若干恥ずかしげな表情を浮かべているレギナ。
昨日のあの真剣の殺し合いのあと。俺と彼女の関係に変化が生じた。
それは自分のことを名前で呼んでくれたということだ。
未だ気恥ずかしい感じだが、それでも名前で呼んでくれるようになったのは嬉しく感じる。以前のようなギクシャクした関係はもうごめんだ。
「ほら、あんたも。頭をこっちに出しなさい」
「え?」
突然、レギナの髪を整えていたウィーネがこっちに話を振り始める。そして次の瞬間、視界を覆ったのは大量の水の塊。それはまるで宇宙飛行士のヘルメットみたいに自分の頭を覆い、肌に感じる水流が髪をすすいで行く
「うん、これでよしっ!」
「....何が『これでよしっ!』ですか....」
首から上がずぶ濡れとなり、濡れた髪が肌に張り付いて鬱陶しい。だが当の本人は満足そうな表情で、レギナは顔をそらして肩を震わせていた。まぁ、悪気あってやったわけではなさそうだし、いや。どうだろうか?
「....水の音がする」
「へ....? うわっ!」
突如背後から聞こえた声に驚き、軽く悲鳴を上げて後ろを振り向くと、そこには緑のチャイナドレスみたいな服を着込んだ少女がポツンと佇んでいた。
「お兄ちゃん、びしょ濡れ?」
「いや....見ての通りかな?」
目の前の少女の緑色の目がこちらを見つめている。そして、おもむろに両手を前に差し出した彼女は、その表情を一つも変えることなく。
『乾かしてあげる』
「え?」
一瞬、頭がもげたかと思った。
顔面に何の抵抗もなく叩きつけられたとんでもない強さの風圧は髪の毛を乾かすどころの騒ぎではなく、森の草木を大きく揺らし、大きな砂埃を盛大に撒き散らした。
「え、おいっ!」
遠くの方でレギナの声が聞こえる。強制的に歪んだ視界の向こう側に歪んだレギナとウィーネの姿が見える。そして心配した表情のウィーネが肩を揺らすが、痛いのでやめてもらいたい。
「ちょっとシルっ! 加減ってものがあるでしょうっ!」
「....ウィーネお姉ちゃん。ゴメンなさい」
「違くてっ! ちゃんと彼にっ!」
「....お兄ちゃん。ゴメン」
ひどい耳鳴りの中、謝罪の声が微かに聞こえてくる。まぁ、彼女はわざとやったわけでは....ないのか? わざとだったら教育的指導しなくてはならないわけだが。とにかく謝っているし、何より自分より長生きしている精霊相手に起こるというのも何だか....
「おい、立てるか?」
「まぁ....はい....ちょっと手を借りても」
「わかった。行くぞ」
手を差し出したレギナに捕まり、地面から起こされる。ふと後ろを見るとそこには気が立っており、ダイレクトに当たっていたら骨折の一つや二つしていたかもしれない。五体満足でいることに感謝だ。
「ありがとうございます」
「あぁ....今のは....緑の精霊か?」
「はい、レギナさんにはまだ見えないと思いますが....」
「一生見えなくていい」
呆れ顔でレギナが答える。そして、ウィーネから説教を受けているシルだが、一連の流れを見て。いろいろと引っかかる。
「だから....っ!」
「ウィーネさん。そのくらいでいいですから」
説教を行っているウィーネの肩を叩きなだめるが、その顔には怒りという感情よりも、心配という表情が窺えた。
やっぱり....
「....お兄ちゃんは怒らないの?」
「え? うん、まぁ。謝ってくれたからね、怪我もないし。でもさ、一つ聞いていいかな?」
「うん、何?」
シルと同じ目線になり、顔を見る。しかし、彼女の目線は先ほど自分が立っていた場所から動いていない。
「もしかして....君、目が見えてない?」
そして、自分の声が聞こえたその時、彼女はしゃがんだ自分の顔と初めて目線を合わせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「シルは....前の契約の時に....その....」
「その契約破棄の仕方が異常だったんですよね」
森の少し開けた場所で、軽く休憩をとりながらウィーネから事情を聴いている。聞くところによると、シルは以前のパレットソードの持ち主と異常な契約破棄をしたため、その副作用として視力を失ったのだという。
「サリーは記憶を失って、シルは視力失ったわ。他にも何人か契約破棄をされた精霊がいたけど....あの時以来会ってないの」
「そうですか....」
ウィーネが切り株に座りながら話をしている。
「つまり、前の契約者が意図的にやってそうなったということか?」
「いえ、それは違うわっ!」
レギナの質問に対し、ウィーネが大きく反応する。レギナが思わず身構えたが、ウィーネの今にも泣きそうな表情を見て、その意思たるのものが伝わる。
「前の契約者は....優しかったわ。無色であることをみんなに馬鹿にされて、戦争の兵器として利用されることも知っていたのに....彼は....私たちは何も悪くないって言って、優しく話しかけてくれて....なのに....」
「彼は....殺されたんですよね?」
「えぇ....」
その言葉にウィーネは頷く。
聖典で勇者と謳われる、このパレットソードの前の持ち主。しかし、彼は勇者と呼ばれるにはあまりにも不遇であった。まず、無色であるということから、国全員からつまはじきにされ、挙げ句の果てに自身を起爆剤にして現在王都のある場所で自爆を行い、そこにあった無色の国を跡形もなく消しとばしたという。
おそらく、その自爆こそが最悪の契約破棄だったのだろう。
何しろ国一つを消しとばしたほどの爆発だ。想像するだけでもそれは核のような破壊兵器を使ったとしか思えない。
「でも、彼はそんな意味なく国を滅ぼすようなことをする人じゃなかった。なのに....どうして.....」
「....ウィーネさんは....人間が憎くないんですか?」
「え?」
ウィーネの泣き腫らした目がこっちを見る。
彼女は精霊だ。それゆえに人間から迫害もされ、ましてや契約者が人間からひどい目にあわされた挙句、仲間の精霊もこんな目にあわされた。
では、なぜ俺と契約をしたのか、その理由が知りたかった。
「憎く....ないわけじゃないわ....でも、あの人が向けてくれた優しさは....本物だった....だから、あの人が人間なら、人の優しさや善意を信じたいの....それが、彼を救えなかった、私のできる最後のこと。だから、私はあんた達を信じるわ、それだけは信じて」
「....わかりました。話をしてくれてありがとうございます」
彼女の過去は壮絶だ。そして、他の精霊達も、いずれ出会うことになるのかわからないが、今自分の持っている剣がその過去に関わりがあるのだとするのだとしたら、自分がこの世界に呼ばれた理由はおそらく....
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ん? なんだい?」
ふと、服の裾を引っ張られる。後ろを見ると、そこにはシルがいたわけだが、どうも様子がおかしい。
なんだか、初めて来た服が体に合わないような、違和感を感じている表情だ。
「なんだか....風の流れがおかしい」
「風?」
「うん、私目は見えないけど、風の流れならわかる。なんかだか....気持ち悪い風の流れ....」
「えっと....」
言葉の意味がつかめず困惑気味にレギナの方を見るが当然意図は伝わらず顔を横に振るだけだった。そして、ウィーネの方を見ると先ほどまでの表情とは変わって、若干険しい顔つきになっている。
「ウィーネさん、意味わかります?」
「多分....近くで大きい魔力が荒れているということじゃないかしら? この子、目が見えなくなって魔力探知が以前の倍に広がってるわね....」
「荒れてるって....もしかして戦闘とか?」
「....多分....」
戦闘となると穏やかではない。レギナも剣の柄に手をかけて、周囲を見渡している。自分も当たりを見渡してみるが、それらしき騒音や人の気配は感じられない。とても静かな森だ。
「....何も感じないな」
「えぇ、僕もです」
レギナも同じ反応だった。特に周りで戦闘が起こるようなことは起きていない。では、シルは一体どこからそれを感じ取ったというのだろうか。改めて、シルと向き合った。
「あの、シル。一体それどこから感じる?」
「あっち」
彼女の指差す方向、それは森の奥の方だ。そして、それを聞いて再び意識を集中させるが、特に変わったことはない。
「....まぁ、物は試しか」
もしも、シルの言っていることが正しいのであれば誰かが怪我をしているかもじれない。それにやっぱり人が死ぬのはあまり良くないと思う。
パレットソードを腰から外し、地面に膝をつける。
そして、パレットソード地面に突き刺し、その膨大な量の情報を頭に一気にながしこませた。
シルの指差した方向に意識を集中させる。そして、意識を徐々に絞って行き、森のその奥、そしてさらに先へと意識を集中させてゆく。
だが、この道には見覚えがあった。
そして、ある光景を目の当たりにし、パレットソードを一気に引き抜く。
「まずい....っ!」
「ショウ....? ショウっ! どこに行くっ!」
森の中へと一気に駆け抜ける。理由は今すぐに向かわなくてはならない場所があるからだ、そして、それは必ず行かなくてはならない場所なのである。
しかし、森を少し進んだところで、後ろから抱きとめられ地面へと倒れる。それをやったのは紛れもない、レギナだった。
「レギナさんっ! 離してくださいっ!」
「なんだっ! 何があったのか言えっ! 今すぐにだっ!」
必死にレギナの拘束を解こうとする。
ダメだ、ダメだっ!
こんなことをしている暇はないっ!
「襲われているんですっ! あのエルフの集落がっ!」
「な....にっ!?」
見えたのは、炎。
そして、逃げ惑うエルフを切り刻む、一人のエルフの姿。
その姿には、見覚えがあった。
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