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第3章 緑の色
第117話 綻びの色
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「....さて、まずどこから話せばいいのやら....」
レースの部屋で出された紅茶を目の前に俺とレギナが正座しており、そしてテーブルの上でウィーネが正座していた。
「まず、原書について話さなければならないね。この話は以前したからいいかな?」
「はい、端折ってください」
「わかった」
すると、目の前に同じように正座してレースが取り出してきたのは、巻物のような細長い物体だった。
「これは私が生まれる前の文献だ。少なからず2000年以上は経っているものだ」
レースに言われ見るが、確かにかなりの古さを感じる。だが、2000年前の代物とは思えないくらいに状態がいい。
「我々の先祖の髪の毛で編まれた特別な布だ。そう簡単に朽ちる代物ではない」
そう言って、慎重に中身を開いてゆく。そこには、黒く筆で書いたような文字がびっしりと一面に描かれている。そして、中には絵も描かれており、そこには何らかの儀式の様子、そして建物のようなものが描いてある。
「ここには、当時青の精霊の封印を行う儀式を記してある。場所は正確にわかっているのだが....」
「だが?」
「精霊文字はもう既に消失した文字でね。私にはもう読めない、詳しい内容や儀式的なことはもうわからないんだ」
顔を覗き込む自分の横にレギナが割って入るが難しい顔をしている。どうやら彼女にも読めないようだ。
「ウィーネさんは?」
「ダメね、相当人間の手が加えられた言語だから、私たちの使っていたものではないわね」
テーブルで同じように巻物を覗き込んでいたウィーネが横に首を振る。当然自分にしか見えていない彼女の姿だが、レースは何も言わずにこのやりとりを見ていた。
「話によれば、戦争の後に我々の先祖に封印されたようだが、理由も何もわかっていない。ウンディーネと意思疎通ができるのだろう?」
「まぁ、出来ますが....」
ふとテーブルの方を見たがウンディーネこと、ウィーネは大層ご立腹だった。
「この男に言いなさい。そうやすやすと精霊の真名を言うなって」
「え、あぁ。そうやすやす本名で呼ばないでください。だそうです....」
レースにそう伝えるが、その微笑を崩さずにそのまま頷く。
「わかった。それで、彼女はこの時の出来事を覚えているかどうか聞いて欲しいんだ」
「....わかりました、どうですか?」
再び視線をテーブルの上に落とす。しかし、その反応は良くなかった。
「....私は....でも....ごめん、言いたくない....」
「....話したくない、と言っています」
レースはその返答を聞き、若干ではあるが表情に変化が出た。しかし、その態度はあまり変わることはない。
結果として、話は行き詰まった。
そして、その場では結局何も解決せず、手渡された地図を眺めながら、それぞれ自分の部屋へと戻っていった。
そして、夜も更けてきた頃である。
「失礼します」
「はい、どうぞ」
部屋には来訪者がいた。カルディアである。
「傷の方は大丈夫ですか? 痛むところとか、体調が良くないとか」
「全然大丈夫ですよ、今までありがとうございます」
「....」
さて、いつもならばここで部屋を出るはずの彼女だが、今日に限ってはなぜか出て行かない。ずっと押し黙ったようにしてその場に正座を続けていた。
「えっと....カルディアさん?」
「え? あぁ、すみません。ちょっと気になっちゃいまして」
「気になる?」
「はい」
すると彼女はこちらに向き直って、スッと自分の右手首を指差した。
「それは....エルフの髪ですよね?」
「....はい、そうです」
指差されたのは、リーフェの形見だった。
もう既に自分の一部と化してしまっている。言うなれば、お守りのようなものだ。この形見のおかげで自分は生きなければならないと思い出させるのである。
一瞬、部屋の中に置いてある灯りが揺れた。
「それは、誰の髪の毛なんですか?」
「それは....言ったほうがいいですか?」
無言、夜の森の虫の羽音や、鳥の鳴き声が静寂を破って入る。
「はい」
「....なぜ?」
「治癒師として、患者の心を治すのも仕事のうちですから」
「....そんな、なぜ?」
自分の心は壊れているとでも言うのだろうか?
しかし、今の彼女の言動は明らかに自分の心が壊れている、もしくは病気だということを揶揄しているような言い回しだった。
「あなたの傷を治療してた時からわかりました」
「何が?」
布団から起き上がり、彼女と向かい合わせになって座る。
いったい何が分かったというのだろうか?
自然と背中からツーっ、冷たいものが滴る。
「レギナさんの傷は、どれも何かを守ろうとして付いた傷が多かったです。そして、治療で治した傷もまた同じでした」
「....それが?」
「ショウさん、だけれど。あなたは違う、何かを守ろうとして負った傷じゃない」
自分から死にに行こうとして負った傷です。
「いったい何を根拠に?」
「勘と経験です。治癒師を学んで120年間の」
「....」
部屋の灯りが揺れる。
改めて、あの男の娘だと思った。
一切、表情に戸惑いも躊躇も見られない。
「ショウさん、何でそんなボロボロになってまで....」
「やめてください....僕の....俺の勝手です。それに、自分は絶対に死ねないんです」
そう、死ねない。
あの時、死ぬはずではなかった人間を自分の無力さ故に殺してしまった。
報いでもない、罰でもない。
これは必然だ。
「カルディアさん、もう休ませてください。明日は早いから....」
リーフェ
....え?
「リーフェって言うんですね、その髪の持ち主の名前は」
「どうして....っ、その名前」
「リーフェという名前は結構エルフの中では多いですから。私の名前をずっと呼んでくれないのって、それが理由ですか?」
「いや、それは....」
その通りだった。
自分の中でリーフェという人物は一人しかいない。
そう、一人しか。
「自分と、彼女が重なるからですか?」
「やめてください....」
「ショウさんを責めるのは、彼女が原因ですか?」
「やめて....」
死のうとしているのは、彼女のせいですか?
「やめろぉっ!」
いつの間にか自分の右手には彼女の喉が握られていた。
そして今、彼女は自分の下敷きとなり、押し倒されている。
動悸が早い、息が荒い。
自分は、いったい何をしているんだ。
何がしたいんだ。
「....すみません、俺....」
「ショウさん、そこまであなたを本気にさせたリーフェという女の人。よければ教えていただけませんか?」
無表情のカルディアが、こちらを見ながら答える。その翡翠色の目には何の感情も写っていない。しかし、どこかで見たことのある目の色だった。
右手を通して伝わる彼女の脈拍が速くなる。
思わず、その場で飛び上がるようにして彼女から離れる。壁が背中に接するのを感じ取り、そこで腰を落とした。
「謝る必要はありません、私も言い過ぎましたから。でも、教えては頂けるんですよね」
「....いや....はい....わかりました」
無価値で、無意味で、自分の生きる意味になった告白をした。
夜は長かった。
つらつらとこれまであった出来事を話していった。
夜の音を背景にただ、淡々と述べていった。
彼女は黙って聞いていた。頷きもせず、瞬きもせず。
ただ、座って、自分の目を見て話を聞いていた。
「この髪は....自分のお守りなんです。生きろ、生きなさい、って言ってくれるような気がして....」
「....」
「僕の話は....以上です」
話は終わった。彼女は未だにその表情を動かすことはない。
なじられる覚悟はある。けなされる覚悟もある。
悪いのは自分だ。
目を閉じ、その返答を待つ。
「ショウさん....」
「....はい」
本当に、大変でしたね。でも、あなたは馬鹿です。
「....っ」
「大馬鹿です。せっかく助けてもらった命をなんでそんな粗末に扱うんですか? 助けるために負った傷? あなたは本当にそう思っているんですか?」
「それは....っ」
「それに、彼女に助けられて、そのせいで死んでしまった。確かに変えがたい事実です。でも、死んだ彼女が本当に今のショウさんの姿を望んで自ら死ににいったと思うんですか?」
「....」
「....私は、リーフェさんは。自分が助けた人に、自分の分まで死なずに生きろなんて思うはずないじゃないですか」
ショウさんに幸せになって欲しかったんですよ。
「....自分に、幸せになる権利は。ありません」
幸せになる権利などない。
そうだ、彼女は生きるべきだった。
どこから狂ってしまったのだろうか。
自分があの剣を手にした瞬間からか?
それとも、自分がギルドにさえ行った時からか?
もしくは、自分が彼女に料理を振る舞った時からか?
自分が、異世界に来た時からか?
自分が存在しなければ?
自分は....死にたかったのか?
違う、生きたかった。そのために人を殺した。
でも、自分がいなければ、死ぬ必要のない人たちもいた。
幸せになる権利など、ない。
「僕は....俺は、幸せになる必要もありません。ただ....自分の手で、守った人たちが幸せになれれば、それでいいんです....罪滅ぼしになるのなら....俺は....」
俺は....
死んでもいい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「失礼します....」
「ん? リーフェか? いったい....どうした」
部屋に入ってきた彼女の顔は、いや、正確に言えば目は赤く腫れていた。肌が白い分、それがよくわかった。
「レギナさん....私....っ。ぐ....ずっ」
「いいから、落ち着いて話せ」
夜はかなり遅い。もう既に全員が寝静まっている時間帯だ。そんな時間にいったい、何が....
リーフェは部屋に入るとその場に座り込み、こっちまで近寄るとそのまま自分の胸元に顔を埋めて大声で泣き始めた。
「あんなの....あんまりです....っ。なんで.....なんで....ショウさんが....っ」
「....あいつのところへ行ったのか。どうした? 襲われたのだったら斬ってくるぞ?」
「違います....でも....ちょっと襲われたかも....」
さて、スペルビアはどこだ。
「冗談ですっ! 冗談ですからっ!」
「わかったから服を離せ。で、何があった。言ってみろ」
「はい....それは....」
彼女が話したのは、あの男。イマイシキ ショウがこれまで歩んできた道のりだった。その中にはイニティウムでの大火事の出来事が含まれており、その話のたびに彼女は嗚咽を漏らしながら話をしていた。
「ショウさんみたいに優しい人が.....なんであんな目に会わなきゃいけないんでしょうね....」
「さぁな、私にはあの男の優しさが原因だと思うがな」
「優しさ....ですか?」
「あぁ、優しさは時に弱みだ。あの男は、あまりにも優しすぎる....」
そう、この数ヶ月、あの男と接していてわかったのは優しすぎるその思想と性格だった。自分はどれだけ傷ついても構わない。でも相手も守りたい、自分の後ろにあるものも守りたい。
優しい上に、わがままなのだ。
その上、中途半端に力があるからより自分を苦しめることになる。
「レギナさん....私は、ショウさんになんて声をかけるべきなんでしょうか....治癒師として、私はどうやって彼を救えますか....」
「....わからん。だが、自分自身を救えるのは、自分だけだ。あの男にはもっと時間と経験がいる」
「私じゃ....ダメなんですよね....」
「あぁ、ダメだな」
未だに顔を埋めている彼女の頭にそっと手を乗せる。彼女は精一杯頑張ったのだろう。自分の最大限の力で、他人を救おうとした。彼女はそういう人生を選んだのだ。
あの男にも見習ってほしいものだ。
「さて、もういいだろう。部屋に.....」
「....」
静かな息遣いが聞こえて来る。どうやら眠ってしまったようだ。
左手はまだ重いものは持てない。
「ハァ....仕方がないか」
そのまま、なるべく起こさないように自分の体を引きずり、彼女を布団まで運ぶと、そこに寝かしつけた。その寝顔はどこか穏やかで、自分より遥かに年上であるというのにもかかわらず、自分に妹ができたような感覚だった。
「....さて、私も寝るか」
明日は早い。
レースの部屋で出された紅茶を目の前に俺とレギナが正座しており、そしてテーブルの上でウィーネが正座していた。
「まず、原書について話さなければならないね。この話は以前したからいいかな?」
「はい、端折ってください」
「わかった」
すると、目の前に同じように正座してレースが取り出してきたのは、巻物のような細長い物体だった。
「これは私が生まれる前の文献だ。少なからず2000年以上は経っているものだ」
レースに言われ見るが、確かにかなりの古さを感じる。だが、2000年前の代物とは思えないくらいに状態がいい。
「我々の先祖の髪の毛で編まれた特別な布だ。そう簡単に朽ちる代物ではない」
そう言って、慎重に中身を開いてゆく。そこには、黒く筆で書いたような文字がびっしりと一面に描かれている。そして、中には絵も描かれており、そこには何らかの儀式の様子、そして建物のようなものが描いてある。
「ここには、当時青の精霊の封印を行う儀式を記してある。場所は正確にわかっているのだが....」
「だが?」
「精霊文字はもう既に消失した文字でね。私にはもう読めない、詳しい内容や儀式的なことはもうわからないんだ」
顔を覗き込む自分の横にレギナが割って入るが難しい顔をしている。どうやら彼女にも読めないようだ。
「ウィーネさんは?」
「ダメね、相当人間の手が加えられた言語だから、私たちの使っていたものではないわね」
テーブルで同じように巻物を覗き込んでいたウィーネが横に首を振る。当然自分にしか見えていない彼女の姿だが、レースは何も言わずにこのやりとりを見ていた。
「話によれば、戦争の後に我々の先祖に封印されたようだが、理由も何もわかっていない。ウンディーネと意思疎通ができるのだろう?」
「まぁ、出来ますが....」
ふとテーブルの方を見たがウンディーネこと、ウィーネは大層ご立腹だった。
「この男に言いなさい。そうやすやすと精霊の真名を言うなって」
「え、あぁ。そうやすやす本名で呼ばないでください。だそうです....」
レースにそう伝えるが、その微笑を崩さずにそのまま頷く。
「わかった。それで、彼女はこの時の出来事を覚えているかどうか聞いて欲しいんだ」
「....わかりました、どうですか?」
再び視線をテーブルの上に落とす。しかし、その反応は良くなかった。
「....私は....でも....ごめん、言いたくない....」
「....話したくない、と言っています」
レースはその返答を聞き、若干ではあるが表情に変化が出た。しかし、その態度はあまり変わることはない。
結果として、話は行き詰まった。
そして、その場では結局何も解決せず、手渡された地図を眺めながら、それぞれ自分の部屋へと戻っていった。
そして、夜も更けてきた頃である。
「失礼します」
「はい、どうぞ」
部屋には来訪者がいた。カルディアである。
「傷の方は大丈夫ですか? 痛むところとか、体調が良くないとか」
「全然大丈夫ですよ、今までありがとうございます」
「....」
さて、いつもならばここで部屋を出るはずの彼女だが、今日に限ってはなぜか出て行かない。ずっと押し黙ったようにしてその場に正座を続けていた。
「えっと....カルディアさん?」
「え? あぁ、すみません。ちょっと気になっちゃいまして」
「気になる?」
「はい」
すると彼女はこちらに向き直って、スッと自分の右手首を指差した。
「それは....エルフの髪ですよね?」
「....はい、そうです」
指差されたのは、リーフェの形見だった。
もう既に自分の一部と化してしまっている。言うなれば、お守りのようなものだ。この形見のおかげで自分は生きなければならないと思い出させるのである。
一瞬、部屋の中に置いてある灯りが揺れた。
「それは、誰の髪の毛なんですか?」
「それは....言ったほうがいいですか?」
無言、夜の森の虫の羽音や、鳥の鳴き声が静寂を破って入る。
「はい」
「....なぜ?」
「治癒師として、患者の心を治すのも仕事のうちですから」
「....そんな、なぜ?」
自分の心は壊れているとでも言うのだろうか?
しかし、今の彼女の言動は明らかに自分の心が壊れている、もしくは病気だということを揶揄しているような言い回しだった。
「あなたの傷を治療してた時からわかりました」
「何が?」
布団から起き上がり、彼女と向かい合わせになって座る。
いったい何が分かったというのだろうか?
自然と背中からツーっ、冷たいものが滴る。
「レギナさんの傷は、どれも何かを守ろうとして付いた傷が多かったです。そして、治療で治した傷もまた同じでした」
「....それが?」
「ショウさん、だけれど。あなたは違う、何かを守ろうとして負った傷じゃない」
自分から死にに行こうとして負った傷です。
「いったい何を根拠に?」
「勘と経験です。治癒師を学んで120年間の」
「....」
部屋の灯りが揺れる。
改めて、あの男の娘だと思った。
一切、表情に戸惑いも躊躇も見られない。
「ショウさん、何でそんなボロボロになってまで....」
「やめてください....僕の....俺の勝手です。それに、自分は絶対に死ねないんです」
そう、死ねない。
あの時、死ぬはずではなかった人間を自分の無力さ故に殺してしまった。
報いでもない、罰でもない。
これは必然だ。
「カルディアさん、もう休ませてください。明日は早いから....」
リーフェ
....え?
「リーフェって言うんですね、その髪の持ち主の名前は」
「どうして....っ、その名前」
「リーフェという名前は結構エルフの中では多いですから。私の名前をずっと呼んでくれないのって、それが理由ですか?」
「いや、それは....」
その通りだった。
自分の中でリーフェという人物は一人しかいない。
そう、一人しか。
「自分と、彼女が重なるからですか?」
「やめてください....」
「ショウさんを責めるのは、彼女が原因ですか?」
「やめて....」
死のうとしているのは、彼女のせいですか?
「やめろぉっ!」
いつの間にか自分の右手には彼女の喉が握られていた。
そして今、彼女は自分の下敷きとなり、押し倒されている。
動悸が早い、息が荒い。
自分は、いったい何をしているんだ。
何がしたいんだ。
「....すみません、俺....」
「ショウさん、そこまであなたを本気にさせたリーフェという女の人。よければ教えていただけませんか?」
無表情のカルディアが、こちらを見ながら答える。その翡翠色の目には何の感情も写っていない。しかし、どこかで見たことのある目の色だった。
右手を通して伝わる彼女の脈拍が速くなる。
思わず、その場で飛び上がるようにして彼女から離れる。壁が背中に接するのを感じ取り、そこで腰を落とした。
「謝る必要はありません、私も言い過ぎましたから。でも、教えては頂けるんですよね」
「....いや....はい....わかりました」
無価値で、無意味で、自分の生きる意味になった告白をした。
夜は長かった。
つらつらとこれまであった出来事を話していった。
夜の音を背景にただ、淡々と述べていった。
彼女は黙って聞いていた。頷きもせず、瞬きもせず。
ただ、座って、自分の目を見て話を聞いていた。
「この髪は....自分のお守りなんです。生きろ、生きなさい、って言ってくれるような気がして....」
「....」
「僕の話は....以上です」
話は終わった。彼女は未だにその表情を動かすことはない。
なじられる覚悟はある。けなされる覚悟もある。
悪いのは自分だ。
目を閉じ、その返答を待つ。
「ショウさん....」
「....はい」
本当に、大変でしたね。でも、あなたは馬鹿です。
「....っ」
「大馬鹿です。せっかく助けてもらった命をなんでそんな粗末に扱うんですか? 助けるために負った傷? あなたは本当にそう思っているんですか?」
「それは....っ」
「それに、彼女に助けられて、そのせいで死んでしまった。確かに変えがたい事実です。でも、死んだ彼女が本当に今のショウさんの姿を望んで自ら死ににいったと思うんですか?」
「....」
「....私は、リーフェさんは。自分が助けた人に、自分の分まで死なずに生きろなんて思うはずないじゃないですか」
ショウさんに幸せになって欲しかったんですよ。
「....自分に、幸せになる権利は。ありません」
幸せになる権利などない。
そうだ、彼女は生きるべきだった。
どこから狂ってしまったのだろうか。
自分があの剣を手にした瞬間からか?
それとも、自分がギルドにさえ行った時からか?
もしくは、自分が彼女に料理を振る舞った時からか?
自分が、異世界に来た時からか?
自分が存在しなければ?
自分は....死にたかったのか?
違う、生きたかった。そのために人を殺した。
でも、自分がいなければ、死ぬ必要のない人たちもいた。
幸せになる権利など、ない。
「僕は....俺は、幸せになる必要もありません。ただ....自分の手で、守った人たちが幸せになれれば、それでいいんです....罪滅ぼしになるのなら....俺は....」
俺は....
死んでもいい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「失礼します....」
「ん? リーフェか? いったい....どうした」
部屋に入ってきた彼女の顔は、いや、正確に言えば目は赤く腫れていた。肌が白い分、それがよくわかった。
「レギナさん....私....っ。ぐ....ずっ」
「いいから、落ち着いて話せ」
夜はかなり遅い。もう既に全員が寝静まっている時間帯だ。そんな時間にいったい、何が....
リーフェは部屋に入るとその場に座り込み、こっちまで近寄るとそのまま自分の胸元に顔を埋めて大声で泣き始めた。
「あんなの....あんまりです....っ。なんで.....なんで....ショウさんが....っ」
「....あいつのところへ行ったのか。どうした? 襲われたのだったら斬ってくるぞ?」
「違います....でも....ちょっと襲われたかも....」
さて、スペルビアはどこだ。
「冗談ですっ! 冗談ですからっ!」
「わかったから服を離せ。で、何があった。言ってみろ」
「はい....それは....」
彼女が話したのは、あの男。イマイシキ ショウがこれまで歩んできた道のりだった。その中にはイニティウムでの大火事の出来事が含まれており、その話のたびに彼女は嗚咽を漏らしながら話をしていた。
「ショウさんみたいに優しい人が.....なんであんな目に会わなきゃいけないんでしょうね....」
「さぁな、私にはあの男の優しさが原因だと思うがな」
「優しさ....ですか?」
「あぁ、優しさは時に弱みだ。あの男は、あまりにも優しすぎる....」
そう、この数ヶ月、あの男と接していてわかったのは優しすぎるその思想と性格だった。自分はどれだけ傷ついても構わない。でも相手も守りたい、自分の後ろにあるものも守りたい。
優しい上に、わがままなのだ。
その上、中途半端に力があるからより自分を苦しめることになる。
「レギナさん....私は、ショウさんになんて声をかけるべきなんでしょうか....治癒師として、私はどうやって彼を救えますか....」
「....わからん。だが、自分自身を救えるのは、自分だけだ。あの男にはもっと時間と経験がいる」
「私じゃ....ダメなんですよね....」
「あぁ、ダメだな」
未だに顔を埋めている彼女の頭にそっと手を乗せる。彼女は精一杯頑張ったのだろう。自分の最大限の力で、他人を救おうとした。彼女はそういう人生を選んだのだ。
あの男にも見習ってほしいものだ。
「さて、もういいだろう。部屋に.....」
「....」
静かな息遣いが聞こえて来る。どうやら眠ってしまったようだ。
左手はまだ重いものは持てない。
「ハァ....仕方がないか」
そのまま、なるべく起こさないように自分の体を引きずり、彼女を布団まで運ぶと、そこに寝かしつけた。その寝顔はどこか穏やかで、自分より遥かに年上であるというのにもかかわらず、自分に妹ができたような感覚だった。
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