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第3章 緑の色
第116話 文化の色
しおりを挟む「はい、次の人いいですよ。お好みで塩とかつけてくださいね」
目の前に皿を持って現れたエルフに、料理を乗せて行く。現在、ツリーハウスの一番開けた通路にて、出店を開いているのだ。
さて、なぜそんなことをやっているのかって?
理由は3時間前に遡る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、ここにきて二日になるが。慣れたかな?」
「まぁ、怪我もだいぶ良くなりましたし。みんな良くしてくれますし、これといって不満はありませんよ」
「それは良かった」
今、自分の与えられた部屋にレースが来ている。時間は昼を回った頃だろうか、そばにはカルディアもおり、目の前で正座をしながら話をしている。
「それで、何の御用ですか?」
「いや何、ちょっとお誘いでね」
「お誘い?」
すると、レースが懐に手を入れ差し出したのは、一つの紙だった。
「....これは?」
「今日、この集落でやる祭りでね。感謝祭のようなものだ、君たちもどうかなと思ってね」
内容を読むと、そこには祭りの概要やイベント、そして出店なんかも出るらしく、地球にいた頃の地元のお祭りのようなものだった。
「....いえ、お断りしておきます。自分は早めに体を治さないと、それに異端者である自分が、こんな祭りに出るわけには....」
「みんな、妻を奪還してきてくれて感謝している。今更、以前のことは気にしなくてもいい。結局、あの時君が斬った兵士は別の職について元気にやっている」
「....」
穏やかな微笑を浮かべレースは答えるが、裏を返せば、『そこまで気にしているのであれば、自分の目で確かめろ』と言いたげだ。
やはり、この男はなかなか喰えない。
「それにだ、私の娘も今日、感謝祭で舞を披露するのでね。よければ見てやってほしいんだ」
「そんな....自分よりか、レースさんに見てもらった方が嬉しいでしょう」
ふと、隣に座っているカルディアの顔を見ると、どことなく嬉しそうな表情でこっちを見ていた。
「ショウさんにも見てほしいなぁ~、いっぱい練習したのに」
「....ハァ....わかりました。ですが、一ついいですか?」
自分が右手の人差し指を立てると、それを見てレースは頷く。
「自分は客として参加はしません。ここまでの治療の恩もあります、なので、皆さんに料理を作らせてください」
レースの目が変わった。
「....ふむ、それこそ。本当に異端者である君が作っていいのかな? 別に止めはしないが、村の人間は不審がると思うぞ?」
「大丈夫です。料理と剣しか取り柄のない人間ですから」
互いの目線が交差する。隣でカルディアが、自分が料理を作れることに対して驚いている様子だったが、そこはあまり気にしない。
だが、反応としてはもっともだ。突然、料理を作らせてくれと言って、はいどうぞというわけもないだろう。
だが、自分にはそれしかできないのだ。
「どうして客として参加しないのかな? 歓迎はすると言ったはずだぞ?」
「歓迎される筋合いもなければ、自分を客と思った覚えもない。自分にとっては生きることがすべてで、原書の作者を奪還したのも成り行きで必要だったからだ。それなのに、死ぬ寸前だった俺とレギナさんを治療してくれた。恩を返す理由なんてそれで十分だ」
淡々と答える。
そこに包み隠さず答える理由など存在しない。
「....わかった、言われた材料を揃えよう。だが、何を作るのかだけを答えてもらえるかな?」
「はい」
天ぷらを、作りたいと思っています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、3時間後
「へぇ~、お野菜がこんなにサクサクになるなんてね」
「この隣に置いてある、ソースと合わせるとうまいぞ」
結果は上々であった。
この集落での滞在で思ったことが一つあったのだ。それは、ここの料理は素材の味をそのまま大事にする料理が多いということだ。
そういう文化なのかもしれないが、人によっては味気のない食事だ。しかし、その文化を否定することはしない。むしろ、そこを引き立たせ、生かすというのが文化であり、伝統なのだろう。
そこで選んだのが、素材の味を最大限に活かせる料理。『天ぷら』である。
油と小麦粉と片栗粉、塩、水、卵。そして選んだ食材を揚げることで作ることでできる、日本食の代表的料理といっても過言ではない。江戸三味と謳われた料理、このエルフの集落でも今後家庭料理として覚えてもらえたら幸いだ。使っている食材も、日本でよく見かけた野菜や、魚、鶏肉といった、リーズナブルなものを使用しており、主婦でも余裕で作れる。
「それで、おいくら?」
「銅貨4枚になります」
「へぇ~、お安いのね」
エルフの主婦が驚きの声を上げるが無理もない。何せ、日本でこの盛り合わせを食べようものならば、東京で1000円は超えるだろう。しかし、地球の値段で、だいたい400円。確かに、食材の種類と大きさに若干ではあるが、これほどの値段は中々ない。
だが、その安さには裏がある。
運んできた食材というのは、この村の農家や、漁業関係者からの好意なのだ。原書の作者、すなわちレースの奥さんを奪還してきてくれた礼だというのだ。当然、そんなものに金をもらうわけにはいかない。なので、衣の代金と、油の代金の元だけでもと思い、この値段設定になったのである。
「それで、なんで私が料理作りを手伝っているのか。説明してもらおうか?」
「レギナさんだって、お礼をしたいでしょ? 嫌なら止めはしませんが、どうします?」
「私は別件で礼はした。だがまぁ....手伝ってやるから、前を見ろ。列が詰まってるぞ」
レギナに指摘されて、前を見ると、そこには噂が噂を呼び、たくさんのエルフが列を作っていた。慌てて、横に並べた揚げたての天ぷらを皿に盛り付けエルフへと渡してゆく。
レギナは今、食材の水分を飛ばすために、キッチンペーパーのような水分をよく吸い取る布のような素材のもので揚げる食材を下処理している。そして下処理を終えた食材に衣を着けて行くのが彼女の仕事だ。自分は、その食材を揚げてゆく作業を行っている。これが中々難しい。
屋外で行っているせいか、すぐに油の温度が下がり、中々揚げ物が揚がらず、そしてツリーハウスで火をたくわけにはいかないため、赤の魔術を使うことのできないので、赤の魔石を使用しているが、まるでIHを使っているような感じで熱が上がりにくい。どうしても、出来具合に差ができる。だが実際、食べてもらっている人は笑顔だ。自分の料理を食べてもらって嬉しいと思えるのなら、それは....
「どうした、貴様」
「....いや、大丈夫ですよ。レギナさん」
ふと、右手に結んであるリーフェさんの形見が目に入った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「どうも、ありがとうございました」
客の足が減ってゆく。理由はだ、もう少しで、この祭りのメインイベントである。感謝祭の舞が行われるとのことだった。確か、カルディアが出るということらしいが、今回の祭りに参加する理由はそこにあった。
「では、お店をたたみますか」
「あぁ、残りは私がやっておくから。貴様は先に行け」
「え? いいんですか」
レギナは自分の前掛けを外すと、食材の一部などを片付けると、貸し出された店の看板や、器具などを片付けて行く。
「貴様に見て欲しいと言っていたんだ。遅れて見れなくなったらどうする」
「でも....」
「いいから行け、気が変わらないうちにな」
そうして、そのまま作業に入ったレギナを横目に出店を離れていった。
ツリーハウスの構造は結構入り組んでいた。土台になっている木は大きく、太いため、一つの木には10を超える住居が立ち並んでいる。そして、祭りの時期ということで、自分たちのやっていた露天のようなものが木と木の間にかかっているつり橋に多く並んでおり、やはり地球で見た祭りの出店の列をどことなく思い出していた。
手元に握られているのは、今回の祭りのチラシだった。中身をよく読むと、祭りのイベント以外にも、この祭りの概要についてが書いてある。それらを読み進めながら、このツリーハウスの一番中央に位置する。一番大きい木の方へと向かう。そこが今回、カルディアが踊りを披露すると言っていたステージのある場所だ。
「....すごい人」
ステージの前に作られた観客席には、3桁を超えるであろう人で埋め尽くされていた。そしてそのほとんどがエルフであり、今か今かとステージが始まるのを心待ちにしていた。
踊りが始まるのは、太陽の沈む数分前、太陽が沈みきるまでに舞を踊り、感謝祭の締めとするらしい。そして今は、ちょうど太陽がオレンジ色に輝き、山並みの向こう側へと消えてゆく、真っ最中だった。
次の瞬間。
体の芯を大きく揺らす、太鼓のようなものの音が森の中に響き渡る。
そして、その太鼓の音を合図に、ステージ横に設置された松明からは炎が吹き上がる。一番後方にいる自分だったが、その出来事に思わず体がビクつく。
そして、その太鼓の音を合図に、鈴の音が鳴り始め、それに合わせ笛の音が森を満たしてゆく。リズミカルな、その曲風とは裏腹にどこか寂しげな、旋律がステージを彩ってゆく。
そして、ステージ中央に注目をすると、松明の明かりに照らされ、ステージの脇からたくさんのエルフが民族衣装を着て次々と登ってきた。見た感じだと、その全てが女性だ。
だが、その中にカルディアの姿はない。
女性は一人ひとりが顔に、民族特有の化粧やペイントをしており、それが衣装にも反映され、どこかアイヌ民族のような幾何学的模様の服を身にまとって、それぞれ舞っている。そしてその踊りも、どこか厳かで且つ華輦だ。
陽が沈むまで、残り数十秒だろうか。
ふと、ステージで踊っていた集団が二つに分かれ、ステージ中央に道ができる。そして、開いた道の中央から、人の影が出てくる。
それは、一言で言うなら美しかった。
中央から出てきた人物は、踊っていた人たちとは違い、全身白無垢で、仮面をつけている姿だった。しかし、夕日にさらされて、その白無垢はまるで燃えているように煌煌と輝いている。
そして、先ほどまでの華輦さとは裏腹に、その踊りはまるで、一つ一つの動作に魂が、命が宿っている。美しいだけではない、その命を燃やさんとばかりに、必死に訴えている。
そんな感じがした。
そして、太陽が完全に沈んだ瞬間。
最後にその命を燃え付かせたかのようにして、その場で崩れた、同時に松明の明かりも落ち、ステージは終了となった。
惜しみのない拍手と歓声が森を震わせる。
自分はといえば、周りの人に負けじと拍手を送り続けていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「どうだった、ショウさん?」
「あぁ、すごく綺麗でしたよ」
ステージ終了後、しばらくして人が引いた後の観客席でカルディアは自分の姿に気づき、近づいてきた。
「ものすごく練習したんですよ」
「はい、見ていてよくわかりました。本当に、誘ってくれてありがとう」
その返答を聞いて、カルディアは嬉しそうにはにかんでいる。
ふと、観客席から出ようと奥の方を見ると、そこにはレギナが立っていた。
「レギナさん、見てくれてたんですねっ」
「あぁ。リーフェ、綺麗だったぞ」
自分の隣で、白無垢姿で立っているカルディアの方を見てレギナが手を伸ばしてその頭を撫でている。そして、そのまま身を委ねている彼女の姿を見て、いつの間にこんなにも仲が良くなったのだと感心している。
「リーフェ、お疲れ様」
「あ、お父さん。そっちもね」
三人で歩いているところに、レースが現れる。今まで姿を見なかったところを見ると、この祭りの重役でも任されていたのだろう。自分たちの元を離れて父であるレースの方へと駆け寄るその姿は、やはり親子なのだと思い出させる。
「二人とも、祭りは楽しんでいただけたかな?」
「えぇ、とても。来て良かった」
隣に居るレギナを見ると、確かに満足そうな表情をしている。一度は断ったが来て良かった。カルディアには感謝してもしきれない。
「ならば良かった。こんな催し物でも、戦争が始まる前は観光客がもっと多かった。また、生きているうちに、以前の光景が見れたら私は嬉しいと思っている」
「えぇ、素晴らしい文化だと思います」
参加しているのはほとんどエルフだった。確かにエルフ以外の人もちらほら見かけたが、観光目的で来たとは思えない。彼の言う以前がどれほど前のなのかわからないが、この文化と伝統は、死ぬ前に一度見てもいいと思った。
「ありがとう。それで、早速で悪いのだが、いつここを出るつもりなのかな?」
微笑を浮かべていたレースの目が細くなる。これは、真剣な表情だ。
「怪我が治り次第すぐ出発します」
「どこへ?」
行き先はもうすでに決まっている、そもそもこの国に来た目的だ。
「青の精霊の精霊石が封印されている、遺跡のところまで」
「....なぜそれを、とは聞かないでおくか。これを持って行きなさい」
レースが懐から出したもの、それは原書の作者を奪還した時に渡された地図と同じものだった。そして、そこに描かれている森の中にもう一つ、あの監獄とは違う場所にある✖️印。
「その場所に行きなさい。聖典の真実を知った今の君たちならば、行った先で気づくことは多いだろう」
「どうしてその場所を知って....」
すると、レースは大きく息を吸い、そして吐き出した。
「青の精霊。ウンディーネを封印したのは」
私たちの先祖だ。
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