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第3章 緑の色
第108話 交差の色
しおりを挟むトイレから外を覗くこと、およそ5分ほどが経過した。外の様子を見る限り何か変わった様子もなければ、何かが起こっているような気配も感じない。個室の外も、誰かが来るような気配を感じることもない。
どう考えても静かだ。
「さて....」
この場に留まっていてもしょうがない、むしろ危険にも思える。おそらく、あの応接室で監獄長は、あの『啓示を受けし者の会』に自分のことを説明していることだろう。そうなってしまってはここから逃げることは困難になる。一体あの男が何を考えているかわからないが、こっちから行動を起こさないと自身の命が危うい。
個室の中にある、木枠の格子。そこから外の様子を眺めている。外では、監獄の周りを警備する兵士があたりをうろついている。特にここまで見た感じでは変わった点はない。だが、一つきになる点があった。
兵士の取り囲んでいる一つの小屋、その周りだけが妙に警備が厳しい。その小屋のそばにある、あの男の運び込まれた監獄に比べればその警備の数は1.5倍は違うだろう。
「....」
黙ってその様子を見ていると、二人の兵士が手押車で何やら樽を運んでいる。そして、そこを往復すること8~9回、小屋の目の前には40を超える樽がごっそりと並んでいる。
やがて、おそらく警備の中でも上司の人間だろうか、樽の数を確認すると、部下に中へと運び込むように命令する。
一連の動作に対して推測を立ててみる。まず、あの小屋は備蓄庫だったという可能性。しかし、それにしてはあまりにも小さすぎるような気もする。だとしたら、まずあの樽の中身は一体なんなのかが問題だ。
水ではない。酒でもない。火薬なわけでもない。しかし、あのサイズ感と見た目には身に覚えがある。一体どこで見たかを思い出せないのだが....
しばらく観察をしていると、一人の兵士が樽を落としてしまう。それを見た上司がその兵士に何かを話しているようだが、もしかしたらこの内容で何かがわかるかもしれない。木枠に耳を近づけて外の話に耳を傾ける。
「....き....あぶ.........しょ........き.....油............処刑......」
雑音に紛れて明確な単語が断片的に聞こえてくる。そして『油』『処刑』この二単語を聞いただけで、頭の中では応接室で聞いた資料の内容が一気に駆け巡る。
『結果、地下全体を大量の油で満たし、焼却を行うことを検討、決断した。』
今日行われるのかっ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「くそ....っ、どけっ!」
背中に彼女を乗せたまま、パレットソードを振るう。群れをなして襲いかかってくるゴブリンの首をはね、斬りかかろうとして振りかざしている細い腕を身体強化した蹴りでへし折って攻撃を防いでいる。
そして厄介なのは背中に人を背負った状態だということだ。背後をカバーしながら進路を守る。そして自身の身を守る。その場で攻撃を防ぐだけでも精一杯だというの出口に近付くことがなかなか許されない。
「....っ!」
ふと、踏み込んだ左足が濡れた地面で滑り体勢を崩す。そして右の視界の端から斧を手に迫ってくるゴブリンの姿。この体制では防御ができない、ふと防具で受け止めようとも考えたが、今は体にパルウスの防具を身に付けていない。
ゴブリンといえども斧は斧、喰らったら怪我どころでは済まない。
『水よっ!』
突如、洞窟内で声が響く。次の瞬間、濡れていた地面から自分を中心に無数の透明な針のようなものが生え、ゴブリンやオークの体を串刺しにしてゆく。
「さっさとしなさいっ! このノロマっ!」
「ありがとうございますっ!」
ふと、声のした地面を見ると小さいウィーネが地面に手を当てて、そこから血管のように網目状に広がった青色のオーラを操っていた。
そして、地面から手を離した彼女はすぐさま自分の肩へと飛び乗り髪の毛を引っ張ってさっさと行けと催促をしている。
「もう魔力尽きそうなんだから無理させないでっ!」
「本当にすみません....」
確かに、若干ではあるが彼女の綺麗だったはずの青色の髪が徐々にまるで汚い川の底のような色へと染まっていっているような気がする。
「左からっ! 来るわよっ!」
「はいっ!」
近づいてきたオークが手に持った棍棒を振り下ろす前に両腕を切断。困惑しているとこをすかさず、脳天にパレットソードでとどめを刺す。
「それにしてもこんな重い水、久しぶりよ」
「油ですからね」
「なんでこんな地下に?」
「おそらくですが....」
ウィーネが興味本位で聞いてきた内容だが、正直に言ってこの状況はかなりまずい。
考えられる可能性は二つ。
一つは自分の正体がバレ、ここの施設ごと俺を消しにかけたか。
そしてもう一つ。
「この人の処刑だと思います」
そう、今背中で気絶をしている彼女の。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現在、トイレの木枠の一部を外して、警備の人間に気づかれないようにして抜け出すことに成功した。そして、小屋のそばまで来ると入口を封鎖している警備の兵士を横目に、反対の方から小屋の窓から中を覗き込む。
「....これは....」
見ると、そこの小屋の中心には井戸のようなものがあり、そこに大量の樽の中に入った液体を大勢の兵士が注ぎ込んでいる。
おそらく、注いでいるの油。そしてこの鼻を刺すような特殊な匂いは、戦術ように使われる特殊な油だ。引火性が高く、高温状態を保つことのできるように調整された軍がよく使うものである。
こんなものが地下で燃え広がったら火事どころの騒ぎではない。それこそ、日を投下した瞬間に、地下が文字通り焼き尽くされるだろう。王都はなぜこんな危険な命令を....
そんなことを考えていると、最後の樽の中身が井戸の中へと投下されてゆく。
「まずい....っ」
すかさず腰に下げてある剣を引き抜き目の前の壁に向かう。
確か、こうだったか。
『今一色流 剣術 紅葉壱点』
十字に交差した、その傷の一点を狙って全身を使い剣を叩き込む。
次の瞬間。小屋の壁が激しい音を立てて倒壊。大量の土埃が小屋の中を覆い尽くし、中にいた10数名の兵士の咳の声が聞こえてる。
「貴様ら。何をやっている」
「その声は....スペルビア殿?」
「質問に答えろ、何をやっている」
全員が私の姿を見てその場で固まっている。そしてその中の一人、ここの監獄の出入り口で門番を務めた人間だった。だが、今彼が手にしているのは守るための槍ではなく、井戸に落とすために火の付いた松明が握られていた。
「命令で、処刑の準備を....」
「なるほど、では。今貴様が、その井戸にぶち込んだものがどのようなものかは、わかっているな?」
「いえ.....その.....」
「わかっているかどうかを聞いている」
剣を下ろし、そして睨みを利かせながら同じ質問を繰り返す。そして、そこにいる全員が沈黙をする。そこにいる全員が顔を落とす。
少なからず、自分自身が危険な行為をしようとしているということは理解しているようだ。ならば話は早い。
「ならば命令だ。中止しろ」
「いえ....しかしっ」
「王都騎士団9番隊隊長として命令する。今回の処刑を中止しろ、監獄長命令よりも優先すべき事項だ、今すぐその松明の火を消せ」
威厳を持って、堂々と。小屋の中で声が響く。
そして、兵士は互いの顔を見合わせそれぞれが樽の片付けやら、松明の火を消そうと桶に水を汲んできている。
おそらくこれで、しばらく時間稼ぎは....
「そこまでだ。王都騎士団元9番隊隊長、レギナ=スペルビア」
「チッ.....」
ふと響いた男の声。
扉の方を見ると、そこには監獄長と思しき人物。おそらく先ほどのセリフを言ったのはこの男だ。そして、後ろに立っている背の高いシルエット。おそらくそいつが....
「彼から全て話は聞かせてもらったぞ。この聖典の理から外れた、汚らわしい『無色』め」
『無色』
その言葉を聞いて、兵士たちがざわつく。
「監獄長命令だ、その汚らわしい女を捕縛せよ。そして、処刑を今すぐに実行せよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「後ろから来るわよっ!」
「了解....ですっ!」
腰に下げている鞘をそのまま押し上げると、手に衝撃が伝わる。おそらく、持ち上がった鞘の先端がゴブリンの顎を打ち砕いたらしい。
「出口まだなのっ!?」
「もう少しです、レーダーお願いしますっ!」
「次っ! 右真横っ!」
耳元でウィーネが悲鳴をあげる。横からやってきたゴブリンの振りかぶった剣を腕ごと掴んで、身体強化術の握力を利用し握りつぶす。
「ギィっ!」
「....」
すかさず左手に持ち替えた剣で腕を握りつぶしたゴブリンの喉をパレットソードで脳天まで貫く。
「ちょ、ちょっとっ! 囲まれたわよっ!」
「....チィ....っ!」
ゴブリンの喉から剣を引き抜き、血振りをし、あたりを見渡すと。そこにはでかい塊が三つほど、そして小さい塊が無数と薄暗い中で自分を中心に取り囲んでいるのがわかった。
「シンニュウシャ、コロス」
「くそ....ミノタウルスか....」
背中には女性を背負っている。今まで気遣って戦ってきてはいたが、ここまで来てミノタウルスとなると、背中を気にしながら戦える敵ではない。かといって、逃げられるかと言われたら、この状況を切り抜けることのできる状況というわけでもない。
「ね、ねぇ。ちょっと、これって....」
「えぇ....」
詰みました。
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