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第3章 緑の色
第107話 並行の色
しおりを挟む「ハァ....ハァ....10枚目....」
パレットソードを構え直し、正面の壁に向き直る。
右袈裟、左袈裟。壁にはなった斬撃が十字の傷をつける。
そして、その斬撃が交差する一点、そこに思いっきり突きを叩き込む。
『今一色流 剣術 紅葉壱点』
もともと傷の付いた壁にひびが入り、身体強化術を全開でかけて放った突きが壁を倒壊させる。そして、崩れ落ちた壁のっ向こう側にはまた新しい壁が....
「もう勘弁してくれ....」
すでに両腕は身体強化術による筋肉痛が起こっている。軽く手を動かそうものなら攣ってしまいそうで怖い。倒壊した壁の向こう側には吹き飛ばされた瓦礫に巻き込まれ下敷きになって息絶えている魔物がいる。それに魔物だっていつ現れるかわかったものじゃない。気の抜くことのできない状況が続くため、精神疲労だってかなり溜まっている。
あともう一つ問題が生じてしまった。
暗くて何も見えないのである。奥に行くにつれて徐々に視界が狭くなり、あたりが暗くなっていくのがわかる。これは森の暗さとは違う、何か閉所に閉じ込めらたかのような暗さだ。
「ハァ....」
軽くため息をつき、再び正面に向き直る。ホラーが苦手であれば、暗いところも、狭いところも正直に苦手の部類だ。これは、はっきり言ってここにいるだけでも相当精神疲労がする。
全くどこにいるのやら....
再び剣を取り、壁に傷をつけて行くが、こんなことをいつまでやればいいのだろうか。それに、本当に原書の作者が生きているのだろうか。こんな薄暗く、魔物が徘徊するような場所で。牢獄に閉じ込められてでもいなければ確実に生きている保証はない。果たして、もし死んでいたら、一体レースにどうやって報告をすればいいのやら....
壁に再び斬撃を放とうとした。
その時だ。
「....っ!」
突如目の前の壁の一部が盛り上がり、そこから一気に壁が激しい音を立てて倒壊する。一歩反応が遅れて身を引いていなければ、今頃足元の魔物たちと同じ末路をたどっていただろう。
そして、意識は目の前へ。
土埃が収まり、壁を倒壊させたものの正体があらわとなる。
「シンニュウシャハッケン。タタキツブス」
「....言葉をしゃべる魔物....」
手には2メートルは超えるであろう大斧。そしてそれに対応するかのようにしてでかく、かつ強靭な筋肉を持った人の体。しかして、その頭蓋は人の頭ではなく牛の頭。背中にはさらに斧が二本、二つの赤い目が揺らめき、殺意を含ませてこちらを睨みつけていた
この姿には記憶がある、ミノタウルスだ。
「....」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、どうこの状況を切り抜ける。監獄長が目の前を立って、その客人となる『啓示を受けし者の会』の人間を呼ぼうとする。
ならば、この男を気絶させて。
いや、ダメだ。外には人が待機させてある。万が一成功したとしても、今度は逃げることができなくなる。この場所に私がいることを『啓示を受けし者の会』に見られるわけにはいかない。
まだ、連れてかれるわけにはいかない。
「さて、おそらくもう少しで到着するでしょう」
「そうか....」
外で待機させていたメイドに言伝を言った監獄長が再び目の前のソファーへと座る。再び、紅茶入れなおされたが、どうも手につける気分ではない。むしろ自然と、隣に置いておいた剣に手が行ってしまう。
「どうされましたかな? 顔色が悪いですぞ?」
「あぁ、気にするな....」
ついつい表情に出てしまったか....
いや、待てよ。もしかしたら
「そう、トイレだ....トイレはどこにあるんだ?」
「あ、はい。扉を出て右側の突き当たりにありますぞ....」
「すまない、借りるぞ」
ソファーの上に置いてあった剣を掴み取り、一目散に部屋から出ようとする。監獄長はトイレに行くのになぜ剣を持って行くのか、といった不審げな顔で見ていたが、無視する。そして応接室の扉を開けようとした。
その時だった。
ドアノブを掴もうとした手から、ドアノブが離れて行く。
「な....」
扉の開いた先、そこに立っていたのは鮮やかな翡翠色の長い髪を後ろで束ねている背丈の高いスラリとした男の姿。腰につけているのはレイピアなのか、随分と細い鞘で覆われた剣を持っている。
「これは失礼....フォロス監獄長。お呼びでしょうか?」
「オォ、これはこれは。わざわざありがとうございます、いや何。ちょっと珍しい客人がいらしたものでな。お呼びしたのですよ」
「ほぉ....それは....」
話が自分に向く前に、廊下の方へと駆け出していったのは言うまでもない。
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『今一色流 抜刀術 雷閃』
左足で踏み込み、放ったれた鞘での一撃がまずはじめに三本目となる斧に当たり、斧の柄が粉々に砕け散る。所詮は化け物の持っている斧、さほど強度があるわけではない。そして、踏み込んだ左足で跳躍をし、そのでかい体躯に向けて抜刀。
振り抜いた遠心力を利用しながら破壊力の増した抜刀術を一気に、ミノタウルスの右肩に向けて放つ。
獲物はない。すでに斬撃を何度も喰らいボロボロになったその体。すでに動かすことはできないはずに見えるが。
「グルァアアアアアアッ!」
「チィッ!」
その生命力はさすが魔物といったところか、凄まじい咆哮が地下の洞窟を震わす。未だにその活力は衰えるところが見えない。やっぱり、心臓を破壊する。もしくは頭を跳ね飛ばすしか殺すことはできないのか。
剣を片手に持ち替え、正面を見る。その姿はまさに獣、武器を失い、丸裸となったその体は傷口から血を撒き散らし、怒り狂っているただの生き物に過ぎない。
少なからず、人間を殺すよりも楽だ。
『今一色流 剣術 翡翠』
右足に流し込んだ魔力を一気に爆発させて生み出した跳躍、そして限界までひきしぼった右腕をミノタウルスの心臓に向け思いっきり放つ。
「グキッ!」
「いい加減、死ね」
体重おおよそ65キロ対、身長から換算して200キロ以上はありそうなその体が身体強化術の余波で自分ごと後方に向けて吹っ飛ぶ。そして、数枚の壁を破壊し尽くして止まった。
完全にその生命活動を終えたミノタウルスの死体を見下ろして、体にかかった壁の残骸や、土埃などを払いながら立ち上がる。
「....手間がかかる。まぁ、おかげでショートカットできたか」
顔を上げると、一際明るい光がある。それは松明の明かりだった。そして、その松明の明かりに照らされた牢獄が一つ。
おそらくここが....
立ち上がり牢獄の前まで歩き、そのそばにしゃがみ込んだ。
「....聞きます、原書の作者でしょうか」
牢獄の中に問いかける。
すると、薄明るい牢獄の奥の方で何かの影がのそりと動くのが見えた。反応がある、ということはここで間違いないのか?
すると奥の方から、のそりのそりと何かが近づいてくる音が聞こえてくる。思わず唾を飲むが、その正体は女性だった。
白く長い髪が前髪にかかっていて、そしてそこから覗く、飛び出た耳はエルフだということを理解させられた。
「....レース?」
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まずい、かなりまずい。なぜ扉を出た瞬間に。つくづくついていない。元はと言えば全部あの男が悪いのだ、ここから出たら一発ぶん殴ってやる。
監獄の廊下を疾走しながらそんなことを考えていた。廊下を走りながら、先ほど教えられたトイレを探す。後ろを確認するが追ってくる気配はない。このままこの監獄を脱出しなくては、しかしあの男の合図があるまでは動くことのできない、そしてその合図がなければ自分も出ることはできない。と言っていたが、一体どんな合図なのだろうか、それは教えられてはいない。行動を制限させるための行動だと思うが、しばらくはトイレに立てこもるしか方法はない。
しばらくして、トイレらしきものを発見してその中に入るとそこには、ずらりと個室が並んでおり、少し贅沢な作りになっている。やはりここの監獄は一度監査を入れた方が良さそうだと思った。
そして、一番端の個室に入り、木の格子から外の風景を見る。どうやらまだ何か動き出したような様子とかは見えない。
一息ついて、便器の上に腰を下ろす。
さて、急いでくれよ。イマイシキ ショウ。
こっちは持ちそうにない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いえ....僕はレースでは....」
「やっと....やっと来てくれた....っ」
冷えて、細々となった指が頬をなぞり、その女性は涙をぼろぼろ流しながら愛おしげに触れてくる。
「.....僕はレースさんに頼まれてきました。あなたを助けてくれと」
「レース....っ、レースっ!」
混乱しているのか、ずっとレースの名前を呼び続ける彼女。見た目は20代にしか見えないが、もしかしたら認知症だったり、痴呆症の症状とかが現れたりするのかもしれない。だとしたら、1000年の命も考えものだと思った。
「すみません、牢を斬りますので少し下がって」
「レースっ! 置いていかないでっ! 待って頂戴っ!」
服をつかみ、必死に離れまいとする彼女を振りほどき、腰のパレットソードを引き抜く。斬られると思ったのだろうか、二人の間にある鉄格子から彼女は尻餅をついて後ずさる。こっちとしては都合がいい。
『今一色流 抜刀術 星天回』
鍵の部分を抜刀術で破壊する。激しい金属音を立てて開いた扉を見て女性は恐る恐る扉の外へと出る。少なからず、ほとんど栄養のないものを食べてきたようなのか、手足は細々と瘦せおとろえ姿は20代なのにまるで老婆を見ているような気持ちだった。
「レース....私、会いたかった....っ」
「っ.....と」
こちらをヨタヨタと歩いてきたと思ったら、そのまま倒れ込んでしまった。どうやら眠っているというよりか、気絶しているという表現に近い。
さて、まず目的は達成した。問題は帰り道だ。
倒れ込んだ彼女を背負い、来た道を見返すと破壊した壁が一直線に並んでおり帰り道は一目瞭然だった。
「レギナさん、上手くやってるかな....」
そんなことをつぶやいて、一歩前へと進む。が、
ここで異変に気付く。
「ん?」
足元が妙に濡れている、来た時はそんなことは感じなかった。少しかがみこんで地面をなぞるとヌメリとしており、その液体を鼻に近づけると油臭かった。
一体どこから。
と思い、あたりを見渡すと壁の横にある小さな穴から何やら液体のようなものが流れ出ているのが暗がりの中でうかがえる。そして、改めて気づいたが、その小さな穴があたりにずらりと並んでいるのだ。
嫌な予感がする。
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