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第3章 緑の色
第105話 監獄の色
しおりを挟む「....もう一度聞きますが、反逆行為の罪で囚われているエルフ。知りませんか?」
「し、しらねぇっ! だ、だが地下に反逆者の牢獄があるっ!」
「わかりました、ありがとうございます」
後ろから囚人の喉を押さえていたパレットソードの力をさらに込め、意識を落とす。さすがに下衆とはいえ、この部屋を血みどろにさせてしまったら監獄の人間はすぐさま捜索を始めるだろう。幸いにも、ここの監獄は松明の明かりだけなため、薄暗く一見素通り程度で中を見た感じだと気絶した囚人たちが雑魚寝をしているようにしか見えないはずだ。
さて、手元にあるのはパレットソード。以前処刑される寸前でも使ったが、やはりどんな場所でもパレットソードは呼び出し可能らしい。たとえそれが閉鎖的な監獄の中でも。
「さて、出ますか」
「出るって言ったって、あんたここからどうやって出る気? 鍵でもあるの?」
肩に乗って話しているのは小さくなったウィーネ。確かに自分は鍵を持ってない。
「こうするんですよ」
牢獄の扉の正面に立つ、材質は鉄のようだ。そしてパレットソードを引き抜き正面からの面打ちによる抜刀術。
『今一色流 抜刀術 星天回』
パレットソードの剣先ははっきりと牢獄の扉の鍵にあたり、鉄を切り裂いた。
「すごい、鉄を剣で切れるなんて....」
「斬鉄っていうんですよ」
牢獄の扉を開けて外へと出る。斬鉄を行った際、多少大きな音が出たがここの監獄と外を仕切っている扉もまた鉄製だったため、おそらく防音であまり外には聞こえていないだろう。だが....
問題なのは、ここに囚われていた囚人の騒ぎをどうしようか。
「おいっ! 新人が外に出て剣を持っているぞっ!」
「看守っ! 聞こえてんのかっ!」
ここにフロアに投獄されている囚人数は目視で見えるとこではおおよそ10部屋あってその中に6人ほど入っているわけだからおおよそ60人ほど。さすがにそんな人数で大声で騒がれてはどうしようもない。
だが、次の手は考えてある。
「えっとですね、みなさん。ちゃんと静かにしていただけるのであればみなさんのことも出してあげますよ」
「....ほ、ほんとかっ!」
「ええ、嘘は言いませんよ」
囚人の視線が一気にこちらに集まる。
そうだ、嘘は言わない。
「ただし条件があります。ここの地下にエルフが囚われているそうですが、その場所を正確にわかる人はいませんか? 教えてくれた人から優先的に出してあげます」
その言葉を聞いて、囚人たちは急に黙り込む。それもそうだ、このフロアの牢屋という狭い空間で地下の状況がわかる人間はそうそういるわけではない。どちらにせよ、出すには出すがこの餌に食いついてくる奴はいないだろうか。
しばらくして、これ以上は無駄だと判断し、この廊下の奥にある地下へと続く階段を目指して歩く。
「ちょっと、そこの人待ってくれ」
「....何か知ってるんですか?」
階段の手前にある牢から手が伸び、自分の服の裾を掴む。その牢を覗くと白い髪をボサボサに伸ばした狼耳の初老の男が訴えるような瞳でこちらを見ていた。
「これを持って行きなさい」
「....これは?」
差し出されたのかたい皮でできた羊皮紙のようなもの。それを見ると何やら図面のようなものが描かれている。どうやら、この監獄の図面らしい。
「ここを脱獄しようと思って8年間書いていたものだ。きっと役にたつ」
「ありがとうございます、使わせてもらいます」
羊皮紙を手に持ち、その場を立ち去ろうとする。この情報はありがたい、8年間書き続けたというのならその情報は確実性が高いものだろう。
「発言からして、君はエルフの仲間だろ」
未来に、自由あれ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
羊皮紙の情報通りに進んで行く。羊皮紙には建物の全体の構造のみならず、どこに兵士がいるか、そしてどのルートを回っているかというのが詳しく書かれていた。そして、肝心の地下の情報だったが構造自体は書かれているものの配備されている兵士数についてはあやふやで、どのルートを回っているのかは不明というように記載されていた。
「とにかく、地下に降りるまでは誰にも会わなかったわね」
「そうですね、さて。ウィーネさん、そろそろ出番です」
「ハァ....なんで大精霊の私がこんなことしなきゃいけないのよ....」
肩からウィーネを下ろし、薄暗い廊下を先行させる。牢屋に入っている人間は、自分を看守だと思っているらしく騒ぎ立てたりはしていない。それもそうだ、囚人が我が物顔で剣を持って廊下を歩いているなんて思いもしないだろう。
さて、なぜウィーネを先行させたか。その理由は彼女の姿が自分以外見えないということにある。精霊である彼女は契約を交わした人間、もしくはパレットソードの所有者でないとその姿を見ることはできない。実際、彼女とは契約を交わしてはいないが、パレットソードの所有者である自分にはその姿を見ることができる。しかし、何の変哲もないただの人間である看守にはその姿を捉えることはできない。すなわち、偵察にはうってつけの存在なのである。
「この先の角、人間が二人。こっちに向かっているわ」
「....」
戻ってきたウィーネが報告し、軽く頷く。素早く廊下の角に身をひそめ、しばらくすると確かに廊下の角から足音が近づいてくるのがわかる。もし、そのまま違うところに行くというのであれば無視をする。
しかし。
「ん? そこにいるのは誰だ」
「し....っ!」
素早くパレットソードの鞘を看守の男の喉元を突く。一撃で看守は地面に倒され意識を失う。そのままもう一人の脇腹に鞘を叩き込み、鳩尾に身体強化術で強化した拳を叩き込む。
「よし....まずは看守の衣装を拝借するか....」
「え.....ちょっと! レディの前で何してんのあんたっ!」
「着替えですよ。ウィーネさん、こっちはいいですから周りをよくみといてください」
ウィーネが真っ赤になり、こっちから視線をそらすが自分は現在パンイチである。そして、看守から一番自分と背丈の近い方から服を剥ぎ取り、それを身につけてゆく。あまり他人のことは言えないが、男臭い。
「終わりました、行きましょう」
「あんたねぇ....次あんなことやったら窒息死させるわよっ」
「ちゃんと前向いてくださいね」
後ろ歩きでこっちを向きながらプリプリと怒っているウィーネだがしっかりと前を向いて歩いてほしい。
さて、先ほど倒した看守は隅の方に隠しておいたが、見つかるのも時間の問題だ。ここからの行動は時間勝負になる。
「このまま真っ直ぐ、看守が近づいてくるわ。一人よ」
「....このまま行きます」
さて、ごまかせるだろうか。自然に振る舞えばバレないか。
薄暗い廊下の向こう側から人が歩いてくるのが見える。見た感じ上司だろうか、バレる可能性は低いか?
「お疲れ」
「お疲れ様です」
通り過ぎる瞬間、軽く伏せ目がちで答えるがどうやらバレていないようだった。そのまま素通りをし、地下へと続く階段へと進む。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さてスペルビア殿、この度はどうして森なんかに?」
「任務でな、単独行動であの森に潜むエルフの動向を探れと王都からの通達でだ」
「それであの男に....災難でしたな」
「あぁ、全くだ」
取調室、というより、応接室へと案内された。出された紅茶を口に含むが、あのエルフのツリーハウスで出された紅茶の方がうまいと思った。目の前で体格のいい。というか、なまりきった体つきをした監獄長がでっぷりとソファーに座り込み紅茶をすすっている。
「ハァ....やはり王都の茶は一味違いますなぁ。気品がある」
「全くだ、しばらく潜入で俗世とは離れていたから体にしみる」
これは本音だ。しかし、茶はまずい。
「それで、他に聞くことはないのか?」
「あぁ、そうそう。スペルビア殿、あの男とは知り合いですかな?」
「いや、全く知らない顔だ」
ティーカップをテーブルの上に置き、深くため息をする。どうやら、リュイにはまだあの男の情報と私の話はまだ流れてきていないらしい。
「あの男の身分を証明するものが何もないものでなぁ。ただ、防具や武器は一級品ときている。どこかの貴族のドラ息子か、果ては成金か。少なからず名前くらいは出てもいいと思うのだがねぇ」
「そんなことを言われても知らないものは知らないな」
言い終わると同時に、応接室の扉が開き、メイドらしき人物が部屋の中へ入ってくる。それにしてもここは監獄であるというのにメイドまでいるとは、監獄でなかったら宮廷の対応だ。王都騎士団に戻るようのことがあったら一回監査を入れたほうがいい。
メイドが持ってきたのは王都で売られている有名な茶菓子店の菓子の類だった。そしてメイドが持ってくるなり、早速その菓子に手を伸ばし茶と一緒に貪っている。
なるほど、だらしない体の原因がわかった。
「おや? スペルビア殿も召し上がられては?」
「生憎、甘いものが苦手でね。付かぬ事の聞きたいのだが、最近のエルフの動向はどうだ?」
「フゥム....あまり良いとは言えませんなぁ」
菓子を食べる手を一旦止め、神妙な面持ちで答える。すると、監獄長はそばにあったファイルのようなものを手に取りそれをこちらに手渡してきた。
「ここ一ヶ月で監獄が襲撃にあったのは八回目になります。先月の倍になりますな」
「襲撃か....仲間でも捕らえているのか?」
「えぇ、まぁエルフを一人捕らえていますが、どうもおかしなことをいうやつでしてなぁ」
「....是非聞きたいものだ」
監獄長の話によれば、そのエルフは見た目こそ20ほどの青年にしか見えないが、自分は2000年を生きたエルフだと主張し、そして自分は聖典の著者だなどと主張を繰り返しているそうだ。
そして、おそらくこの人物が、あのレースと名乗るエルフの奪還してきてほしいと依頼をしてきた対象の人物なのだと理解した。
「その男はどこにいるんだ?」
「監獄に入れていますが....何ぶんエルフで魔力の色が常人より濃く.....簡単に逃げられないように地下に入れております」
「そうか、面会とかできるか? 今後の潜入に役立つ情報が欲しい」
座っているソファーに置いてある剣を手に取ろうとするが、その手が監獄長によって止められる。
「あぁ、スペルビア殿。それはやめておいたほうがいい」
「なぜ?」
地下の監獄は、まさに天然の迷宮。入るのは簡単ですが、出るのが大変なのです。
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『今一色流 剣術 時雨』
さて、一言だけ。
なぜ、地下にオークやらゴブリンやらがゴロゴロいるんだ?
応援ありがとうございます!
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