異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第102話 叛逆の色

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「ショウさん、起きてください。朝ですよ」

 その声で目を覚ます。

 温かい声、懐かしい声。

 失った声。

「リーフェさん....っ」

 目を覚まし、その姿を見て戦慄が走る。

 エルフ。

 耳。

 襲撃者っ。

 そばに置いてある剣を引き抜き、それを彼女の喉へと突きつける。

「....ショウさん」

「ちがう....俺は....」

 私の仲間も、そうやって殺したんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「起きろ、侵入者」

 腹に入った衝撃で、ぼんやりと目が覚めてゆく。見えている景色は、逆さまだった。すべての世界が逆さま。

 立っている人も、建っている建物もすべてが逆さまだった。

 そして、頭に上る血の量で、今自分がどういう状態に置かれているかを理解してゆく。現在、俺は足からロープのようなもので吊るされている。

 いや、正確には俺たちだった。

「レギナさん....」

「....フンっ」

 隣で同様、足から吊るされているレギナと一瞬目があったが、合った瞬間に顔を逸らされそっぽを向く。

 次に見たのは、一体自分がどのような場所で吊るされているかだ。ふと、自分がどんなところに吊るされているのかと下を覗いてみる。すると、真下には広大な森が広がっており、高さはおおよそ数十メートルはある。

 落ちたら即死だ。

「目がさめたようだな。長老を呼んでくるから大人しく待ってろ」

 そして、目の前にある物見台のような場所から一人の若い男のエルフが梯子でしたの方へと降りてゆく。ふと降りて行った先の方を見ると、そこは森の上に建てられた巨大なツリーハウスがあり、それぞれが橋のようなもので繋がって、多くの人、エルフが行き交っているのが見える。

「レギナさん」

「今話しかけるな。虫唾が走る」

 こちらとは目も合わせずに怒気を含んだ声で一言言うが、自分も今のこの状況は腹立たしい。森を歩いているだけで、襲撃。その結果彼らが返り討ちにあったのだ。自分に綻びはない。だが、このように結果として捕まっているのは痛い話だが。

 数分後、梯子の軋む音が聞こえてくる。どうやら、その長老と呼ばれる人物が到着したらしい。

 その人物は、横に数人引き連れてやってきた。しかし、長老と呼ばれるにはあまりにも若い気がする。見た目は20代前半、男性、エルフ。しかし、他のエルフとは違うのは髪の色が、翡翠色とは違い真っ白に染まりきっている。

「君が、私たちの同胞を襲った者たちかな?」

「それはこっちのセリフです。攻撃をしてきたのは向こう側からだ」

 間違ったことは言っていない。弓を放ったのは向こう側だ。

 その返答に対し長老と呼ばれている男は冷静な表情でこちらを見つめている。

「こっちは戦争中でね。それにもかかわらず、入国許可証も持たずに私たちの領地に侵入してきた。攻撃の理由は充分でしょう」

 それを言われてしまっては元も子もない。

 確かに、入国許可証を持っていない。密入国者である。攻撃されても文句は言えないだろう。

「さて、君がしたことを教えてあげよう」

 攻撃してきた弓兵、そして俺が殺そうとした弓兵たちは現在、青の魔術で治療を受けている。しかし、その治りがあまりにも遅く下手をすれば、あの場にいたエルフは全員命は助かっても、二度と弓を握ることはできないかもしれないだそうだ。もともと兵士として生きてきて、二度と兵士としては働けないとのことだった。

「彼らは、兵士だ。こうなることも覚悟の上だったでしょう。しかし、今私はあなたの命を簡単に奪うことができる。そのことがわかりますね?」

 すると、長老と呼ばれる男性は、そばに立っていたエルフの男性の腰から剣を引き抜き、徐々にぶら下がっている俺へと近づき首元に剣を押し当てる。

「私は、怒っています。あのまま逃げられたのならこっちに負がある。しかし、こうして捕まった以上。あなたには罰を受ける義務がある」

「く....っ」

 喉に突きつけられた剣が、喉の皮膚を軽く切り、そこから流れ出した血が顔の方へと登ってくる。

 まずい、このままでは

 必死にもがきながら手に結ばれたロープを外そうとするが、身体強化術が発動できず全くもって身動きを取ることのできない。そんな吊るされた芋虫みたいな状態の俺を眺めながら長老は静かにその剣を喉に突きつけている。

「死ぬ前に教えてください」

 あなたの持っていた、この剣。一体どこで手に入れたのですか?

 剣を喉から引き抜く直前、彼はそう言った。長老が合図を送り横に立っていたエルフの男が彼が長老に差し出したのは紛れもない、パレットソードだった。

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「さて、座りなさい。若干埃っぽいが」

「ハァ....」

 案内されたのは、確かに若干埃っぽい。ツリーハウスの中の最も奥に位置した質素な感じの場所に長老の部屋はあり、建物は木で組まれているらしく下には森の木々が広がっている、森の鳥たちの声がダイレクトに聞こえてくるため、若干うるさい感じもあるが。吊るされた場所から下され、どうやらこの長老とかいう人物。パレットソードを知っているのか?

 そして、用意された座布団のような敷物に座る。そしてその隣に同じように下されたレギナが座り、じっとティーカップのようなものにお茶を入れている長老の動作をじっと見ている。

「さて、うまく入っているとは思うのだが。何ぶん、外からの客は30年ぶりなものでね」

 差し出されたティーカップに入った琥珀色の液体。先ほどまで殺されかけた人間の茶だ。飲むわけにはいくまい。

 出された茶を飲まずにじっとしていると、長老は軽く微笑み、自分のところに置いた同じ出がらしでとった紅茶を軽く口に含んだ。

「うん、うまく入れられたようだ。君たちも遠慮せずに飲みたまえ」

「で....では」

 ティーカップを手に取り、中の液体を口に含む。すると甘酸っぱい味が口の中で広がるのと同時に、紅茶独特の苦味が後を引く。フレーバーティーか。

「私の友人がこう言った紅茶を作るのを趣味にしていてね」

「それで....どうして殺さなかったんですか? それにその剣のことを知っていて」

 視線を長老の横に置いてある剣へと向ける。そして視線の先に気づいた長老は、それを手に取り真ん中に置かれたちゃぶ台のような机の上に置く。

「この剣『パレットソード』のことなら知っているとも。もし君がこの剣を持っていなかったら、私はすぐさまに君たちを殺していただろう」

 パレットソード。この剣の名前だが、それを告げる間もなく知っているとは。やっぱり、この人は何かを知っている。

「まずは自己紹介としようか、私はレース=カルディアだ。見ての通りエルフで今年で千五百歳になる」

「千....五百?」

 この見た目で、千五百歳になるというのか? どう見ても二十歳にしか見えない。しかし、よく考えてみればリーフェさんだって、216歳という年齢には見えなかった。やはりエルフはある一定の年齢に達すると成長が止まるというわけか。

「それにしても、隣の女性は冷静だね。名前を伺ってもいいかな?」

「....レギナ=スペルビアだ」

 彼女が名前を言った瞬間。レースの表情が一瞬固まる、だが、すぐに冷静な表情へと立ち戻った。

「そうか、あの王都騎士団の....」

「その様子だと、知っている口ぶりだな。エルフ、貴様らには随分と手を焼いたぞ」

「それは、こちらも....とでも言っておこうか」

 レギナが名前を言った瞬間、若干険悪な雰囲気に包まれる。互いが終始にらみ合い数分。再びこちらに話が向いた。

「さて、本題に入ろうか。まず、その剣。どこで手に入れたのかな?」

「拾いました」

 特に聞かれて開示しても困る情報ではない。むしろ、こちらとしては情報が欲しいのだ。何かを知っているのならば聞き出すだけ。

「どこで?」

「場所は....イニティウムです」

「はて....? なぜその場所に....」

 その返答を聞き、困惑の表情を見せるレース。どこか合点いかない部分があるのだろう。

 まずはそこからだ。

「どこか、おかしいですか?」

「いや....なんでもない。次の質問です、あなたはこの剣を抜けましたか?」

「....はい、抜けました」

 そう、抜けてしまったのだ。

「となると君は....無色だね?」

「....なんでわかるのか、理由を説明していただけますか?」

 この男。一体どこまで知っているのだ。

 この剣を抜けるのは無色のみ。それはレギナがこの剣を抜いたことで気づいたのだ。それをこの男はなぜ、これだけの情報だけで言い当てることが可能なのか。

 それは単純にこの男が全てを知っているからだ。

「君は、聖典信者かな?」

「いえ、一通り目は通しましたが、自分仏教徒なもんで」

 今手元に自分の荷物はない。その中には、レベリオからもらった聖典が入っていたはずだ。

 ここに来る前、あの本は一度全て目を通してある。だが、

「そうか、安心した」

 すると、レースが立ち上がり奥の棚を漁り始める。その中から一冊の本を取り出し、それをちゃぶ台の上へと置き上の埃を払う。

「これは一体....」

「これはだね」

 今、世に出回っている聖典の原書だ。

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「どうかな?」

「....これは....本当に聖典の原書なんですか?」

 原書を読み数分。序章を読み終えた時点で、この違和感は発覚する。

「その通りだね」

「だとしたら....この内容は。全部今の聖典と真逆です」

 それを聞き、今度は隣で座っていたレギナが自分が持っていた聖典を奪い取り貪るようにしてみている。

「彼女は王都騎士団だ。この内容はさすがに応えるだろう」

 だが、そういいながらも彼女が読もうとする手を止めようとはしない。むしろ、その事実を知ってもらいたいかのようにして見守っている。

「そんな....では....私たちは....」

「これは、いつでも貸し出そう。好きなときに読みなさい」

 そう言って、再び紅茶を入れなおす。なんで、こんなにも内容が違うのか。いや、決して自分が聖典の信者などではない。しかし、この聖典の内容には身に覚えがあるのだ。

 あの船で。ウィーネから聞いた話、そのままだった。

「レースさん。これを書いた人は....一体誰なんですか。教えて下さい」

 会いたいかね?

 この世界の反逆者に?
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