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第2章 青の色
第82話 探し物の色
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「お名前を教えていただけますか?」
「『カケル』と言います」
目の前で鍋から魚の煮付けを取り出す女性。あの子供の母親、エリ=ユーラスだ。長く若干パサついた茶色の髪を耳の後ろにかけてそれぞれの皿に盛り付けるその姿は、今まで見ることのなかった母親の姿なのだろうと思った。
丸テーブルにはレギナ、そしてエリの息子のキニアが座っている。そして、エリの座る椅子以外に、もう一つ椅子があるのだがおそらく父親のものだろう。
その家は街の喧騒とは少し離れた場所にあり、外から街の明かりが見えるが家庭の音がする、静かで安心できる場所だ。
「お二人で冒険者をやられているのですか?」
「そう、ですね。たまたま行きすがりと言いますか」
嘘だ。本当は誘拐犯と人質です。
「そちらの人のお名前は」
「レナ=グローリアだ。この度は家に招き入れていただき、感謝する」
礼儀正しく母親に向かって頭を下げる。そういえば、この人がイニティウムで挨拶をした時も同じような感じだったと思い出していた。
「フフッ、まるで軍人さんみたいね。今日は我が家と思って、くつろいでください」
このお母さん。なかなか鋭い。
思わず冷や汗が出るが、本気でレギナが軍人だということは思っていないだろう。にしても、この魚料理。本当に旨そうだ。
見た目は、家庭的でトマトの煮付け風にしている感じだ、魚の身やジャガイモなどの野菜がどっしり入っている。香りもどこかスパイシーな感じがしてバケットとよく合いそうだ。
「ねぇ、お母さん。お父さんは?」
「もうそろそろ帰ってくるわよ。今日はお仕事早く終われるって言ってたからね」
そう言ってキニアに煮付けの入った皿を渡すエリの姿を見る限り、親子関係は修復されたようだ。そして、それぞれがテーブルにキニアとエリが手を前で組む。どうやら食事の挨拶らしい、自分とレギナも彼女たちを真似て手を前で組む。
「日々の水と食事と出会いを、精霊に感謝いたします」
この感じには身に覚えがある。そうだ、リーフェさんの家で食べた初めての食事、そこでも確かこんな挨拶をしたような気がする。しかしだ、その時リーフェさんは精霊に感謝すると言ってはいなかったと思う。地域によって挨拶が異なるというわけか。
「さぁ、食べてください。お口に合えばいいのだけれど」
早速、木のスプーンで煮付けのスープを口に含める。すると口に広がったのはトマト独特の酸味と生姜のような香辛料が口に広がる。そしてたくさんの野菜の旨味も出ているようだ。全体的に濃い味付けだが、一緒に煮込まれている魚ともよく合うし、バケットにつけて食べると丁度良かった。
スペイン料理ってこんな感じなのかな?
「でもいいのか? なんの警戒もなしに私たちを招き入れて。もしかしたらこの男は犯罪者かもしれないぞ?」
バケットに魚と具を乗せて食べてるレギナが急にそんなことを言い出す。その瞬間キニア以外の動きがピタリと止まった。
「いいえ、息子にあんなことを言える人が悪人なわけがありません。それに」
私の夫は、この町の憲兵をやっていますから。
「グフッ!」
「え、カケルさん。大丈夫ですか?」
「い、いえ。お構いなく」
思わず飲み込もうとしていたバケットを喉に詰まらせてしまい蒸せ返る。エリがコップに水を持ってやってくるが、想定外のことが起きた。
この家、憲兵の家族だったとは。
渡されたコップの中に入った水を口に含みながら、まずいことになったと思っていた。前の街では辛うじて、俺の容姿が変わっていたこともあり、そしてレギナの似顔絵がなかったのが救いだったが、もし今度の捜索でレギナの顔が貼り出されていたとしたら、それこそアウトだ。
おそらく、その旦那は俺たちを捕まえるだろう。
「あら、帰ってきたわね」
「ひ....」
思わず口から悲鳴が漏れ出る。丁度座っている後ろにある玄関から物音がする。まずい、逃げ道はない。とりあえず落ち着きを取り戻すためにバケットに魚と具とスープと水とコップと....
「ただいま。ん? 誰か来てるのか?」
スプーンとナフキンとパレットソードと....ん? なんだかこの声聞き覚えが....
「お帰りなさい、キニアがお世話になった人なのよ。奥の方に座ってらっしゃるのがレナさんで、手前の方がカケルさんよ」
「ほぉ、すみません。うちの息子が世話に....ん?」
レギナが立ち上がり玄関にいる旦那さんがいると思われる方向に一礼をする。恐る恐る振り返り、一礼をした状態で旦那さんと向き合う。
「え、えっとこの度はお招きいただき....アーッ!」
「アーッ! お前はっ!」
顔を上げて向かい合った途端。お互いに指をさしお互いに驚きの声を上げる。
まぎれもない、あの鰹のたたきを作ってた時に会った、あの憲兵じゃないかっ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「フゥ~、にしても息子が世話になったなぁ~」
「いえいえ、俺じゃなくてどちらかといえばレギ....レナさんが」
現在、俺とユーラス一家は街の一角にある銭湯に来ている。にしても体を本格的に洗えたのは1週間ぶりだからものすごく嬉しい。そして俺と街であった憲兵ことカイ=ユーラスと一緒に湯船浸かっている。キニアは目の前で椅子に座り体を洗っている。
「にしても、君結構ごつい刺青入れてるなぁ、顔まで掘って。どうしたんだ? 趣味か?」
「まぁ....無理やりと言いますか、自分から入れたと言いますか」
日本の銭湯だったら確実に門前払いを食らっているだろう。すでにこの呪いの刺青は右腕全体、顔の右半分、そして見たことがないのだが背中、そして前側だと右胸あたりにまで広がっている。
「まぁ、事情があんだろう。それ以上は聞かねぇよ」
「助かります」
髪の色だってかなりおかしなことになっている。以前は黒髪と赤髪の比率が1:9だったのに対し、最近では3:7の割合になってきている。もう日本人は名乗れないな。
それに比べカイの髪は金髪でスポーツ刈りとなんだかサッカー選手にいそうなイメージだ。
「そういえば、キニア君が言ってたんですけど。薄いってどういう....」
「ん? あぁ、魔力測定で魔力値が1~2ってでた奴らのことをまとめて薄いって言うだ。お前知らないのか?」
「えっと、田舎で育ったもので....」
そう言うと、カイは不思議そうな顔をして俺の顔を見ていたがしばらくすると視線を外し、体を洗っているキニアの背中を見つめ始めた。
「親が悪い、そう言われても仕方がないよなぁ。実際あいつは何も悪くないんだ」
諦め顔で、そう呟き始める。どうやら彼にも事情はわかっているらしい。
「あいつが生まれた時、ものすごく嬉しかったさ。でも、魔力測定で色が薄いということがわかってから、そりゃもう大変だったよ。この時代、何をするのにも魔術さ。冒険者しかり、商いしかり、結婚相手を選ぶのにだって魔力が絡んでくる。お前さんだって、魔力には助けられただろう?」
「まぁ....はい」
それは言えている。自分自身は無色で魔術を使うことはできないが、戦闘の時に使う身体強化術には何度も命を救われ、サリーの力も、もし使うことができなかったら俺はここで生きてはいない。
しかしだ。
「それは、あなたのせいではありませんよ」
「え?」
僕の生きていた世界には、魔法なんていらない。
「魔術は人を幸せにすることはできませんよ。どんな大魔法使いでも自分の望む幸せは魔法で手に入れることなんてできなかったんじゃないでしょうか?」
だからこそです、自分の望む幸せは持っているものじゃなくて、これから持つもので決まるんだと思いますよ。
ぼんやりと、たかだか19年しか生きていない人間の呟きごとだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「にしてもレナさん、随分と引き締まってるわね」
「そうか。あなたも....その....胸が大きくて羨ましい」
「あら、そう? 大きすぎてもいいことなんてあまりないのよ」
大きい風呂屋で、大多数の人間と湯船に入るのは初めての経験だった。普段は軍の軽く体を拭く程度のことしかしないが、遠征先の浴場施設での入浴は基本一人だった。
「レナさん。改めてお礼を言います。本当にありがとう」
「気にしないでくれ。私は当たり前のことを言ったまでだ」
そう、当たり前のことを言った。
自分に言われてほしいことを言った。
「あのカケルさんとはお付き合いしているのかしら?」
「そんな関係じゃない。本当に行きすがりだ」
話のネタがなくなり、しばらく他の客の話し声が大きく聞こえる。少し耳をすませば壁の向こう側にいるイマイシキ ショウとカイの話し声が聞こえて来る。おそらく、あの二人は打ち解けたのだろう。
「あの....エリ」
「何かしら?」
「....その....母親になるとは....どういう感じだ」
「そうねぇ....」
隣で少し悩むようにして額に手を当てるエリ。おそらくその頭には様々な思いが駆け巡っているのだろう。
そこに、自分が探している答えはあるのだろうか。
「キニアが生まれて、私は最初本当に怖かったわ。この子に何を教えればいいのか、どういう子供に育って欲しいのか、将来何をさせたいのか。とにかくいろんなことを考えてしまって、わからないことが多くて」
少し懐かしそうに微笑みながらエリは話し始める。私はそれを、今どんな表情で聞いているのだろう。
「でも、どんな特別なことでもいい。どんなに普通でもいい。生きて、生きてあの子の望む幸せが手に入るのなら、それでいいと思えるようになってきたわ」
「思えるようになってきた?」
「そう」
軽く頷くと、私の方へと向きなおる。その目はまるで自分の心の中を見ているようにも感じた。
「結局、私たち親はあの子が幸せになる瞬間を見ることができない。なら、あの子にどんなことがあっても不幸にさせてはいけない。私たち親が出来ることはそこまでなの」
「そうなのか....」
だとしたら、私は....
幸せなのだろうか....
「レナさん。どんなことがあっても、自分を不幸にしてはダメよ。幸せになるためには抗わなくちゃ」
そう言って、両腕でファイティングポーズを決めるエリの姿に思わず笑ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、まずは情報収集から始めるとしよう。
朝一番、腰にパレットソードを下げ港へと向かう。
「『カケル』と言います」
目の前で鍋から魚の煮付けを取り出す女性。あの子供の母親、エリ=ユーラスだ。長く若干パサついた茶色の髪を耳の後ろにかけてそれぞれの皿に盛り付けるその姿は、今まで見ることのなかった母親の姿なのだろうと思った。
丸テーブルにはレギナ、そしてエリの息子のキニアが座っている。そして、エリの座る椅子以外に、もう一つ椅子があるのだがおそらく父親のものだろう。
その家は街の喧騒とは少し離れた場所にあり、外から街の明かりが見えるが家庭の音がする、静かで安心できる場所だ。
「お二人で冒険者をやられているのですか?」
「そう、ですね。たまたま行きすがりと言いますか」
嘘だ。本当は誘拐犯と人質です。
「そちらの人のお名前は」
「レナ=グローリアだ。この度は家に招き入れていただき、感謝する」
礼儀正しく母親に向かって頭を下げる。そういえば、この人がイニティウムで挨拶をした時も同じような感じだったと思い出していた。
「フフッ、まるで軍人さんみたいね。今日は我が家と思って、くつろいでください」
このお母さん。なかなか鋭い。
思わず冷や汗が出るが、本気でレギナが軍人だということは思っていないだろう。にしても、この魚料理。本当に旨そうだ。
見た目は、家庭的でトマトの煮付け風にしている感じだ、魚の身やジャガイモなどの野菜がどっしり入っている。香りもどこかスパイシーな感じがしてバケットとよく合いそうだ。
「ねぇ、お母さん。お父さんは?」
「もうそろそろ帰ってくるわよ。今日はお仕事早く終われるって言ってたからね」
そう言ってキニアに煮付けの入った皿を渡すエリの姿を見る限り、親子関係は修復されたようだ。そして、それぞれがテーブルにキニアとエリが手を前で組む。どうやら食事の挨拶らしい、自分とレギナも彼女たちを真似て手を前で組む。
「日々の水と食事と出会いを、精霊に感謝いたします」
この感じには身に覚えがある。そうだ、リーフェさんの家で食べた初めての食事、そこでも確かこんな挨拶をしたような気がする。しかしだ、その時リーフェさんは精霊に感謝すると言ってはいなかったと思う。地域によって挨拶が異なるというわけか。
「さぁ、食べてください。お口に合えばいいのだけれど」
早速、木のスプーンで煮付けのスープを口に含める。すると口に広がったのはトマト独特の酸味と生姜のような香辛料が口に広がる。そしてたくさんの野菜の旨味も出ているようだ。全体的に濃い味付けだが、一緒に煮込まれている魚ともよく合うし、バケットにつけて食べると丁度良かった。
スペイン料理ってこんな感じなのかな?
「でもいいのか? なんの警戒もなしに私たちを招き入れて。もしかしたらこの男は犯罪者かもしれないぞ?」
バケットに魚と具を乗せて食べてるレギナが急にそんなことを言い出す。その瞬間キニア以外の動きがピタリと止まった。
「いいえ、息子にあんなことを言える人が悪人なわけがありません。それに」
私の夫は、この町の憲兵をやっていますから。
「グフッ!」
「え、カケルさん。大丈夫ですか?」
「い、いえ。お構いなく」
思わず飲み込もうとしていたバケットを喉に詰まらせてしまい蒸せ返る。エリがコップに水を持ってやってくるが、想定外のことが起きた。
この家、憲兵の家族だったとは。
渡されたコップの中に入った水を口に含みながら、まずいことになったと思っていた。前の街では辛うじて、俺の容姿が変わっていたこともあり、そしてレギナの似顔絵がなかったのが救いだったが、もし今度の捜索でレギナの顔が貼り出されていたとしたら、それこそアウトだ。
おそらく、その旦那は俺たちを捕まえるだろう。
「あら、帰ってきたわね」
「ひ....」
思わず口から悲鳴が漏れ出る。丁度座っている後ろにある玄関から物音がする。まずい、逃げ道はない。とりあえず落ち着きを取り戻すためにバケットに魚と具とスープと水とコップと....
「ただいま。ん? 誰か来てるのか?」
スプーンとナフキンとパレットソードと....ん? なんだかこの声聞き覚えが....
「お帰りなさい、キニアがお世話になった人なのよ。奥の方に座ってらっしゃるのがレナさんで、手前の方がカケルさんよ」
「ほぉ、すみません。うちの息子が世話に....ん?」
レギナが立ち上がり玄関にいる旦那さんがいると思われる方向に一礼をする。恐る恐る振り返り、一礼をした状態で旦那さんと向き合う。
「え、えっとこの度はお招きいただき....アーッ!」
「アーッ! お前はっ!」
顔を上げて向かい合った途端。お互いに指をさしお互いに驚きの声を上げる。
まぎれもない、あの鰹のたたきを作ってた時に会った、あの憲兵じゃないかっ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「フゥ~、にしても息子が世話になったなぁ~」
「いえいえ、俺じゃなくてどちらかといえばレギ....レナさんが」
現在、俺とユーラス一家は街の一角にある銭湯に来ている。にしても体を本格的に洗えたのは1週間ぶりだからものすごく嬉しい。そして俺と街であった憲兵ことカイ=ユーラスと一緒に湯船浸かっている。キニアは目の前で椅子に座り体を洗っている。
「にしても、君結構ごつい刺青入れてるなぁ、顔まで掘って。どうしたんだ? 趣味か?」
「まぁ....無理やりと言いますか、自分から入れたと言いますか」
日本の銭湯だったら確実に門前払いを食らっているだろう。すでにこの呪いの刺青は右腕全体、顔の右半分、そして見たことがないのだが背中、そして前側だと右胸あたりにまで広がっている。
「まぁ、事情があんだろう。それ以上は聞かねぇよ」
「助かります」
髪の色だってかなりおかしなことになっている。以前は黒髪と赤髪の比率が1:9だったのに対し、最近では3:7の割合になってきている。もう日本人は名乗れないな。
それに比べカイの髪は金髪でスポーツ刈りとなんだかサッカー選手にいそうなイメージだ。
「そういえば、キニア君が言ってたんですけど。薄いってどういう....」
「ん? あぁ、魔力測定で魔力値が1~2ってでた奴らのことをまとめて薄いって言うだ。お前知らないのか?」
「えっと、田舎で育ったもので....」
そう言うと、カイは不思議そうな顔をして俺の顔を見ていたがしばらくすると視線を外し、体を洗っているキニアの背中を見つめ始めた。
「親が悪い、そう言われても仕方がないよなぁ。実際あいつは何も悪くないんだ」
諦め顔で、そう呟き始める。どうやら彼にも事情はわかっているらしい。
「あいつが生まれた時、ものすごく嬉しかったさ。でも、魔力測定で色が薄いということがわかってから、そりゃもう大変だったよ。この時代、何をするのにも魔術さ。冒険者しかり、商いしかり、結婚相手を選ぶのにだって魔力が絡んでくる。お前さんだって、魔力には助けられただろう?」
「まぁ....はい」
それは言えている。自分自身は無色で魔術を使うことはできないが、戦闘の時に使う身体強化術には何度も命を救われ、サリーの力も、もし使うことができなかったら俺はここで生きてはいない。
しかしだ。
「それは、あなたのせいではありませんよ」
「え?」
僕の生きていた世界には、魔法なんていらない。
「魔術は人を幸せにすることはできませんよ。どんな大魔法使いでも自分の望む幸せは魔法で手に入れることなんてできなかったんじゃないでしょうか?」
だからこそです、自分の望む幸せは持っているものじゃなくて、これから持つもので決まるんだと思いますよ。
ぼんやりと、たかだか19年しか生きていない人間の呟きごとだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「にしてもレナさん、随分と引き締まってるわね」
「そうか。あなたも....その....胸が大きくて羨ましい」
「あら、そう? 大きすぎてもいいことなんてあまりないのよ」
大きい風呂屋で、大多数の人間と湯船に入るのは初めての経験だった。普段は軍の軽く体を拭く程度のことしかしないが、遠征先の浴場施設での入浴は基本一人だった。
「レナさん。改めてお礼を言います。本当にありがとう」
「気にしないでくれ。私は当たり前のことを言ったまでだ」
そう、当たり前のことを言った。
自分に言われてほしいことを言った。
「あのカケルさんとはお付き合いしているのかしら?」
「そんな関係じゃない。本当に行きすがりだ」
話のネタがなくなり、しばらく他の客の話し声が大きく聞こえる。少し耳をすませば壁の向こう側にいるイマイシキ ショウとカイの話し声が聞こえて来る。おそらく、あの二人は打ち解けたのだろう。
「あの....エリ」
「何かしら?」
「....その....母親になるとは....どういう感じだ」
「そうねぇ....」
隣で少し悩むようにして額に手を当てるエリ。おそらくその頭には様々な思いが駆け巡っているのだろう。
そこに、自分が探している答えはあるのだろうか。
「キニアが生まれて、私は最初本当に怖かったわ。この子に何を教えればいいのか、どういう子供に育って欲しいのか、将来何をさせたいのか。とにかくいろんなことを考えてしまって、わからないことが多くて」
少し懐かしそうに微笑みながらエリは話し始める。私はそれを、今どんな表情で聞いているのだろう。
「でも、どんな特別なことでもいい。どんなに普通でもいい。生きて、生きてあの子の望む幸せが手に入るのなら、それでいいと思えるようになってきたわ」
「思えるようになってきた?」
「そう」
軽く頷くと、私の方へと向きなおる。その目はまるで自分の心の中を見ているようにも感じた。
「結局、私たち親はあの子が幸せになる瞬間を見ることができない。なら、あの子にどんなことがあっても不幸にさせてはいけない。私たち親が出来ることはそこまでなの」
「そうなのか....」
だとしたら、私は....
幸せなのだろうか....
「レナさん。どんなことがあっても、自分を不幸にしてはダメよ。幸せになるためには抗わなくちゃ」
そう言って、両腕でファイティングポーズを決めるエリの姿に思わず笑ってしまった。
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朝一番、腰にパレットソードを下げ港へと向かう。
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