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第2章 青の色
第78話 名前の色
しおりを挟むイニティウム再興までの道のりは長い。隣町に避難した住民はすでに戻ってきてはいるが、その破壊し尽くされた街を見て呆然としているというのが現状だ。住民の中にはこんな街に住むよりも、違う街に移ろうという考えの人もいる。
しかし私はここから離れるつもりは毛頭ない。ここは先輩たちが文字通り命を懸けて守った場所だ。どんなに街を壊されていようとも、どんなに更地と化していようとも、私は同じギルド職員として亡くなったリーフェ先輩のために、ギルド長だったガルシアさんのためにこの街を再興させてみせる。
「メルトちゃん、こっちはいいから。あなたは少し休んだほうがいいわよ」
「いいえ、マーリャさんこそ。もうお歳なんですから」
「まぁ、私はまだまだ現役よ。なら、ここの資材を運んだら一緒に休みましょうね」
「わかりました、美味しいお茶を入れてあげますね」
現在、この街では老若男女様々な人間が街の再興のために働いている。この街には土木関係で使える魔術を持っている人が少ない。よって、資材を運んだり、つなぎ合わせたりしての再興しかないのだ。
「にしてもメルト、あなたこの街に来て早々ギルドをやり始めて、それに街の再興にも手伝って、このままじゃあんた体を壊しちゃうよ」
「大丈夫よアリシャ、ギルドはもともと私の仕事だし、ギルド職員として街のことを手伝うのは当然なんだから」
ギルドはこの街に戻ってきて一番最初に元に戻した。とは言っても建物はボロボロだったし、使える資料もほとんど残ってない状態だったけどそれでも一緒に逃げてきた冒険者の人たちが手伝ったりしてくれたおかげで、建物なんかはなくても青空ギルドという形で再開することができた。
「にしてもあの王都騎士団の人たちは手伝ってくれる気はあるのかね。なんだかジロジロ見られてる気がして気持ち悪いわ」
「そう....ですね。でもあの人たちのおかげで助かったわけですし」
ふと周りを見ると、王都騎士団の人がまるで監視をするかのようにしてあたりをうろうろしている。たまに街の人に声をかけて話をしている様子はあるが、どうやら私たちのことを手伝ってくれる気配はない。
でも、王都騎士団があの時きてくれなかったら今私たちはここにいないわけだし、そばにいてくれているだけでも結構心強かったりもするわけだ。
「大丈夫ですよ、それではこの資材を運んでちゃっちゃっと休憩しましょ。マーリャさん」
「....ハァ、この街に戻ってきた時メルトちゃんのことが心配で心配でしょうがなかったけど、本当に生きててくれてよかったわ。最後まで残って戦ってくれたリーフェさんとショウくんに感謝ね」
リーフェ先輩とショウさんの名前を聞いて少し顔が曇る。リーフェさんの遺体は丁重にここの街の外れにある墓地に埋められたらしい。他にも平原でバラバラになって発見された冒険者たちの亡骸は、わかる限りの身元で埋葬されたそうだ。
そしてショウさん。あの処刑場から大勢の王都騎士団の人たちを相手にして、なぜかそこの隊長さんを誘拐して逃げたけれでも、今ショウさんはどこにいるのだろうか。けれども約束したのだ、生きてここにまた戻ってくると、そのためにもここの街並みは元に戻しておかなくてはならない。いつも通りの私でいなければならない。
そう決めたのだ。
「メルト....あんたなんか変わった?」
「ん? 何も変わってないよ。それよりもアリシャ、また今度飲みに行こうね」
「ふぅ~ん、ならいいけど。それじゃ、また色々聞き出すとしますかねぇ」
また意地の悪い顔をしてニタついている、悪い白ウサギが一匹いますが、何も変わっていない風景はまだここにはある。
そう思ったその時だ。
奥の方で王都騎士団の人たちが何やら騒がしくしている。一体何があったのだろう。
「あれ、なんか馬車が停まってない?」
「あら、貴族の馬車かしらねぇ」
見ると、気品のある馬車が一台、王都騎士団の人に止められて何か話をしている。そしてしばらくすると馬車は街中を進み、そして私たちの前に停まった。そしてその馬車を私はよく知っていた。
「メルトっ!」
「エギルお兄様....どうしてこのような場所に....」
馬車の中から出てきたのは、貴族が着込む礼服に身を包み腰に剣を差した青年。数年前、家の反対を押し切り出て行った家に置いていった兄様の姿だ
そして馬車から駆け下り、私の姿を見るとそのままの勢いで私に思いっきり抱きつく。
「メルト....っ、よかった....お前が無事で....っ」
「エギルお兄様...どうしてここに....」
懐かしいお兄様の匂い、その体温に思わず安心感に包まれるが、彼はなぜここにいるのだろうか。
「どうしてって....お前のことが心配できたのだろうっ! お前の勤め先で大火事が起きたと聞いて慌てて馬車を飛ばして来たのだぞっ!」
私を体から離し、必死の形相で怒っている兄様の様子から本気で心配されたのだということがわかる。家を飛び出して3年、家族との縁は切れたものと考えていたけれど、まだ私は心配されていた。
「さぁ、帰ろう。お父様も心配されている。こんな終わった場所に長く留まる必要はない」
「え、待って....っ」
突然、自分の手を引いいて場所の中に乗り込ませようとしたエギルの手を振りほどく。今帰るわけにはいかない、私にはやるべきことがある。
「メルト、どうして....」
「エギルお兄様、私はここを離れるわけにはいきません。私にはまだやるべきことが残っているんです」
両手を前に組み、その手は微かに震えている。ふと、自分が家を出て行くということを父親に話した時の状況と似ていると思った。
「メルト、お前はギルド職員である前に貴族なんだぞっ! 貴族には貴族の務めというものがあるっ! 街の再興など貴族の仕事ではないっ!」
クラーク家、王都中心にある有力貴族の名前を私は背負っている。3年もの間、どこまでもついて回ってきた名前から逃れることのできた期間だ。今思えばそれに甘えてきたのだろう、しかし今の私は違う。
「いいえ、私は家に戻りませんっ! 私の帰る場所はクラークの名前を背負う場所ではありませんっ! ギルド受付嬢、メルト=クラークというこの街に尽くす義務を持った人間の帰る場所ですっ!」
自分でも驚くような声が出ていた。アリシャやマーニャさんは驚いたようにその様子を見ている。そして、エギルと自分はしばらくにらみ合っていたが、やがてエギルは諦めたかのように馬車の方へと向き直る。
「2ヶ月だ。いいか、2ヶ月でこの街を再興させてみろ。もしできなかったら、お前を家に連れ戻す。いいな」
「....はいっ!」
2ヶ月、あまりにも無理難題だ。しかしやらなくてはならない。命をかけて先輩たちが守ったこの街を完全にもとに戻し、先輩の意思を受け継ぐのだと。守るのだと。
「無理難題なのは承知だ。だがクラークの名前を背負うのならやって見せろ。お父様には報告しておく....期待しているぞ」
エギルは馬車の中に乗り込むとそのまま走らせて街を離れていった。その様子をぼんやりと眺めた後、後ろで同じように呆然としているアリシャとマーニャさんに向き直る。
「あ、ゴメンなさい。作業を始めましょうか」
「ちょっと待ってメルト、聞きたいことたくさんあるんだけど。何? あなた貴族の娘だったの」
「アリシャ、ゴメンね黙ってて」
自分が貴族の娘だということは、ギルド職員以外知らない内容だ。当然アリシャやマーニャさんが知っている内容ではない。
「別にいいんだけど....まぁ、それはあんたに酒を飲ませてからたっぷり聞くとして....何、今度から敬語を使った方がよろしいでしょうか?」
「怒るよ」
「冗談だって、別にあんた貴族だろうと王族だろうと私の友達に違いはないんだからさ」
「....ありがとう」
アリシャがそばに寄ってきて、私の頭を撫でる。頭に伝わる体温で思わず涙がこぼれそうになるが、ここで泣いてしまったらダメなような気がする。私が泣いていいのはもっと嬉しいことがあった時だ。
私は、リーフェ先輩の守ったこの街を、そしていずれ帰ってくるショウさんのために私はここにいて街を立て直さなくてはならないんだから。
「あ、ところでメルト」
「ん? なぁに?」
「あんたのお兄さん、結構イケメンだったけど....今度紹介してくんない?」
どうしよう....アリシャがお義姉さんになったら。
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