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第2章 青の色
第74話 水の色
しおりを挟む青の精霊の姿は見えない。しかし、その声だけは頭のはっきりと聞こえてくる。
『その剣、己の力を証明せよ』
言葉の意味はわかる、だがそれで一体何になるというのだろうか。
「おい、来るぞ」
「....っ!」
目の前で止まっていたはずの波が、まるで生き物のように動き始め、思わず息を飲んでしまった。そして、触手のようにも思えるその水の塊は分裂を始め、一つ一つが意志を持ったかのように地上へと上陸してゆく。
「なんだ....これ」
「少なからず、歓迎されているわけではなさそうだな」
水の塊は地上に上がりながらどんどん姿を変えて行き、やがては人間の形へと変貌した。
「戦え、ということなのか」
「剣で証明するといったらそれしかないだろう」
隣のレギナはすでに剣を抜いており、臨戦態勢だ。自分も剣を抜き正面の敵に向き直る。その数は総勢20ほど、全員が水の体を持っており果たしてどうやって倒せばいいのだろうかと、剣を構えながら考えている。
『その力、見せてみよ』
湖の向こう側で声がする。その瞬間、一斉に水人形がこちらに向かってくる。どうやら仲良くする気はないらしい。
当然こちらも反撃しないわけにはいかない。水人形が動き出した瞬間にこちらも攻撃に入る。
まず目の前の一匹、というのだろうか。両腕を持ち上げて攻撃しようとしたところで空いた胴に思いっきりパレットソードを叩きつける。すると水であることには変わりなく、胴体と下半身は真っ二つに分かれそれ違う場所へと飛び散る。他の奴らも同様、数は多いが動き自体はたいして早くない、倒して行くのは容易かった。
しかしだ、
「おいっ! 後ろだっ!」
「ちっ....!」
これは予想通りであった、先ほど分解したはずの水人形が復元して、元に戻ってこちらに向かっている。思わず鞘を盾に変えて防御をするが、悪い予感が当たってしまったらしい。
こいつら、何度斬っても斬っても再生しやがる。
「....目の錯覚であればいいんですが、増えてません?」
「貴様もそう見えたか、奇遇だな」
さっき目の前にいたのは、およそ20匹ほどの水ダルマが斬っていった結果、およそ先ほどの倍ほどの人数へと増えている。
「斬っても斬ってもきりありませんよ....これ....」
「....だな」
さすがのレギナでもお手上げらしい。確かにこれは力技でどうにかなる問題ではない。相手は水の体を持っていて、その力の供給源は青の精霊のいる湖だろう。選択肢は二つある、一旦撤退して作戦を練る。もう一つはここの湖を全部干からびさせる。
当然取るべき道は一つだ。
「撤退して作戦を練りましょう、レギナさんっ!」
「同意だ」
隣にいるレギナと見合って互いに同じ考えだったようだ、一目散に後ろにある森の中へと急ぐ。
『タダで逃すと思っているのか』
頭に響いてきた声に、思わず後ろを振り返ってしまう。すると後ろではまるで津波のように押し寄せる湖の水。先ほどの水人形たちをも飲み込んで迫ってきている
「....マジかよ」
「後ろを向くなっ! 全力で走れっ!」
前を走っていたレギナが前を向いたまま大声で言う、その言葉で我に戻り、再び前を向いて全力で走り続ける。二人とも足には身体強化術の魔力を流しているため、今の速度は車の低速度ほどというびっくり人間のような走りをしているわけだが、それ以上に後ろで迫ってきている湖に追いつかれる寸前である。
「木だっ! 上に登れっ!」
突如レギナが指をさして言ったのは、この森の中でも一際太い幹を持っている中々な大きさの木だ。言わんとすることはわかる。
まずはじめにレギナが目の前の木へと飛び移る。続いて俺が足に力を込め飛び移ろうとした、だが、飛距離が届かない。
ふとスローモーションに見える景色の中で下には、すでに水で満たされているその地面を見て一瞬だけ死を悟った。
しかし
「ショウっ!」
「く....っ!」
伸ばされたレギナの手につかまり事なきを得る。木の枝の上に座りながら俺を引き上げてるレギナの姿を見て、ふと思った。
「今、俺のこと名前で……」
「馬鹿っ! そんなことを考えている場合か」
俺を引き上げ終わった後、木の上から地面を改めて見ると、大量の水が轟々と流れており、周りの木々を倒している。時折、今いるこの木からも嫌な音が聞こえることから考えて、あまり時間はない。
「まず、この状況から脱却することが最優先だ。戦闘は二の次にする。異論はないな」
ただ彼女の言葉に頷く。確かに、この状態で戦うなど自殺行為にも等しい。
「この様子から見るに、おそらくあの湖にいた人物が視認していないと、私たちを襲うことができないらしい。だとしたら最終手段として木の上を飛び移りながら逃げることにしよう」
レギナの言っていることとして、未だ地面で轟々と流れている水だが、木の上にいるオレたちを襲う気配がない。おそらくあの青の精霊が見ていないものを襲うことはできないのだろう。これであの水にも医師があったりしていたらもっと厄介な話になっていた。
「さて、仮に最悪の事態、戦うことになったらどうするか....」
青の精霊の操るものは水、それもあの視界に余るほどの湖の水だ。あんなものをぶつけられてきたところで勝ち目はゼロであるのは素人目でもわかる。そんな化け物に対抗するために俺たちの持っているのは、二つに分裂する不思議な剣。そして水に対しておそらく最高に相性が悪い、赤の精霊の力が使える剣。
対抗手段なし。
「ともかく逃げましょう、ここで死んだら元も子もないですし....」
「まぁ、逃げても向かっても。どちらにせよテメェは死ぬがな」
木の幹に寄りかかり、俺たちの後ろにいたのはサリー、元はと言えばこいつが湖にあんなものを放ってせいでこんなことに....
「おい、精霊。何か手はあるのか」
レギナがサリーに話しかける。その目は鋭い。
「あぁ、このクソガキが俺の力を使えばいい」
最悪だ。ある程度予想はしていたが、このような人智を超えた力を操る奴に対抗する手段は結局、人智を超えた力が必要というわけであるか。しかし、火と水。ゲームなんかやっていなくとも、これは当たり前の物理現象として、火は水に消される。
「お前、あんな水の化身みたいな奴と戦って勝てるわけないだろう。お前が操るのはあくまで火だろ」
振り向いてサリーを見て少し身震いをした。その目は赤く鋭く、そして何よりも人の出すことのできない、自信というのだろうか、いや、もはや殺気に近い何かを放っていた。
「おいクソガキ。火が水に勝てない道理なんてないだろう」
なめるなよ、俺の操る炎はただの炎じゃない。怒りの炎だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
森の中の水が引いた頃、俺は自分の意思とは関係なしに湖に近づく。これは俺の決定したことではない。あくまでサリーが青の精霊との戦闘で俺が死んでしまうのはごめんだということから、あいつの頼みで今はこのような状態になっている。
赤い鞘に入った日本刀をぶら下げ、全身から赤いオーラを漏らしながら水で濡れた森から出てくる。
『おい、ウィーネ。話もせずに俺に水をけしかけるとはいい度胸じゃないか』
『どの口が言っているサラマンダー。誰がこのような状況にしたか理解していないようだな』
俺の言葉ではない。俺の体を通して、サリーが喋っている。
『人前で真名明かしてんじゃねぇよビッチ。一度ハラ割って話さねぇかウィーネ』
『これは話では解決しない。私を扱うにふさわしい人間かを見極める必要がある。貴様は引っ込んでろ、サラマンダー』
『チッ、後は任せるぞクソガキ』
体の感覚が元に戻る。にしても人の口を使って汚い言葉遣いをするのはやめてもらいたい。顔を正面に向けると湖の中からまるでゾンビのようにぞろぞろと出てくる水人形。そして、その背後には。
「おい....まじか....」
湖の中心がお大きく盛り上がりそれはやがて形成を始め、巨大な水人形へと姿を変える。
『さぁ、その力。示せ』
開戦。
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