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第2章 青の色
第68話 揺れる色
しおりを挟む炎は消え、街には月明かりが戻る。その街の中心には二人の人影があった。片方は両膝をついてうなだれ、片方は赤く燃える剣をその男に向けていた。
「アァア.....アァ」
「....」
こいつは何の罪もない人々の街に火を放った。
レギナの両腕に大きな火傷を負わせた。
人々の生活を奪った。
帰るべき場所を失わせた。
両腕を奪っただけで済むのか、否
このまま、俺たちが旅を続けるにあたって、こいつはまた罪のない人間を殺すかもしれない。
自分の行く先を邪魔するものは、どんな力を使ってでも排除する。
ならば、ここで消えてもらうか。
「....剣士....っ、まだ奪い足りないか....っ」
「奪う? 奪っておいて何を言うんだ、お互い様だろ』
これは俺が言ってる言葉なのか、こう言わせている感情は俺なのか?
『怒りに染まれ』『怒りに染まれ』そんな言葉が頭の中に響く。
『炎下統一』を頭上で掲げ、無抵抗なイグニスの首に狙いを定める。
殺せ、殺せ、自分のために殺せ。殺せ、殺せ、他人のために殺せ。殺せ、殺せ、これから生きる人間のために殺せ。
怒りに身をまかせろ。その怒りは自分のためだ、他人のためだ、未来に殺されるはずだった人間のためだ。
そうか....レギナが言ってたことってこういうことだったのか。
柄を握る手の力を強める。月に照らされ『炎下統一』は熱で赤く発光し始める。
「そうだ、これは他の誰かのため」
何をしている、イマイシキ ショウ。
刀を振り下ろそうとした瞬間、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえる。
「レギナ....」
「何をしていると聞いた、答えろ」
辛そうに体を支えているように見える。月に照らされた、その両腕の火傷は嘘のように消えていた。そして、レギナの両目はまっすぐ、こちらを睨みつけている。
「みんなを....守るため」
「違うな、貴様の剣にはそんな感情はない」
違う、違う、これは守るため。そうだ、自分を守るためだ、他人を守るためだ、未来を守るためだ。あなたを守るためだ。
この怒りは間違っていない。これから行おうとする事も間違っていない。
「その剣で守ろうとしているのはなんだ、他人か? それともこいつに殺されるはずだった人間のためか? 違うだろう、ただ貴様は怒り任せに殺しをしようとしているだけだ」
怒り任せに、そうだ怒り任せだ。だがこの怒りは間違いじゃない。戦う理由はなんだ。それは怒りだ、大事なものを壊されようとした、大事なものを壊された怒りだ。
優しかったから失った。弱かったから失った。人を殺さないで、大事なものを守る? 壊そうとした者を壊さないで守る? 何を言っていたんだ俺は。
そんなことを考えていたから、リーフェさんを守れなかったんじゃないか。
右腕には未だにリーフェさんの髪が巻きついてある。そうだ、これは戒めだ、自分が弱いことを許さない、自分に言い聞かせるための戒めだ。
「俺は....」
「答えてやろう」
貴様は己に向けた怒りを他人に八つ当たりしているだけだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
目が覚めると、炎は消えていた。思わず両手をついて地面から起き上がろうとした時、自分両腕はもう使い物にならなくなっていたと思っていたことに気づいた。しかし、両腕のひどい火傷は消えており、元の肌に戻っていた。
そしてふと、目の前を見た時に。イマイシキ ショウは人を殺そうとしていたのである。
「もう一度言ってやる。貴様は己に向けた怒りを他人に八つ当たりしているだけだ」
イマイシキ ショウの姿は、イニティウムで見たあの時の姿よりもずっと人間ではなく見えている。髪は赤毛の部分が増えている上に、体から滲み出ている赤いオーラはまるで本人を炎が包んでいるようにも見える。
そして何より、あの刺青にも見える痣は、顔の半分までに覆われている。
「違う....違う....」
「なら、貴様の顔を鏡を使ってみてみろ。自分の信念のために自分を殺すつもりか? それは信念とは言わない。呪いだ」
掲げられた剣の熱が弱まってゆくのが見てわかる。そして体からにじめ出るオーラが弱まってきた。
その時だ。
「っ! 避けろっ!」
「!?」
とっさの判断で、その飛んできた『何か』は致命傷には至らなかったものの、そばにいたイマイシキ ショウは、脇腹に大きな深手を負い、血が吹き出るのが見えた。
そばに置かれていた『スペルビア』を手にし、すぐさま、イマイシキ ショウのそばに駆け寄る。剣を地面について、苦しそうに表情をゆがませているがこの程度の傷ならば致命傷には至らないだろう。
そして、すぐさまその攻撃を当てた人間を探すために辺りを見る。ふと視界に入った魔術師は、首から上が切断されており、その首はすぐそばに転がっていた。
傷口が綺麗だ。となると剣ではなく魔術....
「誰だっ、目的は私だろうっ! 話がしたいというのなら出てこい」
手口から考えて、おそらくしくじったこの魔術師の始末と考えるべきだ。証拠として、イマイシキ ショウを巻き込んだ攻撃で、街の人間ならば同時に始末しようとは思わないだろう。
となるともう一人、『啓示を受けし者の会』が....
「あらら、外しちまっだが」
「お前は....」
建物の陰から月に照らされて現れたのは、あの時風呂屋の前にいた訛り口調の男。今は、目の前で首のなくなった魔術師同様、ローブを着ており、一目でこいつの仲間であるということがわかった。
「いやなぁ~、この男がしくじったら始末しろって上から言われててな。だがこの兄ちゃん、どうもけったいな魔術使うからこれからのことを考えて殺そうと思ったんだけどなぁ」
「そんなことはどうでもいい。戦うのか戦わないのか、はっきりしてもらおう」
『スペルビア』を持つ手を強くする。そばにいるイマイシキ ショウはしばらく使い物にならないだろう。それよりも剣を収めさせなくては、暴走でもされたらもう打つ手はない。
「いやいや、もうおらはこれで帰る。そこのそれかついで退散するわ」
『スペルビア』はまだ抜いていない。だが、こんなにもさっきを当ててるにもかかわらず、よそ見をしながら死体の回収をしているこの男、いったい何者なんだ。
「一つ答えろ。私の傷を治したのは....貴様か?」
その言葉に、死体の回収を進めていた男がピクリと反応する。
「あぁ、そうとも。あんたは、重要な人間だ。ここで死なれると今度はおらの首が危ない」
そこまでして私を生かしておく理由。それは私が9番隊隊長だからか、それとも無色だからなのか。だとしたら彼らはなぜ無色の人間を集めている。その理由はいったいなんなんだ。
『啓示を受けし者の会』その研究内容はわからないが王都が認める研究機関。ならば今回の件、王都も関わっているというのか。
「さて、隣でぶっ倒れてる兄ちゃんは知らんが、せいぜいその体を大事にしておくこっだな」
魔術師の死体が詰まった袋を担いで、男は背中を見せる。やるならここしかない。
『スペルビア』を抜こうとした、その時だ。
「おい姉ちゃん。そいつは抜こうってんなら。こっちも黙っちゃいねぇな」
抜こうとした手の甲に鋭い衝撃が走る。思わず手を見ると手の甲からまるで剣で切られたかのような鋭い切り傷が走っている。
これは....魔術。
「また会うかも知んないが。その時までに答えかだめておいでくれよ」
結局、私は何もできないまま呆然と男の背中が消えるまで眺めているしかなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
燃えろ、殺せ、怒れ、自分の弱さを憎め。
「そうやって、また弱くて誰かを殺すのですか?」
違う....
「あの時、ショウさんが私を助けてくれたら」
やめてくれ....
「もっと生きたかった....ロードと生きたかった」
あぁ....
「なんで私を助けてくれなかったんですかっ!」
やめてくれっ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「アァアアアアアッッ!!」
苦しい、息ができない。背中に感じるこの感触はベットか....
ふと窓の外を見ると曇り空ではあるが、昼頃であるということはなんとなくわかった。そして辺りを見渡すと最初に来た宿だということがわかった。
まず、顔を洗わないと....
ふらつく体で洗面台のところまで移動する。蛇口をひねり水を出してそれを手に貯めると顔につける。ひんやりした水の感触は眠気を取り払ってはくれるがどうもすっきりした気分にはなれなかった。
そして顔を上げ、鏡を見た瞬間。思わず息を飲む。
刺青が既に顔の半分近くを覆い隠している。
そして、髪の色は黒髪から、所々赤い部分が混じっており、その部分を引き抜いてみるとそれは地毛であるということがわかった。
これが....力を使った代償....
「イマイシキ ショウ。起きたか」
「あ....レギナさん」
洗面所にいる俺の前に現れたのは、昨日見た火傷はすっかり消え、元気そうにしているレギナの姿だった。
「どうした、泣きそうな顔をして」
「いえ....なんだか、よかったなって....」
俺が助けたわけではない。だが、どこか嬉しい感情が湧いてきた。大丈夫だ、まだ自分は保てている。
「まぁ、いい。とにかく支度をしろ」
「支度?」
「あぁ、さっさとこれに着替えるんだ」
そう言って彼女が投げてきたのは、動きやすいようにできているワイシャツのようなもの。
「それに着替えたら、外に来い」
それだけを言い残して、彼女は出て行った。言われた通りに着替えて、宿の外に出ると、レギナは何やら木の棒を持って素振りをしている。
「貴様の分はそれだ」
「え、あ。はい」
投げ渡されたのは、日本で言うところの木刀。そして渡された瞬間。
「はっ!」
「っ!」
横一線でレギナが切りつけてくる。それに対して防御を取ったが、体勢が崩れ地面に倒れてしまう。
「貴様は強い、だが弱くもある。中途半端な強さは身を滅ぼすどころか他人までを不幸にする」
レギナはそういうと、木刀を突きつけこういった。
「中途半端な強さはここで捨てろ。私がお前を鍛えてやる」
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