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第2章 青の色
第67話 見失った色
しおりを挟む「その赤いオーラ....私と同じ赤色使いか」
「....」
だからどうした。
「語らずか。貴様、名前は」
「....カケルだ」
『炎下統一』を正面に構える。
『炎下統一 壱の型 焔吹き』
「その剣、貴様も剣士か」
「これが剣に見えないのなら、何に見える?」
地面を蹴って間合いを詰める。狙うのは両腕、折るか斬り落とすかして魔術の使用を止める。だが、両腕をダメにしたところで止めることはできるのか、それでもだめならば....
イグニスは両腕をクロスさせるのと同時に背後の炎の腕も防御をとるようにして、攻撃を防ぐ。
炎の腕と刀がぶつかり合い、『炎下統一』の刃からは炎が噴き出て、炎の腕からは血しぶきのような火花が舞い飛ぶ。
「その剣、鉄でできているのになぜ魔力を流せる....っ」
「さぁ、拾ったものだから」
両腕にさらに力を籠め、そのまま薙ぎ払う、炎と火花が散り視界が赤く染まるのと同時に、すかさず逆の方向に薙ぎ払う。
「....クッ!」
『今一色流 剣術 紅葉壱点』
その一点を貫く、狙うのは右肩。うまくいくかどうかはわからないが、とりあえず、こいつの右腕はもらう。
炎の腕を突き抜け、イグニスの右肩に刀は進んで行く。
しかし。
「!?」
「甘いぞ、剣士っ!」
炎の腕の中で動きを止めた刀は、進むことも抜くことも叶わないまま固定された。イグニスの背後には炎の腕が数本控えている。
このままでは分が悪い。
仕方なく刀を離して、間合いを取りすぐさまイグニスのそばを離れる。
「逃げるか」
「....」
さてどうする。剣は未だイグニスの持つ炎の腕に刺さったまま。腰には赤い漆の塗られた鞘があるが、鉄鞘ではないため、戦闘で使うことはできない。
為す術がないまま、互いに睨み合った状態が続く。向こうから向かってこないことを考えるとどうやら命を奪うつもりはないらしい。
ふと、そばで気を失っているレギナを見る。両腕はひどい火傷を負っており、素人目でも放置すれば危険な状態であるというのは明らかだ。仮に、ここで彼女を連れて逃げるという手段を選んだとしても逃げながら戦う手段を持っていない。
そんなことを考えていると、イグニスは炎の腕に刺さった刀を抜こうとして持ち手に触れようとしている。
『いいか、クソガキ。あいつが刀に触れた瞬間に一気に踏み込め』
「....策があるのか?」
『あぁ、少なからず今のテメェよりはな』
「....わかった」
あの剣は、今は『炎下統一』に姿を変えているが、他の人間が触れると強烈な魔力吸収によりその場で行動不能になる。その隙を狙えと言っているのか。
そして、今。
イグニスが刀に触れた。
「グア....ッ!」
イグニスが軽い悲鳴をあげ、刀を手にしたまま地面へとうずくまる。背中の炎も消えたようだ。その隙を狙い一気に間合いを詰める。
あと3歩、あと2歩。
あと1歩....っ
「おの、れ....っ! 剣士っ!」
バカな....っ!
刀から手を離し、すぐに魔術を発動できるだなんて。イグニスの背後に発生した一本の炎の拳は頬をかすめ髪を焦がす。避けることはできたが、このあと迎撃されたら対処できない体勢にある。
このままでは....っ
『上出来だ。クソガキ』
自分の意思とは関係なく、そんな言葉が口からこぼれる。そしてまた、自分の意思とは関係なく右腕は地面に突き刺さった『炎下統一』に伸びる。
『炎下統一 秘の型 焔喰らい』
再び口が勝手に動く。
『炎下統一』を手にする。その瞬間、横殴りの先ほど避けた炎の腕が襲いかかる。そして、それは『炎下統一』によって受け止められ。
消失した。
「....な」
目の前で衝撃的な事実が起こったイグニスは反応が遅れる。自分はというと、まったくもって同じ反応を心の中でしていた。しかし、自分の意思とは関係なく動くこの体はいたって冷静だ。
『炎下統一』の刀身は炎を取り込み、より一層赤いオーラをギラつかせているようにも感じる。
『ふぅ~、お前。人間のくせになかなかうまい魔力じゃねぇか、あ?』
再び口が勝手に動き出し、呆然とするイグニスを見下ろしている。
「貴様....一体何をした?」
『何をしたかって? 喰ったんだよ』
俺の胃袋は底なしだ、もっとよこせよ?
勝手に動く自分の顔は、今どんな表情をしているのだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『どうした、もう終わりか人間』
「ハァ....ハァ....まだだ....」
イグニスの顔色は青い。それはリーフェさんにも起こった魔力欠乏症と呼ばれる症状に似ている。しかし、何度も炎の腕を受けて消失させている。その度に『炎下統一』が吸収しているわけだがいくらやっても消えそうにない。だが、このままではタイムリミットが来てしまう。
すでにここまでで自我を保っていられる5分をとっくに切っていて、それでも自我が保ているのは、『焔喰らい』の能力によるものか、それともいつも以上にサリーが俺の表面に出ているかなのかはわからなかった。
『にしても、テメェの魔力。そいつはテメェから出ているものじゃねぇな』
今見えているものは、イグニスの持つ色濃く出ている赤の魔力の波動。しかし、それは四方八方に散らばっており同じ濃さの同じ色が燃えている周りの建物からもにじみ出ている。
これは....
『なるほど、テメェの魔力で操った炎で周りの建物を燃やし、そこで自然発生した魔力を周りの建物から吸収して使ってんのか』
「貴様....それはどこの魔術だ....他人の魔力を剣で吸収し炎を具現化させる魔術など聞いたことがないっ!」
そんなこと俺にわかるはずもない。自分にだってこの能力はわからないのだから。しかし推測するに、今サリーの使っているのは相手の魔力で生み出した炎を『炎下統一』で吸収し、自らの魔力に変える能力だろう。そしてそれは自らの稼働時間を延ばすことになり、より多くの時間戦えるものにする上に、相手の戦力を削ぐことのできる魔術なのだろう。
だが冷静な心象である反面、イグニスの表情には鬼気迫るものだった。
「鉄に魔力を流すことはできない、なのに何故貴様はそれができるっ! 貴様は化け物かっ!」
『応よ、俺は化け物だ』
刀を肩の上に置き、嗜虐的な笑みを浮かべそう告げる。そうだ、こいつは化け物だ。でなければこんな奴を傷一つ付かないで無力化するだなんて出来やしない。だが、その化け物に操られている俺も似たようなものか....
『さぁ、残りはクソガキ。テメェがやんな』
そう言った瞬間、体の自由が戻る。さて、残りは任せると言われても....
「もう諦めて投降してください。これ以上戦うというのなら....」
「ふざけるな剣士っ! 『啓示を受けし者の会』収集師の名にかけて、レギナ=スペルビアは必ず連れ出すっ」
啓示を受けし者の会、何が人をそこまでにさせるのか。理由はわからない、だが。人々の帰る場所を奪い、レギナにあそこまで大怪我をさせたこいつには償いをさせなくてはならない。
何が何でもだ。
『集え 終焉の龍よ 其は赤 我を仇なす敵に鉄槌を』
イグニスが何かを唱えている。おそらくは最後の力で最大の魔術を放つつもりなのだろう。
刀を正面に構え、攻撃に備える。もし俺がしくじれば、後ろにいるレギナに被害が及ぶことになる。
『炎によって始まり 炎によって終わる 輪廻の滑車に終止符あれ』
イグニスの称える言葉に続き、周りの建物からは炎が消失して行き、それは両腕を突き出している拳に収束し、大きな炎の塊を生み出す。そしてそれは密度を増していき、それは炎の色というよりも、むしろ太陽の輝きに近い。
『いざ穿たん ソルルーメンッ!』
炎の球体が両腕から放たれる。それと同時に相手に向かって走りながら、刀を突きの型にしながら向かって行く。
『炎下統一 弍の型 炎牙』
先ほどの『焔喰らい』で得た魔力がそのまま刀に炎として具現化し、それは先端に集まり、ドリル状の炎の渦を形成する。
『今一色流 剣術 翡翠』
突き出された炎の渦をまとった刀の先端が、放たれた炎の球体とぶつかり合い、その瞬間、地面をえぐるほどの大爆発を起こす。
だが、決して自身の速度は緩んでいない。目の前の球体が『炎下統一』の炎とともに消失するのと同時に刀を鞘に収めながら進んで行く。
イグニスは、目の前で起こった爆発により多少目がくらんでいる。責めるのは容易かった。
スゥ....
....ハァ
普段使う抜刀術は横一閃に斬りつけるもの。しかし、これは抜刀術を使って胴ではなく、面で打ち込む技天を回る星のごとく放つ抜刀術。
『今一色流 抜刀術 星天回せいてんかい』
正面からは斬りつけてはいない。だが、横に回り込んで斬ったのは、両腕を突き出しているイグニスの両腕だった。
「ガァ....っ!」
両腕が飛び、地面へと落ちる。その切断面からは血が流れていない。『炎下統一』の持つ熱量によって傷口は塞がれ、血液が凝固し、流れていないのだろう。
突然消えた両腕に戸惑うイグニス。これで、魔術を使うこともできなければ、これからの生活を奪ったのである。すなわち自分はこれから先の、この男の人生を奪ったのである。
だが、なぜだろうか。
この男を、まだまだ殺し足りない。
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