異世界探求者の色探し

西木 草成

文字の大きさ
上 下
60 / 155
第2章 青の色

第58話 探求者の色

しおりを挟む

 手にはレギナの分解した剣の片割れ。戦っても思ったことだが直刀にしては長い、にしても一度も直刀なんて使ったことがない。いい経験だ。

 追剝ぎEが手斧を持って横に切りつけてくる。とっさに剣を逆手に持ち、手斧の攻撃を受ける。

 激しい金属音、この手斧は刃の部分が伸びてくさび状になっているもので、よく木を切るときなどで使うようなものだ。決して武器には向かない。

 手斧の刃の部分と持ち手の部分、その折れ曲がっている部分に剣を滑らせ思いっきり手から離れるように引く。すると追剝ぎEの手から手斧が離れ丸腰な状態になる。

「あ....」

 離れていった自分の手斧を眺めながら小さく声を漏らした追剝ぎEの顔面に思いっきり、逆手で持った剣の柄で右ストレートで殴りつける。

 この感触、歯を折っちまったかな? まぁ、いいか。死んでないし。

 ふと後ろを見ると、レギナはすでに自分の目の前にいる追剝ぎの武器を俺と同様叩き落とし、敵に向けて剣を向けている。

 レギナの剣は頭上に掲げられ。

 そして....

 まずいっ

 右足に身体強化術、一足でレギナの背後まで飛ぶ。そして今振り下ろされんばかりの剣を掴んでるレギナの左腕を抑える。

「....何をしている。イマイシキ ショウ」

 振り返らずに声のトーンを落としたレギナの声が無言のこの場に響く。

「人殺しは....ダメです。どんな悪者でも」

「なぜ。こいつらの持っている武器を見れば貴様でもわかるだろう」

 剣や斧、金がなくて追剝ぎをやっている彼らが到底買える品物ではない。すなわちそれは追剝ぎの末に殺して奪い取ったもの。

 彼らは人殺しだ。

 人を殺している人間が殺される。この世界では当たり前なのだろう。だが俺のいる世界では当たり前ではない。

「それでも....この人たちを殺していい理由にはなりません。少なからず、俺たちが」

 人を殺して、それらを奪って生きながらえている彼ら。そんな彼らを自分可愛さに相手を殺す、要は彼らの命を奪って安全を得る。

 何が違うというのだろうか、いや、同じだ。

「俺は....彼らと同じ人殺しにはなりたくありません」

「なら安心しろ。私も人殺しだ」

 そうだ、この人は軍人だ。人の命を奪うのなんか造作もないのだろう。おそらく何人も何十人も、彼女はこの手でいろんな人の命を奪ってきたのだろう。

「今更それ以上もそれ以下も存在しない。それに、こいつらを生かしておけば必ず同じことを繰り返す。ならば、これ以上こいつらの被害者を出さないようにするために自ら手を汚すしかない、違うか?」

「それでも....俺は嫌です」

 彼女の言うことは至って正論だ。それに反論する理由もない。何も言えずただただ彼女の腕を掴んでいるしかなかった。

「ハァ....わかった」

 彼女のため息。それと同時に突如彼女を掴んでいる腕の感触が消える。何が起こったのか、理解するのに数秒かかった。そして理解した時点でもう遅かった。

 腹部、鳩尾に衝撃が走る。

「か....は....っ」

 全身の虚脱感とともに体が崩れ落ちる。目の前に地面が迫り、雨上がりの冷えた地面に顔がぶつかり、意識が落ちる瞬間。必死に体を起こしてみた景色には、脳天から斬撃を受け頭から血を流している追剝ぎの姿と、それを行ったレギナの剣から滴る血だった。

「レ....ぎ....」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なぁ親父、なんで剣振ってんだ?」

「え? そりゃ決まってんだろ。異世界に突如召喚され、悪党や魔王をバッタバッタ切り倒して、ハーレム作るためだろ」

「親父また俺の部屋勝手に漁って本読んでたのかよ、あれ借り物だからな」

「もしくはあれだ、霊能力を身につけて人間に悪さする妖怪や魔物なんかを倒してってハーレムを作るためだろ」

「ハーレムハーレムって、いい歳して見境なしかっ!」

「まぁまぁ、俺だってまだまだ若いぞ?」

「40近くなった人間の言うことじゃねぇよ」

「まぁ、そんな冗談はさておきだ。俺が剣を振るう理由ねぇ....わからんな、40近くになっても」

「そんなに強いのにか?」

「強い弱いは関係ないさ。『我、この道を行く。ゆえに探求者なり』さ」

「....なんだそれ?」

「今一色流の開祖、今一色 楊苞が遺した言葉だそうだ。お前さ、この地球掘ったところに何があると思う?」

「え? そりゃマントルとか溶岩があったりするんだろ?」

「違ぇよ、地下帝国に迷い込むに決まってんだろ? 夢がないな~」

「そんなのあるかっ」

「本当に? お前見てきたのか? 地球を掘ってったら溶岩とかマントルがあるって」

「え? いや....それは....」

「それと同じさ、この先何があるかわからねぇし、確実なものもない。だったらがむしゃらに掘るなり進むしかない。正解も間違いもないこの不安定な人生生きるには、生きることに迷わないまっすぐとした信念が必要なのさ」

 だからさ。

「何もワカンねぇんだったら、わかんないなりにしゃんと胸張ってまっすぐ進んでみろよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 目が覚める、顔には濡れた地面の感触。両手をついて顔を起き上がらせる。周りには森、そして

 頬に残るこのヌメッとした感触、手のひらでぬぐうと一瞬にして赤黒く変わった。これは....血。

 手のひらから視線を外し、前を見た。

 頭の割れた追剝ぎの死体。

「....っ」

 小さな呻き声を漏らして後ろに後ずさった。

 これを彼女が....。辺りを見渡すと、追剝ぎのしたいと思われるものがたくさん転がっている。狭い獣道に所狭しと転がっている死体、腹の底から吐き気が込み上げてくる、そして

 血の匂いが敷き詰めるこの森の中に金属音が響いている。

 彼女だ。

「レギナ....レギナさん....っ」

 体を起こし、その金属音のする方へと足を動かす。道の脇の森に入ると、そこには木にもたれかかったまま死んだ追剝ぎや、地面にうつぶせになっている者もいる。そして確実に生存しているわけでもない。

 こんなのは地獄絵図だ。人間のすることじゃない。

 そして、吐き気と戦いながら足をふらつかせたどり着いた先にいたのは、全身に返り血を浴びたレギナ、そして剣を折られ、完全に戦意を失って木にもたれかかっている追剝ぎ。

「っ.....レギナさんっ!」

「....イマイシキ ショウ。何しに来た」

 雲の間から太陽が覗く、血に濡れた両手の剣、血に濡れた彼女の顔。それら太陽に照らされギラギラと光っていて、思わず身震いがした。

「もうやめてくださいっ! 十分でしょう、あんなのは人のやることではありませんっ!」

「私は人ではない。戦士だ、騎士だ、王都に仕える兵士だ。王都の平和、人々の平和が守られるというならたとえ自分の身を汚しても戦う」

 そう言うとレギナは左手の剣の先を追剝ぎへと向ける。

「ひ....っ」

「こいつらは人の命を奪うことで生きている。ならば魔物となんら変わらない、こいつらも人ではない」

 正論だ。

「でも殺していい理由にはなりません」

「ならばどうする、償いでもさせるつもりか。償ったところでこいつらの奪った命は帰ってくるわけではないぞ」

 正論だ。

「ならば彼を殺して何になるんですか、彼を殺して死んだ人間が戻ってくるわけじゃないんですよ」

「これからこいつらに奪われるはずだった命は救われる」

 正論だ。

 だが、それでもっ

「俺は、それでも人を殺すことで解決するとは思えないんです」

 その言葉を聞いたレギナは右手に持った剣の先をこちらへと向ける。

「それは優しさか? 慈悲か? いや、違うな。貴様が吐いているその言葉はそんなものじゃない。自分が汚れないための口実だ。それは優しさじゃない。弱さだ」

 そうだ、正論だ。俺は弱い、こんなの優しさではない。ただ自分が汚れたくないだけの口実だ。ただの臆病者の弱さだ。

 それでも、俺は自分を曲げない。

「レギナさん、俺は目の前でリーフェさんが死ぬのを見ました。もうあんな思いはしたくない。だから俺は....自分の守りたいものを守るために剣を振るいたい」

「貴様の理想を押し付けるな。私には私のやり方がある」

 レギナが動く。左手に持った剣の先が追剝ぎを襲った。

「....なぜ、そこまでして....」

「っ....自分の進む道のため....」

 レギナの剣はギリギリ追剝ぎの喉元で止まっていた。そしてその剣から精血が滴る、その剣を握りしめた俺の手から出る血だ。

「俺は誰も殺さない。誰にも殺させない。自分が傷つかないために、自分の大事な人が傷つかないために」

 しばらく無表情なにらみ合いが続いた。追剝ぎはその様子を息を飲んでみている。やがて、口を開いたのはレギナだった。

「いい加減離せ、私の剣が錆びる」

「あ、すみません....」

 レギナの剣を手から離すと、彼女は右手に持った剣を合わせて鞘に収める。

「やる気が無くなった。そのクズはどうするつもりだ? イマイシキ ショウ」

「え....と。とりあえず縛って、町に連れて行くとか....」

 二人で向かい合って話をして、確実に後ろががら空きになったその時だ。

「よくも....仲間をっ!」

「っ....!」

 背後から物音と殺気が迫ってくる。どうやら追剝ぎが俺たちに襲いかかろうとしているらしい。

 だが手元にはパレットソードが。

 どうやって防ごうか、考えていたその時だった。

「おい、その人間殺そうってんなら。まず俺と火遊びしねぇか? あ?」

 全身に炎を纏った人間の姿、輪郭なんかは見えないが、そこには透明人間が燃えているような不可思議な光景が広がっている。

 そしてその透明人間は追剝ぎの折れた剣を持った腕を掴んで、抑制している。

「サリーか?」

「ば、化け物....」

 それを言い残して、追剝ぎは意識を失った。たかだかこの程度で気絶するなんて....肝っ玉の小さいやつだ。

「おい....イマイシキ ショウ....あれはなんだ?」

「あっ....彼がその件の精霊です」

 さてどうしようか....

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒咲絹空
エッセイ・ノンフィクション
ふと、思った色のイメージとした 超短編小説です

独身おじさんの異世界ライフ~結婚しません、フリーな独身こそ最高です~

さとう
ファンタジー
 町の電気工事士であり、なんでも屋でもある織田玄徳は、仕事をそこそこやりつつ自由な暮らしをしていた。  結婚は人生の墓場……父親が嫁さんで苦労しているのを見て育ったため、結婚して子供を作り幸せな家庭を作るという『呪いの言葉』を嫌悪し、生涯独身、自分だけのために稼いだ金を使うと決め、独身生活を満喫。趣味の釣り、バイク、キャンプなどを楽しみつつ、人生を謳歌していた。  そんなある日。電気工事の仕事で感電死……まだまだやりたいことがあったのにと嘆くと、なんと異世界転生していた!!  これは、異世界で工務店の仕事をしながら、異世界で独身生活を満喫するおじさんの物語。

47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!

のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、 ハサンと名を変えて異世界で 聖騎士として生きることを決める。 ここでの世界では 感謝の力が有効と知る。 魔王スマターを倒せ! 不動明王へと化身せよ! 聖騎士ハサン伝説の伝承! 略称は「しなおじ」! 年内書籍化予定!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

処理中です...