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第1章 赤の色
第46話 布石の色
しおりを挟む昨日、なぜ彼女にあの剣を抜くことができたか。あの剣でわかっていることは、自分以外抜くことができない。自分以外が剣を持つと、その魔力消費量で気絶する。そして、あの剣には精霊が住み着いているということである。
ここで考えられる仮説は二つある。一つは、彼女も異世界から転移した、もしくは転生した存在であること。
もう一つは魔力の濃さが10を示すほどの高い魔力の持ち主か。
なぜそのように考えられるかは、自分にしかないものをそれぞれ絞った結果だ。この世界にとって俺は異世界人。そして無色ではあるが、一応魔力の濃さが10である自分である。
だが、そんなことを知ったところでどうこうなるわけではないが・・・
「おいっ! 貴様聞いてるのかっ!」
「・・・あっ、すみません」
今目の前にいる人物はレギナではない。別の男ではあるが自分に対しての態度はすでに犯罪者の尋問に近い。
「これは貴様の所持品で間違いないな」
「えぇ、そうです」
目の前に並べられているのは、一週間前自分が着ていた防具と、パレットソード、そしてこれから旅へ出ようとしてまとめておいた荷物一式がある。
「この防具は、どこで手に入れた?」
「パルウス工房でパルウスさんにハンドメイドで作ってもらった防具です」
「材質は龍の翼か、なかなかいいものを使っているではないか? 一冒険者が扱える代物とは思えないんだが?」
「その代金については自分で働いて返そうとしていました。ですが支払先はそのあとの緊急クエスト一件で帳消しになったはずです」
確かに、この防具を作ってもらったあとにガルシアさんが襲われて、リーフェさんが助けてくれる礼にと、ギルドで防具の料金を出してもらうという形で治ったはずだ。
「そうなのか? しかしパルウスというドワーフはあの平原で遺体となって発見されたぞ、それこそ丸焦げになってな」
「な・・・っ」
パルウスさん・・・亡くなったのか・・・。ふと思い出すのは、あの誓約書に書いてあった返済期限の一文『俺が死ぬまで』という言葉。
俺は、約束を守れなかったのか。
「お前が記憶がないと言い張っているその時だがなぁ、私もいたんだよ。盾兵としてな」
「・・・見ていた?」
「あぁ、そうさ。あの時の貴様はな、本当にそこにいる全員を目で殺すんじゃないかというくらいの形相だったよ。そして貴様は手に持った炎の吹き出る剣で隊長と戦っていたが、結局お前はなす術もなく隊長に気絶させられたというわけだ」
隊長に気絶させられたというのは間違いではなかったのか。
「それとだ。お前がしきりに握って離さなかったこれ、一体なんなんだ?」
そう言って、その男が指差したのは翡翠色の髪の束。
「・・・形見です。それに触らないで」
「形見ねぇ、一体誰の形見だ? この長さからして女だろう?」
「いいから・・・それに触るな」
両手にされている手錠が怒りでカチャカチャと音を立てる。だがそんな警告も聞かずに、その男はリーフェさんの形見である髪をしきりに触る。そして
「これはエルフの髪の毛か。長寿のエルフの髪の毛は良薬の材料だからなぁ、貴様これを売ろうとしていたのではないのか?」
「っ・・・しっ」
限界だった。
机の上に並べられてあるパレットソードを手錠で繋がれたまま、両手で持ち横に振るう。その遠心力で飛んだ鞘、そして露わになった白い剣身をその男の目の前に突きつける。
「もう一度言う、それに触るな」
「き、貴様」
次の瞬間、俺はそばにいた男たちに気絶させられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「昨日はうちの部隊のギャレットに手を出したようだな、イマイシキ ショウ」
「・・・」
言い訳はする必要はない。だがあれに関して言えば確実に向こうが悪い。しかしそんな発言をも許さないという感じで、レギナは俺を見ていた。
「さて、途中になった話をしようか。今の所考えであるのが、貴様が防具の支払いが滞るのを恐れ、パルウスを戦乱の中殺したという考えだ」
「そんな・・・ギルドの前で戦っていたことをメルトさんたちが証言してくれますっ」
「仲間内の意見だ。参考にできない。それに、お前も昨日あいつから話を聞いていると思うが、あの状態になった者はあのギルド職員と冒険者たちでも見たことがないそうだ」
ということは。
「お前があの状態になった後、パルウスを殺しに行ったとも考えられる」
そんな、あんまりだ。なんでこんなにも理不尽な証拠ばかりが上がるんだ。それはあまりにもこじつけに等しい。いくら理性を失っていたとして、あの平原で発見されたパルウスさんを殺しに行くだなんて。
ありえない・・・いや、考えたくないんだ。
「それとだ、昨日はギャレットのやつがすまなかった」
「・・・え?」
考え事をしている俺の前で、レギナは頭を下げた。思わずうつむいていた顔がレギナの方へと向く。
「人の形見をあのように扱ったのは、たとえ容疑者のお前相手でも許されないことだ。本当にすまなかった」
「い、いえ。俺も興奮して剣を突きつけてしまいましたし」
刀は人に向けるべからず。これは基本的な礼儀作法でもある。敵意のない人に刀を向けるというのは無礼にもほどがあるという話だな。
あの昨日のギャレットという男は悪意はあったものの敵意はなかった。
こちらも反省すべき点はある。
「さて、その話は終わりだ。さっきの話に戻そう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ハァ・・・」
「おうおう、人間てのはあんなに疑り深いもんなのか。ったく精霊よりタチが悪ぃ」
元の地下牢に戻された俺を待っていたのはサリーだった。全く男に待たれても嬉しいことなんざありはしない。
「そいつは悪かったな」
「そうか、こいつには俺の心の声が聞こえんだった」
壁に寄りかかっているサリーと備え付けのベットに腰をかける俺。そしてそんな状態で互いに無言である。
「そんでどうすんだ。その右手、どうにかする気があんのか」
「いや・・・わからん」
そして右手を見つめるが、炎の刺青は昨日と比べて広がっており、手首の上あたりまでに広がっている。
「さっさと頼むぜ、死んだら元もこも・・・ん?」
「どうした?」
「どうやら客だぞ」
ふと、サリーが地下牢の奥にある廊下の方を見据えていると思ったら、誰かが来たのか。いったい誰が・・・
「ショウさんっ! ショウさんっ!」
遠くの方から響くこの声には聞き覚えがあった。
すでに遠い記憶のような感じがする。
「メルトさん?」
「はいっ! はいっ! メルトですっ!」
守衛の人に止められながらも、鉄格子の前まで必死に近づいてくるその姿は、紛れもなくメルトさんだった。
「どうしてこんなところに」
「こっちのセリフですっ! なんでショウさんはこんなところにいるんですかっ! ショウさんっ! 先輩はっ! ガルシアさんはっ!」
守衛を振り切って、鉄格子の前に来たメルトさんはギルドの受付嬢の服ではなく、どこか質素な普段着を着ている。
そして、とても興奮しているせいか猫の尻尾が上にピンと伸びている。
「リーフェさんは・・・亡くなりました。俺をかばって・・・。俺の責任です」
「そんな・・・ガルシアさんは、ガルシアさんはっ!」
「ガルシアさんは・・・行方が分からないそうです」
ガルシアさんは、体の一部、すなわち腕なのだが死体は見つかっていないということだった。
その言葉を聞いて、その場にうなだれるメルトさん。これは俺の責任だ、俺がみんなの大事な人たちを守れなかったから、こんなにも悲しい顔をさせてしまっているんだ。
「ショウさん・・・わかりました。何が何でもあなたをここから出しますからっ!」
「・・・メルトさん、そんな大丈夫ですって。僕が何とかします」
「いえっ! 絶対に助けますっ! だって・・・だって今のショウさんはあの時の先輩の顔をしていますっ! 自分のせいにしないでくださいっ、現実から逃げないでくださいっ!」
「そんな・・・」
「先輩が守ってくれた命をっ! 無駄にしないでくださいっ! これ以上・・・大事な人がいなくなったら・・・私・・・っ」
目の前で守衛に止められながらも、そう泣き叫ぶメルトさんの姿は、今まで自分がどんな間違いをしていたのか、それを叱るかのような叫びにも聞こえた。
「いいですかっ! 絶対に生きてここから出てっ! また戻るんですっ!」
約束です。と言ってメルトさんは守衛に連れて行かれた。俺はその言葉を聞きながら、ただただ鉄格子の前でうなだれ泣き崩れることしかできなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「メルト=クラークがイマイシキ ショウに面会したそうです」
「そうか」
「このままでいいのですか、私が思うに彼は今回の件の原因とは思えないのですが」
「口を慎め、ガレア=ファウスト副隊長。今回の決定は王都からの伝達で決まっている」
「王都から?」
「そうだ、すでに処分も決まっているそうだ」
「しかし、急では」
「今回の件をさっさと片付けるための判断だろう」
主文
件の罪人である、冒険者のイマイシキ ショウを二日後斬首に処せよ。
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