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第1章 赤の色
第45話 始末の色
しおりを挟む通された場所は、机と椅子、そして武器を持った数人の男がいる部屋だった。この建物の構造は、外壁の中に部屋があったりするような構造であり、中心には運動場として大きな広場がある。そこで部隊の人間の訓練を行っているわけだが、訓練の声が部屋の中にまで聞こえて来る。
「うるさいところで済まないな」
「いえ、そんなことは・・・」
目の前に座っているのは隊長だと言っていた、確かレギナと名告っていたか。
「自己紹介は不要だな」
「えぇ」
「早速始めるとしよう。何、簡単な質問だ」
そう言って取り出したのは、見るからにも簡単とはいいがたい、調書の束が机の上に置かれる。
その量の多さに思わず唾を飲み込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まず、名前と年齢を言ってもらおうか」
「今一色 翔、19です」
「職業は」
「冒険者です」
ここまでは普通の質問だ、俺自身何の気概なく答えることができる。
「魔力の色は?」
「・・・」
「黙秘か、構わない」
目の前でレギナは調書の中にある書類にペンを走らせてゆく。どうやら黙秘権はあるみたいだ。
「次だ、イマイシキ。お前の出身地はどこだ?」
「・・・」
さて、これを答えるか否かだ。ここで俺は異世界から来た人間だと正直に話すのか、それとも黙秘をするのか。特に自分の立場をどうこうするという問題ではない、その気になればこのあとの展開が何らかの罪に問われて死刑になるというのでも構わない。
「黙秘か?」
「・・・お願いします」
結局答えなかった。このあとのことを考えれば、むしろ話を混乱させるだけだろう。レギナは変わらず、自分に対して特に何の疑いも持たない、というよりかは感情の読みづらい表情でこちらを見ていた。
「レギナさん・・・でよろしいですか?」
「ん? 構わないがどうした」
一つ行動に出てみようか。
「僕からいくつか質問よろしいでしょうか?」
「別に構わないが、私の知っている範囲で頼む」
思ったよりもあっさり話にこじつけることができた。ならばここでいろいろな話を聞いておくべきだろう。
「イニティウムから逃げたギルド職員のメルト=クラークという猫耳の女の子と、冒険者の人たちが逃げてきたはずなんです。その人たちの行方を知っていますか?」
「彼女たちなら、9番隊で保護している。安心しろ」
溜まっていた空気を外へと流す。よかった・・・彼女たちだけでも生きていてくれて・・・本当によかった。
「次の質問いいですか?」
「まぁ、待て。時間は沢山ある。次は私からの質問だ、君からの質問ばかりに答えるのはフェアではない」
確かにそうだ。それに今回は自分が質問される側だ。
「なら、身元の確認はギルド本部で裏をとるとしよう。では、本題に入らせてもらう」
先ほどまでの優しい空気感ではない。明らかに部屋の緊張感が高まるのを感じる。これは戦いにおける緊張感にも似ているが、俺はこれに勝つつもりなど毛頭ない。
「あの街で起きた魔物襲撃について、君はどう思っている」
「・・・よくわかりません」
これは本音だ、何故、魔物があれほどの量で俺たちのいる街に攻めたのか、その主犯格でもあろう、あのペシムという魔物は何故自分達のいる、あんな小さな街を襲ったのか。
「ただ、あの魔物の中でも主犯と言える奴は『美食を求めるため』とか言っていて・・・それ以外のことはわかりません」
「魔物が喋ったと?」
「えぇ、そうです」
するとレギナは持っていたペンを置き、しばらくこめかみを押さえ目を閉じてしばらく考え事をしている。そして目を開いた後、また元の表情に戻り質問を再開した。
「しゃべる魔物についての目撃情報は確かにあるな、まぁ仮に今回そいつが主犯だったと考えよう。そいつは一体どうしたんだ」
「殺しました」
そう、怒りのままに、俺自らの手で殺したのだ。それは間違いない。
「そうか。どうやって殺したんだ? 仮にも街一つを炎の海にするくらいの強者だったのだろう?」
「それは、その・・・剣で」
確かに剣だった、しかしあの時は勢いに任せた戦い方だったし、仮にも剣が日本刀に変化して、その熱で焼き殺したなんて話を信じてはもらえないだろう。
「ほう、その剣とはこれのことか?」
そう言って、レギナは振り向き後ろに立っている男に目配せをすると、その男は背後から一振りの剣を取り出す。
それはまぎれもない、俺のパレットソードだった。
「えぇ、それです」
「そうか、この剣で・・・」
次の瞬間、
目の前で座っていた机がきれいに縦に一刀両断される。
何が起こったのかわからなかった。呆然としてその様子をただただ眺めて、しばらく正気を取り戻し、その張本人であろうレギナの方に向く。
彼女の手にはパレットソードが握られていた。
「フン、良い切れ味だな。貴様、本当にあの一週間前の出来事は覚えていないのか?」
「へ・・・っ? え? 一週間?」
一週間前、彼女の言葉から考えると魔物の襲撃があったあの日からすでに一週間が経っているものだと考えられる。まさか・・・そんなことが・・・
「お、教えて下さいっ! 一週間前? 説明してくださいっ! いったいあの街で何があったんですかっ!」
「説明? そんなことは自分が一番分かっているのではないのか?」
自分の鼻先にパレットソードの剣先が向けられる。そして自分に向けて剣を向けている人間の眼を見て思った。
この人は本気で俺を殺すつもりだと。
「もう一度聞く、貴様がそのしゃべる魔物とやらと対峙した後、街にいったい何をしたのか、答えろ」
「俺はその後この剣で魔物たちを斬って、その後・・・記憶がないんです」
「記憶がない? ふざけたことを抜かすな。冒険者ならば知っての通り魔物は火を嫌う習性がある、魔物が本当にあの街にあれほどの火災が起こせると思っているのか?」
確かに、魔物は火を嫌う習性がある。だが、あの魔物たちは街に設置していた松明を持っていた、ではもしあれが誰かに操作された魔物だとしたならば、本能を押さえ込まれて操られていたとしたら、しかしいったい誰がこんなことを・・・
「それにだ。この剣を貴様、どこで手に入れた」
「え、その、荒野で拾って」
「荒野で拾った? うちの部隊の鍛冶職人たちにこの剣を調べさせたら現在の鋳造技術をもってしても製造することが不可能な剣だと言っていたぞ。それこそ王都に保管されている宝物庫の中に入っていても全くおかしくないシロモノらしいのだが?」
そのことに関してなら、あの消えた鑑定師ステラ=ウィオラーケウスも言っていた、神話級のシロモノだと。確かにたかが冒険者の扱うべき武器ではないのだろうが、自分が扱えてしまっているのだから・・・しょうがない
「では、望み通り貴様が一週間前何をしたのかを教えてやろう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鉄格子の中、この言葉が意味するのは重罪を犯した人間の行く場所だ。そして今まさに俺は鉄格子の中にいる。地下にあるせいか鉄格子の外にある廊下には松明で火が灯されている。そのおかげで鉄格子の中もそこそこ明るい。
「ハァ・・・そんなことが・・・」
あの後、話された話では自分があの剣を持ってあの女、レギナ=スペルビアに斬りかかり気絶させられたということだった。自分自身全くもって記憶がない、確かにあの剣が日本刀に変化し、それで魔物を斬っていたというのは覚えている。だが間違っても俺は人に斬りかかったという記憶がないのだ。
「おい、サリー。お前ずっとあの部屋にいただろ」
「いたに決まってんだろ。お前には見えなかったのか?」
茶化したように言っているが、こいつは俺があの馬車から降ろされるところからあの部屋で尋問されている時も何食わぬ顔でずっとそばにいたのである。
「お前以外に俺の姿は見えない、一応仮契約を結んだ身だからな」
「幽霊かお前は」
それにしてもこいつは全て知っているのだろうか、俺が意識をなくした後の行動についても、全てを。
「あぁ、知ってるさ」
「だったら・・・なんで止めなかったんだ」
「甘ったれるんじゃねぇ、俺はあくまで協力すると言っただけだ。力を貸す以外、またはそれ以上のことをするなんてことはできねぇよ」
だが、あの時お前は俺の体を使って守ってくれたじゃないか。
「あの時は特別だ、どちらにしろテメェに死なれてはこまんだよ」
「俺が死んだらどう困るんだ、お前は」
「単純だ、俺も死ぬ」
その意外な言葉に息を飲む、自分が死ねばこいつも死ぬというのか、いったいどういう関連で死ぬとこいつは言っているのだろうか、それに、物事の展開があまりにも急で頭がついていけない。
「お前とはさっきも言った通り、お前と俺の関係は仮契約だ。本契約だったりするならばまだ大丈夫なんだが、仮契約の状態で片方が死ねば片方も死ぬ、それが嫌だったら本契約を結べばいい」
ちなみに、契約破棄は契約をしようとした本人が死ぬことになるからな。と念を押された。このことに関してははっきり言ってどうでもよかった。しかしどうも他人の命を巻き込んでいるものだと考えると行動がしづらい。
「最初に言っておくが・・・死のうなんて考えたら全力でテメェを止めるからな」
「なんだ、全部まるわかりか」
あのレギナという女は、このまま黙秘を続け自身の潔白を証明できる素材が集まらないならば、死刑にする事も可能だと言っていた。
正直に言ってそれでもいいと思っていたのだが、どうやら筒抜けだったらしい。
「言ったと思うが、お前に選択肢はない。もしそれでもお前が死のうなんて考えてるんだったら、俺はここにいる人間を全員焼き殺しに回って逃がしてやる」
「・・・ハァ、わかった死ぬのは諦める」
こいつだったら本気でやりかねない。大勢を巻き込んで死ぬなら一人でひっそりと死にたい。
「にしてもあの女、本当に女かよ。俺の知ってる女はもうちっと愛嬌ってのがあったぜ」
「それはしょうがない、あの人は戦士だ。それに男だらけの職場なんだから自然とそうなるだろう」
あの人は、女性というにはあまりにも刺々しい。それに関しては仕方がないだろう、だが仕方ないでは済まされないことが一つある。
「あぁ、そうだな」
「わかってたのか?」
「当然だろ」
あの人、レギナ=スペルビアはなぜあのパレットソードを抜くことができたのかということ。
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