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第1章 赤の色
第42話 出動の色
しおりを挟む「本日はこれまでっ! 解散っ!」
イニティウムから離れて二日ほど経ったが、これといって大きな出来事などはなく、軍の出動要請など気にせず平穏な自己鍛錬の日々が続いている。
そろそろ日が沈み始める頃で、暗くなる前に訓練器具の片付けを部下に命じたあとテントの中で、椅子に座っているところだった。
「レナ、魔小隊の人間が会いに来てるぞ」
「人前でレナと呼ぶな、ガレア」
後ろに立っている図体のでかい男は9番隊の副隊長でもあるガレア=フェルディウス。
切り込み隊からは尊敬を集めいるらしいが、私から見ればただの筋肉の変態にしか見えん男だ。
するとテントの中に入ってきたのは体にあっていないぶかぶかのローブを着込んだ小さな魔導師だった。そしてその姿に私は見覚えがあった。
「お前は、魔小隊のロッソだな」
「は、はい。あのねあのね、聞いて隊長さん」
身長は私の腰くらいまでしかない。まだ10歳にしかならない少年で、この部隊で最年少の魔導師だが、その才能は折り紙付きだ。
そんな小さい魔導師が私に何の用だというのだろうか。
「なんだ、聞いてやるから落ち着いて話せ」
「うん、あのねあのねこれを見て欲しいんだ」
彼は大きすぎてブカブカになっているローブの中からごそごそと何かを取り出す。それはボロボロになった巻紙だった。
「この巻紙がどうかしたのか?」
「これを見て見て」
身長が小さすぎてテーブルに届かないのか、巻紙をテーブルの上に広げられない。仕方がなく、彼を抱き上げ膝の上に座らせると満足そうな表情で巻紙をテーブルの上に広げ始めた。
「これは?」
「うん、僕が作った魔道具の地図なんだけどこれを見て」
それは、今現在彼の手作りの地図の下敷きになっている地図なんかよりずっと下手くそに書かれたものではあったが別に場所がどうこうとかわからないわけではない。
そして、それらを眺めているとある一部分がまるで葉巻を押し付けられたかのように焼け焦げているのである。
「ん? どうしたんだこれは?」
「うん。さっき気づいたんだけど、これを見て欲しかったんだ」
ロッソの目つきが変わる。彼は魔術の才能がある、それはすなわち軍において利用価値が高いということを意味する。彼はもともと2番隊所属の魔導兵団の一員であったが彼が幼いということのほかに彼の純粋無垢な部分が、兵の士気に悪影響を与えたということで追放寸前のところを9番隊が拾ったという話がある。
「いつも街に寄った時とかに軍の応援要請のために鳥さんを置いていくでしょ?」
「あぁ、それがどうかしたのか?」
「あれには真っ直ぐ僕たちの部隊に飛んでくるように方向調整魔道具を装備させてるんだけど、この前から少し改良してその進路とかを表示できる魔道具を開発していたんだよね」
私は剣を専門にしていて、魔術のことは一般人程度の知識しかないが、少なからず彼はあの鳩につけている魔道具に新しい機能として進路であったりを表示する機能を取り付けたというわけなのだろう。
「だが、別にいつも通り軍の要請があった時には真っ直ぐこっちに飛んできているだろ。別にいらないんじゃないのか?」
「問題は本当に真っ直ぐ飛んでこれるかじゃなくて、飛んでいる時に問題があるんだよ、隊長さん」
「飛んでいる時か?」
「そう、もしも敵なんかの砲撃で万が一こっちに飛んでこれない状況があった場合の信号としてこの魔道具の地図を作ったんだ」
そして、それが今回のこの地図の焼け跡に関係しているというわけか。
「この焼けている場所は・・・イニティウムからさほど遠くないな」
「うん、この焼け跡はあの鳥さんに何かがあった証拠だね」
なるほどな、今度訪れる街にはこの魔道具を採用した鳩を置いてくることにしよう。
「ご苦労だった、この功績をたたえ、今日私が食べるはずだった果物を食べていいぞ」
「え!? いいの!? やった~っ!」
魔道具、魔導師として天才的な彼が唯一見せる子供の姿がこんな瞬間だとは嘆かわしい時代だ。そう思いながら、彼は私に地図を差し出しスキップをしながらテントの外へと出た。
「それで、レナ。どうすんだ?」
「どうもこうにも、行ってみるしかないだろイニティウムに」
地図は読みづらいが、彼の言うことが正しいのならばこの鳩は距離的にイニティウムを出てこちらに向かおうとした時に何者かに迎撃された、ということになる。
少なからずこちらに鳩を飛ばしたということは異常事態であることに変わりはない。
「ガレア、部隊を招集しろ」
「はっ! どこの部隊を?」
「お前の切り込み部隊とアランの弓兵部隊を派遣する。私はしばらく留守にするから留守の間、お前が9番隊の指揮を行え」
「わかりました。『戦場のコンダクター』の活躍期待しております」
「その名で呼ぶな、いったい誰が広めたんだ。その二つ名は」
「私です、隊長」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日暮れ、今回招集した部隊の数は100人弱だ、今回は何が起こるかわからない、そして何が起こっているかわからない状況だ。あまりそんなことで貴重な兵を動かしたくはないのだが、あのイニティウム支部での滞在の際に受けた恩はここで返さなくては。
「諸君っ! 我々は以前世話になったイニティウムでの応援要請に応えるべく出動する。応援要請内容は不明、しかし何かが起こったのは事実であり、我々に助けを求めている以上は見過ごすわけにはいかないっ! 諸君の働きに健闘するっ!」
私の掛け声とともに、部隊の人間が大地を震わす返事を持ってして返す。
「前進っ!」
先頭をどこまで持つ続く平原のなか馬を使って走り続ける。後続に続く馬車、および戦車の数は15騎ほど、これだけいれば何かがあったとしても対処することはできるはずだ。
ここからイニティウムまではおよそ3時間ほど、何はともあれ街の人間が無事であればいいのだが、そう一抹の不安を抱えながら馬を走らせる。
約2時間後
すっかり日が落ちて暗くなった夜道を後ろで走っている馬車や戦車に明かり灯らせ、前方の道を明るく照らして走っているところだった。だんだんと見慣れた風景が見えてきており、イニティウムも近いと思った、そんな矢先だった。
「・・・っ、全軍とまれっ!」
人影、明かりに照らされ遠くの方に人影が見える。人数はおおよそ15~20くらいか。
魔物ではないと思うが、まずは私だけでも近づいてみるか。
「そこっ! 何者だっ! 返事がなければ攻撃を行うっ!」
「・・・王都、騎士団? 王都騎士団ですかっ!」
返答したのはどうやら女性のようだ、しかも若い。もしかしたらイニティウムの人間か?
「お前っ! イニティウムの人間かっ!」
「はいっ! イニティウム支部ギルド嬢のメルト=クラークですっ!」
メルト=クラーク・・・確かあの獣人の娘だったか。しかしなんでこんな暗い夜道を娘が集団でいったい・・・
「おいっ! 馬車を一台こっちによこせっ! 教えろ、いったい何があった」
近づくとその獣人の娘はひどく憔悴仕切っていて、魔力欠乏症の症状も出始めているのがわかった。そして後ろにいたのはおそらくイニティウムの冒険者であろう男たちだろう。
「先輩が・・・っ、ショウさんが・・・っ! ガルシアさんが・・・っ!」
「落ち着いて話せ、大丈夫だ。お前たちの身の安全は保障する」
「街に魔物の大群が来て・・・っ! それで・・・っ!」
魔物の大群、なぜそんなものがあの街に。そもそも魔物が軍のようなもので現れるものなのか、ゴブリンのような弱小の魔物たちが集団で行動するのならばわかる、しかしそんな弱小な魔物が集まったところでこの娘たちが逃げてここまで憔悴するようなことが果たしてあるのか?
疑問は、尽きない。しかしこれは緊急事態だ。
「この娘と冒険者たちを軍のキャンプへ連れていき治療を行わせろ。残りの部隊はそのまま前進するっ!」
そして、避難してきた人間たちを全員馬車へと乗せて行き、残りの軍でイニティウムへと急ぐ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
地獄、とはこのことを言うのだろうか。
街全体が、
見る影もなく、
赤い炎に包まれている。
街に向かう中、遠目から暗闇の地平の向こうから、まるで太陽が昇るかの如く明るい光が見えたのが、それは街の明かりではない。
人々が生活をしていた場を滅ぼす光だった。
「総員っ! 消化準備っ! 及び生存者の確認を急げっ!」
全員返事をする間もなく、それぞれの作業に入った。青色の魔術が使えるものは消化活動に、腕っ節に自信のあるものはそれぞれに散って建物などの残骸をひっくり返し捜索へと当たっていた。
魔物、しかし魔物が本当にこれをやったのか? 信じがたい、基本魔物は火を怖がるはずなのになぜ・・・
殺気・・・っ!
人などはいないだろう。となれば魔物か? しかし魔物にこんな殺気が?
剣を抜き周囲を見渡す。周りにいるのは作業に没頭している隊員たち、どうやらこの殺気に気づいていないとでもいうのか?
炎の中を進んで行く、煙の匂いと酸素の薄さに頭がクラクラするがもしあれが、あの殺気の正体があの獣人の娘の言っていた先輩、もしくはショウという人物なのだとしたら。
ん? ショウ?
聞いたことがある名前だと思った時、それは突如として私の前に現れた。
「く・・・っ」
持っていた剣でなんとか防いだ。しかし防いだはずの剣は何かに当たった衝撃で・・・いや、この断面図は溶けてる?
「何者だっ! 貴様っ!」
突如、不意打ちを与えた人物は私の目の前に転がっておりその姿は人間にも、獣にも見えた。
「もう一度言うっ! 何者だっ!」
むくりと起き上がった、それは悪魔のようにも思えた。
黒い髪に混じって、炎のような赤色の髪が混じっており、
その全てを燃やし尽くすようにユラユラと揺れる真っ赤な両眼。
だが、その顔立ちに、その変わり果てた姿であったにしても、どこか見覚えがあった。
「お前・・・、イマイシキ ショウか?」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで・・・死んだんだ死んだんだ死んだんだ死んだんだ死んだん・・・寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい?」
正気ではない、右手に持っているのは何か棒状のもの。あれは剣なのか? にしても先ほど切られたのが護身用で良かったと安心している。
本命はこっちだ。
そう思い、右の腰にぶら下げてあるもう一本の剣へと手をかける。
「僕は悪い?あいつが悪い?弱いのは嫌だ、強くそう強く、魂を売れ魂売れ、屍でも屍でも、食材色材贖罪」
「落ち着けっ、まず私の話を聞くんだ。その剣を置け」
「守れない守れない・・・これを置いたら守れないんだぁあああああアァァァァァァァァああああああアッッッッッッッッ!」
開戦。
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