異世界探求者の色探し

西木 草成

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第1章 赤の色

第40話 色の色

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 外に出ると、リーフェはすでに片膝をついて苦しそうに両腕を前にやったままその魔力の壁を維持していた。

「リーフェさんっ!」

「・・・っ、みんなはどうしましたかっ!」

「全員避難させました、これで残っているのは僕とあなただけです」

「そう、ですか・・・よかったです」

 俺の手に握られているのは、パレットソードの鞘でできた盾と、冒険者の置いていった短剣だ、未だにパレットソードは奴の心臓に突き刺さったままらしい。

 そんな状態であるにもかかわらず、奴は片手で未だにあの暴虐的な砲撃を続けている。そして完全に防いでいるわけでもないので飛ばされた攻撃の一部は家などに着弾し、そこらで火柱を上げ燃え広がっているのがわかる。

「王都騎士団は・・・まだ来ないんですか」

 リーフェが苦しみ紛れに言うが、さすがにもうこれはおかしいとしか言いようがない。なぜ彼らは来ないのだろうか、まさか連絡が行き渡っていないとでも言うのだろうか、そうならばいったい誰が。

「オウトキシダン? あぁ・・・あの汚い都の犬どもか」

 緑のオーラの向こう側で砲撃の爆音に紛れて良く響く声が聞こえてくる。すでに爆炎で奴の姿もはっきりと見えるわけだが、その姿シルエットは人間そのものだ、しかし炎に照らされた奴の姿は人ではない。

 鬼だ。

「そういえば、空の方をふと見たときになんだか目障りなものが飛んでいたものでなぁ。思わず殺してしまったよ、食えたものでもなかった」

「「!?」」

 そう言ってこちら放り投げてきたものは、元は鳩みたいな白い鳥だったのだろう、しかしその面影もなくボロボロにされたその生き物の首はしっかりと魔石らしきものがぶら下がっており、その姿を見たリーフェは

「それは、王都騎士団への応援要請用の伝書鳩・・・」

「ということは」

 応援はもう来ないのか・・・

 絶望だ、なんて悲観的なことは考えることはできなかった。それはこの場における自分の考えの緩さなのか、もしくは自分がこの状況打破するという愚かさなのかは自分でもよくわからなかった。

 綺麗に言うならば責任感、とでも言っておくか。

「まぁ、そんなことはどうでもいいか。ともかくそのエルフの魔力が底をつくまでじっくりと焼いて差し上げなくてはなぁ?」

「く・・・っ」

 リーフェの魔力が底をついているのはよくわかった。目の前に張られている緑色のオーラもだんだんと薄くなってはいるし、だんだんと奴の攻撃をそらすことなく貫通させていて、俺の頬をかすめたりと危なっかしい。

「リーフェさん・・・」

「ショウさん、お願いがあります」

 俺が話しかける前にその言葉は遮られた。そして

「私の髪を、その剣で切ってください」

 不吉だ、人の髪を切るという行為は日本にいた俺には十分にわかった。呪いとかそういったものの類はよく聞く、だがそれ以上に髪を切って残すという行為は自分が存在したという証を残すための行為だということは親父から聞いていた。

「ショウさん、私は誰かに自慢できるような、誇れるような人生を歩んできたとは到底思えません。自分の存在を残しておきたいだなんて考えも、もはや許されることではないのかもしません。ですが・・・」

 私は、一人の人間を、一人でも多くの仲間を守って死んだという証を残しておきたいのです。

「これが、たった一人の肉親を守ることのできなかった私の贖罪です」

 ですから、お願いします。

 だんだんとリーフェの顔からは生気が失われてゆく。見ればわかるし、だんだんと奴の攻撃が通るようになり背後にあるギルドに甚大な被害が出ている。

「・・・わかりました」

 もはや言うことはあるまい、彼女の綺麗な流れるような翡翠の髪に手をかけ俺は短剣でそれを切り落とす。正直言って女性の髪を切るのには抵抗があった、だが他ならぬ彼女の願いだ聞き届けてやらねばなるまい。短剣は思ったよりも鋭く何の抵抗もなく、彼女の背後から髪を切り落とすのは容易かった。

 あとは後ろを向いて、逃げた・・・もとい避難した冒険者の元へと向かう



 とでも言うと思ったか。


 
 リーフェの髪を自分の手に巻きつけ、その手で短剣を握る。

「リーフェさん、お疲れ様でした。次は俺の番です」

「ショウさんっ! 何をっ!」

 緑のオーラの外に出るのは簡単だった。俺は未だ砲撃の続く場所へとまっすぐ歩いて行く。

 そして、砲撃は止んだ。

「お前は、さっきの人間か」

「あぁ、そうだ。今一色 翔、冒険者であり探求者だ」

「タンキュウシャ? そんな職業は聞いたことがないな」

「名告れ」

「何?」

「聞こえなかったか? 名告れと言ったんだ」

「ほぉ・・・申し遅れたな。俺の名前はペシムとでも言おうか。何しろ昨日お前らの戦ったあのカラスと同様俺もただの魔物だったものでなぁ」

 一歩一歩近く、そいつの足元からは炎が吹き出ている。そして俺が砕いたはずの両膝は炎を上げて修復をしているようにも思えた。

 そして、そいつは俺が胸に刺したパレットソードの柄を手に取り、それを自らの手で引き抜きこちらへと放る。引き抜いたその心臓の部位からは血が流れるのかと思いきや、体に赤いラインが走り心臓あたりを中心にそれが炎となって修復されている。

「この剣・・・俺にとっては微々たるものだが魔力を吸収する類のものだろう。しかし、お前がそれを扱えるとは・・・本当に人間か? 貴様」

「どうでもいい」

「そうか・・・なら虫の息にして聞くかっ!」

 標的1

 標的からのまず走り込んでのストレートの拳打、正面から盾で防御するのは危険と判断。

 左腕の盾の角度をずらし、拳打を裁く。

 標的から右足からのヒザ蹴り。

 それを短剣の柄で防御。

 その時の衝撃で短剣にヒビが入る。

 反撃。

 そしてその時初めて気づいた。こいつの腕がなぜリーフェのククリナイフを裁くことができたのかを。

 こいつの腕にはまるで斧のような武器が生えているのだと。それは鉄ではない、骨だ。

 勝機。

 腕から直接武器が生えているということはリーチが少ない。魔法の攻撃を近距離で放たれるようなことがなければ確実に剣で仕留めることは可能だ。

 問題。

 奴の回復力どう上回って奴に致命傷を与えるか、それをなんとかしなければ確実に俺の体力が持たない。

 ひび割れた短剣を強く握りしめ、先ほど放られ地面に刺さったパレットソードを手にする。その時に地面を滑らせるようにして引き抜いたことから土煙が舞い、奴の目潰しにはなる。

「・・・く」

 案の定うまくいった。

 奴は手をクロスさせ攻撃に備えている。だが無駄であるということを言っておこう。

 逆風、下から剣で切りつけまず防御崩す。そして防御が外れた胴にそのまま横一文字で短剣で切りつける、そこが限界だったようだ。

 斬りつけた後に短剣は完璧に砕けてしまった。だがまだ反撃の手は緩めない、左手に持っていたパレットソードをそのまま右手へと持ち変える。しかし

 その隙に奴からの振り下ろされた拳が俺を襲った。

 すかさず防御、いや違う

 これはフェイクだった。

「カハ・・・ッ!」

 本命はストレートだったのである。

 もろ腹にストレートを食らった俺は後方まで転がりながら吹き飛んでゆく。

「相手にもならねぇ・・・死ねよ」

 奴の手に魔力が集まるのが朦朧とした意識の中で見えた。体を動かさなければ確実に死ぬ。必死に起き上がるが膝をつくので精一杯だ。

 さて、かっこいいことを言っておきながら結局はこんなザマか。つまんない人生だったか? いや、最後の最後まで人を守りきって死ぬことができるんだ。どうかリーフェさんだけでも生きていてほしいし、メルトさんも無事に逃げてくれたことを願うばかりだ。

(よく死にかけるな、小僧)

 いったい誰なんだ? 昨日の時といい、お前はあれか? もう一人の俺的なアレなのか? あいつが俺で俺があいつでみたいな。

(そんな軽口たたいてんのは余裕だからか? それとも諦めてるからか?)

 ・・・後者だな。

(まずはじめに言っておこうか、テメェ死なれちゃ困るんだよクソガキ)

 もうやるべきことはやったんだ、せめて最後まで静かにしてくれないか。お前あれだろ俺の自己嫌悪の塊みたいなやつだろ。

(アホ、そんなことよりいいのか? お前こんな話ししている間に死ぬぞ)

 もういいんだよ、やるべきことはやったんだ。

 炸裂音、おそらくやつの魔法が発動したのだろう。あんなもの盾を持ってしても防げなかったのに、食らったらおそらくミンチだろうな。

 静かに目を閉じその時を待つ。

 ハァ・・・最後にリーフェさんとか、ガルシアさんとか、メルトさんと一緒に料理をつくりたかったな・・・

「ショウさんっ!」

 リーフェの声が聞こえた。そこまでは良かった、次の瞬間

 俺の体は大きく揺れて飛ばされた。

 何が起こったのか理解できない、何が起こったのか理解できない。

 ただ分かっていることは、今俺は生きている。何で生きている?

 では、



 今目の前で燃えている人物はいったい誰なんだ。



 



 
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