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第1章 赤の色
第39話 憤怒の色
しおりを挟む体を動かせたのは背中の温もりが消えた直後だった。
「リーフェさんっ!」
剣を抜き、背後に迫っていた正体をその目にした。
悪魔でも死神でもない。ただの人間じゃないか、こいつは
だが、それは暗闇でシルエットとして浮かび上がっていただけでその姿をよく見ることはできない。しかし未だにその殺意の塊のような感情は俺たちに向けられていることはよくわかった。
「あなた・・・っ! あの人に・・・あの人に何をしたんですかっ!」
今まで見せたことのない、ナイフの動きで。目にも止まらないとはこのことを言うのだろうか、まさに目に見えない速度でククリナイフが振るわれてゆく。
そして、
それと同様に、目に見えない速度でそれらをさばいている化け物がそこにいた。
「・・・っ!」
これ以上の攻撃は無意味だと思ったのだろう。最後のひと振りで足蹴りを食らわせた後、攻撃から離れこちらまでひとっ飛びで戻ってくる。
「・・・なん、で」
「リーフェさん、何を見たんですか? 教えてくださいっ」
「40年近く一緒にいた人の手・・・絶対見間違えるわけがありません」
手、そんなものがどこに・・・
その時、雲の割れ目から出た二つの月光が地面を明るく照らし始める。異常なまでの魔物の死体、そして
何か金属の棒状のものを握った、おそらく男性の人間の手首。
「まさか・・・ガルシアさん」
「ショウさん、私一人であいつに勝てません。今まで通りで私が隙をつくりショウさんがとどめを刺してください」
「・・・わかりました。全力を以て」
リーフェは何も言わなかった。だが感情的にはならず、街を守るということが第一であるということを諭された気がする。
すでにリーフェは前衛姿勢で相手の様子をうかがっている。
「・・・行きますっ!」
リーフェが先行、先ほどの動きとは打って変わり倍のスピードで相手を切りつける。だが相手も化け物、その倍のスピードについて行っている、片手でだ。
『レウィスっ!』
確か体重が軽くなる魔法だったか、リーフェの体が魔法発動と同時に淡い緑色のオーラで包まれ、先ほどと比べさらにスピードが3倍近くに跳ね上がる。さすがの化け物も対応できなくなってきたのだろう、片手で防御を続けていたのに対して今度は両手で防御を始める。
剣を鞘に収め、抜刀術の姿勢をとるために体を低くさせる。
スゥ・・・
・・・ハァ
『今一色流 抜刀術 風滑り』
リーフェは今敵の頭上で連続的に攻撃を行っている、だったら下半身すなわち足には絶対に防御が回らないはず。
抜刀術 風滑りは決して斬ろうと思わなくても両足の関節を砕くくらいの威力を持つエグい技だ。
一閃
リーフェが離れ俺の後方には右膝を砕かれた化け物の姿があるはずだ。
いや、
右膝だけでは足りないか。
地面を滑りながら家の外壁に無理やり剣を刺し、方向転換を行う。全身を身体強化術で覆い、再び剣を鞘に収めた後、化け物に向かってもう一度抜刀術を放つ準備をする。
『今一色流 抜刀術 風滑り』
一閃
そして再び放った抜刀術は両膝を砕いた。十分に手応えを感じた。これならばとどめをさせる。
離れたリーフェの姿が見え、今度は地面に剣を刺し再び方向転換を行う。
今持っているのは日本刀ではないが、日本剣術において最強の技、
それは突きだ。
中学生以下が使用禁止にされるほどの強力な技、剣道でも禁止されるならば真剣でやったら一体どうなるのやら。
実際にこの技も親父に教えてもらったのは中学生を過ぎてからだった。
体を低くさせた姿勢のまま、体全身をばねのようにして、その剣先を一点に集中させて放つ技。
『今一色流 剣術 翡翠』
その剣は確実に心臓を貫いた。
そして俺は刺さったままの状態の剣を残し、敵から離れる。
『スクトゥム』
何かが起こってもおかしくないように、一応ではあるが右手に盾を装備させていての行動を見る。
そして気付いた。
なぜこいつは両膝を砕かれているにもかかわらず立っているのかということを。
「フ・・・ハ・・・痛いではないか、人間」
殺意が膨らむ、これは魔法の発動に近い殺意だ、あのガルーダとかいう魔物発していたオーラと同じ類の殺意だ。
「っ! ショウさん下がってっ!」
「いえっ! 迎え撃ちますっ!」
そうだ、この盾はどんなことがあっても傷ついたことはない。全身に身体強化術を二重三重も張れば防げるはずだ。
そう思っていたのが間違いだった。
あのガルーダという魔物が放った炎の矢、あれは連続して離れたのが脅威だった。しかし今回は
量も質も脅威だったのだ。
放たれたのは矢ではなく、炎の弾だった。例えるならば大砲をガトリングで撃ったような、そんな質量と威力だった。
そして当然、そんなものを防げるはずもなく、俺は数秒も持たないまま地面にへばりつくことになったのである。
『其は風 迫る脅威を 緑の名の下に 退けたまえ レシスタンシアッ!』
リーフェが詠唱し、両腕をまえに出すと緑色のオーラでできた壁が目の前に現れる。そしてそれは、奴の攻撃を消すことはなくても奴の攻撃をこちらに向かわせないように反らせて見当違いな方向へと飛ばしている。そのおかげで後方にあるギルドは守られている。
「・・・っ、ショウさんっ! ギルドにいる人たちを連れて逃げてください。退路は私が守りますっ!」
「ですがっ!」
それではっ
「いいからっ、構わず行ってくださいっ!」
絶対に助けなくては、ガルシアは死んではいない、おそらく彼女はガルシアが死んだものと思って自暴自棄になっている、そうに違いない。だが、後ろにいるギルドの人たちを逃すのは今しかない。
「残ります、しかしギルドの人を逃がした後ですからねっ。リーフェさんっ!」
そう言って、俺は地面から起き上がり全速力でギルドの中へと戻る。実際のところ先ほどの砲撃で右腕を完全に折ってしまったがこの際左手でも戦うことにしよう。
ギルドの中に走り込むと、すでに外の騒ぎを聞いて起き出した冒険者が各々武器を持って立ち上がっているところだ、だが今彼らを戦わせるわけにはいかない。
「みなさん、急いでギルドの外に出てくださいっ! まだ気絶している人は動ける冒険者が担いで行ってくださいっ!」
俺の必死な形相が効いたのか、誰もこの意見に反論することはなかった、全員が武器を収め、それぞれが気絶している冒険者を担いでギルドの裏口へと急ぐ。
「ショウさんっ! 先輩はどうしたんですかっ!」
「リーフェさんは今、俺たちを逃がすために魔法で攻撃を防いでくれている」
「そんな・・・私もお手伝いにっ!」
裏口へと回る冒険者の流れに逆らってこちらにきたのは他でもない、メルトさんだった。その表情はいつものたどたどしく弱々しい彼女の目ではなかった。
「・・・ダメです」
「どうして・・・っ!」
「・・・リーフェさんは、冒険者としてではなくギルド職員として職務を全うしようとしています。ならば、同じギルド職員である、あなたもそれに応えるべきではないでしょうか」
リーフェさんは、自分の罪の意識で冒険者の職から退き、これ以上誰も死なせないために受付嬢という職を選んだ。今回も同じだ、彼女は決して冒険者に戻ったというわけではないのだろう。
俺も、それに応えなければならない。
「ショウさんはっ! ショウさんはどうするんですかっ!」
「俺は・・・残ります」
「なんで・・・っ、私たちと一緒に逃げてください」
そう、リーフェさんがそういう気持ちでいるのならば俺も一緒に逃げなくてはならない、そうでなければ筋が通らない。だが
「大丈夫です、僕は死んだりしませんから。メルトさんは冒険者のみんなの移動をお願いします」
「・・・っ・・・右腕を見せてください」
俺は言われるがままに右腕をメルトの方へと差し出す。正直言って気を失いそうなくらい痛いが、この状況が俺をそうさせていないのだろう。
メルトは腰に巻いてあるベルトから小さい小瓶を取り出して、俺の右腕にその小瓶に入った液体を振りまく。
『其は水 癒しを求めんと欲す メディキーナ』
振りまかれた液体は右腕に染み込むようにして入り、激痛が走ったもののしばらくすれば腕は元の状態へと回復していた。
「・・・これは応急処置です、決して無理をしないで」
「ありがとうございます」
俺はそう言って、ギルドの扉を開ける。
戦乱の渦の中へと戻るために。
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